彼女が家族と袂を分かつと決めた日
4年生スタート。ある意味ここから本編。
生まれた時からずっと隣にいた、僕の片割れのシャルロット。
可愛くて優しくて…僕の自慢のシャルロット。
いつからだろう?僕を呼ぶ声が。大好きな笑顔が…疎ましく感じるようになってしまったのは。
どれだけ記憶を遡っても分からなかった。
僕と同じ顔で。同じ立場にいて。それでいてずっとずっと先を歩いて行って…
たった、数分先に産まれただけなのに。なんで…僕は……
僕は……君の事が大好き。でも同じくらい…*くて仕方ないの……
※※※※※
セレスタン15歳の春。
彼女は新聞を握り締め、目を見開いていた。
その一面は…女性に爵位継承権が与えられる法律が可決された、というものだった。
発案者として、セレスタンの数少ない友人であるルネの写真も掲載されている。
平民にとっては、領主が男だろうと女だろうと関係無いだろうが…貴族にとっては一大事。今後、社交界は大きく変化することだろう。
「(やった…これなら、僕は女の子に戻れるんじゃ…!?それに…ロッティに後継を任せる事も出来る。やっぱ僕より相応しいし…)」
そんな事を考えながら、新聞を持って屋敷の廊下を走る。向かった先は父親の執務室。
父親からの愛情は諦めているとはいえ、これなら…!と小さな希望を胸に抱く。
扉をノックし中に入り、伯爵以外誰もいないのを確認して…笑顔で父親に声を掛けた。
「父上!今日の新聞はご覧になりましたか?僕も、女性の身で伯爵になれるんです!
今までは届出の記入ミスで仕方なく男装していた事にでもして、これからは僕も令嬢として…」
「ああ、今までご苦労だった。お前はもう用済みだ」
「……………え?」
意気揚々と乗り込んできたセレスタンは、何を言われたのか理解出来なかった。
「聞こえなかったのか?もうお前に継がせる必要が無くなったんだ。
優秀で可愛らしいロッティのほうが後継に相応しい。お前に与える物は何も無い、親の情けで成人までは面倒を見てやるが…学園を卒業したら、速やかにこの家を出ろ。
お前がいつまでもこの家にしがみ付いていては、優しいあの子は遠慮してしまうだろう。
ああ、もちろん世間に己が女だなどと戯れ言を広めぬように。分かっているな?
他に用が無ければ出て行きなさい」
伯爵は一度も彼女に目を向ける事なく、淡々と告げた。
「……………は…い」
彼女はその言葉に逆らえず…ふらふらと執務室から出る。
サロンへと戻って来たセレスタンは、新聞をテーブルに放り投げた。
「………………」
その顔は長い前髪で隠されていて…今、彼女がどんな表情をしているのか読めない。
だが…その場から動く事が出来ず、ただただ立ち尽くしていた。
暫くそうしていたが、シャルロットがバジルを連れて姿を現す。
「あら、お兄様おはよう。…どうかした?元気無さそうだけど…」
「おはようございます、セレス様」
「…………おはよ……2人とも…」
なんとか声を絞り出すセレスタン。その様子がおかしいと思いつつも…シャルロットも新聞に手を伸ばした。
その瞬間、セレスタンの体が僅かに震えたのを…バジルは見逃さなかった。
「セレス様…?お加減でも悪いのでしょうか?」
「………ううん、だいじょぶ…」
明らかに大丈夫ではないのだが…本人がそう言う以上、彼も何も言えなかった。
同時に、新聞の一面を読み終えたシャルロットが声を上げた。
「まあ…ルネったら、凄いじゃない!(予想より早かったわね。もう、教えてくれてもよかったのに!
うーん、ルネが女公爵になるって新聞で宣言してるし。お兄様がヴィヴィエ家に婿入り…とか考えてるのかしら?妹の目から見ても、2人は仲睦まじいもの!
それなら今までルネに婚約者がいなかったのにも説明がつくわ。それって素敵!)」
シャルロットは本当に兄を…セレスタンの事を誰よりも想っていた。もちろん恋愛感情では無いが、兄の幸せを心から願っている。
そんな兄が伯爵になるのを、重責に思っている事も知っている。
だからこれは、本当に。本当に…彼女を案じての言葉だったのだ。
「ね、お兄様。もしも爵位を負担に思うなら…私に、背負わせてくれない?後継、嫌なんでしょう?私なら……お兄様?」
だがその言葉は…
「………ああ、やっぱり君も…僕ごときじゃ伯爵には相応しくないって、思ってたんだね…」
セレスタンがこれまで、生まれてから15年。ずっとずっと溜めてきた感情を決壊させる…最後の引き金となってしまった…
『ほらね。今まで散々僕を苦しめてきたっていうのに、自分はいいとこ取りじゃん!
