アカデミー2年生 08
「怖い目に遭わせてごめんね…!もう大丈夫だよおおお!!」
「みゃああん!にゃっふ、みぎゃあああ!!」
セレスタンは魔術師達を押し退けて檻にへばり付き、腕を伸ばしてヘリオスを撫でる。
ヘリオスもプルプル震えながら、彼女に体を擦り付ける。
「おお!元気になった!」
「ほう…これまで我々には一切懐こうとしなかったのに」
「特別な人間という訳か…ひふっ」
「ねえボク?ちょっとお話よろしくて…?」
「「ひにゃぁ…!」」
「「やめろっつーの!!!!」」
少女と犬に迫る不審者達は、ハーヴェイとアイザックにより拳骨を落とされるのであった。
※
「すまん、セレス。魔術師って基本的に変人集団だから…」
「簡単に言えば体育会系マッドサイエンティスト共だ。自分の体使って実験したりするし…マトモなのはアイク含めて数人だと思うように」
ヘリオスも檻から出し、セレスタンの膝に顎を乗せて寝転ぶ。その様子にグラスは狼狽する。
「大丈夫ですか、噛まれませんか?」
「大丈夫だよ。ねーヘリ…そうだ。君の名前、ヘリオスでいいかな?」
「にゃんっ!」
ヘリオスは喜んでいるのか、頭を彼女の顎に擦り付ける。その様子に魔術師は大興奮。
ハーヴェイが取り押さえるも、魔力を封じる前に観察したいとの事。体に何か変化が現れるのか等、疑問は尽きないらしい。
「それなら、まあ…え?もう首輪出来たんですか?」
「ああ。既存の魔力封じに手を加えるだけだからね」
魔術師の返答に顔を綻ばせる。じゃあ早速連れて帰ろう!と思ったのだが。
「いや〜…色やデザインで詰まっててねえ」
「トゲトゲを付けるかどうか。チャームに何か模様を…」
まだまだ終わらなそうであった。
ただお世話になっているのは事実なので、セレスタンも観察とやらに協力する。
「ヘリオス、あーんして」
「みゃーん」かぱっ
「ふんふん…鋭い牙だ。狼に近いが…」
他にも爪を見せたり、ひっくり返ってお腹を見せて。自慢の筋肉に触れさせて。あらかた終わり、残りは封じた後の変化を見たいと言う事に。
続いては知能テスト、アイザックが問題を出す。
「ではヘリオス。ここにリンゴが5個あります。1個はオレが食べました。残りはいくつ?」
「みい」4回床を叩く
「ふむ。お前の飼い主はこの中で誰?」
「にょえ」セレスタンに近寄る
「うーん…お前は犬?狼?魔物?精霊?」
「みゃもみょ」
「「「しゃべった!!?」」」
ヘリオスは順調にクリアしていく。魔術師は目を輝かせ、分析が楽しみだ!と子供のようにはしゃいでいる。検証も終わり、セレスタン達は帰るのだが…
「繊細で怖がりな子なんです!囲まないでくださいね!?」
「「「わかったわかった」」」
「みゃー…」
何度も振り向きながら塔を後にした。
心配ではあるが、これ以上彼女が出来る事は無い。約束通りハーヴェイと共に街に繰り出すのであった。
※※※
「スタン、こういうの使ってるか?」
「爪の保護?いえ、全然」
「しゃーねえ、ハーヴ兄さんが教えてしんぜよう」
雑貨屋にて。これは女性が使う物では?そう思い断ろうとしたのだが…ハーヴェイは会計を済ませてしまった。
「いやいや、俺も使ってるし。モテる男ってのはな、細かい所までケアを怠らねえんだぜっ!
