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皇国の精霊姫  作者: 雨野
日常編
41/102

アカデミー2年生 12



「はあ、はあ…」



 逃げないと。

 遠く、遠くへ。誰も手の届かない遠くまで。



「早く…手当てを、しなきゃ…あら?」



 誰かに呼ばれている気がする。

 行く場所も無くもう誰も頼る事が出来ない。背負っている青年も、徐々に体温を失っていく。


 そんな少女は何かに誘われるように、足を動かした。





「……ここは…?」


 セレスタンの前に現れたのは、青年を背負った少女だった。上質そうな服は薄汚れ肌も髪もボロボロで。

 少女はセレスタンより幼い、力尽き倒れ…


「セラ!!」


 青年に潰される寸前セラフィエルが支える。彼は「男はもう…」と言葉を濁した。

 少女は青年を持ち切れず、若干引き摺っていたようだ。青年は靴も擦り切れ、足が折れているのか変な方向に曲がり。

 セレスタンは直視出来なかったが…恐らく肉は削れているだろう。血痕が印のように後ろに続いている。更に腹部も血塗れだった。

 これ程の大怪我でありながら、青年はピクリとも動かない。その頬に触れると…


「セラ、間に合わ——」


「ごめんね、我が君。とっくに息絶えているみたい」


 その言葉に静かに涙を流し…礼拝堂まで運び寝かせ、祈りを捧げた。



 昼食の準備中だったグラスを呼ぶ。彼も突然の来訪者に驚きつつ手を合わせた。

 少女は布団に横たわらせて、ガブリエルに付き添いを頼む。


 青年はカリエに連絡を入れて、埋葬業者を手配してもらった。セレスタン達が慌ただしくしていると、少女が目を覚ます。



「…わたくしは…ナディア・シェフィールド。あの…サウロはどこへ?」


 セレスタンとカリエで優しく事情を聞く。サウロとはあの青年の事だろう、セレスタンは正直に話すか戸惑った。

 だがカリエが「この年なら理解しているはずだ」と包み隠さず説明する。貴女達がここに来た時、すでに亡くなっていたと。

 ナディアはハラハラと涙を流し、布団を握り締め嗚咽を漏らす。その手を上から握り、セレスタンは微笑む。


「う…うわあああんっ!!」


 彼女の胸に抱きつき泣き続けた。その間に遺体はカリエとグラスの手によって運び出され、荼毘に付された。



 ナディアは行く宛は無いと言う。


「ここはそういう人の為の場所なの。だから一緒に暮らそ?」


 セレスタンは自分よりもか弱い存在のお陰か、少し大人びてきた。グラスとの2人暮らしにナディアも加わり。一緒に料理をして遊んで勉強をして。


「セレス…さん。ごめんなさい、わたくし家事も何もした事なくて…」


「(それでこのヘドロ料理か…まあお嬢様が庶民の暮らしなんて、すぐには無理か)いいんだよ、一緒に頑張ろうね」


「(貴族のくせに平民生活出来るセレスが異常なんだよな…)」


 ナディアは過去を語らない。現在10歳で、亡くなったサウロは使用人だった。それ以上は口を噤んでしまう。

 使用人、そして立ち振る舞いからして上流階級の令嬢。シェフィールドという家名に心当たりは無いが…セレスタンもまた、詮索は控えていた。


 数日を共に過ごすが、ナディアは教会の敷地外に出たがらない。彼女は何かに怯えているようで、ここは安全だと無意識に理解しているようだ。

 その様子はセレスタンに近く、他人を恐れているようだ。女性のセレスタンにはすぐ懐いたが、グラスやバジルにはまだ距離がある。


