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皇国の精霊姫  作者: 雨野
日常編
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アカデミー1年生 04



「あーーーもう!!ボクが何をしたって言うんだ、なんで30分も説教されなきゃいけないんだ!!」


 ピンクの髪を跳ねさせながら、エリゼ・ラブレーは廊下を肩で風を切って歩く。彼はついさっきまで職員室で厳重注意を受けていた為、かなりご立腹の様子。





 それは遡る事数十分前。



「10番はすっこんでろ!!!」


 というエリゼの一言に大ダメージを受け…セレスタンがヨロヨロと離脱した直後の事だった。

 


「あんた…今なんつった……?」


「は?お、おい…ラサーニュ嬢…?」


「「ヒイィ……!!」」



 シャルロットは地の底から響くかのようなドスの利いた声を出す。突然の変化にエリゼは戸惑い、バジルとジスランは震え上がった。

 彼女は遠巻きに見ているギャラリーには聞かれない絶妙な声量で語り出す。その様相は…淑女とは程遠い声と表情。そしてゴゴゴゴゴ…と効果音が付きそうな黒いオーラを放つ。



「言っとくけどね…私が不正すんだったら…証拠を残さないんじゃなくて、最初から疑われるようなヘマはしないってんのよ…。

 しかもあんた……お兄様を侮辱したわね…?たかだか勉強が出来て魔術がお得意ってだけのお坊ちゃんが…よくも言ってくれたわね……?」


「おいお前、その顔大丈夫か?女っつーか人間として終わって…ヒイィッ!!?」


 シャルロットが壁に手を突くと… ビキビキと音を鳴らしながらヒビが走った。そのあり得ない光景に男3人は竦み上がる。

 彼女はエリゼに対し、自分が侮辱された事ではなく…愛する兄を怒鳴りつけた事に腹を立てている。






 シャルロット・ラサーニュはブラコンである。


 誰もが崇め奉る聖女で才女な姿は仮の姿、幾重にも化けの皮を被っているだけである。それが1枚剥がれるだけで…コレである。

 彼女の世界の中心は兄。誰よりも何よりも大事なひと。それは決して恋愛感情では無いが…彼女はセレスタンが望むなら、国だって滅ぼすだろう。


 今回テストで張り切って満点を取ったのだって、兄に褒めてもらいたいから。

 両親や使用人、クラスメイトや教師の賛辞などクソどうでもいい。兄がただ「おめでとう!」と言ってくれるだけで…何物にも代え難い宝なのだ。


 バジルとジスランのみ、彼女の本性を知っている。それ以外は…伯爵夫妻もセレスタンも知らぬ事。

 正確には、セレスタンは気付いているが…「ロッティは僕の事を慕ってくれてるの〜」というレベルである。

 そんな彼女の考えを遥かに上回る程、シャルロットは異常に敬愛し狂気なまでに執着しているなど…知らないほうが幸せかもしれない。



 ジスランに関しては、初めて会った時。彼が宇宙一可愛い兄に見惚れている事にすぐ気付いたのだ。

 その時からシャルロットにとっては兄に色目を使う敵。ただし彼の剣の腕を見込んで、セレスタンの騎士(ナイト)として側にいる事を許している。



 が。彼女はジスランの地獄の特訓を知らなかった。セレスタンが隠していたというのもあるが…ジスランは彼女の前では恐怖に竦み、大人しくなってしまうからだ。

 幼い頃より常に殺意を向けられていたもので…完全に支配されている哀れな男なのであった。



 この後、放課後の話だが。自分の行いを悔いたジスランは、誰もいない教室でシャルロットに全てを打ち明ける。その結果、彼が地獄を見るのは明白だった…


 大切な兄を、ジスランを信じて任せていたというのに。自分の知らない所で…傷付けていたなどと。

 シャルロットはその謝罪を聞いた瞬間、気が遠くなり…気付けばバジルに羽交い締めにされていた。目の前には顔の形が変わっているジスラン。バジルによれば彼は無抵抗で拳を全て受け止めていたらしい。

