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皇国の精霊姫  作者: 雨野
日常編
34/102

アカデミー2年生 05


「おはよう、セレス様」


「おはようございます、だろうが!」


「お…おはよう。グラス、バジル」


 次の日、グラスは何事も無かったかのように振る舞っている。ならば自分も…とセレスタンも倣った。

 グラスが自分の背を、じっと見つめている事は気付かなかった。




 朝食後、皇帝を出迎える為に屋敷を抜け出す。

 シャルロットに捕まりかけたがなんとか誤魔化し、グラスのみ連れて町の外に向かった。

 皇帝はどこだろう…と周囲を見渡す。お忍びなので、まさか皇室の馬車は使っておるまい。そう考えていたら…



「こっちこっち」


「……陛下?」


「うん」


 草むらから飛び出して来たのは、全身黒服でマスクとサングラスを掛けた皇帝らしき人物。それと護衛と思われる2人。


「お忍びルックさ」


「余計悪目立ちするのでは…?」


 セレスタンの言葉に「それもそうか」と上だけ着替え始める。

 あ、もしかして揶揄われた?そう考えると…皇帝陛下に対する畏れは、少しだけ和らいだ。



「やあ。私は皇室騎士団総団長、モーリス・ミュールだ」


「セレスタン・ラサーニュと申します。よろしくお願いします、総団長殿」


 皇帝の護衛で付いて来たのは、騎士にしては小柄な40代ほどの男性。柔和な笑みを浮かべて、セレスタンと握手を交わす。


「もっと砕けてくれて構わない。それより…剣術大会での怪我、大事ないか?」


「そう、雰囲気が違っていて気付かなかったが…君、グラト卿の息子と試合して怪我をしていただろう?」


「すぐに治してもらったので大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


 皇帝とモーリスにそう訊ねられ、頬を掻きながら目を逸らした。2人は事件を目撃していたので、彼女が元気そうで安堵する。


「ならば良いのだが…結果はともかく、君の気迫は素晴らしかった。騎士の素質もあろう、騎士団はいつでも歓迎する」


「いやあ〜…」



 怪我、と聞きグラスは大きく目を見開く。なんで…いつ?フラフラと彼女の肩に手を置こうとして、やめた。

 セレスタンは彼の行動を不審に思いつつ、事件は君と出会う前だったから話した事がなかったねと言う。詳しく知りたがるので簡潔に説明すると…



「……どこの、どいつだ。セレス様を…危険な目に遭わせた野郎共は…!!」


「グラス…?」


 わなわなと腕を震わせ額に青筋を立てて、彼はドス黒いオーラを撒き散らす。

 比喩ではなく。本当に、彼の周囲を黒いモヤのようなものが纏わり付いているのだ。


「ええええっ!?何コレ、大丈夫!?」


 セレスタンは慌ててこのこのどっか行け!グラスから離れろ!!と両手で扇ぐ。全く効果は無かったのだが。

 だがその必死で可愛らしい姿に…グラスは少し気分が落ち着いた。クスリと笑うと、一瞬にしてモヤは霧散する。勝った!!と喜ぶセレスタンを、愛おしそうな目で見つめている。



「……今のはなんだ?」


「うむ!!!アレは体から溢れ出た魔力ですな!!!

 魔力が多い人間によくある事で、感情のコントロールが出来ていない時に起きる現象です!!!」


「「んな……!?」」


 皇帝の疑問に答えたのは大柄な60代頃の男性。バリトンボイスの良い声なのだが、とにかくデカくて鳥も驚いて飛び立つ。


「魔力の具現化には個人差がありますがな!!!そこな少年は黒いモヤでしたが、風として纏ったり周囲を凍らせる事もあります!!!

 儂の孫は一度癇癪を起こして発火して、全裸になった事がありましてね!はっはっはっ!!!!」


「うん…解説ありがとう…もう黙れ」


 彼以外耳を押さえ、皇帝が閉口を促すと静かになった。

 セレスタンとグラスが「なんなのこの人…!?」という視線を送ると、モーリスが教えてくれた。


「すまない…彼はテランス・ラブレー。皇室魔術師団総団長だ」


「総団長殿…ラブレー、エリゼ君のお祖父様?」


「……………!!!」


 そう。以前フェニックス事件でエリゼを連行し、こっ酷く叱った彼の祖父。それこそがこのテランスであった。セレスタンの質問に目を輝かせて何度も頷いた。

 確かに髪色はエリゼと同じだが、顔は全く似ていない。中性的な美少年であるエリゼに対し、筋骨隆々なこの漢。モーリスよりもよほど武人に見える。

 もしやエリゼは…成長するとこうなるのか?とても想像出来ないセレスタンであった。


「…全裸になったお孫さんって、エリゼ君ですか?」


「……!!」(満面の笑みで頷く)


