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皇国の精霊姫  作者: 雨野
日常編
40/102

アカデミー2年生 11



 このように休学中、セレスタンはただ遊んでいた訳ではない。

 毎週土曜は皇宮に野菜を持って行く。更に帰りにはクザンの屋敷を訪れヘリオスと会う。


「なんか毛艶よくない?」


「にゃふん」しゃなりしゃなり


「君はお嬢様かい…」


 随分と大事にしてもらっているようで安心する。

 庭でボール遊びをして散歩をして。お茶を出してもらって…別れ際には毎回大騒ぎ。


「にゃああああんっ!みゃって、みゃらー!!」


「僕もだよおおおっ!いつか必ず一緒に暮らそうねええ!!」


 クザンももう「連れてっていいよ」と言いたいのだが…ちょっと面白いのでもう少しこのままにしようとか考えている。


「…ところで妹のほうは全く顔を出さんが。妹が「殺さないで」と懇願した故の結論が今なのだが?」


「……僕がお世話を全部引き受けましたので!!ちゃんとヘリオスの様子は逐一報告しております!」


 それ以上突っ込まれる前に、急いで逃げ帰るのであった。




 勉強も自主的に行っていた。剣も毎日振り、グラスに色々教育をして。


「飯出来たぞ」


「ありがとう。料理上手になったねえ…」


「セレスには敵わないけどな」


 グラスは日常の家事炊事スキルがみるみる上がっていた。美味しいお茶も淹れられるようになり、献身的にセレスタンを支える。

 2人は一緒に漢語の勉強もしていた。辞典片手にテキストを解くぐらいだが…グラスはすぐに吸収した。やはり知識が記憶の奥底に眠っているのだろう。

 そのうち刀の使い方についての本も読みたいな〜、と愛しのセレスタンが言うので。グラスは毎日テキストと睨めっこをするのだ。




 ※※※




「お兄様、休暇中の課題持って来たわ」


「ありがとうロッティ。ところでジスランは…」


「…恒例のアレよ。惜しくも落第点だったらしいわ…」


「ハハ…」


 乾いた笑いしか出て来ないセレスタン。

 シャルロットに休暇の予定を聞くと、結構忙しいとため息をつく。

 習い事もそうだが、色んな家からお茶会等招待状が届いているとか。更に父親にくっ付いて夜会に行かねばならない、と遠い目をする。

 この日はシャルロットと教会でのんびり過ごした。バジルは彼女と共に帰って行く。屋敷の仕事もあるので、セレスタンに付きっきりとはいかないのだ。




 次の日、セレスタンはファイを呼び出し地図を見せる。


「この辺りで弱っている人間がいないか調べて欲しいの。出来る?」


'お任せです'


