アカデミー1年生 27
始業式前。セレスタンはルネに挨拶をして、教室の隅で内緒話をする。
「あのね…バジルにバレちゃった…」
「………はい?」
ルネがギロリとバジルを見る。バジルは視線を受けて、赤い顔を勢い良く逸らした。
問い詰めたい気持ちを抑えて深呼吸。そこへセレスタンは言葉を続けた。
「あとね、僕生徒会室行きたいんだけど…怖いから、ついて来て欲しいな〜って…駄目?」
ルネは快諾し、式後揃って向かった。
セレネと天使達は寮でお留守番。何かあったら名を呼べば、駆けつけてくれるとの事。
廊下を歩きながら雑談する。
「そういえばロッティがね、新しい生徒会役員に選ばれたんだ!」
「まあ、おめでとうございます!」
この学園の生徒会は、現生徒会長と顧問教師の指名により役員を選出する。
1年生を除く全学年から2人ずつ。1年生はこの時期に選ばれて引き継ぎをし、2年生になってから本格的に参加するのだ。
そして5年生から生徒会長。もう1人の5年生と、4年生から1人副会長が選ばれる。
つまり現在、生徒会長はルキウス。副会長はランドールとルクトルだ。次の会長はルクトルだろう。
大体成績と教師の評価で見るので、シャルロットが選ばれるのは当然とも言える。
「もう1人はどなたですの?」
「マクロン様だって」
「ああ…確かに適任そうですわね」
それとパスカル・マクロン。成績も素行も良いので、これまた当然の流れだろう。彼がいなければルネだったかもしれない、エリゼは無いだろうが。
だが…セレスタンはパスカルが苦手だった。品行方正で端正な顔立ち、侯爵家嫡男という地位。
言葉を交わした事はないが…どことなく怖いのだ。まあ関わる事もあるまい、と考えるのをやめた。
「失礼致します。1年生のルネ・ヴィヴィエとセレスタン・ラサーニュです」
「ひえ…躊躇わない…!」
ルネがノックすると、すぐにランドールが開けた。2人を招き入れ、ソファーに並んで座る。
「どうかしたのか?」
「あの…僕です」
ランドールを押し退けて、ルキウスが正面に座った。セレスタンは苦笑しながらも用件を伝える。
「ルキウス様。ルクトル殿下。ランディ兄。その…プレゼントありがとうございました!すっごく嬉しかったです。お姉様や近衛騎士団の皆様にもいずれお礼に行きますね!」
ぺこりと頭を下げるセレスタンを、皆が穏やかに笑いながら見つめる。彼女の頭を撫でながらどういたしまして、改めて誕生日おめでとう。と言葉を贈る。
ルネは「お誕生日だったんですか!?」と驚いた。次は自分も祝いたいと言う。
お茶をご馳走になったり、冬期休暇の出来事を話したり。セレスタンが暗い顔になってしまったので、すぐお開きになったが…
「あ…そうだ、ルクトル殿下」
「なんですか、セレスタン君?」
部屋を出る前に彼に声を掛けた。ルキウスとランドールが悔しそうな表情をするので、ルクトルは勝ち誇った顔を見せた。
「あはは…その。***って言葉…分かりますか?」
「……?うーん…ちょっと待ってくださいね」
セレスタンは以前、グラスが呟いていた言葉がずっと気になっていた。なので外交関連に強いルクトルなら…と思い相談する事に。
彼は発音を書き記し、調べてみますねと笑った。セレスタンはそんなお手数をお掛けする訳には!と言ったが、いいからいいから、と返されては何も言えない。
再度お願いして生徒会室を出て、ルネとも別れて寮に向かう。
実は…ルキウスには、セレネと契約した事を伝えようと思った。
本来なら皇室、国に報告すべきだろうから。でも目立ちたくない…いつか言おう!とやめたのだ。
ただルキウス達は子犬形態のセレネを目撃しているらしい(バジル談)。なので顔を合わせたら、その時こそは打ち明けるかもしれない。
実は狼形態でも生徒会トリオはエンカウントしているが、狼=子犬=フェンリルとは結び付かない。
「ただいまー」
「おかえりシャーリィ!」
「「「お帰りなさいませ、我が君」」」
部屋に戻るとセレネと天使ズが出迎える。ガブリエルが主になってお世話をしてくれて、セレスタンはなんだかむず痒い。
夕飯も入浴も済ませて机に向かう。彼女はまだまだ勉強が足りない、と気合を入れる。
今までも将来当主になるのは確定だったが…心のどこかで逃げようとしている自分がいた。
「もう甘えるのはやめる。どっちにしろ次期伯爵は僕しかいないんだから…領民を笑顔に出来る伯爵になるんだ…!」
その様子に精霊達は、何も言わずに寄り添った。ただ…膝の上に座るセレネを撫でながら。
ふいに「なんで僕…ロッティにもセレネの事で嘘をついたんだろう…?」と考えた。
ルキウス達のように、言おうかな〜とすら考えなかった。最初からその選択肢は無く、誤魔化す事しか考えていなかった。天使達に関してもだ、なんで…?