僕の苦労は全部パー、水の泡!!領民に心を砕いてきた僕って可哀想!!』
「(……違う…ロッティは何も知らないんだから…!!)」
『知ろうとしなかった、の間違いだろ。いい加減目を逸らすのやめろよ』
「(………!)」
シャルロットはいつも自分を庇ってくれたし、愛してくれていた。
だがそれは…ただ鳥籠に閉じ込めて愛でていただけでは?自分の意見は?
例えば「これはお兄様は苦手だろうから、私がやってあげる!」と…成長の機会すら奪われていなかったか?
一瞬にして愛しい妹への見方が変わってしまい、血が出る程唇を噛む。
「……え?ち、違うわお兄様!相応しくない訳無いじゃない!!私は今まで、お兄様がどれだけ努力をしてきたか…一番近くで見て来たのだから!」
「そう。死に物狂いで努力して…ようやく君の足元に及ぶくらい。そんな姿を、心の底で嘲笑っていたんでしょう?」
「お兄様…!?なんで、どうしちゃったの…!?」
「セレス様…?」
もうセレスタンには、妹の言葉は全て湾曲して届いてしまう。
シャルロットが爵位を継ぐというのは、彼女にも願ったりの筈なのに。
自分から譲るのと、奪われるのでは…意味が違う。セレスタンは、シャルロットが「無能な兄に代わって、私が仕方ないから伯爵になってあげる」という風に言ってるとしか感じられないのだ。
彼女の中には、妹に対する愛情と憎悪が表裏一体で存在している。今までは愛情が表に出ていたのだが…
この日を境に反転し、憎悪が彼女を支配するようになる。
「ねえお兄様…!」
「うるさい!!!!」
「「!?」」
彼女が声を荒げるなど…シャルロットもバジルもかつて見た事が無かった。その為動揺して次の言葉を発せず…サロンに沈黙が落ちる。
その静寂を破るのはセレスタンだった。
「…僕は、僕は…!!僕は君の兄なんかじゃないっ!!!」
「………え、え?お兄様…」
シャルロットは混乱した。兄ではない…?そんな筈があるものか、こんなにも似ているのに。もしかして、本当は兄妹でなく姉弟だった?などと考えるほどに。
だがバジルは、セレスタンの言葉の意味を理解していた。
自分は兄ではなく…姉なのだ、と…
「(しかし、どうして急に…?この記事と何か関係があるのだろうか…?)」
彼はセレスタンと伯爵の会話を知らないので、原因までは辿り着かなかったが。
「今後一切…金輪際、二度と!僕の事をお兄様などと呼ぶな!!」
「………っ」
セレスタンは肩で息をし、拳を握り締め…頬を涙で濡らしていた…
シャルロットとバジルには、その涙の意味が解らなかった。
もしもここでセレスタンが、己の秘密を全て打ち明けてしまえば…この先の未来は、また変わったに違いない。
だが彼女は、最後まで…己の中に押し留める道を選んだ。
大粒の涙を流しながらシャルロットに背を向けた。そのまま大股でサロンを出る。シャルロットはこのままではいけない…と思い、彼女の後を付いて行こうとした。
「おに…セ、セレス!待って、話をし」
「話す事なんて無い!!ついて来るなっ!!」
「え…」
彼女らはずっと仲良しの双子だった。たまに喧嘩する事があっても…ここまで拒絶された事は無い。
セレスタンは、シャルロットの傷付いた顔を見て心を痛めたが…口を結び、廊下の向こうへ走り去って行った。
残されたシャルロットとバジルは…今何が起きたのか、理解出来なかった。
昨日まではいつも通りだったのだ。兄妹仲良く、笑い合っていたのだ。
「なんで…お兄様…」
「…!お、お嬢様…」
バジルはセレスタンを追いかけようか迷ったが…シャルロットが一筋の涙を流していたので、放っておく事が出来なかった。
セレスタンは廊下を走り自室まで戻る。音を立てて扉を閉め、ベッドに直行し倒れ込んだ。
「シャーリィ…?どうかしたのか?なんで泣いている?泣かないで…」
セレネは部屋に戻って来たセレスタンが泣いている事に気付き、彼女の側に寄り涙を舌で拭う。精霊達も慰めようとするも、彼女は涙を流し続ける。
