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皇国の精霊姫  作者: 雨野
日常編
11/102

アカデミー1年生 10



 次の日、朝早くから伯爵家の面々は旅行に出掛けた。シャルロットとバジルは最後まで後ろ髪引かれる思いだったが、セレスタンは笑顔で手を振る。


 そんな彼女の手には、金貨が7枚。いくらなんでも哀れに思ったのか、家令が置いて行ってくれたのだ。



「ふ…これだけあれば4日くらい余裕だね。パーっと使…貯金に回そう!」


 そのうち2枚を握り締め、残りは銀行に。以前こっそり作った自分の口座に預ける事にした。





 さて…と、誰もいない屋敷に目を向ける。


 今は完全に1人。悪さをしても…怒る人は誰もいない。

 セレスタンは鬱陶しい前髪を編み込んで留めた。こういう時の為に練習しておいたのだ。これでいくら動き回っても、落ちてくる事は無い。




「ふふ…わーーーい!!!」



 はっちゃけた彼女は…廊下を駆けた。だだだだだだ!!と、廊下の端から端まで走る。



「きゃーーー!!」



 その次は正面玄関の階段を、厚手の布団を使ってソリのように滑り落ちる。お尻痛い!と笑いながら上っては滑る。



「あばばばば」



 今度は広い庭を、ごろごろ転がる。服や髪が汚れようと気にしない、目が回るまで転がった。

 ああ、誰もいないって最高!ずっと1人は寂しいけど、たまにはいいね!と庭のど真ん中に大の字に寝転がる。



 青い空を見上げながら、自分何してるんだろう…と早くも冷静になった。普段抑圧されてるからとはいえ、別に屋敷内を暴れたいと思っていた訳では無い。

 目撃者がいなかった事に安堵しつつ、もう少し地面の感触を堪能する事に。草の匂い、冷たい地面。ふと横を見ると蟻が列を成していた。どこに向かっているのかな…と視線を屋敷のほうに向けると…



 温かい目で見守る老人がいた事に…ようやく気付いた。




「カリエ先生…いつから見てたの…」


「ふむ……奇声を発しながら廊下を爆走していた辺りでしょうか」


「最初からじゃん…!!」


 どうしようもない羞恥心に襲われたセレスタンは、真っ赤な顔で丸まった。カリエはどことなく愉快そうに、隣に腰を下ろす。



「夏ですからな、外で寝るのも良いですが…せめてシートを敷きなさい」


「あい…そうしますぅ…」


 そう返事をしながら、老医師を見上げる。



 マイニオ・カリエは伯爵に雇われている医者である。現時点で伯爵とセレスタン以外の秘密を知る唯一の人物なのだが…

 彼は雇い主である伯爵の味方であって、セレスタンの味方ではない。故に幼い頃から今まで、一度も助けを求めた事は無い。

 だが気を許せる相手ではあった。アイシャがいなくなった後、彼の前だけでは自分を偽らなくていいのも事実。

 それにこうして並んで過ごしていると、まるでただの祖父と孫娘のようだと…目頭が熱くなる。


 彼女は両親の愛を求めてはいるが、シャルロット程可愛がってもらいたい訳ではない。ただこうして怒号も罵声も無く…穏やかな時間を共に過ごしたい。それだけなのだ。



「……お嬢様」


「へっ?」


 セレスタンはカリエの発言に驚いた。彼は今まで、覚えている限りでは一度も自分を「お嬢様」などと呼んだ事はない。2人きりの時も、必ず「坊ちゃん」と呼ぶ。

 


「誰が急に訪ねて来るか分かりません、サラシは緩めでも必ずしておきなさい。

 食事に困ったら、外で食べるか儂の所に来なさい。あまり夜更かししてはいけません。さっき使った布団は、きちんと元に戻しておく事」


「わ、分かってるよー!」



 ほっほっと笑いながら、カリエは立ち上がった。


「儂がいては、お嬢様も羽根を伸ばせまい。また見に来ます、今だけは…自由に駆け回りなさい」


「もう走らないよ…!」


 セレスタンもカリエの手を借りながら起き上がった。彼はシャワー浴びなきゃ、と笑うセレスタンが屋敷に入るのを確認して、自分も診療所に帰る。





「…お嬢様。貴女は儂が旦那様にお仕えしているからこそ、決して味方だと思わないのでしょう。

 しかしそれは…貴女自身が、お父上を敵だと認識している証に他ならない。それに気付いた時…貴女は何を選択するのか…」




 歩きながらそう呟く彼の表情は、帽子に隠れて見えなかった。




「しかし貴女は間違えておられる。

 儂が仕えているのは…伯爵様ではなく、伯爵家なのですよ」





 ※※※





 さっぱりしたセレスタンは、戸締りをして町に向かった。

 まず折角の臨時収入で眼鏡を新調。厨房を覗いたら食料が1日分あったので…料理本を購入し、自炊に挑戦。

 


「……お?この雑誌…参考になるかな?」


 新しい眼鏡を掛けて、本屋で目に留まったのは…『気になるカレを振り向かせる10の方法』という文字が大きく書かれた平民向けの雑誌。彼女はそれを、料理本と一緒にレジに持って行く。