「あの2人は怖くないよ?おじいちゃんもね」


「う…申し訳ございません…」


 ナディアには、自分が伯爵令息である事はまだ告げていない。完全に信用しきれないというのもあるが、いつまでもそうはいかないだろう。

 あと数日で新学期が始まるという時期。最下層の領民の引っ越しも、徐々に進んでいるところだ。最近では子を持つ母達が率先して皆を纏めてくれている。母は強しなのである。

 領民はまだまだ心配ではあるが、ある程度は目を離しても大丈夫なところまで来ている。今日もセレスタンはちびっ子達と清掃活動、ナディアにも声を掛けてみる。


「集まるのは7歳以下くらいの子達だから。行ってみない?ナディアちゃんも外に出る練習しようよ!」


「…わかりました、頑張ってみます…!」


 ナディアは小さな拳を握り、ふんすと気合を入れる。



 ※



「来たよー」


「あー、えれなちゃん、ぐれいくん!」


「そっちのこ、だあれ?」


 ハセラの集合場所に行くと、子供達が6人集まって来た。皆セレスタンの背に隠れるナディアに興味津々である。

 ナディアも庶民的な服を着て長い髪を1つに簡単に縛っているので、貴族令嬢とは思われまい。


「お友達のナディアちゃんだよ。さ、皆ホウキは持ったね!行っくぞー!!」


「「「おーーー!!」」」


 彼女の号令で一斉に走りだす。ホウキを持つ子、チリトリとゴミ袋を持つ子で組んで活動する。

 セレスタンは親しくない男性及び貴族全般に恐怖心を持ってしまっているが、小さい子供達の前では明るいお姉さんとして振る舞えている。


「へんなご本おちてた。おんなの人が、はだかんぼうで…」


「没収!!10年早いわ!!!」


「うんちがー!わんこのうんちー!」


「持って来ないでー!!っていうか枝ごと捨てなさーい!!」


 きゃーきゃー笑って叫びながら逃げ回る(ナディアは涙目の顔面蒼白で、本気で逃げていた)。

 そういったヤンチャ坊主達はグラスが「こらっ!」と叱り、女の子の呆れた声が響く。その光景は、つい最近まで栄養失調で生死の境を彷徨っていた子達とは思えないだろう。


 ゴミの処理まで終えて綺麗に手を洗い、皆に報酬の野菜を配る。両手いっぱいに抱えて、それぞれ家まで送って完了だ。


「ふい〜。どうだった、ナディアちゃん?」


「た、たいへ、ん、でしたわ…」


 肩で息をするナディア。だがその表情は、どこか晴れやかだった。



 ※



 教会に戻った後、セレスタンはグラスとナディアを部屋に呼び出した。今後どうするか、相談する必要があるのだ。


「わたしは今アカデミーに通っているの。もう休暇も明けるし…毎週帰って来るけど、ずっと一緒にはいられない。

 グラスが教会で暮らすなら…」


「嫌です」


「なんでよ?ナディアちゃん1人暮らしになっちゃうじゃん!」


「…おれは…(例え相手が子供でも。セレス以外の女と2人暮らしなんて御免だ。なんて言ったら告白してるようなモンだよな…)じいさんの診療所で勉強しますので」


 頑なな態度を崩さないグラス。ナディアはこのままでは教会に1人ぼっちになってしまう。


「あの…わたくしはそれで構いません。

 と言うより…セレス様はやはり、ご令嬢だったのですか…!?」


「……うん」


 ナディアは顔を青くして後退る。


「そ、の。シェフィールド家の事も…ご存知でしたか…?」


 身体を震わせ目に涙を浮かべながら問い掛けた。対するセレスタンは、自分は社交界に疎いから聞いた事も無いと返事する。

