アカデミー2年生 13
その頃のシャルロット。
「ラサーニュ令嬢、学園での騒ぎは聞きましたよ」
「詳しく存じませんが…貴女の功績をお兄様が横取りしたと噂になっておりますわ」
「大変でしたのね…」
「…………」
シャルロットは自分に向けられた憐れみの視線、言葉に黒い笑顔を見せた。どうやらセレスタンの被害妄想だけでなく、実際に彼女を悪く言う人もいたらしい。ホストであるルシファーが居ない隙に、同じテーブルにいる令嬢達の話題はそちらに移行する。
今日集まっているのは、皆未婚の若い女性ばかり。つまりアカデミー生も多数いるのだ。
「…ほほほ、面白い事を仰いますのね。そちらに関しては私、否定したはずですわ?」
「え…でも実際に…」
シャルロットは笑みを浮かべながら優雅にティーカップを置く。テーブルにヒビが入っているのは気の所為だろう。
「ふふ。あの子はお兄様の契約している闇の精霊ですわ。何故かお兄様と魔力のパスが上手く繋がらなくなってしまい…はぐれているのを私が見つけましたの」
という設定だ。その他理屈が合わない部分は、全て「精霊は謎が多いので分からない」でゴリ押す。事実その通りなので、指摘出来る者はいないのである。
「あーでこーで…つまり噂は事実無根。
お分かりいただけましたか?それでも皆様がお兄様を悪く仰るのなら…私も友人付き合いを考え直さねばなりませんわ」
「わ、分かりましたわ!誤解でしたのね、失礼致しましたわ」
皆シャルロットと絶縁したくないので、必死にご機嫌取りをする。
「(…なんで皆私との繋がりを欲しがるのかしら?ただの伯爵令嬢の私に。意味が分からないわ…)」
最早本人すら、何故ここまで人気なのか理解出来ない境地に達してしまっている。
実はルキウスがラサーニュ邸に足繁く通っているのは有名で、シャルロットは皇太子妃候補No.1と言われているのだ。そのガセが、彼女の人気を後押ししているのを本人達は知らない。
ルシファーが戻って来て、話題が完全に逸れたその時。
遠くから「ぴやぁ〜…」「ぎょえ〜…」「ぱわぁ〜…」というセレスタンの奇声が聞こえて来る。
「「「…………」」」
シャルロットは無言で立ち上がった。
「おほほ、少々席を外しますわ。殿下、失礼致します」
「ええ、いってらっしゃい」
にっこりと笑い…ドレスの裾をつまんで全力疾走。
「お兄様あぁーーー!!!今行くわーーー!!!」
「はしたなくてよ、ロッティさーん!!」
ルネも叫びながら後を追うのであった。
※※※
セレスタンは数分で目覚めた。気付けばランドールに横抱きにされてベンチに座っていた。
眼前には地面に正座をし、精霊にど突かれている糸目の男が。更にその後ろには仁王立ちした令嬢2人がいる。
「ですから、此方は精霊に興味があるだけなんですってば〜!」
「?????」
セレスタンはバジルに説明を求めた。
「あの方はテノーの宮廷魔術師、タオフィ様と仰るそうです。セレス様が強力な精霊を連れていると見抜き、見せて欲しいとの事です」
「それなら普通に言ってくれればいいのに…」
「(貴女が逃げたんですよ…仕方ないけど)」
「ランディ兄、ありがとうございます」
「なんの。まだこのままでいいぞ?」
「えー…」
彼女がそんな会話をしている中も、シャルロット達の尋問は続く。
「精霊が目的ぃ?隠れているはずなのに、どうやって見抜きましたの?」
「此方は他者の魔力をオーラのように見て感じ取れるんです〜。赤髪の貴女と茶髪の彼は差はあれど平均的、浅緑髪の貴女はやや少なめ。そちらの銀髪の彼はわりかし多めですね」
魔力量を言い当てられた面々は顔を見合わせた。
次にタオフィは細い目をスッと開き、セレスタンを凝視する。セレスタンとランドールは「その表情格好いいな」と密かに高揚しているのであった。
「貴方は…ん?」
タオフィが口を開こうとすると、精霊達が冷たい視線で彼を見据える。
彼は背筋が凍るのを感じ、口を噤んだ。
「(黙れ…ってとこかな?)っと…よろしければ2人きりでお話出来ません?魔力ってかなーりデリケートな話題なんですよ。他の人に聞かせるのは、貴方にとっても良くないと思うんです」
「えと…」
いきなり2人きりはちょっと…と尻込みする。だがタオフィは諦められないのか、引き下がらない。
セレスタンが中々首を縦に振ってくれないので、かくなる上は…と美しい土下座まで披露した。
「お願いします!ちょっとお話したいだけなんです!!」
