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皇国の精霊姫  作者: 雨野
日常編
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アカデミー1年生 03



 セレスタン達は現在、職員室の前にある掲示板を最前列で見上げていた。そこには期末テストの結果が、全学年1位〜10位までの名前が貼り出されている。


 内容を確認すると…1年生はシャルロットが満点で1位、セレスタンは10位に名前があった。



「(ふう…なんとか滑り込めた…。でも…)」


 セレスタンは自分の名前があった事に安堵したが…ちらりと横を見る。そこにはこっそりとガッツポーズをキメる妹の姿がある。



 シャルロットは1位…恐らく家に帰れば、両親と使用人皆に祝福され、パーティーでも開かれるかもしれない。

 対して自分は10位。これは1年生全体、約80人の中で見れば上位であるし、決して悪い結果ではない。それでも…結果が家に届いたら、怒られるんだろうなあ…と憂鬱になるのであった。


「あ…ロッティ、1位おめ…」


「なにこれ…ボクが女なんかに負けたっての…?」


 セレスタンがおめでとう、と言い切る前に…後方から聞き慣れない声が届く。



 セレスタンとシャルロットが振り向くとそこには…彼女らと同じクラスのエリゼ・ラブレーが呆然と立っていた。

 エリゼはピンク色の髪に、一見すると少女とも身間違う中性的な容姿をしている。セレスタンはクラスメイトとほぼ交流が無いため…急いでありったけの知識をかき集めた。


「(えーーーと…ラブレーは子爵家で…魔術が得意で、天才とか神童とか言われているんだっけ。

 しかもテストはロッティと僅か1点差で2位。すごいなあ…僕に彼みたいな才能があれば…父上も認めてくれたんだろうな…)」



 彼女は心の中で、エリゼに羨望の眼差しを送っていた。だが当のエリゼは…信じられない物を見るかのように掲示板を凝視し、嘘だろ…?と呟きながらよろめいた。

 そして自分の手前にいるシャルロットを睨みつける。



「おい、ラサーニュ嬢。一体どんな手を使った?カンニングか、教師に媚でも売ったか?」


 彼は可愛らしい顔を歪ませてそう言い放つ。どうやらテストに相当自信があったようで、負けを認められないらしい。


「まあ、何を仰いますの」


 それに対してシャルロットはホホホとにこやかに応対した。その態度を馬鹿にされていると解釈したのか、エリゼは益々顔を険しくさせる。

 周囲も騒然とする中、段々と2人の言い争いはヒートアップする。それを目の前で見せつけられているセレスタンは…どうしたらいいのか分からずオロオロしていた。

 バジルは平民が故に彼らの争いに口を挟めないし、ジスランはまだ先程のダメージが尾を引いて沈んでいる。ここは自分がどうにかしないと…!とセレスタンは震えた。



「イカサマだと言い張るのなら、証拠はございますの?」


「はん。狡猾なラサーニュ嬢の事だ、証拠を残すようなヘマはしないだろうよ」


「(あう、あうぅ…ロロロロッティが…!違う、ロッティは悪い事なんてしない!!)

 ラ、ラブレー。ロッティは不正なんて…」


「10番はすっこんでろ!!!」


「じゅ……!!」


 セレスタンは意を決して声を出したというのに…エリゼの一言で撃沈した。



「(じゅ…10番は…関係無いじゃん…!僕だって…僕だって…!!

 なんだよ…君もそういう考えなの!?1番以外に価値は無いって、そう言いたいの!!?そんなんじゃ…僕は一生誰にも認めてもらえないじゃんかぁ…!!)」


 彼女は身体を小刻みに振るわせながら、泣きそうになるのを必死に堪えてた。頑張った結果の自分の順位も無価値に思えるし…大切な妹に暴言を吐く男に言い返せないのも悔しかった。

 しかし今口を開けば嗚咽を漏らしてしまいそうなので…固く口を結んで気持ちを落ち着かせようとする。

 制服の裾を握り締め、俯き…ああ駄目だ、泣きそう。と判断した。


 言い争いをするシャルロットとエリゼ。この場には一応ジスランもいるし、職員室の前なんだから先生もすぐ来るだろう。と考えたセレスタンは静かに移動を開始した。



 フラフラと足を動かすが…何処か行きたい場所があるわけでは無かった。ただ誰もいない場所に行きたかったのだ。だが移動中も、彼女に心無い言葉を浴びせる者達がいる。



「見て見て。ラサーニュ様よ」

「ああ…妹に負けっぱなしのお兄ちゃんか!はははっ!」

「もう、笑っちゃ悪いわよ!ふふっ」

「だって…ねえ?」



 そういった言葉も全て受けながら…彼女は歩く。そして行き着いた先は、屋上に続く階段だった。

 もうすぐ次の授業も始まるし、屋上は立ち入り禁止な為ここに人はあまり来ない。一番上まで行き扉を背に座り込み、眼鏡を外して堪えていた分泣いた。ただし大声を出すと授業中の生徒に聞こえてしまう為…静かに。



