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皇国の精霊姫  作者: 雨野
日常編
39/102

アカデミー2年生 10



 セレスタンの休学について、伯爵はただ一言。



「そうか」



 彼女は屋敷に帰らなかった。その事すら気付いていないようだった。


「やっぱり僕って、いらない子なんだなあ。アハ…アハハハハ!!」


「「………」」


 最早叱責すらも無かった事に、高らかに笑いながら涙を流す。バジルとグラスは悲痛な面持ちで拳を震わせる。


「あれ?でも僕がいないと後継が…まいっか!!」



 たったの数日で窶れてしまったセレスタンの姿を見て、グラスはバジルに詰め寄った。

 だがバジルも詳しい事は分からない、全ては憶測でしかない。

 退学になった生徒達については、暴力事件を起こしたからと発表されている。怪我は見当たらなかったが、彼女は治癒を使えるかもしれない。もしやそれが…とバジルは言う。


「なんでお側を離れた…!」


「……!」


 バジルは唇を噛み、激しく後悔した。次からでは遅い。もしもこのまま…セレスタンが壊れてしまったら…!と自分を責める。



「…喧嘩してるの?やだよ…やめてよ…」


「「あ……」」


 セレスタンはその様子を見てしまい、子供のように声を上げて泣いた。

 2人はそれ以降言い合いをやめて…何よりも彼女を守ることを改めて誓った。



 最初の数日はぼー…っと過ごす。窓の外を眺めて、セレネを撫でて引っ張って転がして揉んで。

 何もしなくていい、考えなくていい状況。バジルが学園に行っている間、グラスは彼女に寄り添った。他愛も無い話をして、泣き出したら優しく抱き締めて。


 彼女は段々と感情が戻ってきて、笑えるようになった。


「お嬢様、すごく大きなリンゴが!!」


「デカっ!?僕の頭くらいある!」


「中から誰か出てくるかもしれません!」


「あ、モモザエモンってやつだね!?異国の昔話だね、知ってる!」


 大きな林檎を半分こ。些細な日常を笑い合い、時にはなんの前触れもなく落ち込んでしまうが。

 セレスタンに元気になって欲しくて。グラスは今日も笑いのネタを探すのだ。



 居住環境を整えておいた教会は快適で、ストレスもなく過ごす。

 カリエは目印が見えるのか普通に来た。毎日必ず顔を出し、カウンセリングのように話を聞く。こっそり差し入れを置いて行くのが日課だ。

 基本的にグラスと精霊と暮らすので、男装も必要無く楽園のようだと笑う。




 ※※※




 週末になり、皇宮行かなきゃ…とセレスタンは野菜の収穫をする。止められそうになったが、


「これはきちんと契約をして、お金を貰っているお仕事なの。行かないと…ダメなの…」


 そう言われてしまえば何も言えない。2人は一緒に行動した。



 ※



「セレスタン!!」


「お久しぶりです、ルキウス様」


 セレスタンが来たという報せに、ルキウス達は仕事を放り投げて顔を出す。

 事件を聞いているので…暫く来れないだろうな、と考えていたのだ。

 元々細いのに、心無しか頰が痩けている気がする。ルキウスは少し休んでいくよう部屋に案内した。



「セレスタン…無理をしてまで持っ「あんがとよー!俺さつまいも好きなの、寮のおばちゃんに渡して来るわー!!」なん…!?」


 ルキウスの発言をハーヴェイが遮る。いくら気安いとはいえ彼らは主従。到底許されるものではないが…


「そ、そう?いやぁ〜…」


 セレスタンが満更でもなさそうに照れる姿に、誰もが口を閉ざす。

 ハーヴェイは野菜を持って出て行く前に、ルキウスに耳打ちをした。


「…無理して来るな、はアウトですよ。あの子が自分を「要らない子」だと認識する可能性があるんで。

 特に強制でなく、自分の意志でやってるんなら」


「…分かった」



 その後は雑談をして、穏やかな時間を過ごす。特にセレスタンは恋愛話に興味を持ったので…


 ランドールに想い人がいるのだが、5回連続でフラれてるとか。

 ルクトルは学園で気になる女性がいて、どうアプローチするか悩んでいるとか。

 実はギュスターヴは既婚者なのだが(独身者が多い近衛でも団長副団長は別)、いつまで経ってもラブラブで〜と惚気る。独身男性はケッと揃えて言った。



「そういえば、ルシアン殿下も好きな子が出来たんじゃないですか?」


「「何ィ!!?」」


 ハーヴェイの発言に兄皇子達が食い付いた。


「だってー。こないだ普段読まないような恋愛小説持ってるの見ちゃいましたし。

 メイド達の「イケてる男は〜」っていう雑談に、めっちゃ耳澄ませてたし。「やっぱお強い殿方よねー!」っていう発言に絶望してましたよ。

 あと学園に行く前に、今まで以上に髪型とか気にしてますし。

 好きとまではいかなくても、気になる子くらいいるんじゃ?」


 その話を聞いた兄達は…目頭が熱くなるのを感じていた。恐らく今ルシアンが生まれた時から現在に至るまで、走馬灯のように脳内を駆け巡っているのだろう。


「大人に…なったんだな…」


