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皇国の精霊姫  作者: 雨野
日常編
45/102

アカデミー2年生 16



「我が君、ガブから連絡が。教会に赤ん坊を連れた少年が現れたって」


「へ。す…すぐ行くって伝えて!!」


 秋も深まる夜。寮で勉強中のセレスタンに届いた報。

 バジルに説明して「僕帰る!ロッティには体調不良って言っといて!」と飛び出してしまった。



 翌日ルシアンは彼女が現れないので、教室まで見に行った。

 どこにも姿は無く、休みか…と踵を返す。


「あらルシアン様、おはようございます。もう授業は始まりますわ」


「………くそぅ…」


「(?随分素直ですわね…)」


 ルネに捕まり、朝から教師を驚かせるのであった。




 ※※※




「ナディアちゃん!」


「あ…セレス様!」


「………」


 夜更けに教会に行くと、セレスタンと同じ年頃の少年が礼拝堂の隅に座っていた。

 靴も履いておらずボロボロで、その手には赤ん坊と思われる包みが。


「わたくしと同じように、敷地内に呆然と立っていました」


 ナディアは空き部屋に案内しようとしたが、拒絶されたと言う。


「ふむー…えっと、君」


「……!」


 少年は身なりの良いセレスタンを警戒して、腕の中のものを庇いながら後退る。刺激しないようまず対話を試みた。


「来るな!触るな!」


 痩せ細った少年は一生懸命に睨み付ける。全然怖くないな…と思いながら近付く。

 壁まで追い込み、そっと頭を撫でる。少年はビクッと大きく身体を震わせて、その手を叩いた。


「放せ!!」


「そっちがね!」


「あっ!?」


 隙を突いて腕の中からお包みを強奪成功。精霊に足止めをさせて開くと…ぐったりとした赤ん坊がいた。

 セレスタンはセレネに「おじいちゃん呼んで来て!」と指示。ベッドで横にせねばと急いで教会の奥へ向かう。



 その間も少年は言葉にならない叫び声を上げていた。「返せ」「泥棒」と言っているようだが、まるっと無視。

 数分でカリエとグラスを背に乗せたセレネが帰還。赤ん坊の診察をしている間も、彼は廊下で喚いていた。


 グラスが腕を捻り大人しくさせていたが…部屋の扉がバタン!!と開く。

 そこには…珍しく額に青筋を浮かべたセレスタン。

 

「返せ!!俺の弟…」


「ごしゃごしゃうるせえええーーー!!!」


「ごびっ」


 少年の頬に平手を放ち、彼は横に吹っ飛ぶ。

 グラスは目をまん丸にして即座に離れた(ちなみに叩き込む寸前まで、セレスタンが拳を握っていた事を見逃さなかった)。


「気が散るから静かにしてなさい!!衰弱で手遅れになるところだったんだよ!?

 自分で守る力が無ければ人を頼れ!!何が一番大事なのか、そこで考えてなさい!!」

 

 彼女はひとしきり怒鳴った後、そっと扉を閉めた。



「セレス様…」


 グラスは驚くと同時に…「勇ましい…可愛い…好き…」とトゥンクしていた。



 ※



 赤ん坊は穏やかに寝息を立てて一安心。

 少年に話を聞こうとすると…彼はベッドの後ろに逃げた。

 セレスタンが近付くと両手を上げて威嚇する。そのアリクイのような仕草に、皆笑いを堪える。


 とにかく今日はこの部屋で寝てもらい、明日話を聞く。部屋を出るとグラスが愉快そうに声を掛けてきた。


「いい平手でしたね」


「や…やかましい!口で言ってる暇が無かったから…!」


「おー怖。おれも怒らせないようにしないと」


「もうっ!!ちゃんと手加減したし!」


「え、あれで?」


「(わ…グラスさんが笑ってるの珍しい…)」


 セレスタンが背中をバシバシ叩くも、彼は笑い飛ばす。

 グラスは普段無表情がデフォルトなので、ナディアはこっそり感心しているのであった。




 少年はロビンと名乗り、現在12歳。弟は生後4ヶ月。母は兄弟を捨てて若い男と逃げ、父親の暴力に耐え切れず家を飛び出したと語る。

 セレスタン達は温かく迎え入れるも…赤ん坊の世話など誰も出来ない。困り果てて、本屋で働く母を訪ねた。


「私でよければ、助言ならいくらでも」


「ありがとうレイさん!」


 彼女はセレスタンに救われた恩を返せるなら嬉しいと笑った。

 同じようにアデラナからやって来た人達が、子育てに必要な事を色々教えてくれた。ロビンは一生懸命メモを取る。




「んぎゃあああああっ!!」


「お腹空いたのか!?えっと、ミルク…!」


「いや臭えよ、オムツだろ」

 

