アカデミー2年生 16
「我が君、ガブから連絡が。教会に赤ん坊を連れた少年が現れたって」
「へ。す…すぐ行くって伝えて!!」
秋も深まる夜。寮で勉強中のセレスタンに届いた報。
バジルに説明して「僕帰る!ロッティには体調不良って言っといて!」と飛び出してしまった。
翌日ルシアンは彼女が現れないので、教室まで見に行った。
どこにも姿は無く、休みか…と踵を返す。
「あらルシアン様、おはようございます。もう授業は始まりますわ」
「………くそぅ…」
「(?随分素直ですわね…)」
ルネに捕まり、朝から教師を驚かせるのであった。
※※※
「ナディアちゃん!」
「あ…セレス様!」
「………」
夜更けに教会に行くと、セレスタンと同じ年頃の少年が礼拝堂の隅に座っていた。
靴も履いておらずボロボロで、その手には赤ん坊と思われる包みが。
「わたくしと同じように、敷地内に呆然と立っていました」
ナディアは空き部屋に案内しようとしたが、拒絶されたと言う。
「ふむー…えっと、君」
「……!」
少年は身なりの良いセレスタンを警戒して、腕の中のものを庇いながら後退る。刺激しないようまず対話を試みた。
「来るな!触るな!」
痩せ細った少年は一生懸命に睨み付ける。全然怖くないな…と思いながら近付く。
壁まで追い込み、そっと頭を撫でる。少年はビクッと大きく身体を震わせて、その手を叩いた。
「放せ!!」
「そっちがね!」
「あっ!?」
隙を突いて腕の中からお包みを強奪成功。精霊に足止めをさせて開くと…ぐったりとした赤ん坊がいた。
セレスタンはセレネに「おじいちゃん呼んで来て!」と指示。ベッドで横にせねばと急いで教会の奥へ向かう。
その間も少年は言葉にならない叫び声を上げていた。「返せ」「泥棒」と言っているようだが、まるっと無視。
数分でカリエとグラスを背に乗せたセレネが帰還。赤ん坊の診察をしている間も、彼は廊下で喚いていた。
グラスが腕を捻り大人しくさせていたが…部屋の扉がバタン!!と開く。
そこには…珍しく額に青筋を浮かべたセレスタン。
「返せ!!俺の弟…」
「ごしゃごしゃうるせえええーーー!!!」
「ごびっ」
少年の頬に平手を放ち、彼は横に吹っ飛ぶ。
グラスは目をまん丸にして即座に離れた(ちなみに叩き込む寸前まで、セレスタンが拳を握っていた事を見逃さなかった)。
「気が散るから静かにしてなさい!!衰弱で手遅れになるところだったんだよ!?
自分で守る力が無ければ人を頼れ!!何が一番大事なのか、そこで考えてなさい!!」
彼女はひとしきり怒鳴った後、そっと扉を閉めた。
「セレス様…」
グラスは驚くと同時に…「勇ましい…可愛い…好き…」とトゥンクしていた。
※
赤ん坊は穏やかに寝息を立てて一安心。
少年に話を聞こうとすると…彼はベッドの後ろに逃げた。
セレスタンが近付くと両手を上げて威嚇する。そのアリクイのような仕草に、皆笑いを堪える。
とにかく今日はこの部屋で寝てもらい、明日話を聞く。部屋を出るとグラスが愉快そうに声を掛けてきた。
「いい平手でしたね」
「や…やかましい!口で言ってる暇が無かったから…!」
「おー怖。おれも怒らせないようにしないと」
「もうっ!!ちゃんと手加減したし!」
「え、あれで?」
「(わ…グラスさんが笑ってるの珍しい…)」
セレスタンが背中をバシバシ叩くも、彼は笑い飛ばす。
グラスは普段無表情がデフォルトなので、ナディアはこっそり感心しているのであった。
少年はロビンと名乗り、現在12歳。弟は生後4ヶ月。母は兄弟を捨てて若い男と逃げ、父親の暴力に耐え切れず家を飛び出したと語る。