「今夜はお祝いですね…」


「絶対やめましょうねー。折角最近柔らかくなってきたのに、マッハで遠ざかりますよー」


 盛り上がる会話に、セレスタンはほえ〜と感心する。

 するとルキウスとばっちり目が合い…にっこり微笑まれた。


「(そういえば…ルキウス様は僕のこと…!)」


 顔に熱が集中してしまい、咄嗟に俯く。この場にいる殆どの人物が彼らの状況を知るか悟っているので、微笑ましげに見つめる。グラスは除く。


 だが彼と結ばれるという事は、いずれ皇后となる。

 他人の目が怖い、人間不信に陥りかけている今の彼女には酷であろう。

 仕事をしない皇后などルキウスの恥になるだけ。そう考え…膝の上で手を強く握る。


「(やっぱり…お断りしなきゃ。僕は国母に相応しくない…)」


 人知れず涙を流す。もしも最初から暖かい家庭で、普通に伯爵令嬢として生まれ育ったら。

 彼の求婚を…喜んでお受け出来たのだろうか。意味のない問答を繰り返す…




 翌週はセレスタンは、お菓子を作って持って来た。皆喜んでくれたが…ハーヴェイにはスイートポテトパイを別に用意した。


「この間、すっごく楽しかったからお礼に。買って貰った物全部大事に使ってるよ。ありがとう、ハーヴ兄」


「スタン…おう!またデートしようなっ!」


「デートて!」


 ハーヴェイは涙を堪えて受け取る。その時彼女の爪が綺麗に手入れされているのを見て…今度は何を贈ろうかな?と考えた。



 パイは当然争奪戦となったが。またもジェルマンが1人ティータイムにしながら、男達の争いを眺めるのであった。



 

 ※※※




 元気を取り戻してからは、週末はバジルと一緒にシャルロットとジスランが来る。たまにルネも来て、ルキウスや兄3人と姉も足を運んでくれた。

 教会についてはただ「見つけた」とだけ。陛下も知ってるよ、と言えば誰も何も言わない。


「こんな素敵な場所があったなんて…」


「うん。詳しく調べたら…昔孤児院に使われてたらしいんだ。でもお祖父様が閉じちゃったんだって…彼はこの土地に受け入れられなかったみたいで」


 先代伯爵は代わりに町中に孤児院を作った。だが…現伯爵はそれを閉じた。結果町中に浮浪児が増えるようになってしまったのだ。




 セレスタン達はバジルが主体となって、ラサーニュ領の治安について調べた。


「いい環境ではありませんが、特別悪くもないんですよ。皇国にはスラムがある地域だってありますし…だからこそ国は何も言わないのかも。

 この広いラサーニュ領において、貧困地区はこの辺りですね。富裕層は…」


 バジルが地図に印を付ける。貧困とは一切の贅沢は出来ないが、辛うじて生きていられる程度。約3割といったところか。

 グラス達のように、生活も危うく家を失ったり家族を売らざるを得ないような最底辺が2割。富裕層は1割。それ以外は平均的な皇国民だ。


 貴族の中には、平民を同じ人間だと思っていない者もいる。そういった町では平民は、虫のように殺される事だってあるのだ。

 特に首都より遠い地域で多い。そういうのに比べれば、伯爵は完全悪とは言えない。


 だからと言って…放ってはおけないのだが。



 ※



「まず僕達はこの最底辺を救う。その為の手段を考えようか。暮らしの改善…仕事の確保…どうやって見つけて接触するか…」


「ふむ。シャーリィ、風の精霊と契約するといいぞ」


「風の?」


 セレネの提案に首を傾げる。

 彼は風の精霊・ジンを呼べと言うのだ。ジンは普段煙の姿をしていて、カタチというものが無い。


「元々精霊は、セレネ達最上級以外は肉体を持っていない。人間に呼ばれて魔力を貰って、初めて形になるんだぞ。それまではただのマナの塊みたいなもんなんだぞ。

 で、ジンは契約しても決まった容姿はない。でも本体が煙だから潜入とか得意だぞ。

 ジンに領地中を見てもらって、危険そうな人間を探してもらえばいいぞ」


「ナイスセレネ!!」


 ジンは上級なのでやや複雑な魔法陣を用意する。

 何度も失敗して完成。早速教会の外に出て召喚を試みる。


「ジンさん!お願い…どうか僕に力を貸してください!!」


 地面に置いた魔法陣が山吹色に光る。直後、煙が爆発のようにボファッと広がった。


「ひえーーー!!」


 しかし恐ろしさや息苦しさなどは感じない。次第に煙が集まり人の形になった。と言うよりも…


「…お嬢様の姿ですね…」


「うーん…これはロッティと並んで3姉妹いけるかも…」


 にっこりと笑うジンはセレスタンそのもの。グラスが感心しながら見比べる。


「じゃあ…あのね、お願いがあるの。僕と契約してくれますか?」


 ジンは微笑みながら手を差し出す。セレスタンはパアアと顔を輝かせて…


「じゃあね、名前はケムリンでいいかな!?」


 ジン含め全員がずっこけた。


「お嬢様…それは色々と駄目な気がします…!」


「なんでーーー!!?」


 最終的にグラスの案、ファイという名に落ち着く。ファイは普段()()を拠点にしたいと願った。その何かとは…



「これでいいの?」


'いいのです。ここが落ち着くです'


