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皇国の精霊姫  作者: 雨野
日常編
43/102

アカデミー2年生 14



 チチ…ピチチ…


「んあ…?」


 目を覚ましたのは朝5時半。

 セレスタンは精霊を踏まないよう、慎重にベッドから降りる。


「おみゃう」


「おはよ、ヘリオス」


 ベッドの横には大きなクッション。その上にヘリオスが丸くなっている。



 本日より2学期が始まる。セレスタンは約束通り、ヘリオスを引き取り寮で一緒に暮らす。寝室はやや狭くなってしまったが、賑やかになり彼女は楽しそうだ。

 動きやすい服に着替えボールを持ち、ヘリオスを連れて部屋を出た。


「よっしゃ行くぞ!」


「みゃい!」


「zzzz...」


 精霊達はまだ起きないので、ファイの入っているペンダントだけ持って行く。



 ※



「まだ6時前…30分は遊べるね!」


「みゃっほおおぉぉぉい!!!」


 グラウンドでヘリオスを放つと、彼(?)は縦横無尽に走った。最早残像しか見えず、セレスタンは目を回す。


「ひい〜…封じてるから全力じゃないはずなのに…速いよ〜!」


「ごみぇん」


 キキーッとブレーキ、ようやく止まった。

 セレスタンも軽くストレッチをして、ソフトボール大のボールを構えた。


「よお〜し!!いっけー!!」


「みょっほ!」


 全力で投げるもあっさり追い付かれる。それでもボールを咥えて尻尾を振りながら駆け寄って来る姿に、セレスタンの頬は緩む。


「みゃーむ」


「んあ?」


 何度か繰り返すと、ヘリオスは顎でボールを放り投げる仕草をする。そのまま遠投し…セレスタンをじっと見つめる。


「…取って来いってか!!よっしゃ任せなさい!」


 ダッと走り、ボールを拾う。今度はその場からヘリオスに向かって投げる、いつの間にかキャッチボールになっていた。

 ただヘリオスはノーコンであちこちにすっ飛ばす。セレスタンは朝から全力疾走をする羽目に。


「待って、これじゃ僕が散歩されてるじゃん!」


「みゅふふふ」


「まさかクザン先生にも…?」


 ヘロヘロになりながらも彼女は笑顔だった。前髪は邪魔!と言って上のほうで縛り、眼鏡も仕舞う。まだ誰もいないし…と開放的になっているようだ。


 ボールを投げ合って走り回って、思いっきり転んでは笑って。


「いてて、あははは!やったなこんにゃろっ!」


「みゃあ〜!!」


 ヘリオスにタックルをかまし、一緒に地面に転げ回る。全身を汚しながらも無邪気に笑う姿は、普段からは想像もつかないだろう。



 ※



「あー…シャワー浴びてる時間あるかな…」


 たっぷり遊び、満足したヘリオスを小屋に連れて行く。簡単に砂埃を払い、彼は満足気にみゅふんと鼻を鳴らした。


「じゃあね、ヘリオ…」


「あれっ、散歩行ってきたん?」


「!!?」


 後ろから声を掛けられ、セレスタンは肩を跳ねさせた。


「オウ…ごめん…そんなにビビるとは」


 一瞬にして顔を青くし、恐る恐る後ろを向く。そこにいたのはジェフで、困惑顔で頭を掻いている。

 セレスタンは慌てて髪を解き顔を隠す。ヘリオスの背中にスススと移動、お座り状態なので丁度全身隠れるのだ。


「えと…ラサーニュちゃんの兄ちゃん、セレスタンだよな?」


 頭だけ覗かせ小さく頷いた。


「……テナ先輩…です、よね?」


「そうそう、ジェフ・テナね(めっちゃ怖がられてる…人間不信気味だって言ってたっけ)。

 えっと…なんか困った事があったら相談してな!じゃっ!」


 逃げるように走り去るジェフ。彼の姿が見えなくなる頃には、心臓の鼓動も落ち着いてきた。しかしこのまま男子寮で暮らせるのかな…?と、セレスタンは不安でいっぱいになってしまった。