「なんだよう…僕だって頑張ってるのにい…!!ひっく、10位で悪いか、さっき陰口叩いてた奴ら、みんな僕より下じゃんかあぁ…!

 うぅ…う"〜〜〜…!!いつもいつも、みーんな僕とロッティを比べてぇ…!もうやだあ…あぁぁ…う、っく、ひぐう…」


 彼女は自分の頭はそれほど良くないからと、寝る間も惜しんで勉強していた。結果何度か医務室のお世話になったりもしているが、それでもひたすらに頑張った。

 いつもそうだ、昔から…自分が死に物狂いで努力しても、シャルロットは少しの努力でそれ以上の結果を出す。昔から、幼少期から…








 シャルロット・ラサーニュは生まれついての天才だった。


 幼い頃から愛嬌があり、授かった容姿も相まって誰もが皆彼女の虜になってしまう。

 成長も早く、セレスタンがつたい歩きをし始めた頃には、すでに庭を縦横無尽に走り回っていた。セレスタンがいくつかの単語を話せるようになる頃には、すでに三語分を扱っていた。


 発達に関しては…セレスタンが遅すぎてシャルロットが早すぎたのだ。



 勉強だってそうだった。セレスタンが九九を覚えたての頃、三桁の四則演算まで可能だった。教師の説明を全て一度で理解する、一度覚えた事は忘れない。

 片やセレスタンは場合によっては数度の説明を要した。その為両親、使用人、教師は皆…シャルロットを褒め称えセレスタンを貶した。



「シャルロット様は素晴らしい。セレスタン様は出来損ない」

「シャルロット様は華がある。セレスタン様は覇気が無い」

「シャルロット様は将来有望。セレスタン様は絶望的」

「シャルロット様は…セレスタン様は…」



 生まれてからこれまでの間、何度このように比較されたか分からない。


 シャルロットは刺繍もダンスも、乗馬、楽器、詩、マナー、社交…淑女に必要な分野は全て完璧に取得した。


 だが間違えてはいけない。セレスタンはシャルロットには劣るものの…決して無能でも非力でもない。




 ただシャルロットが凄すぎた。それだけなのだ。




 それでも一度で理解出来なくても、分かるまで繰り返し学んだ。剣術だってそう、数を重ねる事で…ジスランにも食らいつける程腕を上げた。

 彼女は自分は弱いと思い込んでいるが…いつも相手をするジスランが強すぎるだけなのだ。


 彼は最早同世代には敵はいない。相手がブラジリエ家のように、武に特化した家の子供でもなければ、5年生にすら勝つだろう。

 セレスタンはそんな男にいつも完膚なきまでに叩きのめされているから…いつの間にか彼を同世代の平均だと思い込んでしまっている。



 しかし誰も指摘しない。セレスタンが凡才なのではなく…周りが規格外すぎるのだ、と。


 それは入学しても変わらなかった。

 後継で長男の癖に、妹に何一つ敵わない無能な兄。優秀な妹の腰巾着。妹が爵位を継げればよかったのに。なんか暗い、気持ち悪い。それが学内でのセレスタンの評価。

 入学前からラサーニュ兄妹は社交界で噂になっていたので…今回のテストのように形になってしまうと…噂は加速する。




 セレスタンの最大の不幸は、男装を強要されている事か。

 彼女の能力を誰一人として、客観的に見られない事か。

 双子の妹という…最も身近な人物が、才能の塊だという事か。

 


 それでもセレスタンは愛されたくて…父親に認めてもらいたくて努力を重ねた。母親に関しては…

「旦那様の言う通り。旦那様が正しい。旦那様は素晴らしい」と、全てにおいて伯爵に追随する人物なのだ。

 その事に早々気付いたセレスタンは、父親が自分を愛せば母親も愛してくれると悟った。


 故になんでもいいから、父親に認めてもらえれば両親に愛してもらえる。そうすれば…いつも指を咥えて見ているだけだった家族団欒に、自分も入れる。セレスタンはそれだけを目標に、がむしゃらに努力した。