セレスタン達は温かく迎え入れるも…赤ん坊の世話など誰も出来ない。困り果てて、本屋で働く母を訪ねた。
「私でよければ、助言ならいくらでも」
「ありがとうレイさん!」
彼女はセレスタンに救われた恩を返せるなら嬉しいと笑った。
同じようにアデラナからやって来た人達が、子育てに必要な事を色々教えてくれた。ロビンは一生懸命メモを取る。
「んぎゃあああああっ!!」
「お腹空いたのか!?えっと、ミルク…!」
「いや臭えよ、オムツだろ」
セレスタンの頼みもありグラスは教会に住むようになった。カリエもしょっ中顔を出し、なんとか子育ても出来ている。
「おじいちゃん、診療所は大丈夫なの?」
「ほっほ。若い者達がやってくれていますよ。伯爵家に呼ばれなければ、暇なものです」
セレスタン達はお茶を飲みながら、庭で遊ぶロビン達を眺める。
ロビンは最初こそ警戒していたが、彼女らの純粋な好意に涙を流しながら謝罪した。
自分が弟を守らないと。その使命感に支配されていた。助けてくれてありがとう…と何度も繰り返す。
セレスタンは「こっちこそ叩いちゃってごめんね。これからはなんでも頼ってね」と微笑んだ。
ロビンはその笑顔に頬を染める。俯いて蚊の鳴くような声で「はい…」とだけ返した。
少年の初心な反応にナディアは「あらあら」と、カリエも「ほっほ」と笑う。
だが直後グラスに教会裏に呼び出され。
「セレス様に手ェ出すんじゃねえぞ…」
「はひ…」
と凄まれ半泣きになっていたのであった。
赤ん坊にまだ名が無く、皆で意見を出し合った。
「僕はネーミングセンス無いらしいから…任せるよ…」
「「(ようやく自覚したのか…)」」
バジルとセレネは心の中で微笑んだ。
そうして彼女除く皆で考えた結果…『ロラン』に決まった。
「ロラン…お前はロランだ!」
「うきゃきゃ」
ロビンが名前を呼ぶと、ロランは嬉しそうに笑う。
グラスがそっとセレスタンに近寄り…
「あの笑顔を守ったのは、紛れもなくお前だ」
と呟く。その言葉に鼻の奥がツンとして拳を握った。
グラスはその手を優しく解き指を絡ませて、何も言わず微笑む。
少しずつ…一歩ずつだけれど。こうして誰かを救えたのなら…挫けそうになるけれど、頑張ろう。そう思える出来事だった。
※※※
もうじきこの国に冬が訪れる。
アデラナ地区に住む者達も、大体が引っ越しを完了して職にありつけた。
決まらない者は自給自足生活をしつつ、子供達と一緒に清掃活動をして、野菜と僅かに給料を貰う。
「僕としては、仕事が見つかるまで普通に支援してもいいと思うけど…」
「駄目だ。病気や怪我で動けないならともかく、無償で与えたら堕落する」
グラスの考えに感心する。ただ与えるだけが優しさとは限らないと学んだ。
そして今日、彼らはアデラナにいる。最後に残る者達と話をする為に。
グラス、バジルを共に荒れた土地を進む。
「…なんの用だオジョウサン方。俺達は動かねえって言ってんだろ」
廃墟から現れたのは6人の男女。中年から初老が多く、彼らはセレスタンを信用していない。助けなんていらないと頑なに引っ越しを拒絶しているのだ。
セレスタンは逃げたくて震える足に力を入れて、男達を見つめる。
「もうじき冬がやって来る。お願いだからハセラに引っ越さない?仕事を頑張れば、もっと良い暮らしも出来るかも…」
「うるせえっ!!!」
「ひぃっ!?」
中年の酒臭い男が叫んだ。
「なんなんだテメエらは、今まで散々無視してやがったくせに!!!
