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皇国の精霊姫  作者: 雨野
日常編
38/102

アカデミー2年生 09



「…?」


「お兄様!」


「セレスタン様…!」


 セレスタンが目を覚ますと…暖かい布団の中。シャルロットとバジルは目に涙を浮かべて見下ろしている。


「…ここ、どこ」


「医務室よ!」


 2人はセレスタンの後ろをついて来ていた。トイレで吐いているようだが、いつまで経っても出て来ず。何度声を掛けてもドアを叩いても無反応。やむなくバジルが上から覗くと、倒れているのを発見したのだ。


 ああ…ぼんやりと考える。まだ気分は悪いのだが、彼女には気掛かりな事があった。


「今…何時限目…」


「え…お昼が始まったところよ」


「…行かなきゃ」


 重い体を無理矢理起こした。その目は虚ろで顔色も悪く頬が痩けている、まるで病人のようだった。

 立ち上がろうとすれば前のめりに倒れ、シャルロットが両肩を支えて座らせた。


「だめよ!お願い、もう帰りましょう!」


「約束が…」


「アホか」


 会話に入って来たのはオーバン。そんなフラフラでどこに行く気だ、とお湯をカップに入れて差し出す。


「ルカって奴から手紙が来てるぞ。「気にせず寝てなさい」だってよ(どっかで見たような字だな…?)」


 それを聞いたセレスタンは安堵する。同時に気が遠くなり…意識を失った。


「…お前らメシ食ってこい。ラサーニュ兄は俺が見とくから」


 2人は後ろ髪引かれる思いで医務室を出る。その1分後ルネが飛び込んで来た。


「セレスさん!!」


「お前もメシ行けって…」


 オーバンはどうしたもんかと考えていた。

 シャルロットだったら転んで怪我をしただけで、伯爵は学園に乗り込んで来る事もある。

 だがセレスタンは…どれだけ酷い状態でも、それがどうしたで済ませるのだ。


「(クソ野郎が…差別なんてもんじゃねえぞ…)で…何やってんだ?」


 内心腑が煮えるオーバン。その横で…ルネはベッドカーテンをシャッと閉めた。覗かないでくださいませ!と言いながら。

 彼女はセレスタンの服を脱がせてサラシを解く。こんなキツくては苦しいだろうと配慮の結果だ。

 そのお陰か、心なしか呼吸が楽になったように見える。


「よろしいですか先生。絶対に布団を取らないでくださいませ!もし破ったらド変態淫乱狼教師と陛下にチクりますわ!!」


「ラサーニュ全裸なの?」


 ルネも出て行き、今度こそ医務室に静寂が…



 バタバタバタ…バターン!!

「セレス!!目を覚ま「出て行けっつってんだろーが!!!」ぐぼあーーー!?」


 哀れジスラン、入れてすらもらえなかった。




 ※※※




「お兄様大丈夫かしら…」


 学食にて。セレスタン除く5人はランチタイム。兄を心配するシャルロットに対し、エリゼが問い掛けた。


「なんだシャルロット、噂を聞いていないのか?」


 噂?と聞き返せば、セレスタンが聞いたのと同じ内容の話を教えてくれた。それを聞いた4人は顔を青くさせた。


「セレスが…そんな事する訳無いだろうが…!」


「ボクはお祖父様から聞いてるからガセだって知ってるけど。でもアイク…兄はまた違うって言うんだよな」


 シャルロットは拳を握り震わせる。様子がおかしかったのはその噂話のせいなのだろうか。

 繊細な兄の事だ、吐くほどのショックを受けても仕方がない。


「結局ま…犬を保護したのはどっちなんだ?」


「…お兄様よ。だって私はあの日休んでいたもの」


「「え?」」


 何も知らない男2人は目を開く。シャルロットは真実を話した。


「え、じゃあ。あいつの1人2役だったの?」


「ええ。こうなったら全校生徒に説明を…」


「駄目よ」


 言葉を遮るルネ。シャルロットが何を言っても、兄を庇う健気な妹としか思われない。むしろセレスタンの立場が悪くなると懸念しているのだ。


「貴女はもう少し…ご自分の影響力というものを知るべきですわ」


「ルネさん…」

 