 ただし世間は彼女のその姿を。無様に足掻く姿はいっそ滑稽だ…と嗤うのだ…

 




「ロッティ…大好きで…大切な妹…。僕の、可愛い自慢の妹。

 あの家で…ロッティとバジルだけが僕の味方でいてくれる。どんな時も…」



 そんなシャルロットは昔から、いつだってセレスタンを慕っていた。暴言を吐く父親や教師から庇ってくれた。その分…彼らはシャルロットの見ていないところでセレスタンを責めるのだが。


 セレスタンにとってシャルロットは。自分が見下される事になる元凶で。そんな自分を認めてくれている唯一のひと。世界一可愛くて完璧で、自慢の妹。だが…

 自分がたった数分先に生まれたというだけで、全てを奪った憎い妹。才能なんかではない、もっと大事な物を。…何も悪くない妹に、こんな感情を向けるのは間違いだと理解していても。


 誰よりも愛している、心の底から憎い妹。セレスタンにとってシャルロットはそういう相手なのであった。



「…もし…ロッティが先に生まれていたら。僕は…今頃…!

 だけど、辛い役目をあの子に背負わせなくて済んだ。そう考えれば…ああ、そうだ…


 僕が不幸であればあるほど…あの子は…幸せになる。そういう…事だよね…」



 セレスタンはそう呟き…泣き疲れて、膝を抱えたままその場で眠ってしまうのであった。





 ※※※





 ガチャ…


「うおっ!?…と!なんだコイツ!?」



 彼女が眠りについてから数分後。立ち入り禁止のはずの…屋上の扉が開いた。しかも外側から。

 扉を背もたれにしていたセレスタンは、開くと同時に屋上に倒れ込んだ。外から彼女を咄嗟に受け止めたのは誰だったのか。



「静かになったから、何処かへ行ったと思ったのに…。ん?コイツ…同じクラスの?…名前忘れた」


 それは…少年だった。彼はセレスタンの姿を確認すると、独り言を呟き…彼女を適当に転がして扉と鍵をしっかり閉めて、階段を降りる。

 

「全く人騒がせな…寝るんなら場所を考えてもらいた……」


 降りて、いたのだが。ぴたりと足を止める。



 少年は朝から屋上でサボっており、3限目は出るか〜と教室に向かおうとしていたのだ。

 だがその時反対側で…ドサッ!と、セレスタンが座り込んでしまった。


 少年は慌ててノブから手を離し、誰か知らんが早くどっか行け!!と心の中で焦る。そうしていたらチャイムが鳴り響き…またサボり、か…と肩を落とした。

 向こう側の奴、こんな所でサボっているんじゃない!お前の所為で私までとばっちりだ!!と自分の事は棚に上げて、セレスタンに怒りを向ける。しかし…



『…う、っく…うえぇ……もう、やだぁ……うあぁぁ…ん…!グス…あぁぁーーー…ん…ぐう、う"うう……』


「………………………」



 扉の向こう側から…声を必死に押し殺して泣く声が聞こえた。

 それがどうした、自分には関係無い。いい迷惑だ、泣くんならどっか他所へ行け。そう思う事にした。


 しかしいつまで経っても彼女は居座った。諦めた少年も外側から扉を背に座り込み…2人は背中合わせ状態で暫く過ごした。

 少年は顔を上げて青い空を見渡し…大きくため息をつく。

 


「(…何故私は、こんな所にいるのだ。とっととコイツを蹴っ飛ばして、中に入ればいいのに)」



 そう考えながら少年は…セレスタンがいなくなるまで待つのであった。



 まあ、まだいたのだが。少年がちらりと振り返れば…床の上に横たわるセレスタンの姿が。長い前髪の間から、泣き腫らした顔が見えている。




「……………ああ、クソっ!どうして私がこんな…」



 少年はガシガシと頭を掻いて、踵を返す。

 そしてセレスタンを横抱きにしようとして…持てなかった。


「…………いや違う、私が弱いのでは無い。コイツが重いだけだ、うん」


 セレスタンは現在39kg、決して重くは無い。ジスランだったら片手で持ち歩けるだろう。

 少年は諦めて…なんとか体勢を変えて、おんぶする事に成功した。



「しかしここまでしても起きないとは…。図太いのかそれだけ疲弊しているのか。はあ…」


 

 少年はブツブツ言いながらもしっかりと彼女を抱えて。ゆっくりと階段を降りるのであった。




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