アカデミー2年生 21
夜も遅いのでグラスも皇宮に泊めてもらう事になった。
「そうだ、コレ」
彼は巾着を差し出す。
「歌コンテストの優勝賞金です。預かってました」
「僕優勝したんかい!!」
中には金貨10枚。連鎖してあの時の、告白まがいの発言を思い出して…彼らは顔を逸らした。
「…おやすみなさい」
「おやすみ…」
ギクシャクしたまま挨拶をしてそれぞれの部屋へ。互いにキスの意味を考え、眠れぬ夜を過ごす。
翌日、早くからルシファーがセレスタンを訪ねて来た。
「お支度は大丈夫なのですか?」
「少しくらいは平気よ。
……昨日、何かあった…?」
「………」
恋バナの気配に口をきゅっと結ぶ。しかしルシファーの無言の圧により、観念して解いた。
「……指輪…屋台のですけど、貰って。最後にキスをして帰ってきました」
「きゃ〜〜〜〜〜っ!!」(小声)
「うう…」
じゃあ今日は彼にとびっきりの姿を見てもらいましょ!と、本人以上に張り切っている。朝食を共にしながら話は弾む。
昨日のコンテストで優勝をしたと伝えると、賞金は全部あげると言われた。殆どセレスタンの功績だからとの事。ルキウスの財布も返す。
「あら減ってないじゃない?」
「使えません〜…」
ルキウスにも後ほどきちんと礼を言った。彼も「全部使ってくれて構わなかったのに」と発言。金銭感覚どうなってんだと慄いた。
「今日はオレンジのドレスよね?これは前が膝丈で後ろが長いのよ。彼に脚を見せつけましょう」
「はい。あの…今更ですけど。僕男…」
「あっそうだったわネ。忘れてたわワ。
…ドレスって、意外と細かいルールがあるの知ってる?」
首を横に振る。
「社交界の暗黙の了解だけどね。
リボンを付けていいのは未成年のみ。
既婚者は手袋着用、種類問わず。
歳を重ねたら、肩や背中なんかの露出は控えて色も暗めにする事。装飾も控えめ、大体40代くらいから。
他にも細かいのはあるけど…それだけ押さえておけば大丈夫よ」
「ひえ…」
「だからね…こうした華やかなドレスは今しか着れないの。めいっぱいお洒落を楽しんで!」
ルシファーはそう言い残し部屋を出る。
「…おしゃれ…」
ドレスを撫でるセレスタンは…目に涙を浮かべている。メイド達はそれを感激の涙と解釈し、微笑みながら準備を始める。
※
パーティー前、グラスにお披露目しに行った。
「どうどう?僕綺麗?可愛い?」
「お綺麗です」
なんとも淡白な反応。セレスタンはぷくっと頬を膨らませる。
「なんですかその顔…」
「ぶぅえっつぬいぃ〜???」
別に、という顔をしていない。未だかつてない不機嫌さに、周囲の紳士は苦笑気味。
彼女の予想ではもっと驚いて、頬を染めて挙動不審になりながら褒めてくれるはずだったのだ。
「グラス君、こういう時はもっと褒めてあげないと」
「はあ…」
どうにもピンときていないご様子。こりゃ駄目だ、と誰もが肩を竦めるが…
「どれほど着飾ろうと変わりません。どんな姿も美しいと常日頃から思ってますから。
強いて言えば…今のセレス様はお洒落をして自信満々なのが嬉しいです。いつだってその笑顔でいて欲しいのですが…」
「「「………」」」
「えっと…だから。おれは今のドレス姿も好きですけど。土まみれで野菜を収穫する姿も。勉強で頭を抱える姿も。揶揄うと憤慨する姿も。領地の子供達と犬のウ◯コを奪い合う姿すら愛おしく…」
「待ったーーーっ!!!僕そんな事してないよね!?あれはウン…を没収しようとしただけで!!」
セレスタンは半泣きでグラスに殴り掛かる。
「ひえー、くわばらくわばら」
「逃げるな馬鹿ばかーーーっ!!!」
グラスは超笑顔で馬に乗り逃げて行った。「領地に帰ったら覚えてなさいよ!!!」「今忘れました」「思い出せ!!」と最後まで大騒ぎ。
だが彼女の表情はとても晴れやかだった。すると面白くないのがルキウス。
「…私だって普段から可愛いと思ってる…」
「兄上、今回は負けですよ」
「…くそう…」
セレスタンは両手を頬に当て、んふふふふと奇妙な声が口からはみ出る。
「……んへへ…いひひ…」
「頭大丈夫か…?」
「ふひひっ…にょほほ」
「駄目そうだな…」
ハーヴェイとランドールはとても悲しげな目をしている。
