アカデミー1年生 20
その日からジスランは、セレスタンに相手を頼まれると逃げるようになった。
「ジスラン、剣を…」
「すまん!!!」
「……もういい!!ジスランなんかに頼まない!!」
その光景は、これまでとは完全に立場が逆転していた。他に剣の相手を頼めるのはバジルくらい。しかし彼は身体能力は高いが、剣は得意でない。その為相手にならず、結局1人で剣を振るう事に。
「せんせーーー!!!お兄様が倒れたああ!!」
「………はあ…」
ある日。バジルに背負われてセレスタンは医務室に緊急搬送された。お馴染みの光景である。
オーバンはベッドで眠るセレスタンの姿を見ながらため息をつく。そっと手を取ればマメが潰れている。無言でテープを巻き、コーヒーがいいか紅茶か…ジュースか…と頭を悩ませる。
「ほれ」
「ありがとう…ございます…」
数十分後、目覚めたセレスタンはコーヒーを飲んでいた。勧められるがままに菓子にも手をつけ、雑談する。
「お前、がむしゃらに剣振ってるんだってな」
「う……」
「…いい師がいねえと、強くはなれねえぞ」
「はい…」
ジスランは強くはあるが、人に指導するには向いていない。
ハーヴェイは割と指導者向きなのだが、騎士の仕事を邪魔する訳にもいかない。他の者も同様…セレスタンは特大のため息をついた。
「…なんで強くなりたいんだ?」
「それ…は…」
以前、ハーヴェイにも同じ事を聞かれたなと思い出す。その時は何も答えられなかった。今だって…
「強くなったら…父上が、褒めてくれ…るの…?」
「いや先生に聞かれても…」
もしジスランより強くなれたとして。彼より強い人は沢山いる。世界最強にでもならなければ…父上は認めてくれないんじゃ?
愛しの妹達は褒めてくれた。それでは駄目なのか?あれ…なんで僕、父上に褒めて欲しいんだっけ…?と、思考はループする。
オーバンはそんな彼女の頭を優しく撫でた。
「ま…どうしてもってんなら先生が教えてやんよ」
「え。先生剣振れるんですか?」
「おうよ。それとな…1年生準優勝おめでとう。お前はいつも頑張ってるよ、見てる奴は見てるからな」
忘れんなよ?と言いながら笑うその姿に、セレスタンは心が温かくなるのを感じた。
彼は養護教諭という仕事だからだろうか…いつも優しい。こうして飲み物やお菓子くれて。相談に乗ってくれて、頭を撫でてくれる。もしも…
「(先生みたいな人が…お父さんだったらよかったのになあ…)」
「…泣いてんのか?」
「んーん。違います…」
コーヒーを飲み干し、礼を言って医務室を出る。彼女は教室に向かう途中、雑談をしている生徒の声が気に掛かった。
「顔色悪いよ?医務室行きなよ」
「えー…ゲルシェ先生怖いから嫌なのよ」
「(怖い…?)」
廊下を曲がった所でぴたりと足を止めて、聞き耳を立てる。
聞けば…オーバンは医務室に来る生徒に笑いかける事など皆無らしい。適切な処置はしてくれるが、用事が済んだらとっとと出て行けオーラが出ているとか。
とある生徒が彼の私物に触ってしまった時は…ものすごい形相で睨まれ追い出されたとか。どうやら彼は、自分のテリトリーに他人が侵入する事を殊更嫌うらしい。
セレスタンはその話を聞いて。そういえば最初は、何度も医務室に来る自分をウザがってたなと思い至る。実際またお前か…と睨まれていたのだ。
それが次第に打ち解けてきて、今では食いたい菓子があったら勝手に棚から取れとか。売店行って来るから留守番してろと言われる事もある。その時はお土産も買って来てくれるのだ。
不思議だな〜と思いながら、セレスタンは足取り軽く教室に向かうのであった。
「………………………」
「………?なん…ヒッ!?」
授業も終わり、後は帰るだけ。なのだが…セレスタンは視線を感じて周囲を見渡す。同時に令嬢達が扉を見て歓声を上げた。
何事…とそちらに目をやれば。ランドールが…開いた扉から顔も体も半分だけ覗かせている。
彼は女子生徒から多大な人気を得ているので、不審な行動をしても格好良く見えてしまうらしい。
ランドールは右目だけで教室を見渡し…セレスタンに向かって声を掛けた。
「セレス」
「はひ…」
「……この後暇か?」
「え〜と…はい…」
「よし」
満足気に頷き、戸惑うセレスタンを手招きする。ててて…と近寄れば。そのまま抱っこされてしまった。
「うええっ!?」
「ではラサーニュ嬢、兄を借りていくぞ」
「え、あ、はい」
セレスタンを右腕に座らせ、教室を後にする。驚きすぎて最早無になっている彼女は抵抗もせず運ばれる。