 シュウゥと空気に溶け込むファイ。セレスタンとグラスはその間、野菜の収穫をしていた。

 1時間後、ファイは戻って来た。ここ、ここ。ここ…と次々地図に印を付ける。割と教会から近い場所のようだ。


「ふんむ。まあファイと僕達の弱ってる基準が違うかもしれないけど…行ってみようか!」


「ああ」


 彼らはボロの服に着替えて、セレネに跨り貧困地区へ向かう。セレスタンは変装の意味も込めて、髪を黒くし女性の姿で活動する。


 他の場所に比べて不衛生で、汚物やゴミが散乱している。もしも小綺麗な格好をしていたら襲われてしまうかもしれない。

 精霊達も側を離れず進む。すると、廃屋とも言える家に人々が住んでいるではないか。皆家の中から観察しているのか、視線は感じるが姿は見えない。


「…屋根も壁もボロボロ。よく冬を持ち堪えてくれたね…」


「そうだな…」


 彼らは近くの家を片っ端から訪ねる方法をとった。まず1軒目。



「………どちら…さん…」


 カビや蜘蛛の巣だらけの室内に、母親と幼い娘と思しき2人がいる。ベッドに横になる母親の体は、枝のように痩せ細っている。娘は側を離れず、虚な目で闖入者を眺める。

 絶賛人間不信中のセレスタンだが、今だけは逃げたい気持ちをぶん殴って押し留めている。


「…わたしはエレナ。貴女は…病気…?」


「…………」


 母親は何も答えないので一応断りを入れて近付いた。セレスタンはこんな時の為に、色々と準備をしてきたのだ。


「ラフ、お願い」


「お呼びで」


 呼び掛けに答えたのはラファエルと名付けられた、医療に詳しいという天使だ。肩の辺りで揃えられた髪の、例に漏れず美形な少年である。


「大きな病気や怪我はありません。ですが栄養失調と…感染症を引き起こしていますね。

 感染症なら人間の治癒魔術が効きます」


「よし!ここはわたしが!!」


 セレスタンもグラスも、いざという時の為に治癒の練習をしてきた。ただ彼女が試しに怪我をするのをグラスが嫌がるので、やはり本に頼る部分が大きい。

 治療が終わった後はリンゴを磨りおろし、母親の口元へ運ぶ。

 グラスと精霊達はその間に部屋を掃除するのだ。基本的にファイの力で埃等を外に飛ばすだけだが。


「はい、お嬢ちゃんも食べてね」


「……おいち…」


 少女は渡された器をそっと受け取り、ゆっくりとスプーンを動かす。

 まず母親が回復しないと話にならない。その後働き口を探すのだ。


「しかし環境が劣悪ですからね」


 グラスの言う通り、こんな場所では治るものも治らない。なので…居住を移すか家を直すしか無い。

 引っ越し先は最初、教会に続く路地の建物は?と提案した。だがよく見るとあれらは、玄関が無いのだ。


 どうやら道を入り組んだ物にする為の、いわば迷路だった。なのでほぼハリボテの壁でしかないだろう、とはセレネの談。


「とりあえずまた明日来ます。シーツカビだらけだな…新しくしとこう」


「……なんで…」


 母親をガブリエルが抱き上げ、その隙にベッドを整える。

 このシーツ類も、全て野菜を売ったお金で購入した。露天をやめてからは手数料も無くなって、金貨で言えば100枚程貯金が出来たのだ。特に高級メロンは大人気である。

 更に魔術師団からも「魔物の研究が一歩進んだ!」というお礼で金貨10枚を貰った。高級品でなければいくらでも生活必需品は揃えられる。


「なんで…ここまで…

 あたし達は、金なんて無い…娘は渡さない…!」


 やや回復した母親は、娘を抱き締めながらセレスタン達を睨む。

 こんなになっても娘を守ろうとする姿に心を痛める。憐憫か羨望かは…分からなかった。


「……いらないよ、これはわたしの義務だもの。お大事に」


 生で食べられる青果物をいくつか置き、次の家に向かった。



「なんだテメエら!ここに金目のモンなんてねえ、殺されたくなきゃ消えろ!!」


「……!」


 最早意味を成していない扉をノックすれば、男の怒号と共に勢いよく開く。

 セレスタンは親しくない男性に恐怖を感じており、反射的にグラスの背に隠れる。

 グラスは彼女を腕に抱き、男を睨み付けた。男はその射殺さんばかりの鋭い視線に尻込みする。


「…この家の住人は元気いっぱいだな。セラ」


「はいはい、僕に命令していいのは我が君だけなんだからねー」


 そう言いながらもセラフィエルは、栄養のある青果物を纏めて男に投げつけた。



 どこの家でも警戒され、時には包丁を突きつけられたりもした。

 それでも誠心誠意対応し治療や掃除をしていく。たまに気絶させて、その隙に…という事もしたが。


 ただ中には、家に入ってみれば一家の死体。

 辛うじて生きてはいるが手遅れの者も。その場合はセレネが自ら「楽にする」と手を下した。

 積み重なる死体を前に、セレスタンは何度も吐いた。激しい自己嫌悪、伯爵への怒りに支配されそうになる。

 それでもまだ間に合う人達の為に…!と己を奮い立たせた。埋葬をどうするか…そこも課題だ。



 ※



「それは普通に伯爵様に報告が行くようにして問題無いでしょう」


「そう?大丈夫かな…」


「ええ。そうですな…儂が発見した事にしておきますよ」


 カリエの診療所に相談に行くと、そう答えてくれた。

 早速カリエが町の役場に通報すると、役員が見たのは50を超す死体の山。皆セレスタン達が貧困地区の入り口付近の家に並べて寝かせておいたのだ。