 セレスタンの頼みもありグラスは教会に住むようになった。カリエもしょっ中顔を出し、なんとか子育ても出来ている。


「おじいちゃん、診療所は大丈夫なの?」


「ほっほ。若い者達がやってくれていますよ。伯爵家に呼ばれなければ、暇なものです」


 セレスタン達はお茶を飲みながら、庭で遊ぶロビン達を眺める。



 ロビンは最初こそ警戒していたが、彼女らの純粋な好意に涙を流しながら謝罪した。

 自分が弟を守らないと。その使命感に支配されていた。助けてくれてありがとう…と何度も繰り返す。


 セレスタンは「こっちこそ叩いちゃってごめんね。これからはなんでも頼ってね」と微笑んだ。

 ロビンはその笑顔に頬を染める。俯いて蚊の鳴くような声で「はい…」とだけ返した。

 少年の初心な反応にナディアは「あらあら」と、カリエも「ほっほ」と笑う。


 だが直後グラスに教会裏に呼び出され。


「セレス様に手ェ出すんじゃねえぞ…」


「はひ…」


 と凄まれ半泣きになっていたのであった。




 赤ん坊にまだ名が無く、皆で意見を出し合った。


「僕はネーミングセンス無いらしいから…任せるよ…」


「「(ようやく自覚したのか…)」」


 バジルとセレネは心の中で微笑んだ。

 そうして彼女除く皆で考えた結果…『ロラン』に決まった。


「ロラン…お前はロランだ!」


「うきゃきゃ」


 ロビンが名前を呼ぶと、ロランは嬉しそうに笑う。

 グラスがそっとセレスタンに近寄り…


「あの笑顔を守ったのは、紛れもなくお前だ」


 と呟く。その言葉に鼻の奥がツンとして拳を握った。

 グラスはその手を優しく解き指を絡ませて、何も言わず微笑む。


 少しずつ…一歩ずつだけれど。こうして誰かを救えたのなら…挫けそうになるけれど、頑張ろう。そう思える出来事だった。

 


 ※※※



 もうじきこの国に冬が訪れる。

 アデラナ地区に住む者達も、大体が引っ越しを完了して職にありつけた。

 決まらない者は自給自足生活をしつつ、子供達と一緒に清掃活動をして、野菜と僅かに給料を貰う。


「僕としては、仕事が見つかるまで普通に支援してもいいと思うけど…」


「駄目だ。病気や怪我で動けないならともかく、無償で与えたら堕落する」


 グラスの考えに感心する。ただ与えるだけが優しさとは限らないと学んだ。




 そして今日、彼らはアデラナにいる。最後に残る者達と話をする為に。

 グラス、バジルを共に荒れた土地を進む。


「…なんの用だオジョウサン方。俺達は動かねえって言ってんだろ」


 廃墟から現れたのは6人の男女。中年から初老が多く、彼らはセレスタンを信用していない。助けなんていらないと頑なに引っ越しを拒絶しているのだ。

 セレスタンは逃げたくて震える足に力を入れて、男達を見つめる。


「もうじき冬がやって来る。お願いだからハセラに引っ越さない?仕事を頑張れば、もっと良い暮らしも出来るかも…」


「うるせえっ!!!」


「ひぃっ!?」


 中年の酒臭い男が叫んだ。


「なんなんだテメエらは、今まで散々無視してやがったくせに!!!

