アカデミー2年生 17
「全く…肝が冷えたぞ」
「ごめんね…考えなしで…」
「いや、素晴らしい行いだった。おれも領民として従者として鼻が高い」
グラスがそう褒めてくれるので、セレスタンは嬉しそうにはにかんだ。
この手で幼い子供を救えたのだ。彼女はそれが誇らしかった。
彼と話した後、馬車の中に移動。困惑するシャルロットとバジルに全てを説明した。
「…何よそれ。そんな事が…!」
シャルロットは怒りに拳を震わせる。兄への嫌がらせはもちろん、領民を危険に晒した事が大問題だ。
懸命に宥められて冷静になり、今後御者はバジルかグラス、又はプロに頼むと決めた。
「でも彼は旦那様にどう報告するのでしょうか」
「自分には非の無いよう説明するでしょうね…」
「なんでもいいよ。僕の荷物はもう部屋には殆ど無いし…追い出すって言われても、住む場所はある」
伯爵を信用していない彼女は、私物を全て教会と寮に運び出してある。宝物のオルゴールも、プレゼントも。
なのでどうでもいいと考えていたが…意外と伯爵は下男を叱った。
ただその理由は。「ロッティの乗る馬車を血で汚すな!!あの子には美しい物以外見せるな!!」だったが。
セレスタンの行いに関しては叱責も賞賛も無い。とにかく愛娘に嫌われたくない一心なのだろう。
※※※
その週末、またアデラナに足を運ぶ。
「もう手段は選ばないよ。抵抗するようなら実力行使だ!」
ロープと麻袋6つを携え勇ましく進む。従者2人は笑うべきか止めるべきか迷っていた。
「こんにちは!引っ越ししませんか!?」
恐怖心を誤魔化す為、勢い良く声を上げた。どうせまた怒鳴られるんだろうな…と思いロープを握る手に力を入れる。
「……好きにしろ」
「「「へ…」」」
だが男達は素直に廃墟から姿を現し、その手には小さな鞄が。彼女を待っていたらしく、準備万端だった。
「…なんだ、その手のモンは」
「おほほ…」
ササっと背中に隠すがバレバレだ。6人は呆れたようにため息をつくも、大人しく移動を開始した。
新居に到着、身支度を整える。突然態度が変わった事に疑問を抱きつつ、職業の斡旋など進める。
こうして最後は拍子抜けだったが、全員をアデラナから救助する事に成功した。今後はセレスタンの助けなく、彼らは自分の人生を歩むだろう。
特に最後まで反抗していた中年男、トビ。彼は面倒見が良く兄貴肌であり、自然とリーダーシップを取るようになっていた。彼がいれば今後も問題ないだろう。
「終わった…んでしょうか」
「ううん、スタートラインに立っただけ。でも…僕、頑張ったよね?」
「「はい」」
バジルとグラスがご馳走を作ってくれて。教会の皆でささやかな慰労会を開く。
彼らはこれまでセレスタンがどれ程領民に心を砕いてきたか知っている。悩み、苦しみ、涙を流し。挫け、立ち上がる姿を見ていた。
精霊達にはワインが振る舞われ楽しい宴となった。精霊は基本飲食を必要としないが酒は好きなのだ。
だが宴会の間ナディアは口数少なく、浮かない表情だった。セレスタンは気に掛かったが、彼女が話してくれるのを待つ。
その機会はすぐにやってきた。片付けも終えた後、ナディアが2人きりで話したいと袖を引っ張った。
精霊すらも置いて彼女達は外へ出た。見上げれば満天の星。
「寒いね。毛布持ってくればよかったかな」
「…セレスタン様。あなたは…シェフィールドの過ちをご存知ですか?」
「…ううん。僕は社交界に疎くて…申し訳ないけど、聞いた事もない家名だ。でも、貴族なんでしょう?」