領地経営についてだって、彼女の意見を聞いたほうがいい。優秀な彼女なら有益な意見をくれるだろう。なのに…頼ってはいけない気がしたのだ。
ペンを落とし、呆然とする。大切な愛する妹なのに。
どうしてそう思ったのか、理解出来なかった。答えは出ないまま時間だけが過ぎ…ついには朝になってしまった。
で、当然。
「ゲルシェ教諭!!セレスがーーー!!!」
「新学期早々…」
医務室送りになりましたとさ。
※※※
セレスタンは今まで以上に勉強に力を入れて。毎週領地に帰ってはグラスのスキンシップを躱し、教会を見に行って。学園では特に大きな事件も無く三学期を過ごしていた。
「ランディ兄達も卒業ですね〜…」
「お前と気軽に会えなくなるなあ。俺は卒業後宮内省に就職が決まってるから、皇宮に来たら顔を見せてくれよ」
「行ったら…ね…」
ルキウスとランドールは生徒会を引退した。卒業式まであと半月、5年生は授業もほぼ無い。それでも2人は学園にちょくちょく顔を出している。
現在彼らはセレスタンの自室にいる。ルキウスが押し掛けようとしていたので、ランドールも見張りと称して付いて来たのだ。精霊達は隠れている。
「それで、ルキウス様。僕に何かご用が…?」
「………………」
ルキウスは眉間の皺を深くして薄っすらと頬を染めた。セレスタンは「この表情は怒っていない」と今は理解しているので、怯える事は無かった。
「…………卒業式の、後。話があるから…時間をくれないか?」
「え…もちろん構いませんが」
今ではダメなのかな?と思いつつ承諾。それを言いたかっただけらしく、すぐに帰って行った。
「おいルキウス。お前…何言うつもりだ…!?」
「…………さあな」
「さあって…」
長い足で早歩きをするルキウス。その表情、声色からランドールは何かを察した。
「……あの子は男だぞ?」
「……………………」
ルキウスは何も答えず、馬車に乗り込む。
彼は帰って早々自室の人払をして、着替えもせずにベッドに仰向けになった。
目を瞑り思い出すのは…初めてセレスタンと言葉を交わした日。彼女の歌声を聴いて、声を上げて泣く姿を見て。倒れそうになって…思わず飛び出してしまった。すぐに女性だと気付き、刻印も確認した。
「……刻印持ちである事も父上に報告して。皇太子の権力やらを全て活用して…彼女と婚約を交わしてしまうべきだったのだろうか…?」
誰が答えてくれる訳でもないが、口に出さずにいられない。今になって…そうするべきだったのではないか、と考えてしまう。
あの時は、ここまで好きになってしまうとは夢にも思わなかった。距離が近付くにつれて、彼女の内面を知っていって。
屋敷に行った時の可愛らしいダンス。ハーヴェイの…「働き者で優しくて可愛くて、馬にモテモテで。女の子だったら嫁に来て欲しかったっす〜」という発言には飛び蹴りを食らわせておいた。
少し揶揄うと顔を真っ赤にして逃げる姿は面白くて。自分を恐れる姿には悲しみを覚えた。他の男が彼女に触れていると、胸がムカムカした。
そして…自分に対して無邪気な笑顔を見せてくれて。もうどうしようもない程に、彼女に惹かれてしまった。
セレスタンが剣術大会で倒れた瞬間は…目の前が真っ白になった。彼女の細い肩に、ジスランの重い剣が食い込む姿。今思い出すだけでも胸糞悪くなる。
「そもそも…女性として生きていたなら。あんな事にだってならなかったろうに…!」
次第に怒りは伯爵へと向かう。彼は起き上がり、顔を険しくさせて制服を脱いだ。
セレスタンが自分の意思で男装をしているなら仕方ない。国や周囲を欺くのは褒められたものではないが…事情があるのだろう、と思える。
だがギュスターヴの…「女の子だと知られたら、父親に怒られる…最悪殺される、と言っていました」の証言から、伯爵に強要されている事は火を見るよりも明らか。苛々しながら着替えを進める。
だからこそ卒業式後、彼女と話をする。事情を聞き出し…伯爵の処分を考える。それと…
「…………彼女は…どんな反応をするだろうか…早計だろうか…だが卒業しては機会が…」
不安と期待が入り混じり落ち着かない。部屋の中をウロウロ行ったり来たり、ブツブツ呟く。鏡に向かってキリッとしてみたり。
結局夕食の準備が整った、とメイドが声を掛けるまで。奇行を繰り返すのであった。
※※※
時間は流れて卒業式。セレスタンは、僕もそろそろ2年生か〜と上の空。
別れを惜しむ先輩はルキウスとランドールだけ……だったっけ?と首を傾げた。
「お前、オレの事忘れてない?」
「…………ジェルマン様!いや〜、ご卒業おめでとうございます!」
「今一瞬誰だコイツ?って思ったろ」