 俺の妻と息子はなあ、昨年の大雪で死んだ!!助けを求めても誰も応えちゃくれなかった!!!それを今更信じろだと!!?」


「そうだ帰れ!!施しを受けるくらいなら死んだほうがマシだ!!」


「私の赤ちゃん返してよお!!」


 彼らは泣き叫びながらセレスタン達を責める。


「…ごめん…なさい。ごめんなさい…ごめ…」


「帰りましょうセレス様!」


 真っ青な顔で立ち尽くし謝罪を繰り返すセレスタン。バジルは急いで彼女を横抱きにして、グラスは睨みを利かせてからアデラナから逃げる。



「…セレス様!?」


 教会に戻っても、彼女は泣き止まなかった。ナディア達に心配されても返事も出来ず、グラスに連れられて部屋に向かう。


「セレス様…僕は一旦伯爵邸に戻ります。

 あまり気に病まないでください。貴女の行動は誰に咎められるものでもありません」


「…ありがと、バジル」


 バジルはグラスに目配せし、仕事がある為離脱。

 グラスは彼女の隣に腰掛け、その肩を抱き寄せた。


「…ミコト」


「うん」


「僕…間違ってる?」


「いいや」


「国に調査を依頼するべき?」


「…基本的に統治はそれぞれの領主に任されるんだろう?細かな法だって地域ごとに違うくらいだし…

 伯爵が横領とか人身売買とか、国の法を犯していなければ相手にされないかもしれない」


「だよね…僕、どうすればいいの…?」


「………」


 ポロポロと涙を流してしゃくり上げる。

 そっと肩を抱き寄せれば、彼女は背中に腕を回してきた。

 グラスは胸の高鳴りを抑えながら、自分も彼女を腕の中に収める。



「…おれを頼って。権力も何も無いけど。ずっと側にいるから。

 寄り掛かって、一緒に立ち上がろう。おれは強いから、お前を引っ張り上げるくらい造作もない。

 おれは…」


 グラスは体を離し、セレスタンの肩に両手を置き目を合わせる。



「おれ…は。領民を守るお前を守りたい。

 笑顔でいてくれるなら、なんでもする。

 お前の笑顔が好きだ。これから先もずっと…隣で見つめていたい。

 本当は学園にもついて行きたいけど…流石にそこまでじいさんに頼れねえ。

 だけど…忘れないで。誰かに否定されても、裏切られても。おれだけは絶対絶対、お前の味方だ。死んでも違えない」


「ミコト…」


 セレスタンは真摯な言葉を受け…じわじわと頬を染めていく。


「あは、はは…まるでプロポーズじゃない」


「………」


 耐え切れず俯き茶化してみた。

 返事が無い代わりに、肩に置かれた手に力がこもる。

 ふとその手が離れて…指で涙を掬った。更に顔が近付いてきたので、セレスタンは反射的にぎゅっと目を瞑る。

 くすりと笑う声と同時に、頬に温かいものが触れる。それはすぐに離れ、グラスは立ち上がった。



「…お茶淹れてくる」



 セレスタンは頬を押さえながら、呆然と見送る。

 部屋を出るグラスの顔は見えないが、耳から首まで真っ赤に染めていた。



「…今…何が」


「グラスがキスしましたわ」


「最初唇にしようとしたけど、ヘタレて横にしてたぞ」


「解説せんといて…!!」


 セレスタンは後ろに倒れ、きゃああー!!と奇声を発しながらベッドの上を転げ回った。


 衝撃的な出来事だったけれど。負けてたまるか、諦めない!頑張ろうと前を向く活力にはなったようだ。




 グラスは何も言わず、セレスタンも聞けずにいた。

 あれはどういう意味だったのか。まさか…僕をす、好き…なのか、と考える。

 お茶を飲みながら、本を読みながら、木刀を振るいながら彼に視線を送る。

 目が合うと、ぐりんっ!と音が聞こえそうなほど高速に首を回して逃げていた。


 グラスはその様子をニヤニヤしながら見ていた。


「何変な顔してるんだ…?」


「ダメよ、ロビン」


 人の恋路を邪魔する奴はなんとやら。

 