俺の妻と息子はなあ、昨年の大雪で死んだ!!助けを求めても誰も応えちゃくれなかった!!!それを今更信じろだと!!?」
「そうだ帰れ!!施しを受けるくらいなら死んだほうがマシだ!!」
「私の赤ちゃん返してよお!!」
彼らは泣き叫びながらセレスタン達を責める。
「…ごめん…なさい。ごめんなさい…ごめ…」
「帰りましょうセレス様!」
真っ青な顔で立ち尽くし謝罪を繰り返すセレスタン。バジルは急いで彼女を横抱きにして、グラスは睨みを利かせてからアデラナから逃げる。
「…セレス様!?」
教会に戻っても、彼女は泣き止まなかった。ナディア達に心配されても返事も出来ず、グラスに連れられて部屋に向かう。
「セレス様…僕は一旦伯爵邸に戻ります。
あまり気に病まないでください。貴女の行動は誰に咎められるものでもありません」
「…ありがと、バジル」
バジルはグラスに目配せし、仕事がある為離脱。
グラスは彼女の隣に腰掛け、その肩を抱き寄せた。
「…ミコト」
「うん」
「僕…間違ってる?」
「いいや」
「国に調査を依頼するべき?」
「…基本的に統治はそれぞれの領主に任されるんだろう?細かな法だって地域ごとに違うくらいだし…
伯爵が横領とか人身売買とか、国の法を犯していなければ相手にされないかもしれない」
「だよね…僕、どうすればいいの…?」
「………」
ポロポロと涙を流してしゃくり上げる。
そっと肩を抱き寄せれば、彼女は背中に腕を回してきた。
グラスは胸の高鳴りを抑えながら、自分も彼女を腕の中に収める。
「…おれを頼って。権力も何も無いけど。ずっと側にいるから。
寄り掛かって、一緒に立ち上がろう。おれは強いから、お前を引っ張り上げるくらい造作もない。
おれは…」
グラスは体を離し、セレスタンの肩に両手を置き目を合わせる。
「おれ…は。領民を守るお前を守りたい。
笑顔でいてくれるなら、なんでもする。
お前の笑顔が好きだ。これから先もずっと…隣で見つめていたい。
本当は学園にもついて行きたいけど…流石にそこまでじいさんに頼れねえ。
だけど…忘れないで。誰かに否定されても、裏切られても。おれだけは絶対絶対、お前の味方だ。死んでも違えない」
「ミコト…」
セレスタンは真摯な言葉を受け…じわじわと頬を染めていく。
「あは、はは…まるでプロポーズじゃない」
「………」
耐え切れず俯き茶化してみた。
返事が無い代わりに、肩に置かれた手に力がこもる。
ふとその手が離れて…指で涙を掬った。更に顔が近付いてきたので、セレスタンは反射的にぎゅっと目を瞑る。
くすりと笑う声と同時に、頬に温かいものが触れる。それはすぐに離れ、グラスは立ち上がった。
「…お茶淹れてくる」
セレスタンは頬を押さえながら、呆然と見送る。
部屋を出るグラスの顔は見えないが、耳から首まで真っ赤に染めていた。
「…今…何が」
「グラスがキスしましたわ」
「最初唇にしようとしたけど、ヘタレて横にしてたぞ」
「解説せんといて…!!」
セレスタンは後ろに倒れ、きゃああー!!と奇声を発しながらベッドの上を転げ回った。
衝撃的な出来事だったけれど。負けてたまるか、諦めない!頑張ろうと前を向く活力にはなったようだ。
グラスは何も言わず、セレスタンも聞けずにいた。
あれはどういう意味だったのか。まさか…僕をす、好き…なのか、と考える。
お茶を飲みながら、本を読みながら、木刀を振るいながら彼に視線を送る。
目が合うと、ぐりんっ!と音が聞こえそうなほど高速に首を回して逃げていた。
グラスはその様子をニヤニヤしながら見ていた。
「何変な顔してるんだ…?」
「ダメよ、ロビン」
人の恋路を邪魔する奴はなんとやら。
※※※
アデラナの6人に関しては、本格的に寒くなる前になんとかせねばと焦っていた。
「やっぱ意識を落として縛り上げて、新居に荷物食料と一緒に放り込むか…」
「(たまにバイオレンスになるな…)」
それは最終手段にしておくとして。
日曜の午後、シャルロット達と合流して首都に向かう。教会前の路地で馬車を待っていた。
「お、来た。じゃあグラス、また週末にね」
「………」
「…?グラ、ミコト…?」
グラスはセレスタンの手を取り離さない。彼女の前髪をかき上げて目を合わせる。
眉間に皺を寄せて唇を結び、一歩詰め寄った。
「…離れたくない」
「へ」
「ずっと一緒にいたい。なんで寮は使用人を連れて行けないんだ」