まー実際鍛錬で爪割れたりするし」
ほいっと渡された袋には、爪の手入れセットが入っていた。
「(女の子っぽいけど…男性でもおかしくないんだね?えへへ…)」
お洒落な感じ…と思い、彼女は微笑みながら胸に抱いた。その様子にハーヴェイとグラスも優しい表情だ。
ハーヴェイは「じゃあ次!髪の香油なー」とセレスタンとグラスを連れ回す。そのうち服屋へ移動して、ハーヴェイ先生に全身コーディネートされる2人。
「スタンは可愛いんだからこういう服でいいんだよ。グラさんは〜…おっ、この帽子どうよ!似合わねーっ!!」
だっはっはっ!と1人爆笑するハーヴェイ。
セレスタンはパーカーにハーフパンツという活発な女の子らしい格好。靴は完全にレディースだ。
「おかしくないですか…?」
「足小っちゃいし似合うんだからいいの!」
押し切られるもので、いいのか…と納得する。何よりも楽しくて…彼女は頬が緩む。
叶うならば。シャルロットとこうして、服の選びっことかしたいなぁと思うけれど。
ハーヴェイが本当にお兄ちゃんのように可愛がってくれて。まるで女の子扱いしてくれるから。
今日だけは伯爵令息をお休みしよう…そう考えられるようになった。
ハーヴェイがあれもこれもと言う姿に、グラスも楽しそうについて行く。それはもちろん、愛するお嬢様がずっと笑顔だから。
彼女が誰かと一緒にいてこんなにも穏やかなのは少ない。ハーヴェイが的確にセレスタンが望みそうな物を選んでくれるから。
男でもおかしくない、自分も使ってる。似合う似合うと言ってくれるから。
「スタン、これよくねえ?」
「(綺麗なシャツ…)で、でも…」
「俺もこの色違い買おっと。グラさんはー?」
「いえ…おれは結構です。どうかセレス様に」
「あいよっ!」
「ひえ…有無を言わせてくれない…」
遠慮しいなセレスタンには、こうやってグイグイ踏み込んでくれる人がいいのかもしれない。
彼は他人との距離の計り方が上手いのだろう。これ以上は嫌われる、傷付けると考えた上で適度に馴れ馴れしくしてくるのだ。
勉強になるなあ…と思いながら、グラスは荷物持ちをするのであった。
※
「ハーヴ兄、買いすぎでは…!?」
「そか?」
とぼけるハーヴェイ。だが…グラスは両腕に紙袋をいくつもぶら下げているしセレネの背中にも箱が乗っている。グラスやバジルの物もあるが、圧倒的にセレスタンの物が多い。
カフェで好きな物も食べさせてくれて。今日の会計は全てハーヴェイなのだ。
「ごめんなさい…お買い物が楽しくて、つい…」
セレスタンもグラスも払うと言ったのだが、ハーヴェイが完全拒否した。
「ふっふん。俺ってば近衛のエリートよ?こんぐらいノーダメよ、十分に給料貰ってるからな!
……本当に。お前がどうしようもなくなったら。グラさんもヘリオスも纏めて養うくらいの甲斐性あっからなー?」
彼はふざけたように言うが…本気だ。セレスタン達もそう理解しているからこそ…
「…はい!ありがとう、ハーヴ兄。えへへ、家出したら頼らせてね!」
「…おう!」
そう言って彼らは別れた。ハーヴェイはセレネに乗った2人を見送りながら…
実際その時が来たら。頼ってくれないんだろうな…と寂しく感じた。
てくてくと、寮がある皇宮目指して歩く。
街並みを眺めながら思うのは、セレスタンと初めて会った日のこと。
「(優しくて働き者で可愛くて。嫁に欲しいなーって思った俺の勘…大事にすべきだったなー…)」
当然男だと思っていたから…まっさかー!と自分で笑い飛ばしていた。
それが偶然ルキウスの告白を目撃してしまい、女の子だと知った。セレスタンが会場を抜け出して人気の無い場所に向かうので、心配になって追いかけたのだ。
「俺も…こんな事なら兄のように振る舞わなければよかった」
ぴたっと足を止めて空を見上げる。
彼女を好きなのかと問われれば返事はイエスだ。
今日はさり気なく手を繋いだり、商品を覗き込む振りをして顔を近付けてみたり。カフェで一口くれと言ってみたのだが…セレスタンは全く意識していないようだった。
同じ事をルキウスがしたならば、顔を真っ赤にして狼狽えただろう。
「あそこまで男扱いされていないとは。完全に兄貴…ここから挽回は無理だろうな…」
ずずっと鼻を鳴らして歩く。
「はあ…せめて。ルキウス殿下でも誰でもいい。あの子を守って幸せにしてくれ…
こうなったら俺はもう、最高のお兄ちゃんを目指すぞ」
同時に彼の脳裏に浮かんだのは…シャルロット。彼は初対面から、なんとなく彼女を好ましく思えなかった。
