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皇国の精霊姫  作者: 雨野
日常編
20/102

アカデミー1年生 19



 1回戦を勝ってしまい…セレスタン本人も周囲も呆然としている。ジスランだけは「当然だ」と言わんばかりに胸を張っているが。

 彼女は本気で打っていない。負ける気満々だったのだが…相手が予想以上に弱かったのだ。しかもそれは続いた。


「(…僕、意外と強い…?)」


 なのである。今も1人で毎日の鍛錬はしているし、規格外のジスランに徹底的に扱かれ、更にはハーヴェイの的確な指導。彼女の実力は同年代の中でもずば抜けていたのである。

 これには彼女に恥をかかせようと、勝手にエントリーさせた生徒もびっくり。「弱っちいのに自信満々にエントリーして、さっさと負けた」と言いふらすつもりだったのである。そんな思惑、本人が知る由もなく…


「(あれ…勝てるとなると、剣もちょっと楽しいぞ…!?)」


 ほんのちょっぴり自信が付き、やる気になってしまった。結果どんどん勝ち進み…ついに、ジスランとの決勝である。



「あーーー!!あーーーーーっ!!!まずった、引き際を見失ったーーー!!!」



 気付いた時既に遅し。初めて人に勝った!という高揚感も合わさり、調子に乗ってしまったというのもある。更に運ではあるが…強敵は皆、ジスラン側のブロックに集中していたのだ。その為彼女は難無く勝ち上がってしまった。


 ぐすぐす泣くも今更引けず。これから衆人環視の中、ジスランにボコられるのか…と絶望するのであった。




「おい…どうする…!?」


「慌てんなって。あのブラジリエに勝てる訳ないんだから、無様に負けてくれりゃ万々歳じゃん!」


「でも善戦したら、もしも勝ったら…!あいつの評価を上げるだけだぞ!」


「……それもそうだな。それじゃあ…」



 予選会場の隅っこで、そんな会話をする少年達がいる事に誰も気付かなかった。





 足取り重く本会場に向かうが…近付くにつれて歓声も大きくなる。セレスタンは緊張で吐きそうになっていた。


「うえぇ…」


 ジスランに背中をさすられながら歩く。顔は青く汗が止まらず、体は極限まで震えており今にも倒れてしまいそうな程。

 会場入りしてその空気を全身に浴び。皇帝やら騎士団長の姿を確認し…歓声・嘲笑様々な言葉を浴びて。限界を迎えたセレスタンは…



「おにーさまーーー!!頑張ってーーー!急所を狙うのよーーー!!……あら?ねえバジル、あれ…」


「…気絶して…ませんかね…?」


「……………ぷひゅう……」


 半ば放心状態となっているのであった。

 クレール司会のもと開会式が進む。皇帝の挨拶も全く聞いておらず…同じく参加者のルキウス、ルクトル、ランドール、その他の心配そうな視線にも気付かず。


「…昔昔あるところにお爺さんとお婆さんが住んでおりましたお爺さんは街へ出稼ぎにお婆さんは山へ狩りに出掛けましたそこで…」


「セレス…?」


「……こうして天下統一したお婆さんはお爺さんの遺灰を胸に抱き締めて大海原へ旅立つのでした…」


「お爺さんに何があったんだ…!?」


 開会式の最中。ジスランは隣に立つセレスタンが何かをブツブツと呟いているもんで、色んな意味で心配になった。周囲の生徒にも聞こえており、さり気なく彼女から距離を取る。