「どこからこんなに…」と悪態をつきながらも、役場長は伯爵に連絡を入れた。すると…


「貧困者?野垂れ死のうが知らん。だが死体は邪魔だから全て片付けろ。万が一にもロッティの目に入れるな」


 という伯爵の言葉があったらしい。なので正規の手段で、順番に火葬する事が出来たのだ。


 1日掛けて、めぼしい場所は回れたはずだ。

 最底辺層は健康を損ねていて働けないだけ…というパターンが多いのだ。なので大人さえ元気になれば、なんとか暮らしは安定できるだろう。


 その為に彼らを引っ越させる事にした。今のままでは就職活動をしても、「住所は?」「アデラナ地区です!(最下層、通称ゴミ溜地区)」「はい不採用」となりかねない。

 セレスタンは不動産屋に向かい、ハセラ地区(貧困地域)の物件を見る。この辺りは空き家が多く、共同生活を送ればなんとか全員住めるだろう。





「でも、どうして彼らは教会に呼ばれないの?ここの結界は、助けを求める人が選ばれるんでしょう?惹かれるように目印を追うってバジルも言ってたじゃない」


 魔力切れで倒れてしまう前に、夕方には教会に帰ってきた。

 お茶で休憩しながらセレネに訊ねる。セレネは少し目を閉じて…憶測だけど、と前置きをしてから話す。


「教会の蠹害(とがい)と判断されるか。他に頼れる相手がいる場合、呼ばれないんだと思うぞ」


 それならば、大人が選ばれないのは分かる気がする。立派な教会を前に欲が出るかも知れないからだ。

 ただ後者について、セレスタンは不信感を抱く。


「待って。僕だって最初から目印は見えてたんだから…それはおかしいでしょ?

 確かに両親は敵だけど…ロッティとバジルはずっと、僕の味方だったんだから…!」


「……シャーリィは。その2人を信用していな…いや違うな。

 ずっと壁を感じていたんじゃないか?いざと言う時…頼っちゃいけないって思ってたんじゃないか?」


「…………」


 セレネにそう言われ、言葉を失った。

 自分は無意識に…大切な家族を拒絶していたのか、と。


 それは自己犠牲から来るのか…彼女にはどうしても判断がつかなかった。




 ※※※




 そのように毎日最下層地区を訪れ、段々と交流も出来る様になり。次のステップに進む。

 皆を広場に集めて、決起集会を開いた。広場と言っても、廃材やゴミが溜まっているだけの場所だが。

 注目されるのが怖いセレスタンは、バジルとグラスの背中にくっ付いて発言した。


「お集まりいただきありがとうございます。改めて自己紹介を、エレナと呼んでください。背の高い彼はグレイ、こっちの彼はバートです。

 では早速、皆にはハセラに引っ越してもらいます。今から計画を説明するので、呼ばれた人は前に」


 彼女の宣言にどよめきが広がる。

 住人は大人だけでも100人は超えている。とてもこんな小娘に…と背を向ける者も少なくない。

 無責任に希望を与えるな!!と石を投げる者すらいる。従者&精霊ガードで彼女には届かなかったが…咎める事はしなかった。


 彼女達に好意的な者もいれば、否定的な者がいてもおかしくはない。全て受け止める覚悟でセレスタンはここに立っているのだ。


 名前を呼ばれたのは、幼い子を持つ母子家庭の3組。彼女らには1軒屋で生活してもらうのだ。


「家の契約とか全部済ませてるから、後は動くだけ。必要な物だけ準備してくれる?」


「あ、あの…そんな、突然で…」


「ごめんなさい、これしか無いの。

 共同生活が厳しかったら言って。性格の不一致とかあるだろうし…男の子は大きくなったら部屋に困るかな…

 それまでにはなんとかするから」


 セレスタンはテキパキと指示をして、少ない貴重品を持った女性達を連れてこっそり移動した。

 築30年程の4部屋がある家に到着。ここから先はバジルが説明を引き継ぎ、セレスタンとグラスはアデラナに戻った。



「生活に必要なものは大体揃っています。まずは順番に入浴していただき、身なりを整えてください。

 その後お母様方には職探しをしていただきます。衣食住さえ整っていれば、仕事を選ばなければ容易なはず。

 お子様方は希望があれば僕らと共に、町の清掃活動等をしてもらいます。報酬として新鮮な青果物をお渡しします。

 何か質問は?」


「あ…あの…

 あなた達は誰…?あの女の子は…貴族のお嬢様?」


「…言えません。あの方の立ち位置はとても不安定なので…ですが決して敵ではありません」



 バジルもその後一旦離脱。

 残された母親達は、彼らを信じていいのか…不安に襲われる。


「ねー、まま」


「ん?どうしたの?」


「えれなおねーちゃんね、とってもやたちいのよ。とれにちゅごくかわいいの。おひめたまみたいに、おめめがキラキラなのー」


「ねー」


 母親達はセレスタンの素顔を見た事が無かったので驚いた。てっきり醜いか、顔に傷でもあって隠していると思っていたのだ。

 子供達は皆セレスタンに懐いているようで。信じてみようか…と母親達は頷き合った。



 ※



 一度に大勢引っ越しては不審に思われるだろう。時間を掛けて冬までの間に全員移動する計画で、今日は2軒のみ完了した。

 明日も来るねと帰ろうとしたら…男に腕を掴まれる。


「い…っ!」


「なんだ一体!!何が欲しいんだ、俺達を奴隷にする気か!?

