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皇国の精霊姫  作者: 雨野
日常編
42/102

アカデミー2年生 13



 その頃のシャルロット。


「ラサーニュ令嬢、学園での騒ぎは聞きましたよ」


「詳しく存じませんが…貴女の功績をお兄様が横取りしたと噂になっておりますわ」


「大変でしたのね…」


「…………」


 シャルロットは自分に向けられた憐れみの視線、言葉に黒い笑顔を見せた。どうやらセレスタンの被害妄想だけでなく、実際に彼女を悪く言う人もいたらしい。ホストであるルシファーが居ない隙に、同じテーブルにいる令嬢達の話題はそちらに移行する。

 今日集まっているのは、皆未婚の若い女性ばかり。つまりアカデミー生も多数いるのだ。


「…ほほほ、面白い事を仰いますのね。そちらに関しては私、否定したはずですわ?」


「え…でも実際に…」


 シャルロットは笑みを浮かべながら優雅にティーカップを置く。テーブルにヒビが入っているのは気の所為だろう。


「ふふ。あの子はお兄様の契約している闇の精霊ですわ。何故かお兄様と魔力のパスが上手く繋がらなくなってしまい…はぐれているのを私が見つけましたの」


 という設定だ。その他理屈が合わない部分は、全て「精霊は謎が多いので分からない」でゴリ押す。事実その通りなので、指摘出来る者はいないのである。



「あーでこーで…つまり噂は事実無根。

 お分かりいただけましたか?それでも皆様がお兄様を悪く仰るのなら…私も友人付き合いを考え直さねばなりませんわ」


「わ、分かりましたわ!誤解でしたのね、失礼致しましたわ」


 皆シャルロットと絶縁したくないので、必死にご機嫌取りをする。


「(…なんで皆私との繋がりを欲しがるのかしら?ただの伯爵令嬢の私に。意味が分からないわ…)」


 最早本人すら、何故ここまで人気なのか理解出来ない境地に達してしまっている。


 実はルキウスがラサーニュ邸に足繁く通っているのは有名で、シャルロットは皇太子妃候補No.1と言われているのだ。そのガセが、彼女の人気を後押ししているのを本人達は知らない。

 ルシファーが戻って来て、話題が完全に逸れたその時。

 遠くから「ぴやぁ〜…」「ぎょえ〜…」「ぱわぁ〜…」というセレスタンの奇声が聞こえて来る。


「「「…………」」」


 シャルロットは無言で立ち上がった。


「おほほ、少々席を外しますわ。殿下、失礼致します」


「ええ、いってらっしゃい」


 にっこりと笑い…ドレスの裾をつまんで全力疾走。


「お兄様あぁーーー!!!今行くわーーー!!!」


「はしたなくてよ、ロッティさーん!!」


 ルネも叫びながら後を追うのであった。




 ※※※




 セレスタンは数分で目覚めた。気付けばランドールに横抱きにされてベンチに座っていた。

 眼前には地面に正座をし、精霊にど突かれている糸目の男が。更にその後ろには仁王立ちした令嬢2人がいる。


「ですから、此方は精霊に興味があるだけなんですってば〜!」


「?????」


 セレスタンはバジルに説明を求めた。


「あの方はテノーの宮廷魔術師、タオフィ様と仰るそうです。セレス様が強力な精霊を連れていると見抜き、見せて欲しいとの事です」


「それなら普通に言ってくれればいいのに…」


「(貴女が逃げたんですよ…仕方ないけど)」


「ランディ兄、ありがとうございます」


「なんの。まだこのままでいいぞ?」


「えー…」


 彼女がそんな会話をしている中も、シャルロット達の尋問は続く。


「精霊が目的ぃ?隠れているはずなのに、どうやって見抜きましたの?」

 

「此方は他者の魔力をオーラのように見て感じ取れるんです〜。赤髪の貴女と茶髪の彼は差はあれど平均的、浅緑髪の貴女はやや少なめ。そちらの銀髪の彼はわりかし多めですね」


 魔力量を言い当てられた面々は顔を見合わせた。

 次にタオフィは細い目をスッと開き、セレスタンを凝視する。セレスタンとランドールは「その表情格好いいな」と密かに高揚しているのであった。


「貴方は…ん?」


 タオフィが口を開こうとすると、精霊達が冷たい視線で彼を見据える。

 彼は背筋が凍るのを感じ、口を噤んだ。

 

「(黙れ…ってとこかな?)っと…よろしければ2人きりでお話出来ません?魔力ってかなーりデリケートな話題なんですよ。他の人に聞かせるのは、貴方にとっても良くないと思うんです」