「(スタン…あの妹はお前にとって…枷にしかなってねえ。それに気付いてくれ…手遅れになる前に)」
※※※
週明け学園に向かうと…何やら雰囲気がおかしかった。普段の数倍、セレスタンに対する視線に鋭いものが含まれているのだ。
それでも彼女は、せめて挨拶を…!と拳を握る。
「皆さん、おはようございます」
「お…おはよう、ございます」
「おはようございます、シャルロット様」
「ごきげんよう、ラサーニュ嬢」
「シャルロット様」
誰も彼もがセレスタンを無視している。これには流石のシャルロットも怪訝な表情。いつもなら彼女の前ではあからさまに差別しないからだ。
その理由はすぐに分かった。セレスタンは教室に鞄を置いた後、廊下に呼び出された。それは先日シャルロットとして会話した3人の男子生徒だった。
何かな?と思いついて行くと…
「がっ!!?」
「ふざけんなよ、お前」
「な、ん…あぐっ!!」
廊下の突き当たりで、突然頬を拳で殴られたのだ。更に腹を全力で蹴られて…セレスタンは蹲った。
「お前、シャルロット様の手柄を横取りしたんだろ?」
「…?」
前髪の隙間から、額に青筋を浮かべる男子生徒を見上げる。彼らが何を言っているのかまるで理解出来なかった。
彼らの言い分は…
あの魔術祭の日。心優しいシャルロットは倒れている野良犬を見つけて介抱した。
クザンやらテランスに対し「この子は自分がお世話する!」と飼い主を申し出る。
だが次にセレスタンがやって来て…「やだやだこの犬欲しい!」と駄々をこねる。クザンに怒鳴られようとも、我儘を言い続ける。
またまたシャルロットがやって来て…兄の不始末を詫びる。
最終的に犬はセレスタンのもの。自分の精霊だと嘘をついてまで、無理矢理手に入れたらしい。
実はあの時、校舎の中から複数の生徒がやり取りを見ていた。魔物だという話になった辺りでクレールが周囲に防音の結界を張っていたので…声は一切漏れなかったが。
なので彼らは勝手に会話を推測して、シャルロットを健気で可哀想な聖女に。セレスタンを我儘放題の悪人に仕立て上げた。現在学園中、その話題で持ちきりらしい。
「ああ、可哀想なシャルロットさん」
「こんな泥棒が兄だなんて…」
「お前、よく学園に顔出せるよな。犬も洗脳して、自分が飼い主だって刷り込んだんだろ?」
「ふざけんなよ、なっ!!」
「う"…っ」
座り込むセレスタンは背中を蹴飛ばされ、壁に叩き付けられる。
目撃していた生徒もヒソヒソと遠巻きにし、教師を呼びに行く素振りも見せない。
誰もいなくなった後暫く隅っこで丸くなっていたが…1限目が始まった頃、ヨロヨロと歩いて移動した。
医務室には行けない。きっとオーバンは心配してしまうから。ならば…そうだ、いつもの場所に行こう。
そう、屋上扉の前だ。なんとか到達してその場に座り込む。
「(…あ、血が…そういえば僕、治癒使えるんだっけ?)」
口の中を切ったのか血が滴る。患部に手を当てて…治れ、治って…と魔力を流してみた。
すると痛みも引いたので、他の怪我も癒した。元気になったところで…膝を抱えて嗚咽を漏らす。
「う…うぅ、うええ…ひっく…
やっぱり僕なんか…どこにも居場所なんて、無いんだ…!!」
そうだ、僕は自惚れていた。昨年の剣術大会以降、目立った嫌がらせをされていなかったから。
シャルロットに扮していれば…皆笑顔で近寄ってくれるから。
それが…セレスタンに向けられたモノだと錯覚した。
「違う、あれは僕じゃなかったから…
ロッティだから、皆優しかっただけなんだ。あはは…僕…ばっかみたい…!!」
セレスタンは嫌われ者。そんな僕に友達が出来るかもなど…思い上がりも甚だしい。彼女は益々自分を追い詰める。
「ぐ…うああああああんっ!うぁあ、ひっく…うえええん…あぁぁ…」
声を抑える事も出来ず泣き続ける。
きっとあの時、ヘリオスを保護したのがセレスタンでも。やはり同じように、彼女は悪人にされたのだろう。
彼女の言葉を聞く者は殆どいないのだから。
声を上げるセレスタンは…扉が開く音に気が付かなかった。
「ひぐ、あああぁ…ひっ!!?」
「…振り向くな」
突然背中に誰かの手を置かれて、セレスタンは全身を跳ねさせて硬直した。
また殴られる…!と思い、咄嗟に体を丸めて防御姿勢になる。ところが…
「…………?」
その誰かは優しく背中をさする。セレスタンは次第に緊張を解き…顔を上げようとした。
それを察知した誰かは素早く屋上に逃げた。バタン!ガチャッ!と鍵まで閉める。