 居ても立っても居られないシャルロットは立ち上がる。食事中など関係無い、医務室に走った。



「お兄様!!!」


「うおっ、寝てるんだから静かにしろ」


 シャルロットはベッドに駆け寄り…涙を溢す。

 心無い噂話の所為で傷付けた。生徒会の仕事なんて、体調不良で休めばよかった。自分のくだらないプライドの為に…最愛の兄を…


「ご…ごめん、なさい…!」


 もしも暴力を振るわれたなど知ってしまったら…恐らく男子生徒達の命は無いだろう。





「貴様ら…何をしたのか分かっているのか?」


「な、んですか…クザン先生…」


「自分達は何も…」


 アカデミーの学長室にて。セレスタンを殴った3人は床に正座をしている。


 あの現場を見ていた女生徒の1人が、クザンに全てを報告したのだ。彼女は恐怖から一度逃げたのだが…どうしても気になり戻った。

 そこにはもう誰もいなくて。セレスタンの血痕のみ残されていて…職員室に走った。


 状況から加害者の名前まで全部話し、クザン含む教師陣が徹底的に裏を取り事実だと判明した。



「貴様らにこの学園に在籍する資格は無い。速やかに荷物を纏めて出て行け!!!」


「「「…!!」」」


 クザンの怒声に男子達は竦み上がる。納得がいかない!と反論しようものなら拳が飛んで来た。

 最終的に保護者がやって来て「退学は不当だ、息子は何もやっていない!」と喚く。そこへ学長が立ち上がり…1枚の書類を見せた。


「これを見ても、同じ事が言えましゅか?」


 学長はプルプル震える腰の曲がった小さなお婆ちゃん先生。年齢不詳で、千年生きているという噂が。

 書類には皇室の紋章が。男子生徒の退学の旨と、反論するならお家取り潰しと明確に記されている。


「あの子はね。君達とは比べ物にならない特別な子なんでしゅよ。不満があるなら今度は陛下に直談判するんでしゅね。どうでしゅか?」


 当然…退学を受け入れるしかない。保護者も生徒も顔面蒼白で土下座をして出て行った。



「学長…何を何処までご存知なのか」


「くかかか!なんでもよ。しっかしローちゃん(※皇帝(ローラン))も対応が早いねえ。それ程までにあの子を敵に回したくないか」


 学長はそれ以上語らず、クザンにも退室を促す。一体何が起きているんだ…と頭を抱えるも。考えても仕方ないので素直に従った。




 ※※※




 セレスタンは夕方になっても目覚めなかったので、バジルが抱えて部屋まで連れて行った。

 ジスランが「俺が運ぶ!!」と主張するも当然却下。


「どうしたんだシャーリィ!?」


「セレネ…実は…」


 部屋でお留守番をしていた精霊達は、一斉に彼女に群がった。着替えなどのお世話はガブリエルに任せ、バジルは自分が知っている範囲で今日の出来事を語った。


「…もう我慢出来ないぞ。セレネも学園に行く、シャーリィをお守りするぞ。

 シャーリィを蔑む者は舌を抜き。手を出す奴は生きたまま刻んでやる…!」


 セレネは毛を逆立てる。天使達も常に微笑んでいるというのに…今は表情が抜け落ち人形のよう。

 バジルも賛同したいところだが、セレスタンが悲しむ事だけは避けたい。


「…あの方は誰かが傷付くのをよしとしない。

 今後僕は学園でセレス様に付きっきりになるようお嬢様から命じられた。必ず守るから…怒りを鎮めてくれ」


「……わかったぞ。だけど、これで最後だ。次何かあったら…この子が何を言おうとも側を離れないからな。

 父親も妹も、全部セレネが殺す」


「…シャルロットお嬢様はやめてくれよ…」


 落ち着いたセレネはベッドにピョンと乗る。

 早く起きて…とセレスタンの頬を舐めた。




 その頃の生徒会室。シャルロットは沈んだ表情で仕事をしていた。

 そんな彼女に声を掛けたのはチェスターとジェフだった。


「なあなあラサーニュちゃん、噂本当?」


「ラサーニュさんが犬を助けたのに、お兄さんが横からしゃしゃったって。ダメだよ〜………お…?」


 チェスターは最後まで言葉に出来なかった。

 それは…シャルロットが額に青筋を浮かべて…机を握り潰しているからである。厚さ3cmの木の机は指の形にくり抜かれ、男達は慄いた。


「………皆様に謝罪致します。あの魔術祭の日…私は体調不良で学園には来ていませんでした。

 私とそっくりな兄に影武者を頼んだのです。噂話は事実無根…全ての元凶は私です。しかし公表しては兄の立場が悪くなると友人に助言を貰いました。ですので他言無用で…誰かに言われたら否定はお願いします。