 試合の順番は4年生予選→5年生予選→1年生決勝→2年生決勝→3年生決勝→4年生決勝→5年生決勝である。セレスタンはボー…と眺める。


「(あー…ルキウス様とランディ兄の試合だー…5時間くらいやってくんないかな…)」


 5年生の準決勝。セレスタンの願い虚しく5分で終わった。最終的に判定でランドールの勝ちだったが、この次は…セレスタンとジスランの番である。



「セレスタン、大丈夫か…?」


「…………………………」


 戻ってきたルキウスが声を掛け、ランドールやルクトルが肩を揺らすも無反応。その時、セレスタンとジスランの名が呼ばれた。

 試合用の剣を持ちずんずん進む。剣術教師もオーバンも、誰もが心配そうに眺める中…中央に立ったセレスタンは。


「セレス?」


「…………たるわ……」


「え?」


「……やったるってんだわ、ちくしょーーー!!」


「えええーーー!?」



 緊張メーターが完全に振り切れ…彼女は自棄になってしまった。剣をジスランに向け、キッと睨み付ける。前髪の隙間から見える目は完全に据わっており、光を失っている。


「掛かって来い、ジスラン。手加減したらはっ倒す…!」


「あ、ああ…」


 対するジスラン。彼にとってセレスタンは…現在最も戦いたくない相手であろう。

 惚れている上に、今までの行い。万が一にもこれ以上傷付けたくない…!せめて手早く終わらせる!そう考えながら、渋々剣を構える。



「(集中しろ、僕…!誰の目線も、声も、挙動も気にするな。ジスランのみ見ろ…!)」



 セレスタンは極度の緊張状態から、かつてない程集中している。ジスランの僅かな動き、呼吸、瞬き…最早彼女の目には、ジスランしか映っていない。それを感じ取ったジスランも…これは、マズいと悟った。


「(油断したら…手加減したら負ける…!)」



 教師の合図と共に…同時に地面を蹴った。

 ジスランは剣を思い切り振りかぶった。一撃で彼女の剣が飛んで行けばそれでよし、駄目でもあの細腕では耐えられないはずだと読んでいる。

 そこですかさず剣を捻り上げれば、安全に勝利できる!そう考え剣を振り下ろした。


 セレスタンも正面に構える。横に流すつもりだろうが、そうはさせない…!と更に力を入れ、2人の剣が打つかり合った瞬間。



「「え…」」



 ガキンッ!と…セレスタンの剣が真っ二つに折れた。

 ジスランが咄嗟に手を離そうとするも間に合わず。その勢いのまま彼の剣は…鈍い音を立ててセレスタンの肩に食い込んだ。



「がっ!!……あ…」


「セレス!!」


「きゃああああっ!!お兄様ああああ!!!」


 会場中に悲鳴が響き渡り、ジスランは即座に剣を投げ捨て彼女を支える。

 セレスタンは激痛に耐えるように歯を食いしばり、額には脂汗が滲んでいる。眼前のジスランや…駆け寄って来るルキウスや教師達を確認する。


 この時彼女は、脱がされたらまずい…!!としか考えられなかった。肩を押さえながらジスランの腕から逃れ地面に倒れる。

 ハーッ、ハーッ…と荒い呼吸で近寄る人間を睨み付ける。触れようとする者には噛み付きそうな勢いだ。


「セレス!?」


「ラサーニュ君!?何をしているの、怪我を見せなさい!!」


 治癒魔術を使えるクレールの声にも応えず、セレスタンは必死に歩く。

 肩は肉が抉れて恐らく骨が砕けているだろう、適切な処置をしないと後遺症が残るかもしれない。傷口が激しく脈打つ。激痛から意識も朦朧としてきた…それでも。

 ここで…大勢の人が見ている前で。はだけさせる訳にはいかない…!

