アカデミー2年生 06
「お願いお兄様、いえお姉様!!私の振りをしてくれない!?」
「…えぇ?」
明日アカデミーにおいて、魔術祭という秋の剣術大会と並ぶ一大イベントが行われる。こちらは希望する4・5年生のみ参加で、女子もエントリー出来る。
様々なお題を魔術を使いクリア、得点を稼ぐ。皇帝は来ないが、皇室魔術師は見学に来る絶好のアピールチャンスなのだ。
「私も生徒会の仕事が…ゴホッ」
「わわっ!だめだよ寝てなきゃ!」
シャルロットは珍しく風邪気味だった。
愛娘体調不良の報せを聞いた伯爵は大慌て。今すぐ帰っておいで!と学園に乗り込みそうな勢い。更にはセレスタンに対して「お前の所為だ!!」と言う始末。彼女は誠に遺憾であると返しておいた。
こうして可愛い妹の願いを聞き、1日シャルロットになる。
バジルは心配そうにしていたが、シャルロットを連れて領地に帰って行った。
ルクトルとルネは協力者だ。
誰もいない生徒会室で、ルネが保管していた着替えセットで変身完了。2人で廊下を歩く。
「…わたしはシャルロット。よし、いける!」
「頑張ってくださいねロッティさん!」
「うん!…ええ、任せて!」
心までなりきっていたら…正面から女子を3人侍らせたルシアンが歩いて来た。
「あら…」
「…………………」ギロリ
「(ひいいいい!僕睨まれた!?なんでえ!!?)」
彼は何故かセレスタン…の生徒会の腕章を視認し鋭く睨む。早速化けの皮が剥がれプルプル震える。その様子にルシアンは目を開いた。
「………?まさか、」
「ルシアン様、早く行きましょうよ〜!」
「ねえねえ、私達も秘密のサボり場所に入れてくださいよぉ」
「………ああ…そのうちね」
女子に腕を掴まれて踵を返す。姿が完全に見えなくなった後、セレスタンは大きく息を吐いた。
「なんだったの…?」
「…恐らくですが。ご自分が生徒会役員に選ばれなかったのが悔しいのかと」
「ひぇ…とばっちり…」
だがセレスタンも思っていた。兄皇子達も、ルシファーも生徒会長をしていたと聞く。皇族は生徒会に就任する伝統でもあるのかな〜と考えていたのだが、実際選ばれたのはシャルロットとパスカルだった。
「ルキウス様のご決断は正しいものですわ。ルシアン様は選ばれたとしても…真面目に仕事をしないでしょうし。さ、行きましょう!」
セレスタンは彼が気になったが、ルネに手を引かれて歩きを再開した。
会場で生徒会メンバーと合流、ルネと別れる。
頭に叩き込んでおいた生徒会の顔と名前を確認して、気合を入れた。
「では僕も魔術祭に参加ですので…頑張ってくださいね」
「はい、そちらもお気をつけて」
ルクトル含む上級生は離脱、残された者達で見回りに。セレスタンは3年生とペアになった。
「(この人はチェスター・エーベルト先輩だね)
エーベルト先輩、わたし達は何処へ?」
「こっちこっち。道に迷った観戦者の案内とか、生徒が会場内に入らないよう見回りをするよ」
彼に付いて歩くも、特に不審がられている様子もない。それどころか…沢山の生徒が声を掛けて来る。
「ラサーニュさん、相変わらず人気者だね」
「いえ…そんな事ありませんわ」
代わる代わる彼女に労いの言葉を掛け挨拶をする。それらは皆、普段セレスタンに対して心無い言葉を掛ける者達だった。
「(話してみれば…普通なんだな…)」
怖い人達だと思っていたが…シャルロットに扮している今は好意的。
何か誤解があって、自分は嫌われているのかもしれない。そう考えた。
事情があり親しい友人は作れないが、挨拶くらい出来る知人が欲しい。どうにか誤解が解けないかな…と淡い希望を抱く。