「はい。このラサーニュ領より西の地域。小さな町を管理していた男爵家です」
振り向いたナディアは凛とした美しさを備えていた。まだ幼い少女ではあるが、鋭い眼光をしている。
「わたくしの父。男爵は…住民に重い税を課し、領地を管理する侯爵家には少なく申告し。好みの若い女性を無理矢理手籠にし…叛逆する者は容赦無く殺すという悪徳貴族でした」
予想以上に重い話に、セレスタンは息を呑んだ。
「言い訳になりますが…わたくしは存じませんでした。わたくしには良き父でしたから…きっと民にも好かれている、素晴らしい当主なのだと。
恥ずかしながらわたくしは、10歳になっても屋敷の外へ出た事がございません。ですから…町が酷い状態だと、気付けませんでした…」
ナディアは目を伏せて罪を悔いるように膝を突いた。
「とある日…ついに耐えかねた住人が大勢で武器を持って、お屋敷に押し入って来ました」
運命の日。ナディアは家族団欒、晩餐を楽しんでいた。
『あら…外が騒がしいわ』
『なんだか楽しそう!』
『ははは、駄目だよナディア。危ないからね…さあ、お部屋に行きなさい』
『えー…はあい』
彼女はサウロという使用人に連れられ、ダイニングを後にする。しかし──
『きゃあああっ!!?』
『!?お母様の声だわ!』
『いけませんお嬢様!!』
後方からけたたましい足音、陶器やガラスが壊れる音。そして悲鳴が聞こえてきた。
ナディアは恐怖から動けなくなり…サウロの手によりクローゼットに隠された。
自分が見て来るから動かないようにと言われる。
数分後、部屋の扉が勢いよく開かれる。次いでドカドカと無遠慮な足音が。彼女は両手で口を塞ぎ息を殺す。
『子供部屋か?』
『徹底的に探せ!!悪魔の血を根絶やしにするんだ!!』
『『『おおおっ!!!』』』
家具を破壊する音。それは彼女の潜むクローゼットに確実に近付いて来る。
『(いや…いや!!駄目、来ないで…助けてお父様!!)』
ついに人の気配はクローゼットの前に。もう駄目…!と絶望した。
『おい!使用人がいたぞ!!殺せえ!!』
『何!?おい、そっちはいい!!追うぞ!!』
薄く扉が開かれたが、間一髪脅威は去った。
『……は、は…っ!はあっ、はあっ…』
腰が抜けたのか、彼女は立ち上がる事もままならない。
先程まで、確かに日常だった。だがクローゼットの外は…凄惨な世界。
数十分後。屋敷は炎に包まれた。直前にサウロが迎えに来て脱出できたのだが、彼は満身創痍だった。
頭から血を流し、腹部にはナイフが刺さっている。折れている腕でナディアを連れ、馬に跨り逃げ出した。
『…お嬢、さま。俺はもう永くありません。全てをご説明します…どうか、あなたは生き延びてください』
「わたくしはその時初めて父の罪を知りました。
領民は両親と兄、使用人も皆殺し…わたくし以外は父の本性を知っていたそうです」
『逆らえなかったとはいえ、我々も同罪です。ですがあなたは違う。あなたに罪は無い…生きて、ください』
『いや…いやよサウロ!死なないで、置いていかないで…』
『…ご無事で…』
それがサウロの最期の言葉だった。
一晩中馬で駆け、追手を完全に振り解き。サウロは力尽き落馬した。
ナディアも飛び降り、馬は何処かへ逃げた。彼女はもう動かないサウロを背に担ぎ、一歩一歩進む。
『わたくしを1人にしないで…
一緒に逃げましょう。もうお父様もお母様も、お兄様もいないの…でしょう…?