「えと…」


 いきなり2人きりはちょっと…と尻込みする。だがタオフィは諦められないのか、引き下がらない。

 セレスタンが中々首を縦に振ってくれないので、かくなる上は…と美しい土下座まで披露した。


「お願いします!ちょっとお話したいだけなんです!!」


「ひーーー!!分かりました、それやめてください!!!」


「えっ、お兄様大丈夫…?」


 彼女は居た堪れなくて了承した。タオフィは目を輝かせ(多分)、パーティー会場の隅っこに移動する。



 ※



「ここでいいかな…」


 彼は周囲に遮音の魔術を掛けて、改めてセレスタンと対峙した。


「ではまず。貴方自身かなり多くの魔力を所持していますが…連れている精霊は上級1体。上級以上が4体。そこの毛玉様は…計り知れませんね。それと鎖骨の辺りと腹部にも強い力を感じます。もしや最上級の刻印を施されていませんか?」


 刻印まで全て言い当てられ、セレスタンは目を見開いた。テランスにもそこまではバレていないというのに。


「あの…タオフィ様」


「様は結構ですよ〜。此方平民ですので、敬語無しの呼び捨てでどうぞ」


「いえ。平民だとしたら王太子殿下の護衛に選ばれるまでに、かなりの苦労をなさったのでしょう?才能もあったのでしょうが、貴方は努力なさって今の地位にいるのだと思います。

 せめて…タオフィさんと呼ばせてください。僕のほうこそ、気軽にお呼びください」


 今度はタオフィが目を開く。そして僅かに口角を上げて微笑み…


「ではセレスタン君とお呼びします!よかったら、此方に精霊を紹介していただけませんか?」


「はい。セレネ、バラキエル、ガブリエル、セラフィエル、ラファエル、ファイ。皆出ておいで」


 彼女が両手を広げると、周囲を煙が包む。遠目で見ていたシャルロット達が驚いて近寄ろうにも、煙は質量を持っていて壁になり遮る。

 煙の中では、精霊達が本来の姿を現しているのだ。


「これは…!?」


 タオフィは鼻息荒く頬を紅潮させ、子供のようにはしゃいだ。


「えっと、まず天使達について…」


 真実を見抜く目を持っている彼に隠しても無駄だと判断し、セレスタンは丁寧に説明する。彼はセレネの前に膝を突き、尊敬の眼差しを向ける。


「では、貴方様は光の最上級精霊…!!お会いできて光栄です、感無量です!!」


「お、おう。セレネはすごいんだぞ」


「はうあ!!先程の毛玉様も麗しくあられましたが、現在の狼様も雄々しく神々しく素敵です!!よろしければ、色々とお話よろしいでしょうか!?」


「ひえ…」


 突然ハイテンションになり、皆ドン引きである。



「精霊の進化!そういう仕組みだったのですね!成る程眷属…凄い!!ほうほう、人語を操る…姿を変える…ほー!」


 彼はセレネ達の周囲をぐるぐる回り、気が済んだのか一息ついた。そして笑顔でセレスタンのほうを向く。


「はーーーっ!!ありがとうございました、とても有意義な時間を過ごせました!!

 それで最後に…刻印を見せていただいてもよろしいですか?」


「へ…あ。…っとぉ〜…」


 それはつまり、服を捲るという事。それは無理ですとキッパリ断る。

 絶望しながら理由を訊ねられたので、正直に肌を見せたくないと答えた。


「うーん。ならばその部分だけ、写真に撮ってもらえませんか?もちろん此方が撮影はしません」


「……まあ、それなら」


 ルネにでも協力を仰げば大丈夫だろう。話も纏まりファイが煙の壁を解除すると…


「「うわっ」」


 シャルロット達だけでなく、知り合い大集合していた。その中でもルキウスが心配そうに駆け寄り、セレスタンを腕に抱く。


「ひええっ!?」


「大丈夫か、何もされなかったか!?」


「わー、此方信用ゼロですね」


 セレスタンは顔を真っ赤に染めて、なんとか脱出を試みる。しかし背中にがっちり腕を回されてしまい、諦めてもたれ掛かった。


「(うう…心臓バクバクだよう…聞かれませんように)その、ルキウス様。カメラを貸していただく事は可能ですか?」


 カメラは高級品で、貴族でも全員が持っている訳ではない。

 シャルロットは数年前の誕生日プレゼントで貰って以来、度々セレスタンを撮影している。彼女の『お兄様秘蔵♡アルバム』はいくつも金庫に仕舞われているのだ。


「ああ、皇室ので良ければ。だが…何を撮影するんだ?」


 この時ルキウスは、よかったらついでにツーショット写真でも…と思った。


「大した物じゃ無いです。ただ服を脱いでその様子を撮るだけですから」


「え!!?ちょ、待っ」


 次の瞬間。ルキウスとシャルロットの手により、タオフィは地面にめり込むのであった。




 ※※※

  