 その考えに気付いたルキウスと、観戦に来ていたギュスターヴが動いた。



「許せセレスタン!バルバストル先生、こっちだ!!」


「ぃ…っ!だめ…ルキ、ウ…」


 抵抗を無視してルキウスは彼女を横抱きにして走った。ついて行こうとするジスラン達を制するのはギュスターヴだ。


「兄上、何をする!?」


「ごめんねジスラン。今は殿下と先生に任せて…!」



 セレスタンはついに気を失ってしまった。浅い呼吸を繰り返し、顔面蒼白で大量の汗をかいている。

 ルキウスは人気の無い場所まで走り、優しく床に横たわらせる。そしてボタンをいくつか外し…クレールから胸が見えないよう肩だけ露出させた。更に刻印も手で隠す。


「頼みます、先生!」


「は、はい!(肌を…見られたくないのかしら…?)」


 疑問に思うも、皇太子の行動なので追及はせず。そっと肩に触れて静かに癒した。



 僅か数分で傷は綺麗に消えて、呼吸も安定した。その様子に2人は安堵し、衣服を直す。

 少し離れた所では、シャルロットやジスランの焦ったような声が聞こえる。ルキウスはハンカチでセレスタンの汗を拭き…医務室まで運ぶのであった。




 ※※※




「…………う……?」


「あ…お兄様!?」


「……ろ…てぃ…」


 セレスタンが目を覚ましたのは、閉会式まで終わった後だった。目の前には憔悴しきったシャルロットとバジルが。

 働かない頭で考える。僕どうしたんだっけ…ああそうだ。肩を…と、そこで飛び起きた。


「いた…く、ない!あの、バルバストル先生が治療してくれたんだよね!?何か…言ってた…!?」


「…?いえ、何も?それより!なんで逃げようとしたの!?」


「ひえ…!」


 シャルロットは目に涙を浮かべ、セレスタンに詰め寄った。それは心配から来る怒りで、セレスタンは…小さく「ごめん…」と謝罪した。



 その後、なんとか怒りの収まったシャルロットに詳しい話を聞く。



 あの場は騒然としたが、すぐに試合を再開。そもそも骨折レベルの怪我ならたまにある事故なのだ。怪我人が逃走したのは学園初だが。

 ジスランの勝利に終わり、セレスタンは準優勝。しかしジスランはその後の試合を辞退、総合優勝は5年生で大会は幕を閉じた。



「え、なんで辞退?」


「……お兄様の剣。簡単に折れるように細工されていたみたいなの。それに気付いたジスランが憤慨して、試合そっちのけで犯人探しに乗り出して」



 皇帝もいる手前、大会を中止するなど大事には出来なかった。だが裏で同じく怒り心頭のルキウスや騎士達、教師も総動員して調査に当たった。


「そもそもお兄様を勝手にエントリーさせた事から問題だったのよ。犯人は無事捕まったから安心して?」


「う…ん…」


 シャルロットは笑顔でそう言った。その顔にセレスタンは…言い知れぬ恐怖を覚えたのだが飲み込んだ。よく見るとバジルも黒い笑顔だ。


 犯人は以前クッキーを踏み砕いた少年2人組だったのだが。

 彼らは以前からセレスタンに嫌がらせをしていた事も発覚し、今回は特に悪質だと判断されて退学処分。打ちどころが悪ければ、死亡事故に繋がりかねないのだ。

 そしてこの日以降表舞台に出る事は無かったが。噂によれば…魔王とその手下の怒りに触れて、四肢を失った…と囁かれている…




 その噂が、セレスタンの耳に届く事は終ぞ無かった。





 剣術大会後はささやかなパーティーが開かれている。彼女らは不参加で帰ろうとしたが、その前にクレールが医務室を訪ねた。彼女もなんで逃げたの!と軽く説教をする。


「ごめんなさい〜…先生、ありがとうございました。それで…僕の服の下、見ましたか…!?」


「(やっぱり何か…?)いいえ、見ていないわ。皇太子殿下がね、貴方の胸元と鎖骨の辺りを庇っていたのよ」


 セレスタンはその言葉に首を傾げる。なんでルキウス様が…?と。

 ああ、鎖骨の紋様を見せないようにしてくれたのかな?誰にも知られてはいけないと言っていたし…意味は分からないけど。

 ならば何も知らないフリをしよう。下手に言及して、墓穴を掘るのは避けたい。そう結論付けたのであった。



「すまなかった!!!!」


「ええええええっ!!?」


 帰ろうとしたらジスランが医務室に飛び込んで来て…勢いよく床に頭を叩き付けて土下座した。


「もう二度と、お前を傷付けないと誓ったのに…!!すまない、本当にすまない!!!」


「わああ!頭上げて、血が出てるじゃない!!

 あれは君の所為じゃなかったんだから!それに、直前で力を抜いてくれたでしょ?」


 セレスタンは本当に怒っていない。シャルロットだって今回はジスランは悪くないと分かっているので責めなかった。

 だが本人は…彼女の肩を砕いた瞬間、その感触が忘れられず…青い顔で繰り返し謝罪を続けた。


「もうやめなさい。彼も困っているだろう」


「ルキウス様!」


 今度はルキウス、ルクトル、ランドール、ギュスターヴが入って来た。皆セレスタンを気遣う言葉を掛け、元気そうな姿に安堵した。そして口々に、準優勝おめでとうと言ってくれたのだ。


「(そっか…僕、1年生では準優勝なのか。……父上、褒めてくれるかな…?)」


 不本意な参加ではあったけれど。散々な思いもしたけれど…終わってみればまずまずの結果。

 準優勝しました!と報告したなら。褒めてくれなくても…自分を認めてくれるだろうか。そんな期待を胸に、彼女は家に帰った……




 ※※※




 ドンドンドン!!!