……ねえ、何か答えて…』
ナディアは涙を流しながら、サウロの足を引き摺り歩く。すると何かの声が聞こえた気がして、呼ばれた気がして。こっちは安全だと感じ…ラサーニュ領に足を踏み入れた。
「それがシェフィールドの過ち、わたくしの罪。どうかわたくしを罰してください。
貴女は本当に領民の為に心を痛めて、より良い未来の為尽力なさっています。
貴女のような高潔な方のお側に…わたくしは相応しくありません…」
ナディアは両手を胸の前で組み頭を下げた。泣きながら祈りの姿で罰を望む姿に、セレスタンは胸が苦しくなる。
自分も膝を突き、ナディアを正面から抱き締めた。
「…僕もおんなじ。いつかきっと罰を受ける。そんな僕が、どうして君を糾弾できようか。それに君は何も知らなかったんだから」
「いいえ…いいえ。無知は罪です。貴女のように…償いすら放棄して、ここまで逃げてきました。
お願い…します。どのような罰も受けます。お願いします…」
「………」
彼女はどんな言葉も聞き入れないだろう。だから…
「分かった。じゃあ明日、一緒に皇宮に行こう」
「…はい」
その日2人は抱き合って眠った。
翌日…セレスタンはナディアを連れてシャルロットを訪ねる。
「お兄様?彼女は…?」
「ごめん後で説明する!あのね、この子に合うサイズのドレス無い?」
シャルロットは戸惑いながらも、もう着ないドレスを出した。そうしてメイド達にも手伝ってもらい、ナディアを完璧な令嬢に仕上げる。
「行こう、ナディアちゃん」
「セレス様…どうして罪人にこのような…?」
「君は罪人じゃない。シェフィールド男爵令嬢だ。
何より…もう充分すぎる罰を受けている」
突然日常を失い、肉親や使用人を失い、豊かな暮らしを失った。
これ以上奪うと言うのならば。相手が陛下であろうとも徹底抗戦をする!と息巻いている。
そうして皇宮に到着したのはよいが。
「…どこに行けばいいんだろう!!」
ノープランだった。仕方なく頼りになりそうなギュスターヴを訪ねる。
野菜を納品後、怯えるナディアの手を取りバジルをお供にずんずん歩く。
近衛騎士団の練武場に行けば、皆セレスタンを歓迎してくれた。中にはナディアを見て「彼女か!?やるじゃねえか!」と茶化す者もいる。
「セレス?どうしたんだい、珍しいね」
「よっす!」
「ガス兄、ハーヴ兄…お聞きしたいのですが!」
ふんすと鼻息荒いセレスタンに、いつもと違う…こいつぁ本気だ…!と気合を入れて話を聞く姿勢に。
「自首したいんですけど!!どこに出頭すればいいんですか!?」
「「ええええぇぇっ!!!?」」
その場は暫し騒然となった。
※
ルキウスにまで話が届いてしまい、青い顔で息を切らせて走って来た。
「何をしてしまった!?いいや冤罪に違いない。もしも事実だとしても大丈夫だ、私も共に償う!!」
「落ち着きましょうルキウス殿下。十中八九勘違いっつーか言葉足らずです」
ランドールのお陰で混沌とならずに済んだ。僕じゃないですー!と隣の彼女を紹介する。
ナディアは彼の登場に怯むも、スッとカーテシーをする。
「こ、皇太子殿下にご挨拶申し上げる栄誉を賜りたく存じます」
「え、ああ…貴女はどこのご令嬢か?」
「わたくしは…シェフィールド男爵家の娘、ナディアと申します」
名乗りの直後、空気が凍った。
「…移動しよう」
ルキウスの執務室に場所を移し、昨日と同じように当時の状況を説明した。
どうか罰してくださいませ。と頭を下げれば。ルキウス達はバツの悪そうな顔をする。
「…顔を上げなさい。当然こちらもあの事件は把握しているが…なんと言われようと令嬢を罰する事はしない」
「そ…そんな…!」
「っしゃあい!!」
ガッツポーズで喜ぶセレスタン。ルキウスはちょびっと癒されてから言葉を続けた。
「令嬢と使用人の1人が行方知れずで捜索していたのだが…無事でよかった。だが他の家族は…
事件の後始末を聞きたいか?」
