アカデミー1年生 28
「好き…?ルキウス様が、僕…を?」
「そうだ。いずれは君を皇太子妃として迎えたい…そう願っている」
聞き間違い…だなんて思える程セレスタンはお花畑ではない。それでも何度も何度もその言葉を噛み砕いて…ようやく理解が追い付いた。
「…………!!!?」
その瞬間、ルキウスに負けず劣らず真っ赤に茹で上がる。
「や、いや!僕は男です、まさか本当に少年趣味がお有りでしたか!?」
「それは…今聞き捨てならない発言が無かったか!?妃と言っているだろう!
違う、断じて違う!!その…私は君が女性だと知っている!!」
「………へ…」
ルキウスは立ち上がり、彼女の両肩に手を置いた。
見下ろされるセレスタンは…目に涙を浮かべて震えてしまった。
「……ご、めん、なさ…い…」
「え…」
ルキウスは絶望した。長期戦の覚悟だったが…ここまで拒絶されるとは思っていなかったのだ。
「(泣く程…私が嫌なのか…)」
「う…嘘ついてて、ごめんなさい…」
「(そっちか!)」
伯爵は…出生届の時点で虚偽を国に申告しているのだ。彼女の意思ではないにせよ、何かしらの罰を下されるだろう。
セレスタンはそう考えて…謝罪を繰り返す。
「ごめ、なさい!申し訳ございません…!!あの、僕は…いや、わたし、は…!!」
「落ち着きなさい!ゆっくりと呼吸をしなさい!」
「違、わたし、は!騙したかった訳っでは、なく!う…ああ、ぁ…」
ルネに気付かれた時も、これ程動揺はしなかった。それはやはり相手が皇太子…次期皇帝陛下であるからだろう。パニック状態に陥ってしまった。
「……!」
「ひゃあっ!?」
ルキウスはセレスタンを抱き締めた。強く、他に何も考えられないように強く。
「い…痛いです…苦しい、です…」
「……落ち着いたか?」
「はい…ごめ」
「謝るな」
落ち着いても彼は離そうとしなかった。彼女の後頭部と腰に手を回して、耳元で囁く。
「忘れたのか?君が何をしても決して怒らないと言った事を。私は出来ない約束はしない、約束は守る。絶対だ」
「う…ぅぅ…」
セレスタンはそのままポロポロと泣き出した。彼の背中に手を回して、全身で温もりを感じる。
「(どうしてこんなに優しくて素敵な男性が…僕なんかを…。すごく嬉しい、筈なんだけれど。僕は…彼を男性として好き…なのかな?うーん…)」
「…もう大丈夫か?」
「は、はい。お手数お掛けしまして…」
彼らは中庭のベンチに並んで座っている。ルキウスはセレスタンの手を離さず、顔を覗き込んだ。
「それで…返事はどうだろうか…?」
「あ……」
正直なところ、今は愛している訳ではないけれど。これまでの彼の事を思うと…きっと、好きになる。愛し合える…と感じた。
だが…セレスタンは手をぎゅっと握り、俯いてしまった。
「……わたし、は…ラサーニュです。いずれ…ラサーニュ伯爵として生きるんです。ですから…貴方のお気持ちに、応え、応……え…ら…」
「……………」
ラサーニュ領の現状を知ってしまっては。領民を放ってはおけない…国や他者に全てを投げてしまう訳にもいかない。
自分が。伯爵の子として。責任を持って。親の後始末を、しなくては。
セレスタンはルキウスに語った。推測も含まれているが、自分が男装をしている理由。
詳しくは語れないが…父親にラサーニュ領は任せられない、と感じている事。自分なら上手くやれる、とも思わないが。頑張らないといけない…そう決意した事。
それに、シャルロット。父親の負債が妹に向かってしまう可能性だってある。それなのに…自分だけ幸せになんてなれない。
ルキウスは静かに聞いていた。そして…
「(今彼女を否定しては、きっと壊れてしまう。君じゃなくていい、誰かに任せれば良い。そんな言葉は…追い詰めてしまう)