 …今度兄を侮辱したら。相応の覚悟をしてくださいませ…?」


 生徒会メンバー全員が高速で首を縦に振る。兄を庇うための嘘…とは誰も思わない。

 それもそのはず…雰囲気がまるで違うからである。今のシャルロットであれば、ヘリオスを保護どころか「お兄様に危険が!」とか言ってトドメを刺すだろう。


「じゃあ…あれはラサーニュ…?」


「…なんですかマクロン様。何か不都合でも?」


「あ、いや…そんな事は…」


「ラサーニュさん…現在彼はどこに?」


「寮に帰りました。ストレスからか吐いて倒れてしまって…」


「そうですか…」


 暴力事件についてはセレスタンにも確認をとりたいのだが、難しいかもしれない。

 ルクトルは落ち着いてからシャルロットに報告しよう、と決めた。




 結局目を覚ましたのは翌日の朝。

 彼女は食欲が無いと言い、水のみ飲んで登校した。バジルが片時も離れないので、彼女への中傷は少なめだった。


 ランチも喉を通らずジュースを一杯。更に出る物も無いのにトイレに駆け込む。シャルロットは家に帰ろうと提案した。


「…やだ。あんな家…そうだ教会。ぼく教会に帰る…」


「教会?何言ってるの?」


「………なんでもない」



 午後は早退して寮に帰る。

 するとオーバンが彼女の部屋を訪ね、回復するまで休学しろと勧めた。


「…父上に怒られる…」


「アホか。その状態のお前を叱責すんならもう虐待だ。俺が伯爵家と学園と皇室にそう報告する」


「…わかりました、休みます…」


「よし。とにかく今日は寝ろ」


 オーバンが出て行こうとすると…扉の前にクザンが立っていた。


「ゔおあっ!?…脅か、さないでください!!」


「失礼」


 彼はセレスタンがいる寝室には入らず、リビングのバジルに声を掛けた。

 ヘリオスの首輪が完成したので、いつでも連れて来ると魔術師団から連絡があったとの事。扉越しに聞いていたセレスタンは…


「ヘリオス!?行く行く今行くっ!」


「元気じゃねえか…」


 途端に元気になり、速攻で支度を済ませてバターン!と飛び出した。オーバンは呆れながらも…情緒不安定な様子を懸念する。


「ふんむ。セレネの子分を見てやるぞ」


「え、誰?リオ?」


「違います…」


 来客時はぬいぐるみのフリをしているセレネ(天使達はミニサイズで普通に過ごしてる)。セレスタンの小脇に抱えられながら、一緒に部屋を出る。


 クザンが連絡を入れている間に寮脇に設置された小屋へ向かった。

 10畳程を長い柵で囲み、ウッドデッキもある立派な犬小屋だ。セレスタンが中に入り、足を伸ばして寝転がれる!とはしゃぐ。

 中にはふかふかなクッションもあり大満足。


「むしろ僕が住みたい」


「何仰ってるんですか…ところで、費用は…?」


「あっ」


 完全に失念していたようだ。請求額は如何程に!?とオーバンに詰め寄ると、なんとクザンが全て出したらしい。


「学園で飼えって言ったのは自分だからだと」


「申し訳なさすぎる…」


 感情の振り幅がすさまじく、今度は泣き出してしまった。

 僕の我儘のせいで…と嗚咽を漏らす。


「違う。…儂が犬を飼いたかったからだ」


「先生!…ヘリオスー!!」


「みゃいあーーー!!」


 遠くから走って来るヘリオス。膝を突き両手を広げて受け止めるセレスタン。感動の再会に涙を禁じ得ない…のだが。


 首輪のトゲトゲがセレスタンの胸に刺さり、ゔっ…と呻いた。



 痛みに悶えていたがすぐ回復。魔力を封じられたヘリオスは、一回り小さくなっていた。