「え…と。生徒の自立を促し…」
「じゃあ首都に家を借りて一緒に住む。どうせ伯爵邸にはほとんど帰っていないんだ、そこから学園に通えばいい」
「そ…れも、あり…ね?」
「そうだろう?」
グラスは捨てられそうな子犬のように、目を潤ませて懇願する。
セレスタンは心動かされそうになるが…ぐうっと堪えた。
「だ…ダメじゃい!!野菜の収入は領民の為に使うし、無駄遣いはできません!!」
「……(チッ)」
どうやら子犬の皮を被った狼のようだ。ウサギを取り逃し、内心悔しそうにしている。
「それに…」
「?」
セレスタンは目を伏せて口籠る。グラスは耳を近付けて音を拾おうとした。
「ふ…ふたり暮らしなんて…恋人みたいじゃん…」
瞬間。グラスに衝撃走る。
つまり彼女は…自分を恋人として見立ててくれている。それに対する嫌悪感は無く、むしろ好意的。
頬を紅潮させて裾を握る姿が愛らしく…グラスは今すぐ抱き締めて押し倒したい衝動に駆られた。
「(いや、相手はまだ13歳…!!)クッ…寝室は別にするから…!」
「当たり前だ!!?何言ってるんだ君は!!」
往来で大騒ぎする2人。次第に馬車が近付いてきて、じゃあね!!とグラスにチョップをくれた。
その時。
周囲にきゃあああっ!!という悲鳴が響く。
なんと馬車は、一切スピードを落とさずセレスタンを素通りしようとしたのだ。
それだけならば、よくある使用人の嫌がらせだ。シャルロットには「気付きませんでしたあ」と謝ればいい。
今日の御者は伯爵家の下男かー…セレスタンの感想はそのぐらい、なのだが。
彼女の目の前で、小さな子供が帽子を追い掛けて…馬車の前に飛び出してしまった。それを視認したと同時に…
「セレスっ!?」
セレスタンは地面を蹴っていた。「間に合わない」や「危ない!」等一切考えず。
少女がこのままでは死ぬ。それだけが頭に浮かび、反射的に動いていたのだ。
「あああああっ!!!」
馬の恐ろしい蹄が迫る。セレスタンは声を上げながら少女の体に腕を巻きつけ、着地も気にせず頭から地面に倒れ込む。
刹那にファイが胸元から飛び出して、煙で2人を受け止めた。直後に体の真横を馬車が高速で通り過ぎた。
御者は制御しようともせず、馬は嘶き前足を上げて止まった。
馬車は大きく揺れ、中から「きゃあっ!?」という短い悲鳴が聞こえる。
体を起こしたセレスタンは滝のような汗をかき、荒い呼吸を繰り返す。
少女は怯えて泣き出してしまった。母親と思しき女性が駆け寄り、涙ぐみながら謝罪と礼を言う。
大丈夫、ここから離れて。と少女を託し震える声を絞り出した。後から恐怖心が襲ってきて、心臓がバクバクと音を立てる。
「どうどう、危ないだろうが!!…って坊ちゃん?また余計な事を…!」
下男は馬を落ち着かせ、セレスタンをキッと睨む。
その反応にセレスタンは何かがプツンと切れた。
「この…クソ野郎があっ!!!」
「あがっ!?」
一足で御者台まで跳び、下男の顔面に拳を叩き込む。下男はその衝撃で地面に叩き付けられた。
「何、お兄様!?」
「ロッティ出て来ないで!!」
最愛の妹に、こんな現場は見せられない。そっちはバジルに任せて、セレスタンは横たわる下男の胸ぐらを掴み膝立ちにさせる。
「な…何を、するん…」
「黙れ!!」
セレスタンは激昂したまま怒鳴りつけた。下男は鼻が折れているのか、ひん曲がっている。
これまでセレスタンが声を荒げた姿など見た事が無いのだろう、口を半開きにして彼女を見上げる。
「何故スピードを落とさなかった!!子供が飛び出してるのは見えていただろうが!!?」
「中にはお嬢様がいるんですよ!馬車が揺れてしまって、怪我をなさったら…!」
「なんの為に優秀な執事が同乗しているんだ!!そもそもこんな町中で、猛スピードを出す事がおかしい!!危うく1人の命が奪われるところだったんだぞ!!?」
「そんなもの、貴族の馬車を横切ってはいけないなんて常識です!!」
「何十年前の話をしている!!襲撃など悪意の無い場合、止まって厳重注意するに留めるべきだろうが!!」
「たかだか子供1人の為に、お嬢様が予定を遅らせるなど」
「その口を閉じろ!!」
「……!あ、ぅ…」
バキィッ!ともう一撃!歯が折れたのか、セレスタンの拳も傷んでいる。
「たかがだと…?支えてくれる領民がいてこそ、僕達は暮らせるんだ!!