 廊下で誰かとすれ違う度、全身から冷や汗が止まらなくなる。叫びたいのを堪え、急いで部屋に駆け込む。


「げほっ、うえぇ…」


 安心したからか吐き気を催し、トイレに篭る。

 朝食の席に現れない彼女を心配してバジルが迎えに来た。彼にぴったりとくっ付いている事で、人前でもなんとか平穏を保つ。



「セレス、おはよう」


「おはよ…ジスラン」


 食堂の席に着くも食欲が無い。無理矢理サラダだけ詰め込み、朝からガッツリ肉を食べるジスランを眺める。


「ラサーニュ、犬の様子はどうだ?」


「!!ラ、ラブレー…か」


「んだコラその反応は」


 エリゼは斜め前、ジスランの隣に座る。彼は気まぐれに同席するのだが…セレスタンの事をチラチラ見ている。


「(なんなの…)犬…ヘリオスなら元気だよ」


「ふーん。もう身体は大丈夫なのか?」


「ほけっ?あ…うん、多分…」


「なんだハッキリしないな。もっと堂々と言やいいだろうが」


 ぐっさり刺されて項垂れるセレスタン。彼のズバズバした物言いは、中々慣れないのである。



 ※



 寮でも、学園でも。セレスタンに嘲りの視線を送る者はいる。彼女はそんな視線に対し

「あれは人間じゃない。人の心を持たない悪魔だ。分かり合えない、言葉は通じない」と自分に言い聞かせる。


「おはよう、ラサーニュ」


「…おは、よう、ございま…す…」


 ただしパスカルのように、敵意は無いが親しくもない人にどう接していいのか分からない。とりあえず挨拶されたら返す、それ以上は逃げる事にした。


「ラサーニュ、聞きたい事があ」


「すみません僕トイレ!!」


「…………」


 教室から飛び出し一心不乱に走る。

 お願いだから…誰も話し掛けないで…!!と目に涙を浮かべた。




「はあ…治ったと思ったのに。復学は早かったかな…」


「……おい」


「っふぉおい!!?…ルカ!?」


 彼女は無意識に屋上扉まで来ていて、突如響いた声に驚いた。相手は当然ルシアン。

 彼女は丁度返したいと思っていたハンカチを取り出すも、そこに置いておけと言われる。


「…顔を見せてはくれないんですか?」


「……すまない…」


「そですか…」


 しょぼくれるセレスタン。その気配を扉越しに感じ取ったのか、ルシアンはちょっと待てと言う。


「…ほら」


 ゴソゴソという音の後に鍵は開けられ、セレスタンはひょこっと顔を覗かせた。すると、そこには。


「………」


「か…怪人カミブクロン…」


「…うるさい」


 頭から紙袋を被った三角座りのルシアンがいた。


 皇子だと知られれば、恐らく彼女はもうここには来ないだろう。そう考え徹底的に正体を隠す事に決めたのである。

 始業式の時間になり、2人はサボり確定。僕も一緒にいていいですか?と聞けば好きにしろと返された。


 屋上にはルシアンの私物が入っていると思われる箱のみある。彼はシートを敷いて、その上で寛いでいたようだ。

 セレスタンは扉の前で服の裾を掴み、どうしていいか分からずにいる。なので「座れ」と言われ、笑顔で隣に腰を下ろした。


「(なんだろう、この人は怖くない。どことなくルキウス様に似た雰囲気のお陰かな…)」


「(なんですぐ隣に座る…!近い!)」


 2人はポツポツと言葉を交わす。すると下が騒がしくなり、始業式の終わりを告げているようだ。

 遠くからセレス様ー!!お兄様ー!!という声が聞こえてきて、2人に何も言っていない事を思い出した。


「わわ!僕もう行きます、その…」


「?」


「ま…また来てもいいですか?」


「…俺がいる時なら、いつでも」


 その返事にセレスタンは破顔した。ただし誰にも言うなと念を押される。


「じゃあ、2人だけの秘密ですね!」


 そう言い残し、階段を駆け降りる。ルシアンが紙袋を取ると…僅かに頬を染めて、嬉しそうに「秘密か…」と噛み締めるのであった。




 ※※※




 本日は始業式だけで終わりなのだが、セレスタンは生徒会室に呼ばれた。怖がらないよう、シャルロットとバジルも一緒だ。

 シャルロットと並んでソファーに座り、ルクトルと対面する。同じ空間に生徒会メンバーもいるのでやや苦しいが、妹の手前平静を装う。


「すみません、セレスタン君。辛いとは思いますが…暴力事件について、話を聞きたいんです」


「暴力…!?」


 セレスタンよりもシャルロットのほうが反応する。ルクトルも悲しげに眉を下げつつも、確認が必要なんですと言う。

 当時を思い出し身体を硬直させるが…逃げてばかりではいられない、と顔を上げる。


 男子3人に呼ばれて、顔や腹、背中を殴られたと。怪我は自分で治した。理由は…と語る。

 聞いていたシャルロットは拳を震わせ、令嬢らしからぬ形相だ。


「殺す…殺す…」


 隣のセレスタンにすら聞こえぬ声量で呪詛を吐く。

 ルクトルも顔を顰めて、セレスタンの頭を撫でた。証言と一致しているのでこれ以上彼女を追い詰める必要は無い。生徒達は退学になっているので安心するよう告げた。