時折観客席に設置された大きなモニターでイベントを見る。ルクトルが触手攻撃を喰らっており…黄色い悲鳴で大地が揺れている。
ふと思い出す。セレスタンは去年も魔術祭は見学していたはずなのに、内容を思い出せない。
ルキウスとランドールが張り合いまくって、どちらもぶっ倒れていた事は覚えている。が…
こんな事してないで勉強しなきゃ。殆どの記憶はそれだったのだ。
勿体ない事したなあ…と落ち込む。その時…
「ん?ラサーニュさん、あれ見て」
チェスターが指差す先…蠢く黒い塊があった。恐怖から無意識にチェスターの手を握ってしまい、彼はだらしのない顔をする。
「(役得役得〜)これ…犬かな?」
「え…!?」
木に隠れるように、大きな犬が丸くなっていた。
セレスタンは思わず駆け寄り、膝を突いて犬に触れる。
「危ないラサーニュさん!噛まれるかもよ!」
「どうしたの、怪我してるの!?」
犬は薄く目を開けて…彼女を見つめる。
猟犬のような、筋肉のついた胴に足が長くスラッとした大型犬。
触れると手が赤黒く染まった。血だ…!と青褪める。まるで初めてセレネと会った時のよう。だが今回は本当に死にかけで、後ろ足は折れて呼吸も浅い。
「どうしましょう、エーベルト先輩!」
「待って、落ち着いて!制服も汚れちゃってるよ、誰か先生に知らせてくるから!」
チェスターはその場を去る。セレスタンは犬の体を持ち上げ前足を膝に乗せ、首の辺りを抱き締めた。
「(お願い、間に合って…!死なないで、治って…元気になって!)」
涙が出そうになるのを堪えて、怪我がよくなりますようにと祈る。
そこへ同じ生徒会のパスカルと3年生のジェフ・テナが現れた。
「マクロン様、テナ先輩!犬が、大怪我を…!」
「落ち着いて、ラサーニュ嬢。
…怪我って、どこを…?」
「へ…?」
パスカルが犬に触れると…怪我などどこにも無い。体は腫れ上がり斬られたような酷い状態だったのに、だ。
セレスタンの制服に付いた血や泥汚れと犬を交互に見て、3人は首を傾げた。
「…もしかしてラサーニュちゃん、治癒魔術使える?」
「いえ…?」
この状況を説明出来るのは、それしか考えられない。
そう…本人は気付いていないが、治癒魔術の適性があったのだ。適性持ちは体が頑丈、自然治癒力が非常に高いのが特徴だ。
彼女は骨折程度なら2〜3日で治ってしまう。明らかに異常なのだが…「遅いよりいいよね」と全く気にしていない。
「…わっ!うへえ、ひええ」
元気になった犬が尻尾を振って頬を舐めた。くすぐったくて頬も緩む。
「……!」
「(うわっ、可愛い!ラサーニュちゃん、いつも近寄り難い感じだったのに…今日はなんか違うな〜)」
男2人はその笑顔に見惚れているのか、頬を染めている。
犬がすっくと立ち上がると…
「「「デッッカ!!?」」」
なんと犬の体高はセレスタンの胸ほどもあった。彼女は現在150cm前後(セレネの体高は彼女の背と同じくらい)、これは大きすぎる。
「…ラサーニュ嬢、離れて」
「え…」
返事も待たず、パスカルが彼女の腕を取って引き寄せた。背中に隠して静かに後退る。
「先輩…」
「ああ…魔物かもしんねえな…」
「ま、魔物!?」
魔物は通常、山などの自然で発生する。動物との違いは魔力を帯びている事、非常に凶暴で生物を襲う事。
出現数は多くないのだが、1匹に対して騎士や魔術師が数人掛かりでないと倒せない。弱い個体相手でも1対2で戦うのがセオリーだ。精霊のように階級は無いが、上位種は存在する。
国中の村町道路に魔物避けの結界石が配置されており、人里を襲う事はほぼ無い。だがこうしていくつもの結界を超えて、学園まで来てしまうような例外も存在する。