 その様子を想像すると…今後エリゼの顔をまともに見る自信がなくなった。



 

 皇帝のお忍びなので、国最高の戦力2人を連れて来たようだ。ルキウス達も来たがっていたと言うが…


「あいつに仕事押し付けて来たった」


「ルキウス様…!」





 〜その頃の皇宮〜


「父上めえええ!!」(書類の山を見ながら)


「皇太子殿下、こちら目を通していただけますか?」

「午後の会議なのですが…」

「最近魔物の発生が増加していると報告が上がっています」

「建国祭の日程と警備体制について…」

「近衛騎士団が…」


「ああもう!全部持って来い!!!」



 頑張れ次期皇帝。




 ※※※




 町に侵入成功した一行。狭い路地裏をセレスタン、モーリス、皇帝、テランス、グラスの順でサクサク進む。


「何度も路地を曲がっているが…完璧に覚えているのか?」


「いえ?目印を頼りに歩いていますが…」


 セレスタンが十字架を指差すが、訪問者3人は首を傾げた。


「……どこに?」


「そこの壁です。曲がり角には必ずあります」


 皇帝達は目を凝らして唸るばかり。彼らには見えていないようで…もしや年齢制限でも?と考える。

 するとテランスがジェスチャーで開口の許可を求める。この狭い空間で騒がれてはたまらんので、一行は急いで教会を目指した。


 10分程歩き、ようやく開けた場所に出た。



「目印とやらの場所に魔力を感じました!!!ある条件を満たしていると見えるようです!!

 それと歩き始めて1分程度で、結界の気配を感じましたな!!!解析してみましたが、教会とやらに悪意のある者は先導があっても近寄れませぬ!!!」


「そ…そうか…。流石だな、歩きながら解析までするとは…」


「いえ…魔力にどこか懐かしいような、物悲しさを覚えました。恐らく結界を張ったのは儂の血縁でしょう。

 このような大規模な、長期に亘り結界を維持し続ける事が可能な魔術師は…1人しか心当たりはございません」


 突然声が萎んだもので、「最初からそうしろ」と全員が思った。


「エデルトルート・ラブレー。儂の祖父の妹にあたります。お会いした事はありませんが…彼女でしたら納得のいく高度な術式です」




 革命王ルシュフォード。英雄である彼の側には2人の女傑がいた。


 右腕のセレスティア・ラサーニュ。セレスタンの血族にして、緋色の髪を靡かせ戦場を駆け巡り、屍の山を築いた至高の騎士。その剣技は敵はおろか、仲間からも恐れられていた。


 左腕のエデルトルート・ラブレー。歴代最恐の魔術師。彼女の魔術は災害級、ついた異名が災禍のエデル。革命王はこの2人を従えて、戦争を終息に導いたのだ。


 彼女達は戦時中に命を落としたと伝わっている。ただ…明確な場所は誰も知らない。



「結界か…彼女達はこの土地を、不可侵の物にしたいのだろうか…」


 皇帝は空を見上げて呟いた。

 その問いには誰も答えず、風で葉が擦れる音…鳥の囀りのみ耳に届く。




「おおそうだセレスタン君!!!どうか光の精霊殿を紹介してもらえないだろうかっ!!?」




 静寂を切り裂く大声に、全員が地面に突っ伏した。




 ※




「これが畑か…一見家庭菜園だな」


 気を取り直して、本来の目的である畑を観察。テランスが解析するも、新たな発見は無かった。

 畑は問題ないとして…皇帝達の興味は教会に移る。中に入りたいと言うのでセレスタンが鍵を開けた。


「「おお…」」


 天井まで伸びたステンドグラスグラスが美しい礼拝堂。外観も相まって、神秘的な空間となっている。

 重要文化財として認定されてもおかしくない、立派な建物だ。


 一通り案内し、皇帝にここを観光地にしてはどうか?と提案される。

 それもいいが…今はまだ駄目だ。なんて断ろうか考えていたら…



「駄目だぞ」



 セレネが、ただ一言だけ言った。それに異を唱える事など不可能、セレスタンは胸を撫で下ろす。

 お土産としていくつかの野菜を持たせて、これからも野菜よろしくねー。と言いながら皇帝は帰って行く。



「うーん、色々惜しい土地だなあ。放っておくには勿体無い…」


「陛下、それなのですが!!」


「どれよ…」


 3人は馬で移動中。テランスが驚くべき発言をした。


「あの土地は世界有数の霊脈です!!多くのマナが溢れ、強欲な者達はこぞって欲しがるでしょう!!