 バジルに支えられながら部屋を出る。聞き耳を立てていた生徒会メンバーも静かに怒りを覚えていた。


「会長。お兄様を苦しめた生徒はどこの家の者ですか?」


「…聞いてどうします?」


「ころ…始末します」


 言い直す必要あったかな?と全員が思った。

 ルクトルはこめかみに手を当てて、充分罰は与えたので落ち着くよう言う。

 シャルロットは納得いかなそうだが、それよりも兄の側にいてあげてという言葉に引き下がった。


「あんなに苦しむお兄様を見ていられないわ…」


「…彼は今も他人が怖いのでしょうか?」


「そうですね…親しい人以外は、対面するだけで顔を青くします。本当のお兄様は朗らかで笑顔が超絶可愛い素敵な方なのに…!」


 生徒会メンバーはすでに、完璧令嬢シャルロットの姿は偽りだと悟っている。

 その正体は重度のブラコンで、敵と認定した相手には慈悲も容赦も無い女性だ、と。


「そう…あれはまだ私達が9歳の頃。お兄様は…」


 なんか始まった…と全員が遠い目をする。




 シャルロットはたっぷり5時間、愛しのお兄様について演説するのであった。


 日も沈む頃には全員机に突っ伏している。「お兄様」「可愛い」という単語がゲシュタルト崩壊を起こす程度には疲労しているようだ。

 今も真面目に聞いているのはルクトルとパスカルくらい。特にルクトルは「兄上に教えてあげよう」とメモを取りながら質問したりもする。



「それで…気弱だと思われがちなお兄様ですが、本当は勇気溢れる強い心をお持ちなのです!

 まだ小さかった頃、私はお兄様に救われました。今私がこうして生きているのはお兄様のお陰なのです」


「え…何かあったのか?」


 シャルロットは止まらない。だが命の恩人という話に、屍となっていたメンバーも顔を上げた。




「……という事があったのです。私にとっては人生が変わる程の出来事だったのですが、お兄様はあまり覚えていないみたいで。

 お兄様にとっては、特別な事でもなんでもないからなんです。その事件の後落ち着いてから「怖くなかったの?」と聞いてみました。するとへにゃっと笑って…」



『うーん…すっごくこわかった。でもね。ぼくは───』



「…お兄様は、私のヒーローなんです。これからもずっと」


 昔を思い出して、シャルロットは穏やかに微笑む。

 メンバーも「いいお兄さんだね」と言いながら今のセレスタンを思う。どうにかして元気になってもらいたいな…と。



 ※



 ルクトルは夕食の席で、ルキウスに今日聞いた話を教えてあげた。


「セレスタン君は感情が全て顔に出てしまうのでカードゲーム類は苦手だそうです。ただわざと負けると可愛らしく怒るんですって。

 犬より猫派。誰もいない所でよく歌を歌っていると。

 本当は伯爵になりたくなくて、小さい頃の夢はパン屋さんかお花屋さん。

 引っ込み思案に思われがちですが、心を許した相手には本来の明るく無邪気な姿を見せてくれるんです。例えば…」


 ルキウスは食事そっちのけで真剣に聴いている。ルシアンもこっそり聞き耳を立てており、デザートが終わっても席を立たない。


「泣き虫なのには訳があって、苦しい事や悲しい事。もう頑張れないと思った時。耐え切れない辛さを涙にするんです。

 そして流し切った後、空っぽになった心に無理矢理元気を注入する。それがあの子の立ち上がり方だそうです…」


「…それは…危ういな」


 ルキウスは拳を握り歯軋りをする。

 頑張らなくていい、なんて言えない。

 頼ってくれと言っても求めてくれない。

 自分が心を奪われた、あの純粋な笑顔が曇ってしまったら…そう考えては眉を寄せる。


「…とりあえず、また何か分かったら報告を頼む」


「はい」



 だがルキウスが願うまでもなく、この日以降シャルロットが情報をくれるのであった。




 ※※※




 とある放課後、セレスタンは木剣を手に医務室を訪ねる。


「先生〜…今ヒマですか…?」


「ん?ラサーニュ兄…とリオ。急ぎの仕事はねえけど…剣か?」


「よろしければ」


「あいよ」


 ルキウスやランドールが卒業してからはオーバンを頼っている。

 3人で人気の無い場所に移動、体をほぐしてから構える。


「今日のお前の剣、形違うな?」


「はい。ラン…ドール様が用意してくれたんです!僕の持っている武器に似ている形状なんですよ」


 そう、木刀である。刀の使い方は完全に自己流になってしまうが、鍛錬でもこちらの形を意識するべきだろう。

 あの魅禍槌丸(ミカさま)は強力だ。必ず自分の助けになる…そう考えている。



「はあっ!!」


「軽い軽い」


「ふぎぎ…!!」


 オーバンとはこれまでにも何度か剣を交えているが、彼はふざけた態度の割に強敵だ。彼女の攻撃を難なく躱し、木刀を弾き首に木剣を当てる。

 オーバンはスパルタでもなんでもないが、様々な戦法を用いるので彼女にとっていい経験になっている。

 