「それで…どうしてウ…犬の贈り物を奪い合ったんだい…?んっふふ…」
ギュスターヴは肩を震わせ、誰もが気になっている事を訊ねる。
それで目が覚めたセレスタンが、慌てて弁明するのであった。
※
「うわ、マクロン様…」
「逃げっか?」
「うん!」
パーティー中は知り合いを見掛ける度に逃げていた。気分は敵国に潜入したスパイ。チッ、見つかった!と顔を険しくさせる。
「(俺はスパイを捕まえる側なんだよなあ…)スタン、逃げ道の確保は!」ノってきた
「………えーと…塞がれた!」アドリブに弱い
「死んだな俺ら」
「スパイ道は険しいね…」
「さっきから何やってるの君達…」
しゃがんでテーブルに隠れる2人に、上から声が落ちてきた。夫人を連れたギュスターヴだった。
夫人に挨拶をしていたら、ギュスターヴがセレスタンを誘っていいかハーヴェイに確認をする。パートナーの男性がいたら許可を求めるのがマナーだ。
「嫌です☆」
「さあ行こうかエレナ」
「聞ーちゃいねーわこの人」
差し出された手を取るセレスタン。夫人もクスクス笑いながら見送った。
一曲踊り、満足して輪に戻ろうとした時。
「兄上。そちらの令嬢は…?」
「「!!?」」
聞き慣れたどころではない声が。よりにもよってエリゼとパスカルを連れたジスランだった。
「や、やあ…そちらは友人かな?」
「ああ。丁度合流して」
2人はギュスターヴに会釈をする。セレスタンはすすす…と背中に隠れた。
「えっと…ごめんね、この子は人見知りで…ハーヴェイ卿のパートナーでね」
「そうだぞ秘蔵っ子、俺のレディだかんな」
盾を寄って来たハーヴェイに変更、しかしこうなった以上無視は出来ない。
意を決して背中から…身体を半分だけ覗かせた。なるべく声色を変えて、優雅に微笑んでみせる。
「初めまして、エレナ・カリエと申します…」
「…………」
「……ジスラン?どうかしたのかい?」
「……ハッ!?(しまった、セレスに似てると思ってしまった…!)あ、いや、俺はジスラン・ブラジリエです…カリエ?」
「「(ぎゃああーーーっ!!?)」」
彼は医師のカリエを連想したようだ。よくある家名ですわオホホホで誤魔化す。
ジスランは頭を掻きながらソワソワ。セレスタンが首を傾げると、ぐふっと唸り咳払いをした。
「…ハーヴェイ卿。彼女をダンスに誘ってもいいだろうか」
「(なんで!?君ロッティ以外と踊らないじゃん!?)」
「……えーと…おけ」
「(ファーーーッ!!?)」
パアアと顔を輝かせるジスラン。
改めてセレスタンと向かい合い手を差し出した。だが緊張しているのか、言葉が出て来ない。
「……レ…レディ。お、お…おお、お……」
「「(何やってんだコイツ…?)」」
エリゼとパスカルは胡乱な目。
「お…………お手、を……お手…お手…」
「…………わん」
彼女はふざけてポスっと手を重ねた。するとジスランは一瞬で顔を沸騰させた。
も…もういっかい…と、しどろもどろになる。その様子が可笑しくて仕方なくて、セレスタンはぶふっ!と吹き出した。
「ブラジリエ様、こっち!」
「あ…待ってくれ!」
結局レディに引っ張られてダンススペースに移動。男達は呆れながら見送った。
以前授業で踊った時とは違い、ドレスを靡かせながら彼女は舞う。ジスランは足捌きとその表情に、どこか既視感を覚えた。
「………セレス…?」
「ようやく気付いたの?このにぶちん!」
「!!!?」
隠しもせず肯定した。彼なら言い触らす真似はしないだろうと判断したのと、ネタバラシした時の反応が見てみたくて。
案の定ジスランは狼狽えた。そうして愛しの君のドレス姿を血走った目に焼き付ける。
ハーヴェイに頼まれて女装中、残り2日間も参加予定と説明すると…彼は口を窄めた。
「(なんかジスラン、不機嫌…?)」
「(その手が使えるなら…俺が誘いたかった!!なんでガス兄上も教えてくれない…俺の気持ちを知っているくせに!!)」
とばっちりのギュスターヴ。絶対面倒な事になると分かっていたので教えなかったのだ。
ダンス終了後、礼をするジスランにチョップをくれて逃走。
その後どうなったかと言うと。
「「…………」」
「………」