幼子だろうと老人だろうと関係無い、皆僕の守るべき大切な人達だ!!」
啖呵を切りながら手を離す。すると遠巻きに見ていた領民が一拍置き…おおおおおっ!と沸いた。
「格好いいー!」
「あれ誰?」
「お坊ちゃんでしょ」
「伯爵家の?」
「初めて見た」
「ありがとうー!」
冷静になると、注目されている事に気付き恥ずかしくなってしまった。
先程までの勢いは消え去り、狼狽えながら泣き続ける少女に近寄る。
「お嬢ちゃん、大丈夫?お馬さんは危ないからね、近寄っちゃだめだよ?」
「ひっぅ…うく…ごべんなざいぃ…!
おぼうしがね、あたらしいおぼうしが…うええええん!!」
グラスが落ちている帽子を拾い、汚れを叩いてセレスタンに渡す。
「素敵な帽子だね。大切にしてるんだね。
でもね…ママはお嬢ちゃんの事が大切なの。怪我をしちゃったら、ママはすっごく悲しくなって泣いちゃうの。嫌でしょう?」
「やだ…やだあ…」
「ね?じゃあお兄ちゃんと約束。絶対に、道に飛び出しちゃだめ」
「……ぐす…うん。ごめんなさい、おねえちゃん…」
「おね…(子供って鋭い…)」
母親は何度も頭を下げる。怪我が無くて良かったと微笑めば、母親もようやく笑顔になった。
下男には「歩いて帰れ」と指示をして、バジルに御者を頼もうとした。だが貸し馬車を返さなきゃいけないし…と悩み、グラスに操縦出来るか聞いてみる。
「出来ます。バジルとじいさんに習ったし、練習もしてます」
「じゃあ首都までお願い出来る?その後は…」
色々話す事はあるだろうが、まずこの場を離脱する。
扉を開くとシャルロットが不安そうな表情。説明は後にして、まず出発だ。
「はーい、馬車通りまーす!危ないよ、道開けてくださーい!」
「お坊っちゃーん!ありがとうございましたー!」
「どういたしまして!さあ離れてー!!」
平民は貴族の顔など一々把握していないので、初めてセレスタンを見た者も多いだろう。そして今日。その姿を目に焼き付けた事だろう。
彼女は御者台にグラスと並んで座り、領民に声を掛けながら町を出た。
「はー…あんな領主で…この町に未来は無いと思ってたよ…」
「馬鹿、やめろ!どこで伯爵側の人間が聞いてるかわかんねえぞ」
「おっと」
興奮冷めやらぬ町民の話題は、もちろんセレスタンについて。
「お坊ちゃんって事は、いつか領主になるんだろ?いつかな…」
「さっきの、エレナお姉ちゃんだよ?」
騒めきの中、子供の発言に全員が注目した。
それは普段清掃活動を頑張っている子供達。
「かみの毛は赤かったけど、お姉ちゃんだよね」
「うん。ぐれいくんもいたもんね」
「ばしゃの中に、バートくんもいたぞ」
大人達は詳しい事情を聞き出そうとしたが…「ひみつだからダメなの!」と逃げた。
大通りは暫く騒然としていたが、すぐに日常に戻った。
「……チッ。なんなんだ、今更…!」
薄暗い路地にて。一部始終を見て、複雑そうな表情を浮かべる男がいた。