 ※※※




 アデラナの6人に関しては、本格的に寒くなる前になんとかせねばと焦っていた。


「やっぱ意識を落として縛り上げて、新居に荷物食料と一緒に放り込むか…」


「(たまにバイオレンスになるな…)」


 それは最終手段にしておくとして。

 日曜の午後、シャルロット達と合流して首都に向かう。教会前の路地で馬車を待っていた。


「お、来た。じゃあグラス、また週末にね」


「………」


「…?グラ、ミコト…?」


 グラスはセレスタンの手を取り離さない。彼女の前髪をかき上げて目を合わせる。

 眉間に皺を寄せて唇を結び、一歩詰め寄った。


「…離れたくない」


「へ」


「ずっと一緒にいたい。なんで寮は使用人を連れて行けないんだ」


「え…と。生徒の自立を促し…」


「じゃあ首都に家を借りて一緒に住む。どうせ伯爵邸にはほとんど帰っていないんだ、そこから学園に通えばいい」


「そ…れも、あり…ね?」


「そうだろう?」


 グラスは捨てられそうな子犬のように、目を潤ませて懇願する。

 セレスタンは心動かされそうになるが…ぐうっと堪えた。


「だ…ダメじゃい!!野菜の収入は領民の為に使うし、無駄遣いはできません!!」


「……(チッ)」


 どうやら子犬の皮を被った狼のようだ。ウサギを取り逃し、内心悔しそうにしている。


「それに…」


「?」


 セレスタンは目を伏せて口籠る。グラスは耳を近付けて音を拾おうとした。


「ふ…ふたり暮らしなんて…恋人みたいじゃん…」


 瞬間。グラスに衝撃走る。


 つまり彼女は…自分を恋人として見立ててくれている。それに対する嫌悪感は無く、むしろ好意的。

 頬を紅潮させて裾を握る姿が愛らしく…グラスは今すぐ抱き締めて押し倒したい衝動に駆られた。


「(いや、相手はまだ13歳…!!)クッ…寝室は別にするから…!」


「当たり前だ!!?何言ってるんだ君は!!」


 往来で大騒ぎする2人。次第に馬車が近付いてきて、じゃあね!!とグラスにチョップをくれた。



 その時。


 周囲にきゃあああっ!!という悲鳴が響く。

 なんと馬車は、一切スピードを落とさずセレスタンを素通りしようとしたのだ。

 それだけならば、よくある使用人の嫌がらせだ。シャルロットには「気付きませんでしたあ」と謝ればいい。

 今日の御者は伯爵家の下男かー…セレスタンの感想はそのぐらい、なのだが。



 彼女の目の前で、小さな子供が帽子を追い掛けて…馬車の前に飛び出してしまった。それを視認したと同時に…


「セレスっ!?」


 セレスタンは地面を蹴っていた。「間に合わない」や「危ない!」等一切考えず。

 少女がこのままでは死ぬ。それだけが頭に浮かび、反射的に動いていたのだ。


「あああああっ!!!」


 馬の恐ろしい蹄が迫る。セレスタンは声を上げながら少女の体に腕を巻きつけ、着地も気にせず頭から地面に倒れ込む。

 刹那にファイが胸元から飛び出して、煙で2人を受け止めた。直後に体の真横を馬車が高速で通り過ぎた。


 御者は制御しようともせず、馬は嘶き前足を上げて止まった。

 馬車は大きく揺れ、中から「きゃあっ!?」という短い悲鳴が聞こえる。


 体を起こしたセレスタンは滝のような汗をかき、荒い呼吸を繰り返す。

 少女は怯えて泣き出してしまった。母親と思しき女性が駆け寄り、涙ぐみながら謝罪と礼を言う。

 大丈夫、ここから離れて。と少女を託し震える声を絞り出した。後から恐怖心が襲ってきて、心臓がバクバクと音を立てる。



「どうどう、危ないだろうが!!…って坊ちゃん?また余計な事を…!」


 下男は馬を落ち着かせ、セレスタンをキッと睨む。

 その反応にセレスタンは何かがプツンと切れた。



「この…クソ野郎があっ!!!」


「あがっ!?」


 一足で御者台まで跳び、下男の顔面に拳を叩き込む。下男はその衝撃で地面に叩き付けられた。


「何、お兄様!?」


「ロッティ出て来ないで!!」


 最愛の妹に、こんな現場は見せられない。そっちはバジルに任せて、セレスタンは横たわる下男の胸ぐらを掴み膝立ちにさせる。


「な…何を、するん…」


「黙れ!!」


 セレスタンは激昂したまま怒鳴りつけた。下男は鼻が折れているのか、ひん曲がっている。