では…君は、ラサーニュ伯爵になるから。皇太子妃にはなれない…そういう事か?」
「……………はい」
「そうか…」
ルキウスはそこまで聞いて…目を細めて軽くハグをした。
お断りしたのに…どうして嬉しそうなの?とセレスタンは困惑気味。
「…断られる理由が私でないのなら、いくらでもチャンスはあるんだろう?」
「え………っと……?」
今は、それでいい。そう考えて立ち上がった。彼女に背を向けて言葉を発する。
「数年以内に…貴族社会が大きく変わるだろう」
「え?」
「そうなった暁には。君にはいくつかの選択肢が現れる筈だ。今はそれ以上語れないが…その時が来たら。
私はもう一度、君に求婚をしよう。どうかそれまで…私という男を頭の片隅にでも入れておいてくれると嬉しい」
「……!いいえ、わたしの事なんて忘れてください!貴方は本当にわたしなんかには勿体ない、素敵な男性です!もっと相応しい女性がいます、だから…!」
「私は君を愛している。
皇后の公務に不安があるのなら問題無い。君は優しく努力家だ。昔学園をサボりまくっていたという母上すらも、今は立派…に…すまない、忘れてくれ。
ルクトルも、ランドールも味方だ。アラニウスだって…騎士団も馬達すらも君を愛おしく思っている。父上も母上も…絶対に喜んでくださる」
断言されてしまい、セレスタンはそれ以上言葉が出なかった。ルキウスは「最後に。伯爵を糾弾する気はないんだな?」と訊ねた。彼女が「………今は」と答えると、ルキウスは眉間に皺を寄せてため息をついた。
「それと…私の卒業後の君が心配だ。なのでルクトルには事情を話す、いいか?」
「う…もし…断ったら…?」
「父上に全部話す。そして皇太子の権限で君を攫う」
「ひえ!?お、お話くださーい!!」
「(そんな権限ある訳ないだろう…)」
素直すぎるセレスタンがかなり心配だが、彼は校舎に入って行った。
セレスタンは夢見心地だったが…頬を撫でる夜風が現実だと告げている。
ルキウスの上着を握り締め、心臓の高鳴りは治らず。もしも…と考えた。
何も知らなかった自分なら…求婚を受けたかもしれない。彼に助けを求めて、楽になりたいと思ったかもしれない。
だが今は違う。領民の為、自分は働かないといけない。だが当主にはなるが…もう父親の言いなりになる気はなかった。好きでもない男性の子を産むのも、女性を娶るのも。
自分は生涯独身でいよう。子供はいずれ養子でも迎えればいい。父親が何か言ってきたら…黙らせるのにセレネにも手伝ってもらおう。そうやって、少し前向きになっていた。
「だから…彼の事は受け入れられない。今度会ったらちゃんと言おう。僕の事は忘れてくださいって」
そして彼女は愚かにも…未だ父親を心の何処かで想っていた。
領地が散々なのは、父親に経営能力がミジンコ程も無いだけ。きっと他人の口車に乗せられて、何も考えずに適当に生きているんだろう…と。
若干貶している気もするが…いずれ罰を受けて貰いたいと計画しているが。それでもやはり、誰かに唆されているだけ…そう信じたいのだ。
しかし彼のせいで多くの子供達が不幸になったのは事実。今は路頭に迷う人々を保護しながら、証拠を集める事にしている。いつか罪を詳らかにする為に…
彼女は長い間家族の愛情を渇望していた。その所為で…家族や領地を切り捨てて、ルキウスの手を取る事が出来なかった。
特に可愛い妹には。何も知らず…幸せに結婚をしてお嫁に行って欲しい。それが彼女の願い。
父親の罪は。全て自分が背負うから…
嬉しい気持ちと悲さが入り混じり、彼女はトボトボと寮に帰る。
「…ふーん。まさか…スタンが、ねえ…」