「稀に町中で発生してしまう事もあるが…原因は未確定。
それか…結界も効かない程の上位種の場合。ただしこれは精霊の最上級に該当するレベルなので、無いと考えていい」
「そうだったら俺ら今頃皆殺しだろうな。
他は脅威にならない程弱ってる場合だったか。ラサーニュちゃんの服を見るに、相当深傷を負ってたみてえだし」
「そそ、そんな…!」
セレスタンは警戒する2人の後ろで慌てふためく。犬は大人しく座り…尻尾をゆらゆら揺らす。まるで「敵意はないよ」と言っているようだった。
このままじゃ殺されちゃう…!と飛び出した。
「危ないっ!」
「待って!魔物って凶暴なんでしょう、この子は大人しいですよ!ね?」
「みゅう。みぃ〜」
「ほら可愛い!!」
「「猫かよ!!!」」
ガタイに見合わない可愛い鳴き声。ますます怪しい。
「お座り!はもうしてるわ。お手!」
「みゅっ」たしっ
「伏せ!!」
「みょ」しゅたっ
「ちんち「ストーーーップ!!(※パス)」あらまっ」
「みゃあ」スッ
「3回回ってワン!!」
くるくるくる「ミャン」
「ほらいい子!!!」
「「…………」」
完全に言葉も通じている、ただの犬ではない。もちろん狼でも、精霊でもなければ魔物しかない。
だが…必死なセレスタンと大人しい犬の姿に、少しだけ警戒を解く。そこへチェスターがクレールを連れて戻って来た。
「おーい!まず…治ってる?」
「怪我してなかったみたいです!これは血糊です!」
「なんで犬が血糊被ってるのよ…」
「…失礼、バルバストル先生」
段々と収拾がつかなくなってきてしまった。更にそこへ…剣術教師のクザンまで来た。60を超える彼はまだまだ現役騎士と遜色ない実力の持ち主だ。
「つい先刻…首都の外で魔物ライラプスが確認され交戦。だがあと一歩のところで取り逃し、街に侵入を許してしまったと緊急通報があった」
「ライラプス…狙った獲物は死ぬまで決して逃さないという、強力な犬の魔物ですよね」
「犬……」
全員の視線は…セレスタンと犬に注がれる。
「…!違う、この子は可愛いワンちゃんです!も、もし魔物、だとしても…こんな、大人しい子…」
犬の首に抱き付き、なんとか抵抗する。
「こ…この子は、誰か傷付けてしまいましたか…?騎士や魔術師、一般の人や…動物を襲ってしまいましたか…?」
「…いや。交戦中も抵抗はするが、反撃は一切しなかったと聞く。他の被害も確認されていない」
「じゃあ…」
「魔物は斬るのが常識だ」
クザンは剣を抜き、セレスタンに離れるよう指示する。
今は大人しいが、豹変するかもしれない。魔物の命と生徒の命、比べるべくもないのだ。
イヤイヤと首を振り退こうとしないセレスタンに手を伸ばすと…
「お待ちください、先生。まだ魔物と決まった訳ではないでしょう」
「…マクロン」
保護反対派だったパスカルが間に立った。
「儂は生徒を守る義務がある」
「…存じています。それでも俺は、涙を流す女性を無視したくない」
涙と言われ、自分でも初めて泣いている事に気付いた。濡れた頬を犬が舐める。
睨み合うパスカルとクザン、まさに一触即発。クレール、チェスター、ジェフは身動きが取れない。
「…丁度今は皇室魔術師も多く来ている。判断は彼らに任そう」
クザンは息を吐き…剣を納めた。だが警戒は解かず、犬を殺気を込めて睨む。
皆も緊張を解き深呼吸をした。
騒ぎにはしたくないので、チェスターとジェフがこっそりと魔術師を呼びに行く事に。
「マクロン様。ありがとうございました」
「…いや」
セレスタンはこのパスカルに苦手意識を抱いていたが…見る目が少し変わった。話は通じるし、優しくて…
「(…まさか。この人ロッティの事を…!?きゃー!