 これまでセレスタンが声を荒げた姿など見た事が無いのだろう、口を半開きにして彼女を見上げる。


「何故スピードを落とさなかった!!子供が飛び出してるのは見えていただろうが!!?」


「中にはお嬢様がいるんですよ!馬車が揺れてしまって、怪我をなさったら…!」


「なんの為に優秀な執事が同乗しているんだ!!そもそもこんな町中で、猛スピードを出す事がおかしい!!危うく1人の命が奪われるところだったんだぞ!!?」


「そんなもの、貴族の馬車を横切ってはいけないなんて常識です!!」


「何十年前の話をしている!!襲撃など悪意の無い場合、止まって厳重注意するに留めるべきだろうが!!」


「たかだか子供1人の為に、お嬢様が予定を遅らせるなど」


「その口を閉じろ!!」


「……!あ、ぅ…」


 バキィッ!ともう一撃!歯が折れたのか、セレスタンの拳も傷んでいる。



「たかがだと…?支えてくれる領民がいてこそ、僕達は暮らせるんだ!!

 幼子だろうと老人だろうと関係無い、皆僕の守るべき大切な人達だ!!」


 啖呵を切りながら手を離す。すると遠巻きに見ていた領民が一拍置き…おおおおおっ!と沸いた。


「格好いいー!」

「あれ誰?」

「お坊ちゃんでしょ」

「伯爵家の?」

「初めて見た」

「ありがとうー!」


 冷静になると、注目されている事に気付き恥ずかしくなってしまった。

 先程までの勢いは消え去り、狼狽えながら泣き続ける少女に近寄る。


「お嬢ちゃん、大丈夫?お馬さんは危ないからね、近寄っちゃだめだよ?」


「ひっぅ…うく…ごべんなざいぃ…!

 おぼうしがね、あたらしいおぼうしが…うええええん!!」


 グラスが落ちている帽子を拾い、汚れを叩いてセレスタンに渡す。


「素敵な帽子だね。大切にしてるんだね。

 でもね…ママはお嬢ちゃんの事が大切なの。怪我をしちゃったら、ママはすっごく悲しくなって泣いちゃうの。嫌でしょう?」


「やだ…やだあ…」


「ね?じゃあお兄ちゃんと約束。絶対に、道に飛び出しちゃだめ」


「……ぐす…うん。ごめんなさい、おねえちゃん…」


「おね…(子供って鋭い…)」


 母親は何度も頭を下げる。怪我が無くて良かったと微笑めば、母親もようやく笑顔になった。

 下男には「歩いて帰れ」と指示をして、バジルに御者を頼もうとした。だが貸し馬車を返さなきゃいけないし…と悩み、グラスに操縦出来るか聞いてみる。


「出来ます。バジルとじいさんに習ったし、練習もしてます」


「じゃあ首都までお願い出来る?その後は…」


 色々話す事はあるだろうが、まずこの場を離脱する。

 扉を開くとシャルロットが不安そうな表情。説明は後にして、まず出発だ。



「はーい、馬車通りまーす!危ないよ、道開けてくださーい!」


「お坊っちゃーん!ありがとうございましたー!」


「どういたしまして!さあ離れてー!!」


 平民は貴族の顔など一々把握していないので、初めてセレスタンを見た者も多いだろう。そして今日。その姿を目に焼き付けた事だろう。

 彼女は御者台にグラスと並んで座り、領民に声を掛けながら町を出た。




「はー…あんな領主で…この町に未来は無いと思ってたよ…」


「馬鹿、やめろ!どこで伯爵側の人間が聞いてるかわかんねえぞ」


「おっと」


 興奮冷めやらぬ町民の話題は、もちろんセレスタンについて。


「お坊ちゃんって事は、いつか領主になるんだろ?いつかな…」


「さっきの、エレナお姉ちゃんだよ?」


 騒めきの中、子供の発言に全員が注目した。

 それは普段清掃活動を頑張っている子供達。


「かみの毛は赤かったけど、お姉ちゃんだよね」


「うん。ぐれいくんもいたもんね」


「ばしゃの中に、バートくんもいたぞ」


 大人達は詳しい事情を聞き出そうとしたが…「ひみつだからダメなの!」と逃げた。


 大通りは暫く騒然としていたが、すぐに日常に戻った。




「……チッ。なんなんだ、今更…!」




 薄暗い路地にて。一部始終を見て、複雑そうな表情を浮かべる男がいた。


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