 その後なんとかタオフィの誤解は解けた。逆さ吊りにされたり色々災難だったが、最終的に刻印の写真も貰えてホクホクで帰って行く。

 ちなみにルキウスや兄姉達もツーショット写真を撮れてホクホクなのである。


「ではセレスタン君、またお会いしましょう!テノーにいらした際は、此方が案内しますよ」


「はい、タオフィさん。またお会い出来る日を楽しみにしてます」


 2人はニコニコしながら握手を交わす。リンバル含むテノーの面々は「ほ〜…」と声を漏らしながら眺めていた。


 ルシファーが挨拶をしてお茶会は終了した。

 参加者全員を見送った後、セレスタンは改めてルシファーに声を掛ける。



「殿下、ご結婚おめでとうございます」


「ありがとう、セレスタン君。貴方の野菜がもう食べられないのは悲しいけどね」


 ルシファーはウインクをしながら言う。では、輿入れの日には沢山持って来ますね、とセレスタンは笑った。

 何やら2人きりで話したいと言うので、少し皆の輪から外れた。



「…お嫁に行く前に聞きたいの。ルキウスの事、どう考えてる?」


「……!」


 ルシファーは真面目な顔で、真っ直ぐにセレスタンの目を見て訊ねた。それは純粋な疑問。侮蔑も興奮も何も込められていない。


「…僕はあの方に畏れ多くも愛の言葉をいただきました。ですが…結ばれてはならない、あの方を愛してはいけないと思っています」


「…それは、男性同士だから?」


「いいえ…いいえ。僕が、相応しくないからです。ですから…」


 何も背負う物が無ければ。

 家族に恵まれていれば。

 気弱で凡才で取り柄の無い、愚図な自分でなければ。

 他人が、貴族が怖いなんて…皇太子妃にあるまじき疵が無ければ。


 自分が妹のように多才で美しく社交的で、気高く堂々とした女性だったら。



「もしも僕が…ロッティだったら。「わたしも貴方が大好きです」って、言えたんです…!」



 涙を流しながらセレスタンは吐露した。

 ルシファーはその姿に何か腑に落ちたような感覚を覚えた。



「貴方…いえ、まさか。本当は、貴女—」


「姉上!?セレスタン、何故泣いているんだ?」


「ひえ…ル、ルキウス様」


 遠目で様子を見ていたルキウスが、泣き出した時点で割って入ってしまった。彼は一生懸命に涙を拭き慰めの言葉を言う。

 ルシファーは彼を蹴飛ばし、セレスタンをぎゅっと抱き締めた。



「ごめんね、ありがとう。私は貴女の意思を尊重したい。けど…こんなにも優しくて可愛い義妹が出来たら、すっごく嬉しいのだけれど」


「え…」


「深く考えないでね。

 さ、今日はもう疲れたでしょう?早く帰らないと、ラサーニュに着く頃には真っ暗になってしまうわ」


 最後に優しく頭を撫でて、彼女は背を向けた。



「…本当に残念。ああ…ルキウスってば見る目があったのね。

 どうして伯爵は…優しくて可愛くて、真面目で責任感が強くて。頑張り屋さんで…精霊の寵愛を受けているあの子を蔑ろに出来るのかしら」



 貴族的な条件で言えば…皇太子のお相手にセレスタン以上の女性はいないだろう。精霊とはそれ程までに大いなる存在なのだから。


 ルシファーは自室の窓から沈む夕日を眺めながら、大きなため息をついた。




 ※※※




 ラサーニュ家、馬車の中。


「お兄様、皇女殿下に何か言われたの…?」


「え?違うよ。でも…改めて、気を引き締める事が出来たんだ」


 セレスタンの回答に、シャルロットとバジルは首を傾げる。彼女はそれ以上口を開かず、窓の外を眺める。

 夕日を浴びたその憂いを帯びた横顔は、2人が見惚れる程に美しかった。



「そ…そういえばセレス様、タオフィ様は恐ろしくなかったのですか?」


「最初は怖かったけどね…

 でもあの人、良くも悪くも僕…というか他人に興味が無いんだ」


 少し言葉を交わした時に感じたが。彼の興味は全て、魔術や精霊に対してのみだったのだ。セレスタンはただの付属品。

 伯爵の無関心とも違うけれど、それがセレスタンにはいい距離感だったようだ。


「変な人だったけど、面白かったよ」



 皆が皆、ああいう人だったら。シャルロットの事が好きなのは分かるけど、その流れで僕を攻撃しないような人ばかりだったら。


 そう考えては、くだらないなと自嘲する。



 領地に帰り、一度必要な物を取りに屋敷に帰る。最近のセレスタンは空気のような扱いで、いてもいなくても何も言われない。

 宝物のオルゴールを手に取り開くと、ルキウスとジスランから貰ったアクセサリーが。


「…ルキウス様…ジスラン…」


 ぽつりと呟き、口を結んで棚に戻した。


「…恋なんてしている場合じゃない。僕は生涯独身で…ラサーニュの為に生きるんだから」


 そう言いながらも、抱き締められたルキウスの温もりを思い出し涙を流す。



 様々な感情に全て蓋をして部屋を出る。



 こうして彼女の長い休暇は明けて。新学期が始まるのであった。



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