「ん………?だれ、だ…?」



 数日後、月曜日。ジスランはけたたましいノックの音で目が覚める。時計を見れば午前6時。誰だこんな時間に…と多少苛つきながらも起き上がる。


「ふあぁ…はい…なんのよ…う…」


「…!おはよう、ジスラン。悪いんだけど…あっ!?」



 ガチャリと扉を開ければ、犯人はセレスタンだった。彼女はやや頬を染め挨拶をする。ジスランは…上はTシャツ、下は下着姿というなんともだらしのない格好。その為セレスタンを確認し、固まる事数秒。

 我に帰ってバタン!!!と扉を閉め、即座に髪をセットし制服に着替えて再び開ける。その間僅か5秒。


「おはよう、セレス。どうしたんだ?」キリッ


「あ…うん。ごめん…ちょっと付き合って欲しくて」


 申し訳無さそうにするセレスタンは、その手に木剣を持っていた。

 付き合う…鍛錬に?と聞けば頷く。しかしジスランは…つい先日彼女に怪我をさせたばかりで気乗りしない。だがお願いを断る事も出来ず、支度をして揃って外に出た。




 カン、ガンっ!!


「ちょっとジスラン!!今日なんか軽いよ、手ぇ抜いてるでしょ!?」


「そんな事、言われてもっ!!」


 彼は本気を出せる訳がない。今だって…震える手でなんとか剣を握っているのだ。


「どうしたんだセレス!?なんで急に…」


「……だって!父上が…父上は!!」



 朝の鍛錬にしては、彼女は力が入り過ぎている。一切攻撃して来ないジスランに対し、憤りながら猛攻する。





「…ん?剣の音か?」


「誰でしょう?朝から頑張ってますねえ」



 そこへ同じ馬車に乗り、皇子3人が登校して来た。やや早いのでまだ生徒もいない時間、剣戟の音が校門まで響いていた。

 ルシアンは興味無さげに屋上まで行こうとしたが…聞き覚えのある声がして、グラウンド方面に進んだ。兄皇子達もそろっとついて行くと…



「…父上が!!褒めてくれるかなーとか思ってたのに!「くだらん、剣の腕など役にも立たん。せめて総合優勝くらいしてから威張るんだな」って言うんだもん!!

 だったら…ジスランに勝つしかないじゃんかああ!!!」


「セレス…!お前は充分強い、だか」


「うるさい!!!いいから本気出せ!!」


「…!すまん!!」


「あーーーっ!!!?」


 セレスタンは泣き叫びながら剣を交える。その姿にジスランは…逃げた。残された彼女は…



「………ばーーーーーか!!!」



 と叫んでから、自身も寮に向かって歩いて行く。


 というやり取りを遠くから眺めていた3人。誰もが無言でいたが…ふいに、ルシアンが口を開く。



「…もし」


「「ん?」」


「もし…私が準優勝したら。…ほ、褒めて…くれますか…」


 兄達に背を向けたまま問い掛ける。兄達は顔を見合わせて…


「それはもう…その日は祝日にするべきだな」


 ルキウスの発言に、弟達は呆れた。


「何言ってるんですか兄上…大袈裟すぎます」


 うんうん、言ってやれ。そう考えるルシアンだったが…


「せめて記念グッズの販売に留めるべきですよ」


 続く発言に吹き出した。それも充分大袈裟じゃないですかー!?と心の中で叫ぶ。

「記念硬貨とか…」「タオル…」「プレート?」「マグカップ」「いや写真集…」「なら…」「石碑を…」

 彼らはその場で会議を始めてしまった。大袈裟すぎてやや嫌味ったらしいのだが…本気で言っているようだ。


 2人を放置してルシアンはとっとと校舎に入る。誰にも見えていないが、その表情は。やや口角を上げて頬を紅潮させ。「ありがとうございます…」と呟いた。



 ちなみに夜、父である皇帝にも同じ質問をした。すると答えは…


「うーん…とりあえず。記念館を建てて銅像を」


「あ、もういいです」



 自分は愛されて…恵まれているんだな…と。ルシアンは少し成長した。

 と同時に。似たような境遇であるセレスタンを思った。それは同情心なのか、それとも…



 その心は、本人にも理解出来ないものだった。



ルシアンのデレ度が10上がった!!

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