残りのパーティー期間、ジスランは近衛騎士の隊服姿で…会場警備に当たっていた。いや、セレスタンの横にひっ付いて彼女しか警護していない。
「…警備させてくれ!って副団長に頭下げたらしいぞ。総団長も陛下も面白がって許可してた」
「学生のくせに…何してんの…」
「(今日は紫のドレス…綺麗だ…)」
セレスタンはどうにもうなじの辺りに視線を感じて落ち着かない。
「…ジスラン」
「なんっだ!?」裏返った
「…お世辞のひとつでも無いの?」
「あ…」
折角なので、可愛いの一言でも貰いたいセレスタン。唇を尖らせジスランを見上げる。
「か…可愛いっ!!あと綺麗だ!あの…レースがいい感じだ。髪飾りもいい感じで、それで…」
「「下手くそか!!」」
あっはっはっ!!と笑い声が響き渡る。
「(くそう…!もっと褒め言葉を勉強せねば!しかし大笑いする姿も可愛い…)」
「(昔はあんなに褒めてもらいたかったのにな〜。いざ叶うと…それ程でもだな〜。グッバイ僕の初恋)」
こうして楽しい?パーティーは全ての日程を終了した。
※※※
いよいよ明日はルシファーがテノーへ出発する。セレスタンはなんとか10分だけ会う時間を設けてもらった。
ちなみに晩餐会ではセレスタン達がお祝いに持って来たメロンが大人気。リンバルが輸入したいと言うが、丁重にお断りした。
「貴重なお時間を割いていただきありがとうございます、皇女殿下」
「……名前で呼んでくれないの?」
「えっと…ルシファー様…?」
「お義姉様でもよくてよ?」
「よくなくてよ…じゃなくて。あの、こちら受け取っていただけませんか…?」
セレスタンは小さな包みを渡す。
「これは…?」
「その…僕が縫ってみました。下手くそですけど…」
断ってから開くと、刺繍の施されたハンカチ。確かに拙い物ではある。
これはセレスタンがナディアに教わりながら作ったもの。ナディアの刺繍の腕前は、シャルロットをも凌ぐものだった。
デフォルメされた白い犬と黒い犬、天使が4人とクローバーが描かれている。更に金色の鳥、頭に大きな花を咲かせた少女。
「ルシファー様をお守りするよう…僕をいつも守ってくれる子達です。ファイは姿が無いので、代わりに幸運のクローバー。
貴女の幸せを願ってひと針ひと針刺しました…子供っぽくなっちゃって、ルシファー様には似合わないけど…
その、クローゼットの片隅にでも置いていただけると…」
「ありがとう!嬉しい…大事にするわ!」
ルシファーは胸に抱えて、薄っすらと涙を浮かべた。
「…さようなら、セレスタンさん。貴女の幸せをテノーからいつも祈るわ」
「…はい。お幸せに、ルシファー皇女殿下。いつか再会出来る日を心待ちにしております!」
最後に抱擁を交わしてお別れをした。
セレスタンはいつの間にか…ルシファーを本当の姉のように慕っていた。その為部屋で1人、静かに涙を流す。
翌日、ルシファーに挨拶をする余裕は無かった。だが遠くから大きく手を振ると、彼女も気付いて小さく振ってくれた。
その手には刺繍のハンカチが。パレードも終えて…ルシファーは旅立つ。
最後まで凛として美しく。その姿はセレスタンの心に刻まれた。
※※※
「ねえバジル」
「はい」
ルシファーの輿入れから数日。シャルロットは自室でふいに語り始めた。
「今社交界で…女性が爵位を継承できるようになる法案が、可決されるかもって噂されているのよ」
「……え、それでは…」
「そう、私がラサーニュ伯爵になれるって事。ほぼ確定らしいけど…時期は未定なの。
お兄様は社交界に疎いから知らないと思う。でもチャンスよ!」
シャルロットは拳を握り締めた。
「お兄様がまだ当主を嫌がるなら。私が伯爵になるわ!そうしてお兄様には夢を叶えてもらうの。
お花屋さんでもパン屋さんでも、好きな事をして欲しいわ。私は全力でサポートする」
「それは…いいですね」
でしょう?と微笑むシャルロット。だがバジルはもっと別の可能性を思い浮かべる。
「(つまり…セレス様も女性として伯爵になれる…!どちらにせよこの苦しい生活もあと少しなのでは!?)お嬢様、もっと詳しく教えていただけませんか?」
「ええ。その時が待ち遠しいわ」
「はい!」
コンコンコン
「ロッティ、いる〜?」
「いるわよお兄様!」シュバッ!!