「ひーーー!!分かりました、それやめてください!!!」
「えっ、お兄様大丈夫…?」
彼女は居た堪れなくて了承した。タオフィは目を輝かせ(多分)、パーティー会場の隅っこに移動する。
※
「ここでいいかな…」
彼は周囲に遮音の魔術を掛けて、改めてセレスタンと対峙した。
「ではまず。貴方自身かなり多くの魔力を所持していますが…連れている精霊は上級1体。上級以上が4体。そこの毛玉様は…計り知れませんね。それと鎖骨の辺りと腹部にも強い力を感じます。もしや最上級の刻印を施されていませんか?」
刻印まで全て言い当てられ、セレスタンは目を見開いた。テランスにもそこまではバレていないというのに。
「あの…タオフィ様」
「様は結構ですよ〜。此方平民ですので、敬語無しの呼び捨てでどうぞ」
「いえ。平民だとしたら王太子殿下の護衛に選ばれるまでに、かなりの苦労をなさったのでしょう?才能もあったのでしょうが、貴方は努力なさって今の地位にいるのだと思います。
せめて…タオフィさんと呼ばせてください。僕のほうこそ、気軽にお呼びください」
今度はタオフィが目を開く。そして僅かに口角を上げて微笑み…
「ではセレスタン君とお呼びします!よかったら、此方に精霊を紹介していただけませんか?」
「はい。セレネ、バラキエル、ガブリエル、セラフィエル、ラファエル、ファイ。皆出ておいで」
彼女が両手を広げると、周囲を煙が包む。遠目で見ていたシャルロット達が驚いて近寄ろうにも、煙は質量を持っていて壁になり遮る。
煙の中では、精霊達が本来の姿を現しているのだ。
「これは…!?」
タオフィは鼻息荒く頬を紅潮させ、子供のようにはしゃいだ。
「えっと、まず天使達について…」
真実を見抜く目を持っている彼に隠しても無駄だと判断し、セレスタンは丁寧に説明する。彼はセレネの前に膝を突き、尊敬の眼差しを向ける。
「では、貴方様は光の最上級精霊…!!お会いできて光栄です、感無量です!!」
「お、おう。セレネはすごいんだぞ」
「はうあ!!先程の毛玉様も麗しくあられましたが、現在の狼様も雄々しく神々しく素敵です!!よろしければ、色々とお話よろしいでしょうか!?」
「ひえ…」
突然ハイテンションになり、皆ドン引きである。
「精霊の進化!そういう仕組みだったのですね!成る程眷属…凄い!!ほうほう、人語を操る…姿を変える…ほー!」
彼はセレネ達の周囲をぐるぐる回り、気が済んだのか一息ついた。そして笑顔でセレスタンのほうを向く。
「はーーーっ!!ありがとうございました、とても有意義な時間を過ごせました!!
それで最後に…刻印を見せていただいてもよろしいですか?」
「へ…あ。…っとぉ〜…」
それはつまり、服を捲るという事。それは無理ですとキッパリ断る。
絶望しながら理由を訊ねられたので、正直に肌を見せたくないと答えた。
「うーん。ならばその部分だけ、写真に撮ってもらえませんか?もちろん此方が撮影はしません」
「……まあ、それなら」
ルネにでも協力を仰げば大丈夫だろう。話も纏まりファイが煙の壁を解除すると…
「「うわっ」」
シャルロット達だけでなく、知り合い大集合していた。その中でもルキウスが心配そうに駆け寄り、セレスタンを腕に抱く。
「ひええっ!?」
「大丈夫か、何もされなかったか!?」
「わー、此方信用ゼロですね」
セレスタンは顔を真っ赤に染めて、なんとか脱出を試みる。しかし背中にがっちり腕を回されてしまい、諦めてもたれ掛かった。
「(うう…心臓バクバクだよう…聞かれませんように)その、ルキウス様。カメラを貸していただく事は可能ですか?」
カメラは高級品で、貴族でも全員が持っている訳ではない。
シャルロットは数年前の誕生日プレゼントで貰って以来、度々セレスタンを撮影している。彼女の『お兄様秘蔵♡アルバム』はいくつも金庫に仕舞われているのだ。
「ああ、皇室ので良ければ。だが…何を撮影するんだ?」
この時ルキウスは、よかったらついでにツーショット写真でも…と思った。
「大した物じゃ無いです。ただ服を脱いでその様子を撮るだけですから」
「え!!?ちょ、待っ」
次の瞬間。ルキウスとシャルロットの手により、タオフィは地面にめり込むのであった。
※※※
その後なんとかタオフィの誤解は解けた。逆さ吊りにされたり色々災難だったが、最終的に刻印の写真も貰えてホクホクで帰って行く。
ちなみにルキウスや兄姉達もツーショット写真を撮れてホクホクなのである。