セレスタンの手にはハンカチが。
「…あの…どなたですか…?」
「…………」
返事は無い。
「まさか…怪人扉男さんですか…?」
「……変なあだ名を付けるな」
「やっぱり!」
「(しまった…)」
そう、ルシアンである。
セレスタンは相手が誰かなど知りもせず、声を掛ける。
「もしかして以前…僕を医務室まで運んでくれましたか?」
「…………さあ、知らない」
そのぶっきらぼうな物言いに…この人だ!と確信する。
「ありがとうございます怪人さん!」
「怪人じゃない!」
「ではなんとお呼びすれば…あ」
不自然に言葉を切り、ルシアンは「どうした?」と訊ねる。
「申し訳ございません…僕なんかが…馴れ馴れしく。
その…お礼はいつか必ず。それでは…」
「待て。わた…いや…
お、俺はル……カ、だ」
「ルカ?様?」
「…ルカと呼べ」
ルシアン皇子だと彼女が萎縮してしまう。そう考え偽名を名乗った。
馴れ馴れしいなど思っていない。別に迷惑していない。クッキーは美味かった。好きに来ればいい。セレスタン・ラサーニュの噂は聞いているが…どうでもいいと一息に告げた。
「どうでもいいって…」
その時授業終了のチャイムが響く。2限目は出なきゃ!と慌てて立ち上がった。
「…あれ。ルカは授業どうしてるんですか?」
「……免除されてるから…」
なんとも苦しい言い訳である。だがセレスタンはあっさり信じた。
すごい、優秀なんですね!と言う始末。ルシアンはこの日罪悪感というものを覚えた。
「では、いつもここにいますか?また会えますか…?」
「いつもじゃない。だが…朝一は基本いる。それと…今日の昼もいる」
「ではお昼に来ます!」
セレスタンは急いで階段を降りた。
彼女に対する好奇の視線は続いているが…吹っ切れてしまった。
もう友達なんていらない。自分に近付くのは悪意ある人間だけ。誰かに期待なんてしなければ…裏切られない。
どこからか「犬泥棒〜」という言葉と嘲笑が。それすらも無視して歩く。
学園で信じられるのはシャルロット、バジル、ジスラン、ルネ、ルクトル、オーバン。エリゼも…まあ、多少は。パスカルも紳士だと思っている。
そしてルカ。顔を合わせてもいないが…彼と言葉を交わすのは楽しかった。言動の端々に優しさが隠れており、悪ぶっているけど良い人という印象を抱いた。
ガラッと教室のドアを開ければ注目を浴びた。
「お兄様!よかった、どこ行ってたのよ?」
「ごめんね、ロッティ」
『何言ってるの?君が入れ替わりを提案しなければ、こんな事にならなかったのに?』
「……!」
愛する妹の笑顔を見て安堵すると同時に…黒い感情が込み上げてくる。
何年も前からずっと、セレスタンの裏側にいるもの。
「どうしたの…?顔色が悪いわ」
「…疲れちゃって…」
返事をする余裕もなく椅子に座る。
シャルロットの心配そうな言葉を聞くたび、膨れ上がる。
『今まであの子のせいで、どれだけ僕が苦しんできたか!!
両親の愛だけでは飽き足らず、初恋まで踏み躙られた!!!ジスランが花を贈り、ドレスを褒める姿を見せつけられて。どれだけ心を殺したか知らないでしょう!?
平凡な僕を嘲笑うかのように、常に完璧なシャルロット。どうして!?ああ…いや、違う。
今の僕にはセレネがいる。天使達もいるし、ヘリオスもいる。それはあの子にも手に入れられない僕だけの力!!』
「(…違う。セレネ達は道具じゃない。何より…凄いのは精霊自身で、僕は偶然契約してもらっただけの事)」
『それがどうした?セレネがいれば伯爵だって怖くない。なんの縛りもなくルキウス様のお嫁さんにもなれる!
あんな素敵な人が僕の事を好きだって!シャルロットじゃない、この僕を!!』
「(やめて…)」
『なんで?僕に意見出来る人なんていないんだよ?
怖いものなんて無いのに…何に遠慮しているの?』
「(やめて…消えて!!!僕の大切な妹を貶さないで!!ルキウス様の好意を利用しないで!セレネ達を侮辱しないで!)」
『…あっそ。消えてあげるけど…いつか分かるよ。どっちが正しいのかね』
ようやく静かになったが…セレスタンは限界を迎えていた。
汗が止まらず嘔吐感を催す。無言で立ち上がり、シャルロットとバジルの声も無視して教室を出た。
トイレに駆け込み胃の中の物を出す。どれだけ吐いても気分は良くならず、個室の中で倒れてしまった。
「(……もう、やだ…何もかんがえたくない…)」
疲れた…死にたい。楽になりたい。そう考えながら、彼女は目を閉じた。