「(は、速い。一瞬で扉まで…!)」
「えへへ、タルト作ってみたの。一緒にお茶にしよ?」
「もちろんよ!!」
「バジルとグラスも一緒にね。ジスランも来るって言うから、色んな種類の作ったんだ」
双子は仲良く腕を組みながら部屋を出た。
バジルはその背中を…何故か一抹の不安を覚えながら見つめる。
「バジルどうしたの?お腹いっぱい?」
「じゃあ私が2人分食べちゃおうかしら?」
「あ…っいえ、いただきます!」
遅れながらも追う。
そんな筈はない。この光景が変わる訳がない。ただの杞憂に過ぎない。そう自分に言い聞かせる。
ただ今にして思えば。バジルはこの時点ですでに…未来を予測していたのかもしれない。
双子を誰よりも近くで見続けてきた彼だから。平等に敬い、忠誠を誓い、愛している彼だからこそ…
※※※
「…王太子妃殿下、少々よろしいでしょうか。宮廷魔術師のタオフィが面会を求めております」
「ええ、通してちょうだい」
これはルシファーが王太子妃となって暫くの日。
タオフィは一通りの礼を執った後、セレスタンのハンカチについて訊ねてきた。
「これ?セレスタン君が縫ってくれたものだけど」
「大変厚かましいとは存じますが、手に取って見せていただく事は可能でしょうか?」
「いいわよ」
「ありがとうございます。
…やはり…これは…」
タオフィは細い目を開き、唸りながらハンカチを撫でた。
「どうかした…?」
「……今からするお話は他言無用に願います」
「それは…リンバルにも、陛下にも…という事?」
そこはルシファーに判断を任せると言う。
信頼出来る侍女を1名だけ残し、使用人には退出してもらった。
「まず結果から。このハンカチにルシファー王太子妃殿下限定の加護が宿っております」
「私限定?」
「例えば今のように、此方が手にしていてはただの布だという事です。それでも効果はハッキリと分かりますが。
これには…物理攻撃無効。魔術攻撃無効。状態異常軽減。呪い返還。自然治癒力上昇。金運アップ?いや、幸運に恵まれる…といったところでしょうか」
「「…………」」
何も言えなかった。国最高の魔術師であるタオフィが嘘をついているとは思えないが、俄には信じ難い。
「なんで…あの子にそんな力が…?」
「……正直、サッパリです。此方達の知らない何かがあるのかと…」
2人は真っ先に最上級精霊のセレネか?と考えた。それとも天使?どちらにせよ、精霊絡みではあるだろうと。
タオフィはオーラで気付いたので、同様の「目」を持っていなければただのハンカチにしか見えない。
「いやもう、殿下が此方の目の前を横切る度に圧を感じておりましたよ。こりゃリンバル殿下は尻に敷かれてんな〜と…」
「ちっ違うわよっ!?」
「存じてまーす!毎回じゃなかったし、ハンカチだって知った時は驚きでしたとも。
にしても愛らしい絵柄ですね!拙い感じがまた味を出しています」
ハンカチを返し、頭を下げて退出。その時の横顔が…細い目を光らせて、ニヤリと笑っているように見えた。
ルシファーは散々悩み…3人だけの秘密とした。いつかセレスタンと顔を合わせる時が来たら。その時こそ自分から聞こう…と。
「出来れば義妹として…ふふっ、なんてね」
それからいくつかの季節が流れ。
セレスタン15歳、アカデミーの4年生に舞台は移る。
次回、新章開幕です。