「はい、また先生の勝ち〜」


「ふんぬぅ…!!」



 バジルがくれたタオルで汗を拭き休憩。

 水分を取りながら、セレスタンは疑問をぶつけた。


「先生はどなたに剣を教わったんですか?」


「ん…ふっふん。先代皇室騎士団総団長殿だ。誰にも言うなよ?」


「え!すごいじゃないですか!!ただの不良教師じゃなかったんですね!!」


「お前そんな事考えてたの?」


 思ってたよりこの人大物だ!!と尊敬の眼差しで見つめる。うりうりと乱暴に頭を撫でられるも、楽しげに笑うセレスタン。


「そんな大物でもねーよ。(※皇弟)

 先生が13歳の頃は剣は嗜み程度で、お前より全然弱かったし」


 でもその後の鍛錬でここまで強くなってるんだもんなあ。男女の違いか…才能の差か。そう考えて顔を曇らせてしまった。

 それを感じ取ったのか、オーバンは慌てて言葉を続ける。


「え…っとな。先生の甥っ子なんてなー、7歳で剣を始めたんだが。自分にゃ向いてねえって、3日で投げ出しちまったんだ。

 でもそれを笑える人間は誰もいねえ、剣みたいな専門分野は継続が難しい。先生はあん時…強くなりたい理由があった。だから頑張れた」


「……僕はただ、惰性で続けているだけです。やめたら失望されるんじゃないかとか…ん?」


 次第に頭を撫でる手が優しくなり、セレスタンは顔を上げた。


「ど阿呆。いいか?継続、努力ってのは誰でも出来る事じゃねえ。それはお前の立派な才能だ」


「才能…?」


「おうよ。

 …でも努力は必ず報われる、なんて事はねえ。お前はどれだけ鍛錬を積んでも、ブラジリエに勝てる日は来ないだろう」


 分かってはいるけれど、ハッキリ言われて項垂れてしまう。


「でもな。積み上げた力は必ずどこかで役に立つ。いつか「今まで自分が頑張って来たのはこの時の為だったんだ」って繋がる日が来る」


 オーバンは目を合わせて言い切った。

 セレスタンはその言葉を噛み締めて。いつか「続けてよかった」と思える日が来るのなら。もうちょっと頑張ってみようかな…小さく頷いた。


 バジルはそのやり取りを微笑みながら眺める。これを機に彼女が前向きになってくれればいいなと願いながら。




「じゃあ先生、ありがとうございましたー!また相手してください!」


「おうさ。今度先生にも、犬に会わせてくれや」


 オーバンは小さく手を振りながらセレスタン達と別れた。

 校舎に戻ろうと踵を返した瞬間。


「ぶっ!?」


「……三日坊主で悪かったな」


 顔面に丸めたタオルが叩き付けられた。犯人は唇を尖らせているルシアン。


「聞いてたんかい。仕方ねえな、今からでも相手してやんぞ?」


 オーバンはタオルを解き、首に掛けながらケラケラ笑った。

 ぐぬぬと唸ったルシアンは学園の倉庫から木剣を持ち出すが。


「そりゃっ!」


「んだそのヘナチョコ筋は!?」


「やかましい!!私はいつも素振りしかしていないんだ!!」


「その辺の騎士とっ捕まえて相手してもらえ!!」


「……無理!!」


「まーだくだらねえプライドが邪魔してんのか!!」


 カキーン、シュイーン。どうにも力の入っていない剣筋。

 ルシアンは自分が騎士達から嫌われている、今更どの面下げて…と指南を頼めずにいる。



「…言ってくれれば、喜んでお相手すんのにな〜」



 叔父と甥がぎゃーぎゃー言いながら剣を打つける姿を。

 皇子の護衛として来ていたハーヴェイが、こっそりと覗き見しているのであった。



セレスタンが学園でいつも通り接する事が出来る相手:

シャルロット・バジル・ルネ・ジスラン・ルクトル・オーバン・ルカ

微妙な相手:

エリゼ・教師陣

その他の皆さん:マジ無理。

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