 セレスタンが首に掛けているペンダント。トップのリングに封印のように収まった。

 これは以前ハーヴェイから誕生日に貰ったもの。中々お気に入りで、普段から付けているのだ。



「よーし、頑張るぞ!!…僕なんか、に…出来るのかな…?」


 張り切るセレスタンだが…握り締めた拳を不安そうに見つめる。


「…お嬢様」


 グラスはその手を両手で包み開かせ、そっと撫でた。


「お嬢様は1人じゃありません。おれもいるし、今は学園にいるバジルだって。頼もしい精霊もいるんです」


「……僕、不安なの…。将来伯爵になるって、領民を笑顔にしたいって決めたけど。

 自分なんか…って思っちゃうの。

 僕は統治者の器じゃないの…ロッティみたいな、ああいう子が領主には相応しいの…」


 セレスタンの不安に対して、グラスは微笑んで視線を合わせた。


「生まれついての統治者、支配者なんていません。生まれた家、育った環境でそうなっていくんです。おれから見てあなたは、十分素晴らしい伯爵です。

 それに…おれはシャルロット様とセレス様、どちらの下で暮らしたいかと言われれば、迷わずあなたを選びます。

 あなたは自分なんか、と言いますけど。あなたの笑顔に救われたんです。優しさに心惹かれて…儚さを嘆きます」


 自分を肯定してくれる彼に対し、静かに涙を流す。


「…大雪の時に領民が心配だ、と町に降りてくれるあなたが。

 領民の苦しみを自分の事のように心を痛めてくださるあなたが。

 貧しい子供に無条件でパンを分け与えてくださるあなたが、おれは。…す………た、いせつ、なんです…!」


 最後はどうにもヘタレてしまったが、彼は真っ直ぐに目を見て言う。

 セレスタンは一瞬目を開いた後…ふふっと笑った。


「…あれ。君、夏に会ったの覚えてたの!?」


「そちらこそ。おれはあの時、あなたの瞳に目を奪われたんです。忘れるはずがありませんよ」


「ひえー…」


 互いに忘れられてると思っていたので、彼らは吹き出した。

 グラスの手の温もりを感じ、セレスタンは…「大丈夫。僕を見てくれる人がいる限り…頑張れる!!」と気合を入れる。



 学園は休んでしまったけど、もう戻らなきゃと前向きになれた。

 自分に悪意を向ける人間なんて無視をする。人間だと思うな、悪魔だと思えばいい。それが彼女の自衛手段だった。


 だがあと数日で夏期休暇。どうせならもう少しお休みして、ラサーニュ領の問題解決の為に動こうと決意した。



 ※



「ねえ、君さ。最近僕にも敬語使ってばかりじゃない?」


「…そうですよ。あなたは令嬢で、おれとは立場が違うのですから」


「…なんか、寂しいんだけど…」


「………わかった」



 グラスと教会で暮らし始めてから1ヶ月。

 夜セレスタンが使っている部屋で、一緒に勉強をしている時だった。彼女はふと思い付いたように訊ねる。

 最初のグラスを知っているからこそ、今はどことなく距離を感じてしまう。それが嫌だと言う。


「じゃあ、2人きりの時だけな」


「うん!あ…もう寝る時間だね。おやすみ、グラス」


「ああ…なあ、セレス様」


「ん?」


 グラスは真剣な面持ちで、彼女を見つめた。

 一度目を伏せて、ゆっくりと話す。


「おれは…グラスだ。でも、実は…本当の名前、覚えてたんだ。

 この地に来てから、誰にも教えていない名前。セレス様には…知っておいて欲しい」


「…うん。教えてくれる?」


 セレスタンの言葉を聞き、グラスはにっこりと笑った。



「ああ。おれの本当の名前は…ミコト。かつてこの国では無いどこかで、誰かにそう呼ばれていた」


「ミコト…」


「どうかあなたには、そう呼んで欲しい」


 ベッドに腰掛けるセレスタンの前に膝を突き、手を取り願う。


「…うん!僕の事もセレスって呼んで欲しいな」


「分かった。セレス…」


 頬を染めて見つめ合う。ミコト…ミコトか…と脳内で反芻して。揃って精霊達に目を向けた。


「「……………」」


「「「「………………」」」」


 精霊達は顔を逸らす。2人きりに含めなくていいですよ、という意思表示だと受け取った。



「じゃあミコト、おやすみ」


「おやすみ、セレス」



 グラスは部屋を出て…堪えていた頰が緩んでしまった。


「セレス、セレス…やった…!」



 いつか、堂々とそう呼べる日を思い描いて。彼は足取り軽く廊下を歩いた。



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