着いたのは…生徒会室。ルクトルが笑顔で出迎えてくれた。生徒会室には仕事をする机があるスペースと、休憩するためのソファーセットが存在する。
ソファーの上座にはすでにルキウスが座っており…下座にランドールもセレスタンと並んで座った。ルキウスは羨ましそうに睨みつけるも、彼女にお茶を勧めてから本題に入る。
「よく来てくれた」
「来させられたと言いますか…」
「説明されていないんですね…」
セレスタン達の向かいに腰を下ろしたルクトルは呆れた。
「全く…。セレスタン」
「はいっ」
しゅぴっと背筋を伸ばし言葉を聞く。
「剣術大会でお前の剣に細工をした者は退学処分となった。それで…お前は普段、誰かから虐められているのか?」
「………………」
犯人の少年達が、日常的にセレスタンを害しているのは明らかになった。だがルキウス達の調べでは、他に同様の者がいるのではないかと浮かんだ。
それらは全て決定打に欠ける状況証拠しかなく、本人に確認すべくこうして呼び出したのだが。
シャルロットには話を聞いた。しかし彼女の前では誰も彼もが大人しい為、何も知らないようだった。ジスランも同じく。彼女らの前でセレスタンに喧嘩を売れるのはエリゼくらい。
バジルは誰と誰、どの家の誰がセレスタンに嫌がらせをしている…と告げた。しかし彼は平民でラサーニュ家の使用人。公平性に欠ける為、証言として弱い。
それでもルキウス達はバジルの言葉を信じた。だから後は…セレスタンが肯定してくれればいい。はずだった。
「……皆シャルロットの側にいる僕が羨ましいだけですよ。あの子とお近付きになりたいって人が、僕にちょっと強く当っちゃうだけです。
それに…少々嫌味を言われるだけです。僕は全然大丈夫ですよ!」
「だが…!また同じような事故が起きたら!」
「皇太子殿下」
セレスタンに呼ばれ、ルキウスは動きを止めた。
「…貴方は…個人の感情で国民を贔屓してはいけませんよ。嫌味とか、貴族間では日常でしょう?」
そう言われては、言葉が出なかった。確かに…肉体的損傷が無ければ、相手を裁く事は難しい。それも一生徒の為…特別な関係でもない、単なる後輩の1人。
彼女が誰にも助けを求めない以上…ルキウス達に出来る事は何も無いのだ。
「……そう…か」
ルキウスは膝の上で拳を握り締め、顔を険しくさせた。まるで今…彼女から拒絶されたように感じてしまったのだ。
ルクトル、ランドールは悲しげに眉を下げる。ランドールがセレスタンの頭を撫でると、彼女は努めて明るい声を出した。
「心配してくれてありがとうございます!いざと言う時は頼らせてくださいね!」
「…もちろんだよ、セレス」
いざと言う時。きっと彼女は誰にも知られたくなくて、自分で全て抱えてしまう。3人はそう理解しているからこそ…これ以上何も言えなかった。
※※※
「お疲れ様です、ラサーニュ様」
「え…あ、ヴィヴィエ嬢!?」
放課後、1人で剣を振るっていたら声を掛けられた。しかも妹のライバル、ルネ・ヴィヴィエに。今日は友人達はおらず、1人のようだ。
スッとタオルを差し出され、使わないのは失礼だよね…と考える。仕方なく眼鏡を外して髪をかき上げ顔を拭く。すると…ルネがじっと見ている事に気付いた。
「えっと…僕の顔に、何か付いていますか…?」
「あ、ごめんなさい。つい…ラサーニュ令嬢とそっくりですのね、と思ってしまいましたの」
「はは…双子ですから…」
なんの用かな…?と疑問に思いつつ、タオルは洗って返しますねとその場を後にする。その後ろ姿を…ルネが鋭い目で見ている事には気付かない。
翌日、魔術の授業。魔植物の成長促進を学ぶ実技だ。生徒全員に、芽がちょこんと出ている植木鉢が配られた。
「こちらはメモリナという高さ30cm程になる植物です。魔力を通すと成長する物で、決まった形はありません。
メモリナの花を咲かせるところまでやってみましょう」
クレールの説明に全員準備を始める。まだ1年生なので、魔力を流すだけの簡単な魔術だ。しかし流しすぎると一気に枯れてしまうので要注意。
「勝負ですわね!」
「ええ!どちらがより美しい花を咲かせられるか…ですね!」
シャルロットとルネはやる気満々。彼女らはこうやって度々勝負をしている。しかし美しさ、とはなんとも抽象的なお題だ。
「(この木はイメージとか関係無く…術者によって形が変わるのだけれど。黙っておきましょう…)」
クレールは野暮な発言はせず、勝負の行く末を見守る。