 それでも犬にしては十分デカい。座った状態でもセレスタンの背を超えている、巨大なドーベルマンと言ったところか。爪や牙も小さくなっており、全体的に弱体化している。


「お?なになに、どうした?」


「みょっ」


 ヘリオスはセレスタンの背中を頭で突つく。そして地面に伏せて、チラリと見上げる。


「乗れって言ってるぞ」(小声)


「(あ、精霊って魔物の言葉分かるんだ?)では…うわっ!」


 ヘリオスが歩き出すが…不安定なセレスタン。

 セレネに乗る時は浮遊感も空気抵抗も無く、両手を離していても落ちる心配はない。

 だがヘリオスは普通に揺れる。骨が当たって痛い、とかでは無いがスピードは出せなそうだ。


「みゅぅぅぅ…」しょんぼり


「ま、まあまあ。一緒にボール遊びとかしよ!」


「ふふぅん。やっぱセレネがいないとだぞ!」


 勝ち誇るセレネ。精霊とヘリオスは小屋に入り、ボソボソと会話している。

 その間にセレスタンは礼を言った。


「クザン先生…ありがとうございます。その、小屋は…」


「儂が犬を飼いたかったのだ。何度も言わせるな」


「…はい。僕がいない間、ヘリオスのお世話をお願いします。暫く休学しますので…」


 基本的に学園からは出さないという約束だ。

 なので残念ながら暫くお別れとなる。1日でも早く一緒に暮らせるよう…頑張って回復するぞ!と気合を入れる。




 皇宮からの同行人はアイザックとハーヴェイだった。彼らは骨の形をした木の板を渡してきた。


「折角だし表札付けようぜ」


「はい、書いてやって」


 受け取ったセレスタンは…


「(どうかこのおうちが、ヘリオスを守ってくれますように。悪戯されたりしませんように)」


 そう願いを込めて『ヘリオス』と書いた。それを柵に括り付けると…


「……ん?」


「どした、アイク」


「…いや(魔力を感じる…まさか結界?今の表札に何か込めたのか…?)」


 魔術師である彼だけが感じた違和感。こっそり解析すると、悪意をもって柵に触れると弾かれるようになっている。

 遠距離攻撃にも対応している、かなりの高性能な結界だ。何をしたのか問い正したいところだが…彼は祖父に「ラサーニュ君を敵に回すな」と言い含められている。

 自分の知らない何かがある。そう判断し…黙る事にした。

 


「……スタン。俺、ラサーニュ領に遊びに行くからなっ!」


「うん。でも家にはいない予定だから…手紙くれたら迎えに行くね」


 必ず、と約束をした。


 諸々の手続きも済ませて寮を後にする。数少ない友人には説明して、遊びに来てねと別れを惜しんだ。

 屋敷ではなく教会で暮らしたいと願っているので、シャルロットについに話す事に。

 彼女はそんな場所があったんだ…と驚きつつ「毎週行くわ」と涙を流す。




 

「…ルカにも直接挨拶したかったなあ。戻ったら…沢山お話ししたいなあ」


 教会に住み始めて早1ヶ月。初夏の風を肌で感じながら、セレネに背を預けて青空を見上げる。


「セレス様、どうしたんですか?」


「なんでもないよ、グラス」



 この頃には精神も安定して、穏やかなセレスタンに戻っていた。

 だが夏期休暇も重なり…彼女が復学するのは、2学期になってからなのであった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 精神が不安定になってしまったセレス、セレスを暴行した生徒は国王が迅速に対応して退学になりました。まあ反省をしたふりしてまたやらかす可能性があるから仕方ないかな。精霊たちの怒りが怖いですからね…
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