 それを聞いたシャルロットは…ゆっくりと彼の襟から手を離す。



「……今度同じ事をしたら殺すわ。もしもお兄様があんたを許そうとも…私は死んでも許さない。あんたは一生掛けてお兄様に償いなさい。

 その顔が治るまで学園に来るんじゃないわよ。心優しいお兄様が心を痛めてしまうもの」



 そう吐き捨て、シャルロットはバジルを連れ教室を出る。ジスランは今後、セレスタンだけでなく…彼女の信用も回復する必要があるだろう。


 この日以降シャルロットは、兄に対して益々過保護になり。怪我の事実を知っていたであろう、それでいて放置していた父親を憎むようになった。





 何故それ程までに兄を愛しているのかは…また、いつか語られる事だろう。

 

 




 で。そんな兄に、シャルロットの目の前で声を荒げてしまったエリゼはと言うと。彼女が全身から発する殺気を、正面から受け止めてプルプル震えていた。


 彼はまるで首筋に刃物を突きつけられているかのような恐怖に襲われ…死を覚悟した、瞬間。職員室から女性教師が姿を現し「騒々しいですね、何事ですか?」と言った。

 死神に今にも魂を刈り取られそうになっていたエリゼにとって、その教師はまさに天の救い。


 普段エリゼは「ボクより魔力も少ない上に技量もそこそこなクセに、ボクに何を教えられる?」と心の中で魔術教師を見下していた。それを口に出す程は愚かでは無いが、彼は他者を見下す傾向にある。

 そして自分より上の者には噛み付く。彼が喧嘩を売るという事は、エリゼなりにその相手を認めているという事。なんとも面倒な性格をしているのである。


 しかし今に限定してはこの女性魔術教師、クレール・バルバストル(貧乳)が女神の如く輝いて見えるであろう。だが…

 


「あら先生、ご機嫌よう。彼がテストの結果に難癖つけてきましたの」



 シャルロットは一瞬で先程までのオーラを霧散させ顔を戻して、淑女の微笑みでエリゼを売った。

 そして「私が1位なのは不正をしたに違いない。教師を買収して事前に問題を入手した。ボクの1点は教師が理不尽にバツにしたと主張しています」とさらりと言った。

 当然クレールは激怒。エリゼは右手と頭を取れそうな程に勢いよく左右に振る。


「言ってない言ってない!!!そこまでは言ってないだろう!!?」


「ラブレー君、話があります!!…あっ、なんですかこの壁は!!?」


「それも彼ですわ」しれっ


「おま、お前ーーーっ!!!」


「ラブレー君!!こっちに来なさい!!!」


 エリゼは抵抗虚しく、クレールに引き摺られて職員室に連行されて行った。

「ふざけんなーーー!!ボクは悪くねえぇ!!離せぇ!!」と叫んでいたが、誰も弁護する者はいないのであった。




 そんな嵐も去り、すぐに3限目が始まるので生徒達は教室へと戻って行く。その時…1人の男子生徒がシャルロットに近付いた。


「災難だったな。まあ俺も今回は負けてしまったが…次はこうはいかない」


「あら…マクロン様。ええ、望むところですわ」


 それは彼女らと同じクラスのパスカル・マクロンだった。彼はエリゼに次いで学年3位。それ故に1位のシャルロットを称えに来たようだ。

 彼は中々に整った顔立ちをしているのだが…シャルロットは全く興味が無い為、適当に返事をした。そんな事より、お兄様は…怖がらせちゃったかしら?うふふ…と笑顔で横を見るも誰もいない。


「……お兄様…?」


 キョロキョロと周囲を見渡すも、お馴染みの赤髪は見えない。シャルロットとエリゼのやり取りに気を取られていたジスランとバジルも、この時ようやくセレスタンの不在に気付いたのだった。

 


「それが…ラサーニュは先程の騒動で、静かに離脱していたんだ。声を掛けようかと思ったんだが、どうにもそんな雰囲気でもなく…」


「どちらに行きました…?」


「向こうの廊下…東階段のほうだな」


 パスカルはその様子を見ていたようだが、セレスタンは挨拶しかした事のない相手の為、呼び止める事は躊躇われたようだ。

 シャルロットは少し考え…兄は先に戻ったのかもしれない、と結論付ける。全員向かう先は同じ場所なので、4人で教室に戻るも…目的の人物はいない。



 それもそのはず、セレスタンはひたすらに上を目指していたのだから。彼女らは知る由も無い事だが。

 