「…はい」
ナディアは居住まいを正す。膝の上で震える手を、隣に座るセレスタンが優しく包む。
「男爵邸に押し入った実行犯7人は全員捕縛、捜査終了後処刑された」
「「……!!」」
ナディアは顔面蒼白で目に涙を浮かべる。
「どんな理由があろうとも、貴族の命を奪った罪は重い。彼らは…外に助けを求めるべきだった。
他に関わった者は度合いにより投獄。何か…質問はあるか?」
「………なんで…わたくしは無罪なのですか。沢山の人が不幸になったというのに…!」
「令嬢は男爵の罪に一切関与していない事。10歳という年齢。皇国の法に基づいた判決だ」
すでに判決が下されているのなら、覆る事は無いだろう。むしろナディアにとっては、今の状況が罰になるかもしれないが。
セレスタンに肩を抱かれ静かに涙を流す。落ち着いてから、今後どうするか訊ねられた。
「どこか養子縁組先を探すか、皇宮で侍女として雇う事も出来る」
ナディアが口を開く前に、興奮したプリスカが口を挟んだ。
「はいはーい!ナディアさん、アラニウス家に来ませんか!?私の妹として一緒に暮らして…いつかは…うふふ」
「プリスカちゃん、トシ考えろー?じゃばっ!?」
ハーヴェイに回し蹴りを喰らわせ、ナディアの前に膝を突いて手を握った。メガネを曇らせ「姉妹になりましょう!」と猛アタックをしている。
「えっと、その…光栄ですが、わたくしは平民として生きます。それが贖罪になるかも分かりませんが…」
「ルキウス様、お姉様。彼女は今教会で暮らしてるので、これからもそうしたいと思います。大丈夫、僕がお守りします!」
「セレス様…」
ナディアはセレスタンの横顔を見つめ…頬を染めた。その様子にプリスカは何かピーンときた。
「む、残念です。でも今後、仲良くしてくれると嬉しいわ♡」
「ナディアちゃん、お姉様はすっごくお優しいんだよ」
「「「(女の子に対してだけな…)」」」
彼女は男性相手には、たとえセレスタンのような美少年でも靡かない。
野獣と化したプリスカはルキウスが鎮静化させ、何か困った事があれば連絡しなさいと送り出される。
※※※
教会に帰って来て、2人で話をする。
「セレス様…ありがとうございました」
「んーん。僕は何もしてないよ。でもこれからどうしよっか?」
いつまでもこの秘境のような場所では暮らせない。自分が伯爵になったら町に孤児院を真っ先に作ると決めている。
ただそれまでにも人は増えると予想している。なのでナディアに管理人のようなものを任せたいと考えているのだ。
「はい、やらせてください!わたくしがこの教会を守ってみせます!」
「ありがとう。でも…こう、他人が怖いとか、まだある?」
「…少し。ですがそうも言っていられません。セレス様のようにはいかないでしょうけど、わたくしも誰かを救いたいのです」
彼女の力強い眼差しに、セレスタンは微笑んだ。
「改めてこれからよろしくね、ナディアちゃん!」
「はい、頑張ります!…あの、その。それでお願いがあるのですが…」
「ん?」
ナディアは可愛らしく頬を紅潮させ、指を絡ませてもじもじしている。
「その…これからお姉様と呼ばせていただいてもよろしいですか…?」
「…お姉様?僕、を?」
控えめに頷く。セレスタンは目を見開き…呆然とした。ほんの一瞬、ナディアも気付かない程僅かに。
唇を噛み…涙を堪える表情をした。
「…うん!嬉しいなー、可愛い妹が増えたみたい!」
「…!えへへ、お姉様」
「うん!」
笑い合う少女2人。
ナディアはこれから先、一生罪を背負って生きるのだろうか。許される日は来るのか…そもそも誰が許しを与えられるというのか。
それは誰にも分からない。それでも彼女は請い続けるのだろう。それこそ…命が続く限り。
「お姉様、尊く美しい方。貴女はわたくしを救ってくださった。
ならばわたくしは…生涯を賭けて貴女に恩を返します。どこまでも、いつまでも…」