「泣かないで…セレネは、シャーリィの笑顔が見たいんだぞ」
「う…うう…!ああぁーーー…うああああぁぁぁん…ああああ…!」
どんどん溢れてくるものだから、セレネは本来の巨大な狼の姿になった。セレスタンはそんなセレネの柔らかい毛皮に顔を埋め…幼児のように泣きじゃくる。
セレネは受け止め、尻尾で彼女の体を優しく包んだ。
「ああぁぁ…ぐす、ひっく……う、わああああああん!!」
「どうしたんだ?誰かに虐められたのか?大丈夫、セレネが始末してあげるぞ。誰がシャーリィを泣かせているんだ…?」
「……ぼく、ね……ずっと……頑張ってきた、つもりだった…の…」
セレスタンはしゃくりあげながらも、なんとか言葉を紡ぐ。
「…セレス?おはよう、どうしたんだ?」
「ミコト…!!」
グラスは部屋にやって来てすぐに異変に気付く。彼はすっかり精悍な男性へと成長して、これまで彼女を支え続けてきた。
「ノックをしても無反応で…っ、泣いているのか…?」
「あの、ね…僕ね…」
ベッドの上で狼の姿になり横たわるセレネ。そんなセレネに身を預けるセレスタン。彼もベッドの上に乗り…セレスタンの髪を撫でた。
「どうした、また伯爵に何か言われたのか?それともジスラン様か。それか…」
「ちが、違うの…ぼく…!!」
セレスタンは震える手を伸ばし…グラスの服を掴む。そしてセレネの上に押し倒した。
されるがままのグラスもそっと手を伸ばし…彼女の前髪をかき上げる。その金色の目には…憎悪の光が灯っていた。
「ねえ…なんで…?僕、ずっと頑張って来たのに…!!嫌だったけど、逃げたかったけど…頑張って、来たつもりだったのに…!!なんで……何が駄目だったの!?」
「セレス…?」
グラスの顔の上に、セレスタンの涙が伝い落ちる。
「…父上は…女性が爵位継承出来るとなった途端に、僕を捨てた…!!僕に継がせる理由が無くなったって!!!ロッティに、全部譲るって…!
僕に与える物は何も無い…ロッティに速やかに継承権を移行させる為に…僕に、成人したら早くこの家から出て行けって…言ったんだよ……!!!
なんで…?なんで、なんで!!?僕は今まで、なんのために頑張って来たの!!?
全部無駄だった、何もかも犠牲にして…なのに!!!!
許せない…父上…それに、僕から全部奪うロッティも……!!!」
セレスタンは、今度こそ胸の内を全てぶち撒けた。
伯爵はともかく、シャルロットにこのような感情をぶつける事は間違っている。そう頭では理解しているけれど。
どうしても、世界一可愛くて大好きな妹が…誰よりも憎くて仕方がないのだ…
「もう、やだあ…!!僕なんて、生まれて来なければ良かった!!!
そうすれば、そ、う……消えたい……死に、たい……!!」
「……!ふざけるな!!」
彼女の言葉を聞いたグラスは、体を起こして今度は彼女を押し倒した。顔を強張らせて声を荒げる姿は…まるで、初めて出会った時のようだった。
「お前がいなければ、おれとバジルはとっくに死んでいた!それだけじゃない、今教会を根城にしている連中もだ!!お前はおれ達も死ねば良かったと言いたいのか!!違うだろう!!!
お前が死ぬのならおれも死ぬ!!原因の伯爵とシャルロット様を殺してからな!!!」
「…!!だ、駄目…それは駄目!」
「どれだ!?おれが死ぬ事か、伯爵とシャルロット様を殺すというところか!!?」
「伯爵はいいけど、君とロッティが死ぬのは嫌…!」
「なら……おれと生きろ!!!」
「……へ…」
グラスはセレスタンの目を真っ直ぐに見てそう言った。セレスタンは何を言われたのか理解出来ず…目を丸くしていた。
「伯爵が、この家がお前を捨てると言うのなら…おれが貰う!!お前に救われたこの命、お前の為に使う!!」
「へ、はえ?」
「おれ、治癒も通常医療もじいさんにお墨付き貰ったから!首都で神殿に入って、治癒師として働けるレベルだって!!おれもっと頑張るから!だから…おれの為に生きろ!!
おれと一緒にこの家を出て、一緒に暮らして…おれの、こっ子供を産んで!!