 パスカル以外の3人がセレスタンを探しに行こうとした時、3限目開始のチャイムが鳴る。彼らは気にせず廊下に出ようとするも…教師に見つかってしまい、着席を余儀無くされてしまった。


「ん?欠席が3人もいるのか…ってラブレーはさっきバルバストル先生に捕まってたな。

 じゃあ…殿下とラサーニュか。はあぁ…とりあえず、教科書の37ページから…」


 シャルロットはセレスタンを気にしつつも、普段優等生の仮面を被っている為…堂々とサボる事は憚られた。

 結局上の空のまま、歴史の授業は続く。


 

 


 ※※※





 そして冒頭に戻る。エリゼは長いお説教から解放されたばかり。


 入学してまだ3ヶ月程度だが、才女シャルロットはすでに教師の信頼も厚くなっていた。対してエリゼは言動に難ありの問題児。大人がどちらの言い分を信じるかなど、明白であろう。



「くっそ…教師はどいつもこいつも「ラサーニュさんが嘘をつくはず無いでしょう!?」と決めてかかる!確かに疑われるようなヘマはしない女だな!!

 ムカつく!!が……ボクだって別に、本気で不正を疑った訳じゃないっつーの。ちょっと頭に血ぃ上っただけで…。

 魔術なら誰にも負けないのに…!!次の精霊召喚の授業で学園中、目に物を見せてやる!!」



 全く懲りていないエリゼは、悪態をつきながら廊下を進む。現在地は職員室のある1階。時間は3限目が終わるまで、あと20分というところ。

 今教室に戻っても意味無いだろうし、何処かで時間潰すか…と彼は考えた。そして東階段を上がろうとした、その時。



「……ん?」



「…くおおっ!……あと、すこ、しぃ…っ!」



 上から1つの足音と…誰かの声が降ってくる。足音は大分不安定で…度々休んでいるようだ。

 授業中という事もあり、エリゼは大荷物でも抱えている教師だと判断した。と同時に素早く階段の脇、空きスペースに避難する。今見つかったら確実に、サボりだと勘違いされるからである。



 ゆっくりゆっくり足音が近付いては遠ざかり…一体どんな大荷物だ…?と思い、エリゼは手すりから顔を覗かせる。

 歩いているのは、制服姿である事から学生。男子生徒で身長から察するに、1年生か2年生だろう。覚束ない足取りで人を背負っているようだ。運ばれている生徒…その赤髪に、エリゼは見覚えがあった。

 


「(運ばれてんのはラサーニュか…?意識が無いのか?なんでまた…。

 で、運んでるほうは…顔が見えないな。何処に連れて行く気だ?まさか寮?)」



 なんとなく気になるエリゼは、その場から観察する。男子生徒がフラつき過ぎて、危なっかしくて動けないのだ。もしくはこのまま連れ去るのではないかと…心配している。

 だがそれを外部の人間が指摘しようものなら「単なる好奇心だ!ボクはそんなお節介じゃないっ!!」と全力で否定するだろう。難しいお年頃なのである。



 だが、運び屋の彼は階段を降りて10m程先…医務室の前で止まった。

 扉の横にゆっくりとセレスタンを下ろし、呼吸を整える。屋上…ほぼ5階から人間を運んで降りて来たので、腕もプルプル震えているのだ。


「(んー?誰だアレ?黒髪で…顔はここからじゃ見えない…。つってもラサーニュと親しい奴なんて、それこそあの3人くら…ヤッバ!)」



 そして…黒髪の運び屋が注意深く周囲を見渡すので、エリゼは反射的に頭を引っ込めた。

 誰もいない事を確認した運び屋は…拳を握り締め。



 ダダダダダダンッ!!!!



「!!?なん…っ!」


 と…扉を強く連打した。エリゼはその音に驚き、また顔を出そうとした。だが足音が自分のほうに向かって来ているので、なんとか堪える。

 運び屋はだだだだっ!!と廊下と階段を駆けて行き…あっという間にいなくなってしまった。


 運び屋が連打した数秒後、扉が内側から勢い良く開けられる。




「誰っだこんの野郎っっっ!!!ビビって書類にコーヒーぶち撒けちまった…じゃ……あ?