「ではセレスタン君、またお会いしましょう!テノーにいらした際は、此方が案内しますよ」
「はい、タオフィさん。またお会い出来る日を楽しみにしてます」
2人はニコニコしながら握手を交わす。リンバル含むテノーの面々は「ほ〜…」と声を漏らしながら眺めていた。
ルシファーが挨拶をしてお茶会は終了した。
参加者全員を見送った後、セレスタンは改めてルシファーに声を掛ける。
「殿下、ご結婚おめでとうございます」
「ありがとう、セレスタン君。貴方の野菜がもう食べられないのは悲しいけどね」
ルシファーはウインクをしながら言う。では、輿入れの日には沢山持って来ますね、とセレスタンは笑った。
何やら2人きりで話したいと言うので、少し皆の輪から外れた。
「…お嫁に行く前に聞きたいの。ルキウスの事、どう考えてる?」
「……!」
ルシファーは真面目な顔で、真っ直ぐにセレスタンの目を見て訊ねた。それは純粋な疑問。侮蔑も興奮も何も込められていない。
「…僕はあの方に畏れ多くも愛の言葉をいただきました。ですが…結ばれてはならない、あの方を愛してはいけないと思っています」
「…それは、男性同士だから?」
「いいえ…いいえ。僕が、相応しくないからです。ですから…」
何も背負う物が無ければ。
家族に恵まれていれば。
気弱で凡才で取り柄の無い、愚図な自分でなければ。
他人が、貴族が怖いなんて…皇太子妃にあるまじき疵が無ければ。
自分が妹のように多才で美しく社交的で、気高く堂々とした女性だったら。
「もしも僕が…ロッティだったら。「わたしも貴方が大好きです」って、言えたんです…!」
涙を流しながらセレスタンは吐露した。
ルシファーはその姿に何か腑に落ちたような感覚を覚えた。
「貴方…いえ、まさか。本当は、貴女—」
「姉上!?セレスタン、何故泣いているんだ?」
「ひえ…ル、ルキウス様」
遠目で様子を見ていたルキウスが、泣き出した時点で割って入ってしまった。彼は一生懸命に涙を拭き慰めの言葉を言う。
ルシファーは彼を蹴飛ばし、セレスタンをぎゅっと抱き締めた。
「ごめんね、ありがとう。私は貴女の意思を尊重したい。けど…こんなにも優しくて可愛い義妹が出来たら、すっごく嬉しいのだけれど」
「え…」
「深く考えないでね。
さ、今日はもう疲れたでしょう?早く帰らないと、ラサーニュに着く頃には真っ暗になってしまうわ」
最後に優しく頭を撫でて、彼女は背を向けた。
「…本当に残念。ああ…ルキウスってば見る目があったのね。
どうして伯爵は…優しくて可愛くて、真面目で責任感が強くて。頑張り屋さんで…精霊の寵愛を受けているあの子を蔑ろに出来るのかしら」
貴族的な条件で言えば…皇太子のお相手にセレスタン以上の女性はいないだろう。精霊とはそれ程までに大いなる存在なのだから。
ルシファーは自室の窓から沈む夕日を眺めながら、大きなため息をついた。
※※※
ラサーニュ家、馬車の中。
「お兄様、皇女殿下に何か言われたの…?」
「え?違うよ。でも…改めて、気を引き締める事が出来たんだ」
セレスタンの回答に、シャルロットとバジルは首を傾げる。彼女はそれ以上口を開かず、窓の外を眺める。
夕日を浴びたその憂いを帯びた横顔は、2人が見惚れる程に美しかった。
「そ…そういえばセレス様、タオフィ様は恐ろしくなかったのですか?」
「最初は怖かったけどね…
でもあの人、良くも悪くも僕…というか他人に興味が無いんだ」
少し言葉を交わした時に感じたが。彼の興味は全て、魔術や精霊に対してのみだったのだ。セレスタンはただの付属品。
伯爵の無関心とも違うけれど、それがセレスタンにはいい距離感だったようだ。
「変な人だったけど、面白かったよ」
皆が皆、ああいう人だったら。シャルロットの事が好きなのは分かるけど、その流れで僕を攻撃しないような人ばかりだったら。
そう考えては、くだらないなと自嘲する。
領地に帰り、一度必要な物を取りに屋敷に帰る。最近のセレスタンは空気のような扱いで、いてもいなくても何も言われない。
宝物のオルゴールを手に取り開くと、ルキウスとジスランから貰ったアクセサリーが。
「…ルキウス様…ジスラン…」
ぽつりと呟き、口を結んで棚に戻した。
「…恋なんてしている場合じゃない。僕は生涯独身で…ラサーニュの為に生きるんだから」
そう言いながらも、抱き締められたルキウスの温もりを思い出し涙を流す。
様々な感情に全て蓋をして部屋を出る。
こうして彼女の長い休暇は明けて。新学期が始まるのであった。