うん、マクロン様だったら安心してロッティをお任せ出来そう!)」
少し明後日の方向に飛んでしまった。
パスカルは逡巡して…彼女の頬をハンカチで拭き、やや顔を近付けた。
「(ひいっ!?違う、僕はセレスタンです!)あの…何か?」
「……貴女は。動物は好きか?」
「…?好きです」
「いつも、傷付いた動物を見捨てられないのか?飼っている訳でもない、関係のない犬の為にクザン先生に歯向かえるのか?」
「う、ん…目の前にいたら、放っておきたくはありません」
「……そうか。貴女はもしかして…
幼い頃、真っ白な毛」
「うおおおおい!!!怪しい犬はどこかな!!?」
パスカルが何か言いかけるも、テランスの大声でぶった斬られるのであった。
セレスタン以外の3人は仕事に戻れと追い出された。
「大丈夫かなー、ラサーニュちゃん」
「なんか、今日の彼女様子違くないか?」
「な!ほわほわしてて可愛いよな」
「俺さっき手ぇ繋いじゃった」
「うらやま!」
盛り上がる3年生コンビ。パスカルはその後ろで難しい顔をしている。
「(シャルロット…いや、まさか。だってあの子の髪はあんなに鮮やかな赤ではなかった。
そう、まるで彼女の兄、セレスタンのような…暖かな緋色の髪。でもどこか面影が…どういう事だろう)
シャーリィ…」
※
「ふむ…魔力を感じるし、目撃情報と一致する。間違いない、通報にあったライラプスだ」
「そんなあ…!」
テランスはやかましいので口を塞がれてしまった。代わりに部下である総副団長が犬を見る。
クザン、クレール、テランスにも囲まれて、セレスタンは半泣きで犬に抱き付いている。
「こ…ころ、こころされてしまいますか…?」
「…うん、そうだね。魔物は殲滅するのが我々の仕事だから」
それが決まりなのだから、仕方がない。そう分かっているのに…
セレスタンはどうにも、この犬を好きになってしまった。モフモフのセレネもいいが、ムキムキスマートな犬も素敵なのだ。
「…こんなに可愛いのに…ですか…!?」
「みぁ」ニタリ…
「「「………」」」
残念ながら大人達の目には…マッスル犬が少女を食い殺す寸前にしか見えない。
「そうだな!!!魔力封じの首輪でも作れば、かなり無力化出来るのではないか!!?始末するには惜しい実例だ!!」
「やっかましいですよ総団長!」
テランスが味方になりそうで、なんとか畳み掛ける。
「ちゃんとお世話しますから!お散歩もするし、ご飯もトイレも!」
「魔物は食事も排泄もしないんだよ」
「駄目だ、皇室に差し出しなさい」
「寮の番犬になるじゃないですかー!」
「そんなものが女子寮にいては、他の生徒が恐れるだろう」
クザンとのやり取りが、段々と孫と祖父に見えてきた。
「女子寮…はっ!!ではお兄様に面倒を見てもらいます!」
「む?そうか、君はセレスタン君の妹さんか!!!」
「知っているのか、総団長」
「まあな!!確かに彼が見張っていれば安全だろう!!!」
「「?」」
それは当然、セレネと天使達を指している。
事情を知らないクレールとクザンは…「あの弱々しい子が何故…?」と首を捻る。
「じゃあお兄様を呼んで来ます!!
…殺しちゃ駄目ですよ、連れてっちゃ駄目ですよ!?絶対ですよ!」
「おお!!それはフリというやつか!!!」
「ちっがーーーう!!!」
何度も振り返りながら、彼女は校舎へ走った。当然…着替える為。
残された者達は…
「…よーしよし…」
「みぃ…」
遠くから犬を棒で突ついていた。
数分後、着替えたセレスタンが現れる。
「はあ、はあ…!お話は妹に聞きました、僕がその子の面倒を見ます!」
「久しぶりだなセレスタン君!!!…雰囲気が違うな!?前髪のせいか!!
で、この犬を任せて平気かね!!?」
「あ、はい。お久しぶり、です。お任せください!」
丸まっていた犬も彼女に擦り寄る。
「えー…まあ総団長が言うのなら…でも首輪作るまではこっちで預かるよ?」
「う…お願いします…」
「駄目だ!!」
「ぴゃーーーっ!!?」
なんとか話が纏まりそうになっていたが…クザンが声を張り上げた。
「お前は自分が何をしているのか分かっているのか!!この学園には皇子殿下も在籍している、皆を危険に晒すのか!!」
大気を震わす怒声、伯爵とは比べ物にならない迫力に怯む。それでも…逃げたい気持ちに喝を入れて真っ直ぐにクザンを睨む。
「…僕はこれ以上失いたくありません!人間だろうと魔物だろうと、助けを求める子を見捨てたくありません!!
学園でなく領地で飼います、それならよろしいでしょう!?」
まさか言い返されると思っていなかったのか、クザンは僅かに目を開く。
「代わりに領民を危険に晒す気か!!」
「教会の番犬をしてもらいます!!」
すぐに切り替え、どちらも退かぬ口論が始まってしまった。魔物とはいえ、無害な犬を殺したくないセレスタン。何よりも人の命を優先するクザン。
「何か起きてからでは遅いのだ!!」
「もしもの時は…僕(というか精霊が)必ず止めます!!全ての責を負うと誓います!(伯爵が)」
ヒートアップする2人にテランスが割って入る。
「まあまあ!大昔ではあるが、人間に好意的な魔物の例も存在するのだ!!