シャルロットは生徒会メンバーとして別行動。式終了後、セレスタンに声を掛けた青年。
名前をジェルマン・ブラジリエという…ジスランの次兄である。
彼は190cmを超える長身に鍛え抜かれた肉体。皇室騎士団への入団も学生のうちから決まっている武人。ちなみに剣術大会で総合優勝した人。
目を引きやすいはずなのだが…何故か目立たない。容姿も良いほうなのだが、なんだか地味なのだ。例えばかくれんぼをすれば、高確率で忘れ去られるだろう青年。セレスタンも目の前に立たれるまで気付けない。
「はあーぁ…昔絵本とか読んでやったのにーぃ…」
「うぐぅ…!」
セレスタンは幼少期、ギュスターヴがブラジリエ家を出て…絵本を読んでくれる人がいなくなり、とても寂しそうにしていた。
それを見かねたジェルマンが、つっかえながらも読んであげたものだ。お世辞にも上手とは言えなかったが、彼女は嬉しくて何度も読んでもらっていた。
「すいません〜…」
「ははは、冗談だ」
ジェルマンはジスランとよく似た顔立ちで微笑み、彼女の頭を撫でた。そしてまた絵本読んでやるからな!と言い残して去って行くのであった。
「セレス、今誰かと話していたか?」
そこへ弟ジスラン登場。君のお兄さんだよ…と呆れながら言えば。
「ん?ガス兄上は…………ああ!ジェイル兄上か!!」
「扱い酷いね?」
と、自分も忘れていた事を棚に上げて笑った。
卒業式後はパーティーがある。ルキウスは話があると言っていたが…挨拶回りから抜け出せないようだ。
結局パーティーが始まり、人々の歓談の声がパーティーホールに広がる。音楽が流れてダンスをしたり、別れを惜しんだり。
セレスタンはシャルロットとルネと踊り、その後はバジルと一緒に隅っこでじっとしていた。
「うーん…ランディ兄とジェイル様にはご挨拶したし。ルキウス様…あり?」
「どうされましたか?」
会場中を見渡すも、目的の人物がいない。そう思っていたが…
「…ラサーニュ。こっち〜…」
どこからか自分を呼ぶ声が。2人でキョロキョロすると…いた。出入り口で手招きをするオーバンだ。
「先生、何か?」
「ルキウス殿下が呼んでる、銅像の中庭に行け。1人でな」
セレスタンとバジルは顔を見合わせた。オーバンがメッセンジャーならば、他生徒の嫌がらせという事はあるまい。要求通り1人で向かった。
「…ルキウス様?」
「セレスタン…」
ルキウスはすぐに見つかった。ルシュフォード像の前に佇み、セレスタンを優しく見つめる。
「来てくれてありがとう」
「いいえ…抜け出してよろしいのですか?」
「ああ」
ルキウスはセレスタンに自身のジャケットを羽織らせた。確かに寒いと思っていたので、思わず頬が緩んでしまう。
ただ後輩を思っての行動なのだろうけど…女の子扱いされているみたいで嬉しい。温かい…いい匂い。そう考えて微笑む。
「………………」
「?」
しかし彼の様子がおかしい。呼び出しておいて言葉を発さない。言いづらい事だろうか…?と急に不安になってしまった。
ルキウスはセレスタンの正面に立った。優しく髪を横に流して眼鏡を取って。素顔の彼女と見つめ合う。
パーティー会場から人々の笑い声や音楽が聞こえて来るが…空間が隔てられた向こう側のように思える。彼らは今それ程に互いしか見えていない。
ルキウスの真剣な眼差しに胸が高鳴ってしまう。普段は顰めっ面だし笑顔は極悪人な彼だが、彼女の前だけでは…穏やかな顔を見せてくれる。
照れくさくて顔を逸らしたいのだが、彼の目に吸い込まれるように動けない。
「……セレスタン」
「は…はい…」
数分間見つめ合っていたが…ルキウスが動いた。地面に片膝を突き。彼女の両手を取って見上げる。
「な…!ルキウス様、お召し物が汚れてしまいますっ!」
慌てて立ち上がらせようにも聞かない。寒いはずなのに触れ合っている手は熱くて、心臓の鼓動が激しくなる。
「(なんなのこれ…!どうしちゃったの僕!?)」
このポーズは…まるで騎士とお嬢様みたいじゃない!?と考えては舞い上がってしまう。そんなはず無いと分かっていても、そういうのに憧れる年頃なのだ。
「………だ」
「え?」
内心浮かれていたが…ルキウスが何か言っているので思考を切り替える。
「…好きだ」
「……………え?」
彼は珍しく首まで真っ赤になって…握る手に力を込めた。その姿にはいつもの余裕は無く…ひたすらに言葉を紡ぐ。
「セレスタン・ラサーニュ。私…ルキウス・グランツは…君が好きだ。好きだ…ずっと…前から…!」
彼の必死な様子に、嘘や冗談でない事はすぐ分かった。
突然告白されてしまったセレスタンは…何を言われているのか理解出来ず。呆然とするしか無かった。