 慈善活動とか吐かすんじゃねえぞ!!俺達は騙されない、二度と来るな!!」


 鬼の形相で唾を撒き散らしながら、中年の男が叫ぶ。数人が同調し、遠巻きに見ている者が殆どだ。

 セレスタンは恐怖から、腕を振り払う事も出来ず青い顔で震える。

 次の瞬間突然男が吹っ飛び、壁に叩き付けられ穴を開けた。


「あがっ!!」


「え!?グ、グラス!!」


「この野郎…!!」


 精霊の仕業かと思いきや、まさかのグラスが殴ったらしい。セレスタンをバジルの背中に隠し、怒鳴り声を上げる。



「お前らが伯爵を恨もうと好きにすればいい!!だがセレス様に牙を剥くと言うのなら容赦はしない!!

 今まで通り最底辺の暮らしがしたければ勝手にしろ!!ただし前を向こうとする奴の邪魔はするな!!」


「さり気にバラしとる!!も、もう帰るよ!」


 グラスの背を押して、彼女らは去った。

 残された住人は呆然としながらも…これでようやく救われるのだろうか、と。淡い希望を抱く。




 ※※※




「おじいちゃんの診療所でも、受付に1人なら雇えるって言ってたな…愛想がいい人がいいか…

 どこかのお屋敷でメイドとか募集してないかな…

 確かパン屋が2人くらい募集の張り紙してたよな…

 健康で清潔なら、なんとか職にありつけるよね…」


 自室で悩むセレスタン。全員の面倒を見る余裕は彼女には無いので、大人達は自分で頑張ってもらう必要がある。

 初めて活動してから数日、今のところは順調だが…と頭を悩ます。予算だって無限にある訳ではないのだ。


「うーん…それに僕がずっとここにいる訳じゃないし。あの中からリーダーを誰かを選ばなきゃ…」


「あまり棍を詰めるなよ」


 考えすぎて、グラスが入って来た事にも気付かなかった。彼はホットミルクを差し出して、自身も並んでベッドに腰掛ける。


「…ねえ、ミコト」


「ん?」


「…ありがとう」


 突然の礼に、グラスは目を丸くした。

 セレスタンは彼を見上げながら言葉を続ける。


「バジルもだけど、いつも守ってくれてありがとうね。君がいてくれてよかった。

 僕とバジルだけじゃここまで出来なかったもの」


「…こちらこそ。こっちが落ち着いたら、おれもっと治癒とか魔術の勉強頑張るから。神殿勤めは高級取りなんだろ?」


「そうみたいね。でもそんなにお金欲しいの?」


「欲しい」


 いつかお前と、2人で暮らせるように。セレスに苦労を掛けないよう、全ての望みを叶えてあげたい。

 と言いたくて…顔を真っ赤にして口を閉ざす。


「何その反応?なになに、なんか高い物欲しいの?それとも貢ぎたい女の子でもいるの!?」


「うるっさい!おれはもう寝るから!」


「おけちー!!」


 バタン!!と部屋を飛び出すグラス。セレスタンは「好きな子…いるのかな…?」と呟いた。



「ラブラブですね」

「お熱いですね」

「ひゅーひゅーってやつだね!」

「ひゅー!」

'そうだったのですか!'


「ち、違うわいっ!!」


 天使とファイに揶揄われ、セレスタンは真っ赤になって追い掛ける。

 天使が4体、セレネ、ファイ。皆思い思いに寛ぐ姿に…セレスタンはこっそり微笑んだ。




 ※※※




 住人達と衝突したり、仲良くなったり。休暇が終わる頃には…


「え、本屋で仕事決まった!?やったね!!」


「ありがとう、エレナさん」


 報告してきたのは娘を守ろうとした母親だった。その他にも数人仕事が決まったよ!と嬉しそうに語る。

 だが皆が皆上手く行っている訳では無い。アデラナで「ここから動く気はない」と言う者もいる。


「放っておけ。差し伸べられた手を振り払うのはそいつの選択だ。セレスを信じなかった、それだけ。

 飢えて死のうとお前のせいじゃない。…あまり背負うな」


「ん…」




 全てを救うのは無理なんだろうか。

 僕なんかが烏滸がましいのだろうか。やはり父親に助けを求め…それはナイナイ。そんな事を考えていた。


 暑い昼下がり、教会の林檎の木の下で思案する。



「……ここは…?」



 突然声が聞こえて、セレスタンは勢いよく立ち上がる。

 外へと通じる道の出入り口に。1人の少女が呆然と立っていたのだ。



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