ここは首輪を作ってから様子を見ようじゃないか!!!魔力を封じてしまえば、ただのデカい犬となろう!!!」
「…………………いいだろう」
物凄く渋々ではあるが、クザンは認めた。
「ただし飼うなら領地ではなく学園で。
グラウンドで走らせるなら早朝か深夜。それ以外は寮に置くか儂の元に寄越しなさい。守れなければ魔術師団に引き取らせるぞ」
「大丈夫です、ありがとうございます!!必ず守ります!
よかったね、えーと…名前から考えようか!」
「みゃい!」
セレスタンは小躍りしながら喜ぶ。犬も一緒になって小刻みに揺れる、その目はキラキラと輝いていた。
「ではセレスタン君、この子は一旦預かろう!!!妹さんにも話を通さねばな!!」
「……呼んで来ます!少々お待ちください!」
ピューッと校舎にダッシュする。
残された者達は…
「……わお、ムキムキ」
「みゅふんっ」
犬の筋肉を堪能していた。
それと同時に、校舎内から一部始終を見ていた者がいた。
校舎もイベント会場の一部になっているのだが、それは屋上などの外側だけ。内部はトイレ等使用する為に決まった通路から立ち入り自由。
「ひー!!急がなきゃ、走れー!!…わあっ!?」
「っと」
高速で着替えたセレスタンは廊下を爆走していた。
しかし曲がり角で誰かとぶつかりそうになってしまった。
「でっ殿下!?ご機嫌よう、急いでいたもので…」
それはルシアンだった。周囲には誰もいない。
彼は特に気にした様子もなく…彼女の顔をじっと見る。
「…ラサーニュ嬢の目は灰色と記憶していたが」
「…………」
急ぎすぎてカラコンを付け忘れたようだ。
おほほと言いながら後退る。
「し、思春期ですので…これにて失礼っ!!」
不敬とか言っている場合ではない。踵を返して生徒会室へ戻る。
「…言い訳にもなっていないじゃないか…っ」
ルシアンは廊下の隅で腹を抱えた。
※
「はあ、はあ、はあ。お兄様から、聞きました。許可して頂き、ありがとうございます、わ」
「うむ!!!細かい打ち合わせをしたい、いいかな!?」
「もち、ろん、です」
何度も校舎を行き来し怒鳴り合い、彼女はヘロヘロだった。
「クザン先生、ご心配くださり、ありがとうございます」
「…何故兄はいない?」
分身は出来ないからです、と言い掛けてやめた。
「おほほ…兄は…少々お手洗いに…」
なんとも苦しい言い訳だが、無理矢理納得させる。
魔術師団で特注の首輪を作っている間に、学園で飼育環境を整える。生徒を混乱させない為、魔物とは言わずただのデカい犬で通す。
「無理だろう」
断言された。なので精霊で通す事にした。
「うむ!!黒いしな、闇の精霊とでも言えばよかろう!!」
「大丈夫でしょうか…?」
「団長、黙ってくださいね。
闇の精霊は特に謎が多いからね、皆納得すると思うよ」
こうして魔物ライラプスは、男子寮の一部で飼われる事となった。
「セレスタン君と話を…」
「呼んで来ます!!!」
またまた校舎に走る。ここまで来ると…大人達は不審に思った。
「なんで一緒に出て来ないんでしょうか…?」
「喧嘩中かしら…?」
「はっはっはっ!!」
「…………」
「みゃあ」
「ひーーー!!もう疲れたよー!!何この校舎、無駄に広い!!」
着替えてからダッシュするセレスタン。すると…
「…………」
「わあっ!殿下!?」
またもルシアンと遭遇。なんなのこの人、暇なの!?と内心悪態をつく。
「……………」
彼は何も言わない。ただじー…と、セレスタンの胸元を見る。
不審に思い見下ろすと…サラシをし忘れていたせいで膨らんでいた。
「!!!!…あはは、蜂に刺されちゃって…失礼っ!!!」
一瞬で顔を沸騰させて、生徒会室へ走った。その背中を見送るルシアンは…
「…馬鹿者が」
同じく、顔を真っ赤にしているのであった。
セレスタンの前髪事情:
バジル、グラス、ルネ、カリエ、ルキウス以外誰もいない場合。前髪を上げて眼鏡を外している。
皇族等めっちゃ偉い人の前に立つ場合。前髪は上げて眼鏡をしている。
それ以外。前髪を下ろして眼鏡もしている。