メラメラと燃える2人に背を向け、セレスタンは端っこの席に移動した。魔法陣が描かれた紙を植木鉢に貼り、ゆっくりと魔力を流す。
すると…みるみる芽が伸び形を変えた。
「ん…んん…?」
約15分後。セレスタンの目の前には…透明な、まるでガラス細工のような木がある。光の加減で色が変わる、美しい木だ。花は控えめに咲いている。
よく見ると表面はヒビだらけ。そっと触れてみると…意外と壊れないが、グラグラとしていて慄いた。
「わ…お兄様、素敵な木ね…」
「ロッティ……君のも…ね…?」
近寄ってきたシャルロットの植木鉢には…幹は太くどっしりしていて、上部に黒く大きな花が一輪咲いている。
「うーん。美しさ勝負ではお兄様の圧勝よねえ」
「僕参戦してないよね?」
「そうですわね…」
しょんぼりするルネの木は牡丹のような花が付いており、色とりどりの葉っぱが茂っている。美しいと言うより、可愛らしい木だ。そんな会話に混じりたいジスランも、自分の木を持ってやって来た。
「………何それ?」
「さあ……?」
ジスランの手には…しゅぴっと伸びた木、のようなもの。花や枝は無く、銀色の幹?が刺さっているだけに見える。
面白がったシャルロットが触ってみると…ブルブル震え出した。更に樹液が汗のように滲み出て、全員声を上げて笑った。
次にセレスタンが触ると…
「「「溶けた!!?」」」
へにゃりと形を失い、土の上に広がった。バジルが触れると元の棒に戻り…皆で遊びまくった。
「はっはははは!!なんだそれ、どこが植物だ!」
そこへエリゼが笑いながらやって来た。ジスランの木に触れようとしたら…幹から一本の枝がピンっと伸びてエリゼに攻撃した。
彼は絶叫し大騒ぎ。そんなエリゼの木は、枝が複雑に絡み合っていて原型が分からない。そしてセレスタンの木に目をやり…
「…く、流石にボクの負けか…!次は美しい木を育ててみせる!!」
「だから…僕は競ってないって…」
なんやかんやでエリゼは、彼女らと距離が近くなっていた。普段シャルロットやジスランに突っかかるも、大体軽くあしらわれるが…そのまま行動を共にする事が増えたのだ。
しかしセレスタンは未だに苦手意識を抱いているので、関わり合いになりたくないな〜とそっと離れる。
そこへクレールが採点にやって来る。ジスランは花を咲かせられなかったので点数は低めのようだ。
彼女はセレスタンの木を見て…表情を強張らせた。
「先生…何か…?」
「あ、いえ……ラサーニュ君、悩みとかある…?」
「悩み?……いいえ?」
その答えに、クレールは益々難しい顔をした。
植木鉢はテーブルに纏められ、皆で観察をする。ガラスの木は危なっかしいが、誰が触っても崩れはしない。
だが…シャルロットが触れた瞬間。
指が触れた場所を起点に…バラバラに砕け散ってしまったのだ。
「あ!?ロッティ怪我してない!?」
「だ、大丈夫よ。それよりごめんなさい、木が…!」
いいから!と手を見るも怪我は無い様子。他の生徒も何事かと集まってしまったが、丁度チャイムが鳴り授業終了。ガラスの木を気にしつつも、一行は教室に戻る。
全員いなくなった特別教室で。クレールは1人佇んでいた。
「先生」
「…ヴィヴィエさん?」
そこへ…友人と共に教室へ向かったはずのルネが扉を開けた。クレールの隣に立ち、砕け散った木を眺める。
「…この木は何かあるんですか?」
「………一般には知られていない話ですけれど。メモリナは、魔力を提供した人間の性格、趣味嗜好が形に反映されると言われています」
「……人間性、という事ですか」
細長いテーブルに並べてられた木を、順繰りに指差しながら解説した。
「その人の全てが表れる訳ではありませんが。
例えば…ブラジリエ君。彼の真っ直ぐで単純で、意志の硬さを表していますね。ラサーニュさんに対し震えていたのは…恐れているのでしょう。ラサーニュ君の前では溶けてしまった辺り、彼に対して自分を保てなくなる程強い感情があるのかと。
ラブレー君は枝が絡んでよく分からない形状になっています。相当面倒くさい性格なんでしょうが、よく見ると枝じゃなくて一本の幹なんですよね。性根は筋の通った人なんでしょう。
第三皇子殿下は大量の葉が本体を覆っていますよね。無理に掻き分けようと手を出せば、葉が硬く変化しこちらを攻撃してきます。でも実は…さっきラサーニュ君がこっそり触れたら、自分から開いて中の赤い花を見せてくれたのですよ。彼は心を開ける相手…なのかしら?