 だから…君が何者でもいい。ただこのまま平民として暮らすなら、考えるべき事は沢山あると告げた。


「…わたくしは…もう帰る家はございません。ですので…はい。平民として生きます」


「…うん、分かった。まずはゆっくり休んで、心と身体を癒してね。

 そうだなあ…(彼女はグラスもまだ怖いみたいだし…2人きりは却って危険か)グラス、毎日様子は見に来てあげてくれる?食事も心配だし」


「それなら…まあ」


「精霊達も交代制で残ってもらうから。まず2体…バラとラフで留守番いい?」


「かしこまりました」


「お任せください」


「セレネは絶対シャーリィと離れないぞ!!」



 今後ナディアは1人で過ごす事となる。もしかしたら同じように誰かが導かれて来るかもしれないので…何かあったらすぐ連絡すると約束した。

 セレスタンが「そろそろ妹を紹介したい」と言うも、「知らない人は怖い…」と拒否された。一体シェフィールド家は何をしたんだ…?と、首を捻るセレスタン達であった。



 ※※※



 翌日、シャルロットとジスランが遊びに来た。ナディアは部屋に隠れて出て来ない。


「今日はお兄様にお話があったのよ。

 皇女殿下主催のお茶会の招待状が届いてるの。お兄様も一緒にって書いてあったから行きましょう!」


「ひえ…」


 お茶会とは本来、女性の為のものである。12歳以下の子供ならば男女問わず集まるが。

 男性が参加するのは大体、セレスタンのように身内の付き添いとして、だ。もしくは女性が婚約者を自慢する為に連れて行く場合もある。

 ただし皇女主催だと弟3人も強制参加なので、お近付きになりたい男性は招待状を貰った女性に近寄って来る。


「(ランディ兄は招待状無くても、勝手に参加してるって言ってたな…なんて自由な人なんだ)でも、人がいっぱいいるのは怖い…情けないお兄ちゃんでごめんね…」


 自分で言いながら俯いてしまった。


「(か、可愛い…!じゃなくて!!)無理強いはしないけど…殿下はもうすぐ輿入れだから、最後にご挨拶しない?」


「あ…」


 今年でルシファーは20歳になり、隣国テノーの王太子の元へ嫁ぐ。

 そういえば最近、野菜持ってっても顔合わせないな…準備で忙しかったのかな…と考える。


「…うん、行く」


 交わした言葉の数は少ないけれど。お祝いと別れの挨拶も兼ねて参加する事に決めた。


「(皇宮…皇太子殿下がいる…!)ロッティ、俺も行きた…」


「貴方は招待されてないでしょうが」


 がっくしと肩を落とすジスラン。グラスも行きたがったが、教育も出来ていない彼は公の場には連れて行けない。前回は非公式の面会だったからなんとか許容出来たのだ。

 なのでいつもの3人で、お茶会参戦決定である。




 ※※※




 以前よりも招待客の多いお茶会。セレスタンはシャルロットの背中に隠れながら歩いている。ルシファーに挨拶を済ませて、後でゆっくり話しましょう!と言われ一旦シャルロットと別れた。


「セレスさん!もうよろしいの?」


「あ、ルネさん。体は全然大丈夫だよ」


 ルネと顔を合わせて言葉を交わすも…セレスタンは周囲が気になって仕方がない。

 令嬢達は、現在の流行について盛り上がっていた。ただセレスタンの目には…



『まあ見て、ラサーニュ家の恥晒し!』『よくまあ皇女様の前に顔を出せますね』『嫌だわ、手持ちのアクセサリーに気を付けないと』『手癖の悪いお方ですものね』『シャルロット様もお可哀想ですわ』