その…あの…要するに、あのね……おれと結婚してくださあい!!」
グラスは顔を真っ赤にして呼吸を荒くし、精一杯の告白をした。
これまで互いに好意を抱いているのは理解していた。だが敢えて曖昧なままにしておいて、友人という立場を貫いていた。
それは…どちらかが想いを打ち明けてしまったら。2人の間にある壁にぶつかってしまうから。
だからこそグラスは、自分が彼女に相応しい男になってから正式に告げるつもりだったのだ。
一世一代の告白をされたセレスタンは。
「……………」
目を見開いたまま、徐々に顔を赤く染め…自分に覆い被さるグラスを凝視していた。あまりの衝撃に、涙は止まっていた。
だが中々返事が無い様子に痺れを切らしたグラスは…セレスタンの顎に手を添え、口付けを交わす。
「……!?んな、何すんのお!?」
「なんだよ…初めてでもあるまいし」
「そっ、そうだけど!!」
ようやく反応したセレスタンの上に倒れ込み、彼女の体を優しく抱き締める。
「…返事は?」
「う……」
「おれと、この先の人生…一緒に歩んでくれるのか?」
彼女は今、人恋しかったのかもしれない。
父親に完全に裏切られ、愛する妹とも決裂し。その時に都合良く自分に愛を囁いてくれるグラスしか、見えていないだけかもしれない。
それでも…彼と過ごした2年間は…とても、心安まる日々だった。だから…
「……はい。これからもずっと、側にいて…!」
と、両腕を伸ばしグラスを抱き締めた。グラスも、より一層力を込めた。
「(ああ…温かいなあ…。僕はずっと、この温もりが欲しかったのかな…背中も………背中?)」
おかしい。彼は自分の正面から抱いているはずなのに…何故背中が温かい。
「そりゃ温かいだろう…2人共、セレネの腹の上だという自覚はあるのか?」
「「……………」」
2人は途中から、完全にセレネの存在を忘れていた。こんなにもデカいのに…いや、デカすぎて逆に見えていなかった。
彼女達は顔を合わせて…ぷっ、と小さく吹き出したのであった。
セレネという大きな枕に身体を預けて、抱き合いながら横になる。
「これからどうしようか…僕もう、この家にはいたくない…」
「おれも首都に行くから、寮で暮らすんだ。
神官って要請があったら魔物の討伐にも参加するんだって。回復なんかの補助要員だけど、自衛も出来れば指名も多いらしいぞ。もちろん特別手当もたんまりだ。
だから…おれは神殿暮らしをするから、会いに来て。金を貯めて、いつか家を借りよう」
「うん…うん!」
教会には顔を出すが、あそこはもう彼女がいなくても大丈夫な程度には落ち着いていた。
ナディアとロビンが率先して、新しい入居者達を纏めているのだ。そろそろ皇宮に野菜を卸すのも終わりかな、と話している。
するとセレスタンのお腹がきゅうぅと鳴った。朝から何も食べておらず、グラスの胸に頭を押し付けて赤い顔を隠す。
「はは、なんかメシ取ってくる」
「お願いね…」
彼女の頬にキスをしてベッドを降りる。部屋を出ると憔悴しきった表情のバジルが立っていた。
「あ…セレス様は!?」
「横になってる。ちょっと来い」
彼らは自分達の部屋に移動。グラスが先程の会話を全て説明した。
「旦那様が、そんな事を…!?」
「そうだ。だからセレスはおれが連れて行く。追い出すんだ、問題ないだろう?絶対に不自由はさせない、誰にも渡さない」
「…………」
バジルは何も言えなかった。項垂れて拳を震わせ…「…僕も出来る限りのサポートはする」と言い残し部屋を出る。
「……お嬢様。セレスお嬢様。どうして…僕は…!」
彼もまた頬を濡らして己の無力さを悔いた。
そしてどうにか姉妹には仲直りをして欲しい。伯爵を始末するのは大前提として。その後…また昔みたいに…と強引に涙を拭った。
だがこの日からセレスタンは、徹底して家族と距離を置くようになった。完全に寮と教会に住まいを移し、私物は歯ブラシ1本残っていない。移動も馬車でなく、全てセレネにお願いした。
自分を愛してくれない家族なんてもういらない。シャルロットはなんとか仲直りしようと声を掛けて来るが…それも拒んだ。
可愛い妹なのは変わらないけれど、どうしても今まで通りに振る舞えないのだ。
心苦しいけれど…もうこの家に、自分の居場所は無い。
…いつかシャルロットは、真実を知る日が来るかもしれない。その時に優しい妹は、傷付き自分を責めるかもしれない。
だから…「あのクソ姉貴、いなくて清々するわ」くらいに嫌われておこうと、セレスタンは決めた。