 誰もいねえ……あれ、ラサーニュ兄?今のお前か!?……んな訳ねえか」



 医務室の主オーバンである。彼は鬼の形相で、空のマグカップを手に持っている。


 周囲を見渡し、すぐに座り込んでいるセレスタンに気付き…肩を揺らすも無反応。寝ていると判断し、ため息をつきながら彼女を腕に抱える。

 そうして医務室に入り…ベッドに寝かせる。エリゼは医務室の扉が閉められたので、もう大丈夫だなと安堵した。

 本当はオーバンに説明しに行こうかとも思ったが…コーヒーぶち撒け事件の犯人にされちゃたまらん、と諦めたのであった。



 暫くその場で寝転がっていたが、授業終了のチャイムが鳴ったので教室に戻る。

 自分の席に着けば、少し離れた所にいる3人組がエリゼを見て笑う。恐らく職員室に引き摺られていく所を見ていたのだろう、ヒソヒソと会話していた。


 エリゼはそんな生徒を睨み付けた。すると彼らはビクッとして目を逸らす。そして…



「そ、それにしても…あん時のラサーニュは傑作だったな!」

「そうよね。シャルロット様に無様に負けて、あんなに落ち込んじゃてねえ」


 と…何故かセレスタンの悪口が始まった。ご丁寧に、教室にシャルロットがいないのを確認してから。それを聞いたエリゼは…



「は?お前らなんなの?上位10人に名前載ってたっけ?」


「「「は?」」」


 エリゼは本当に不思議そうな顔をして問い掛けた。3人組は狼狽え、「いや…載ってないけど」と答える。



「じゃあなんで笑ってんだ?なんでラサーニュより下のくせに、お前らが扱き下ろすの?

 ラサーニュのテスト結果を笑っていいのは、ボク含めあいつより上の9人だけだぞ?」



 という言葉に…誰もが顰め面で黙った。


 それは嫌味でもなんでもなく…エリゼは純粋に疑問だった。

 順位がある以上、頂点と最下位は存在する。そして上が下を笑うのはともかく、何故その逆になる?と思っているのだ。



「だって…シャルロット様より下だし…」


「なんでそこでラサーニュ嬢が出てくるんだ?つーかその考えでいくと…ボクやマクロン、ヴィヴィエ嬢も負け犬って事だよな?

 ほら、言ってみろよ。ボクを指差して笑ってみろよ、おい」


 エリゼは今度は怒気を含んだ声で問い掛けた。

 その様子に…3人組は慄き、何も言わずに散ってしまった。相手が魔術の天才で、成績2位のエリゼ相手だと分が悪いと判断したのだろう。


 エリゼは「くだらね」と呟き、さっさと次の授業の準備をするのだった。





 ※※※





「……気絶じゃなさそうだな。誰かが運んで…置いてったのか。普通にノックしろよ…ったく」


 オーバンはセレスタンに布団を被せて、眼鏡を外してサイドテーブルに置く。そして何気なく頭を撫でると…彼女が顔を泣き腫らしているのが見えてしまった。



「………………とりあえず…バルバストル先生に連絡しとくか…」



 眉を顰めたオーバンは優しく頬と目元を撫でる。

 ベッドの仕切りのカーテンを閉めて、酷い惨状の机を綺麗にして。担任のクレールに連絡をした頃…セレスタンは目を覚ました。



 オーバンは寝起きの彼女にコーヒーを差し出す。そして自分もベッドに腰掛け、泣き腫らした顔には触れず…事情を聞くが…


「その…東階段の一番上、扉の前で…寝ちゃったと思うんです。誰が運んでくれたんですか…?」


 と、どうしてここにいるのか本人も分かっていない様子。これ以上は2人がどれだけ頭を捻っても答えは出ないので、諦める事になった。


 その後シャルロットが医務室に飛び込んで来るまで…セレスタンはもう一眠りするのであった。





 ジスランが地獄を見るまで、あと数時間…






シャルロットの脳内カースト:

セレスタン(神)>自分・バジル等兄の味方>>>>>その他人間>兄の敵(ゴミ)

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