それで…問題のラサーニュ君の木ですが…」
「…彼の心はヒビだらけで、壊れる寸前という事ですの?」
クレールは頷く。だが、問題はシャルロットだ。彼女が触れて壊れたという事は…
「彼の心がここまで疲弊しているのは、ラサーニュさんが原因。もしくは…いつかラサーニュさんが、お兄さんの心を破壊するのでは、ないかと…」
その言葉にルネは黙った。2人の目から見ても、彼女らは仲良し兄妹なのだ。メモリナの木は何かを示唆しているようで…言い知れぬ不安が込み上げて来る。
それより、何より…セレスタン本人が。自分が限界間近だと気付いていないのだ。悩みは無い、と答えた姿には嘘も誤魔化しも無さそうだった。今の境遇に慣れすぎて、感覚が麻痺しているのかもしれない。
「家庭の問題では、一教師の私が口を挟める事ではありません。それでも…子供の不幸を見たくはないわ…」
「……お話、ありがとうございました」
暫く沈黙が教室に落ちていたが…ルネが挨拶をして出て行く。その表情は何かを決意したかのような、凛々しいものだった。
※※※
「皆様。よろしければ、私もランチをご一緒しても?」
セレスタン達は普段、昼は学食でとっている。学食と言っても貴族の学園、値段も内容も一級品だが。
メンバーはいつもの4人。そこへルネが声を掛けてきた。シャルロットがいつもの友人達は?と訊ねる。
ルネの周囲には常に4人の令嬢がいる。その姿は…失礼だけど、取り巻きみたいだなと皆思っていた。
「今日は私1人ですの」
「もちろん大歓迎ですわ」
シャルロットが快諾、皆受け入れた。だが…ルネは何故か、セレスタンの隣に腰を下ろす。
「……???」
反対側にはシャルロット。1年生を代表する才女で美少女な2人に挟まれ困惑するばかり。しかも彼女らは、そのまま会話を始めた。
「ラサーニュ令嬢。セリミーテ子爵夫人の著書はお読みになりまして?」
「リシャル王国出版の『女性の社会的立ち位置について』ですわね!」
「はい!」
「………たすけて…」(超小声)
自分を挟んで盛り上がられ、セレスタンは困り果て前に座るジスランとバジルに助けを求める。だが男2人は会話に口を挟めず…時間ばかり過ぎる。
妹に友人が出来るのは嬉しいが…自分を巻き込まないで欲しい。何せ今も、周囲の妬みの視線が凄まじい。
剣術大会以降、正面からセレスタンに喧嘩を売る者はいなくなった。それでも陰口や、すれ違いざまに肩をぶつけたり舌打ちを…というのは続いている。
美少女を両脇に侍らせる男セレスタン。男どもの嫉妬が怨念となって彼女に突き刺さる。
「今日は楽しい時間でしたわ」
「こちらこそ。また…ご一緒してくださいますか?」
「ええ、喜んで!」
女子2人はいつの間にやら打ち解け、すっかり友人のようになっていた。その姿にセレスタンはにっこり。ルネがいなくなった後、シャルロットに声を掛ける。
「ね、もうすっかりヴィヴィエ嬢と仲良しさんだね!」
「そう見えるなら嬉しいわ。私もあの方ともっと親しくなりたいのだけれど…ご友人方がねえ…」
「「「ああ…」」」
ルネの取り巻きはシャルロットを疎ましく思っているのか、度々鋭い視線を送ってくる。とばっちりでセレスタン達にもだ。
この日以降ルネは、週に2日はランチを一緒にするようになった。毎回セレスタンを挟むのだが…段々と会話も弾むようになってきた。
更にジスランが誘い、エリゼも合流するようになった。セレスタンはあまり友人を作りたくないので…2人に積極的に話し掛けはしないが。
それでもこの6人で行動を共にする事も増えて。少しだけ…学園生活が楽しいかなと思えるようになってきた頃。
「ラサーニュ様。お話よろしくて?」
「……はひぃ…」
当然、面白くない者達もいる。現在セレスタンは誰もいない中庭で…4人の令嬢に囲まれている。側から見れば羨ましい光景かもしれないが……
「(ひ、ひいぃ…!もうやだあ…!)」
セレスタンは半泣きになりながら、服の裾を握り締めるのであった。