2人の会話を聞いている者がいた事に、どちらも気付いていなかった。
※
「……ん?」
「ん…ルキウスか」
「ランドール…」
ルキウスはその足で生徒会室に向かった。そこには先客、ランドールが。彼は暗い部屋の中で窓の外を眺めていた。ルキウスも並んで無言の時間が流れる。
「……告白したのか?」
「…プロポーズしてきた。………断られた」
「そうか。………私も断られた」
「「………………」」
実は…ランドールにも想い人がいた。しかし相手は教師で11歳年上。昨年から何度も告白をしているのだが相手にされず…卒業し教師と生徒ではなくなったので求婚したが、惨敗。
しかし相手はランドールを嫌っている訳ではない。若い彼の時間を奪いたくなかったのと、もう1つ。
「俺のように…先生に告白する生徒はこれまでにいたらしい。だが全部遊び半分で、卒業したら誰一人連絡を寄越さなかったと。
だから…俺の事も信じきれないって…。俺は何度でも想いを告げる。本気なんだと分かってもらえるように…」
「……私だって。諦めるつもりは毛頭ない。今日の事で私を男として意識してくれたはずだし…だ…が……」
「「はあぁ……」」
それ以上、どちらも言葉を発しなかった。最後に「またな…」と挨拶をして、それぞれ自宅に帰る。
ルキウスはフラフラと自室に向かった。途中柱や壁やら人間やらにぶつかりながら進む。どうやら…自分で思っていた以上に告白のダメージを受けていたようだ。
「どうしたんだ、ルキウスは…?」
「晴れの日なのに…」
「失恋でもしたのかしら?」
ルシファー大正解である。夕飯も食べずに家族に心配されながらも、ルクトルを部屋に呼んだ。
セレスタンの事を説明すると、かなり驚いていたが必ず彼女の力になると約束した。
「それで…告白を…お断りされたのですか…」
「………………」
弟に追い討ちをかけられたルキウスは…のっそりと布団に潜る。ルクトルは静かに退室し…使用人にルキウスをそっとしておくよう言っておいた。
「……あ。眼鏡…持って来てしまった…」
胸の辺りに硬い物があり、彼女の眼鏡を取り出した。それを眺めながら…唇を固く結んだ。
※※※
「…という訳で、全部聞きました。兄上は今朝は普通でしたけど、昨日は抜け殻になってましたよ」
「う…」
次の日。早速ルクトルに生徒会室に呼び出されたセレスタン。彼女も考え過ぎて眠れずにいたので隈が酷かった。
ルクトルと色々打ち合わせをして…部屋を出ようとしたら。
「あ!以前の***ですが…」
「わかったんですか!?」
グラスが寝言で繰り返していた単語。彼女は期待に満ちた顔で迫った。
「はい。同じ発音でも、言語で意味が違いますが…多分…『帰りたい』が有力かと」
「帰り…たい?」
「はい。これはオオマキラ大陸で広く使われている漢語です。大国箏を始め、周辺諸国の母国語になります」
帰りたい。
『……帰りたい。帰りたい…帰りたい……』
セレスタンはあの日の夜を思い出し…拳を握った。
「…ありがとうございました。お礼は必ず」
「いえ、そんな…何があったのか知りませんが。1人で抱え込まないでくださいね…?」
「……ありがとうございます」
深く礼をし、今度こそ部屋を出る。
グラス。異国の少年。彼がこの国に来たのは、セレスタンの所為ではないけれど。
「いつか必ず。貴方を本来の居場所に帰します…!」
オオマキラ大陸…箏…ルクトルから貰った情報を胸に、彼女は脇目も降らず歩き続けた。
セレスタン、現時点でのルキウスの評価。
顔が怖い。エロい。手が早い。意地悪。格好いい。なんかいい匂いする。優しい。好きかもしれない←New‼︎
ちなみにジスラン。初恋の少年として思い出に押し込まれている。
次回、2年生に進級します。