 ただし霊脈としての力も結界の中に封印されいる上に、陛下すらもご存知なければ何処にも記されていないのでしょうな!!!」


「「…………」」


 皇帝とモーリスは絶句した。それが本当ならば…あの土地にいる間、いくらでも強力な魔術を使いたい放題になる。特に戦時中であれば、どの国も狙っただろう。


「……だから封印されたのかもしれないな。それを彼らが見つけたのは偶然か…

 モーリス・ミュールとテランス・ラブレーに命じる。今日見たものは全て他言無用だ、いいな?」


「「はい!!」」


 皇帝はどうにかセレスタンとお近付きになりたいなー。息子達は仲良さそうだし…等考えながら、馬を走らせるのであった。 

 


 ※



「あ、ねえグラス。そこのアイス食べていかない?」


「え…」


 帰り道、セレスタン達は屋台に顔を出していた。それは…



『あの人、金持ちなんでしょ?いい人っぽいし…助けてって、言ってみようよ』


『……駄目だ。あいつは、敵だ。どこかに、売られるぞ』


『え、ええっ!?それはやだな…』



 子供がセレスタンに助けを求めようとした時、彼女が口にしていたアイス。連鎖してグラスは…当時の事を思い出してしまった。


「ほら、何味がいい?僕はやっぱチョコ…えええっ!!?」


 反応が無いグラスの顔を見れば、彼は滂沱の涙を流していた。

 屋台のお姉さんも目を丸くしている、セレスタンは彼の手を取って急いで離脱する。



 屋敷までセレネに乗って走り、部屋に飛び込むと声を上げて泣き始めた。



「おれ…セレス様、おれ…が、ぅ……うああぁぁ…!」


「ひええっ!?グ…グラス…?」


 胸に抱きつかれ、恥ずかしさから逃げようとしたが。グラスがカタカタと震えているので…そっと背中に手を回した。



 おれが…あの時あなたを信じていれば。

 助けてって、手を伸ばしたなら。

 あなたは必ずこの手を取ってくれただろう。

 自分に出来る最大限を持って、おれ達を守ってくれただろう。


 そうすれば今頃…あいつらは生きていられたはずなのに…!!



「おれ、が。あいつらを、殺したようなもんだ…!

 あなたを恨むなんて、おれは…なんて事を。

 ごめんなさい…あああぁぁ…!」



 セレスタンには、彼が何を言っているのか分からなかった。それでも深く傷付いて、悔やんでいる。

 


「…大丈夫。僕はずっと側にいるよ」



 グラスが落ち着くまで、ずっと背中をさすり続けるのであった。




 ※




「セレス様?そろそろ首都へ向かうお時間ですが…」


「あー…ごめん、僕は朝一でセレネに乗せてもらうよ。君達は先に行っててくれる?」


「…かしこまりました。ではまた明日に」


 扉越しの会話を終えてバジルが去って行く。

 セレスタンはグラスの腕の中にいた。彼は数十分泣き続け、今は穏やかな寝息を立てている。


「…寝顔は幼さがあるなあ。ふふ、可愛い。今日だけ…今日だけね。ゆっくりおやすみ…」





「…………!?」


 日付が変わる頃、グラスは目を覚ました。セレスタンの部屋…ベッドの上?温かい…と思ったら、彼女を後ろから抱き締めていた。


 部屋を見渡せばセレネも天使達も寝ている。

 グラスは…ゆっくりと起き上がり。セレスタンを仰向きに寝かせて。唇を合わせようと近付き…やめた。



「(…いやだ。もうこれ以上傷付けたくない。大切にしたい…守りたい。おれのお姫様)」


 頬に手を当てればセレスタンは寄せてきた。その姿にグラスは胸に温かいものが広がった。

 髪を撫でて、手の甲にキスをする。


「…好きです。お嬢様。おれは…あなたを愛しています。好き…です」



 ずっとどこかへ帰りたいと思っていた。だが今は。

 記憶の中の風景よりも、愛しい人の側にいたい。そう強く願う。


 彼女の肩まで布団を掛けて、自分はソファーに横になった。



 目を閉じて考える。

 昼間会った皇帝。彼はセレスタンをどうするつもりなのかと。

 皇太子も、ジスランも。どいつもこいつも…セレスタンに邪な感情を抱いている気がしてならない。兄を名乗る3人+ジェルマンはなんとなく信用出来そう。


 学園では信頼出来るバジルに任せて。自分はこの屋敷で…セレスタンを守りたい。変態的な男共から、彼女を利用しようとする大人から。クソッタレな伯爵から。



 これから先何があろうとも、誰を敵に回そうとも。

 グラスはセレスタンの味方であり続けると決意した。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 学園では信頼出来るグラスに任せて。グラス→バジル [一言] 教会の霊脈のことは極秘事項になりましたね。
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