 談笑が全て、自分への嘲笑に見えて仕方がない。

 勘違いだ…被害妄想だ。そう分かっているものの、手の平は湿り呼吸が荒くなる。


「…は。はあ、は、あ、…」


「セレス様…!ルネ様、申し訳ございませんが失礼致します」


「ええ、あちらでお休みになって!」


 バジルが彼女の腕を引き歩く。ルネの指していた人気の無い場所で一息ついた。移動中も笑い声は全て、自分への侮蔑と聴こえてしまうので疲労困憊だ。


「ふう…」


「セレス」


「……!!」


 すると背後から男性に声を掛けられ、肩を跳ねさせて驚いた。恐る恐る振り返ると、そこには困惑顔のギュスターヴがいる。


「ご、ごめんね?つい…大丈夫かい?」


「あ…ガス、兄。ごめんなさい、僕は平気です」


 ほっと胸を撫で下ろす。そのままゆっくりと呼吸を整えて、ルキウス達に挨拶しなきゃと立ち上がる。


「無理しなくていいんだよ?殿下も分かってくださるさ」


「いいえ…」


 挨拶をしてから隅っこに隠れていよう。そう思い、一度下ろした腰を持ち上げた。

 ルキウスを見付けるも、いつものトリオだけでなく見知らぬ男性も共にいた。トリオと比べると気弱そうで華やかさは無いが、笑顔が癒し系の青年だ。


「あちらはどなたですか?」


「あ。えっと…皇女殿下の婚約者殿だよ」


 ピシ…と固まり、立ち止まる。

 つまり彼はテノーの王太子。皇室には大分慣れたセレスタンだが(ルシアン除く)、いきなり他国の王族はハードルが高い。だがスルーなど不敬では…いやでも盛り上がってる邪魔をするのは。醜態を晒すより、具合の悪い振りでも…

 心の中で言い訳を繰り返していたら、ルキウスに見付かってしまった。彼もセレスタンの事情を考慮して、こっそり逃がそうとしたのだが…


「あれ?あの子はどの家の子かな?」


 と、王太子に発見されてしまうのであった。



 逃げる訳にもいかず、足取り重く近付くセレスタン。


「お…王太子殿下並びに皇太子殿下、第二皇子殿下に、ご挨拶申し上げます…」


 震える手で礼を執り、スッと頭を下げた。王太子は明らかに怯えている様子に、若干困惑気味だ。


「(あれ…?私そんなに怖いか…?)うん、どうぞ顔を上げて。

 私はご存知の通り、テノーから来たリンバルと言います。君の名前を教えてもらえるかな?」


「光栄です。僕はラサーニュ伯爵家長男、セレスタンと申します。皇女殿下とのご婚姻、心よりお喜び申し上げます」


「すまない、義兄上。彼は少々病弱で…少し休ませたい」


 挨拶の後どうしようかと構えていたが、ルキウスが断りを入れてくれた。

 リンバルも「それは大変、気付かなくてごめんね」と理解してくれて、離脱する流れになれた。


 ただ…リンバルの護衛だろうか、後ろに立つ男。若く背はやや高め、糸目の端正な顔立ちの青年。彼は見えてるんだか分からない目で、セレスタンをじっと見下ろしているのだ。

 正確に言うと。彼女の足元に転がる毛玉と、服の裾から見えている天使達を、だが。


「(この人、なんか怖い…!)」


「………」じー


「それ、では。僕はこれで失礼致します」


 じりじりと距離を取り、バジルの腕を取って一目散に逃げるセレスタン。その必死すぎる様子に、誰も不敬だ等と言えなかった。

 だが。糸目の男は何事かリンバルと言葉を交わし…何故かセレスタンを追い掛けて来た。



「おーい、そこの少年!ちょっとお話いいですか?」


「ひいいあああえあぁ!!?」


「なんで!?待って、此方(こなた)は少し聞きたい事があるだけで…」


「ぎゃあ!ぎゃあぁぁ!!」


「落ち着きましょうセレス様!まず」


「いーーーやあーーー!!!」


「お待ちくださーーーい!!」


 絶叫しながら走り回るセレスタン。糸目の男は負けじと叫びながらスピードを上げた。


「あでででで!?」


「このこの!シャーリィを怖がらせるな!!」


「喋った!?貴方精霊ですよね!?」


「待たんかいそこの変人糸目野郎ぉー!!」


 セレネが男に飛び付き齧り、頭から血を垂らす。その姿に更に恐怖心を煽られるセレスタン。

 半狂乱で走り回る少年、腕を掴まれ為す術の無いまま走らされる少年。頭に毛玉を乗せて、流血しながら2人を追い掛け回す青年。更に後ろからランドールも怒りながら走っている。


「いいい、行き止まり…!!」


 奇妙な4人の追い掛けっこは…追い込まれたセレスタンが気絶するまで続いたのであった。




「あちゃー。ごめんねルキウス、ルクトル。彼はテノー国歴代最高の魔術師とも謳われている実力者なんだけど…ちょっと自由な人でね。

 胡散臭い顔だけど、悪人じゃないんだ。変質者には違いないんだけどねえ」


「「(サラッと毒吐くなこの人…)」」


 遠くから絶叫を聞きながら、苦笑するしかない皇子達であった。



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