「…あ、ほらにいちゃん。あの人だよ、パンの人!」


「……ああ、そうだな…」



 帰りに屋台でアイスを購入するセレスタン。そんな彼女を物陰から見つめる2人の子供。パンの袋を持って行った男の子と、彼女を襲撃して金を奪った少年だ。



「あの人、金持ちなんでしょ?いい人っぽいし…助けてって、言ってみようよ」


 男の子は苦しさに耐えられなかった。ゴミを漁ってカビたパンで日々の空腹を満たす、明日をも知れぬ生活。その為セレスタンに助けを求めようとしたが…



「……駄目だ。あいつは、敵だ。どこかに、売られるぞ」


「え、ええっ!?それはやだな…」


 しかし警戒心の強い少年は反対した。前回は何も無かったが…次は殺されるかもしれない。所詮自分達浮浪児など、金持ちにとっては目障りな虫と大差ないだろう。

 


「行くぞ」


「うん…」


 そうして彼らは裏路地に消える。少年は…最後にもう一度チラッと振り向き、アイスに口を付けるセレスタンを見た。

 今は隠されているが、あの時押し倒した彼女の顔を思い出す。




 金色の瞳が純粋に美しいと思った。怯えは無いが、戸惑いの感情で自分を見上げる彼女に目を奪われた。

 

「(いや男?女?服は男物だが…どう見ても女の顔だったし。でも胸も無かったし。

 それにあの身のこなし…おれを捕まえたのはあいつが初めてだったな。女じゃあそこまで動けまい)」


 

 


 本当は…「助けて」と言いたかった。


 しかし少年は同じような浮浪児達と廃墟で共同生活をしていて、自分が一番の稼ぎ頭なのだ。

 持ち前の素早さで盗みを繰り返し、小さな子達を守ってきた。万が一自分が捕まったり殺されでもすれば、全員危うくなる。




 もしもこの日、少年がセレスタンを信じて助けを求めていたら。


 この先の運命は…また違ったものになっていたかもしれない。





 ※※※





 屋敷に戻り、早速厨房に向かった。彼女は料理などした事が無いが…


 以前アイシャから、料理の基礎の基礎まで書かれた本を貰っていた。

 調理器具の名称、使用方法。専門用語の解説、火加減、食材の切り方まで…いつか、必要になるかもしれないからと。

 セレスタンは繰り返しその本を読んでいるので、レシピを見れば…いけそう、と気合を入れる。



 悪戦苦闘しながらも作り上げたのは、ちょっと具材を凝らしたサンドイッチ。見た目は少々不恰好になってしまったが、初めてにしては中々の出来栄えだった。早速その場で1つ食べてみると…


「おお…僕、料理の才能あるかも…!?って、伯爵には必要無いスキルだね…」


 自己評価の低いセレスタンも、思わず自画自賛。鶏肉の柔らかさも味付けも申し分無かった。それとポットにコーヒーを淹れ、買ってきたクッキーもバスケットに入れる。

 


 そのまま…足取り軽く、庭に向かった。鼻歌を歌いながら木陰に大きなシートを敷き、朝食兼昼食を広げて完成だ。念の為護身用の剣も忘れない。



「さて…イケナイコト、しちゃう…!?」


 彼女は周囲を見渡し、今度こそ誰もいないのを念入りに確認する。

 そして…ニヤつくのを抑える事も出来ず、ドキドキしながら…雑誌を広げた。



「うはー!ご飯食べながら雑誌とか、マナー悪いね!でもいいよね、誰もいないし!」


 

 僕ってなんて悪い子!と1人はしゃぎながら読み進める。それは本屋で買った、10代の女子向けのファッション雑誌だった。

 光の精霊達も一緒になって寛ぐ。彼らは食事は必要無いが、娯楽として嗜む事はある。今は3体で、1枚のクッキーを奪い合っているのであった。

 


「ほーん…こういう服が流行ってるんだ〜。可愛いなあ…」


 写真を見ながら少しだけ…悲しくなる。自分は、どう足掻いてもお洒落なんて出来ないから…と。

 だが今回の目的はファッションではない、特集の『気になるカレ以下略』の記事だ。


 サンドイッチを食べ終え、雑誌を持ったままその場にゴロンと転がる。なんという怠惰、人の目が無いってサイコー!と笑う顔は、とても穏やかなものだった。

 うつ伏せになりクッションを腕の下に入れ、足をパタつかせながらページを捲る。精霊も真似っこをして覗き込んでいるのが、とても可愛らしいのであった。



「ふむふむ…その1。手作り料理で胃袋を掴めとな…。料理…作ったとして、皇族である皇太子殿下が食べてくれるのかな…?」



 何故セレスタンがルキウスを振り向かせようとしているのかと言うと…


 当然伯爵の、「殿下に媚びる練習をしろ」発言によるものである。

 しかしどうすればいいのか分からず、とりあえず「媚びる」という言葉を辞書で引いた。すると…『女性が男性の気を引こうとして、艶かしい態度や表情をする事』『権力者に気に入られるような態度を取る、機嫌を取る』と書いてあった。

 今回は恐らく後者だろうが、その態度ってのが分からん!と困り果ててしまった。その結果…



「よく分かんないけど、殿下の気を引けばいいんでしょう!まあ男性同士だけど…殿下は少年趣味っぽいし(誤解)、僕でも誘惑出来るかな!?」



 という事で。妹とくっ付ける為にまず、自分に興味を持ってもらう事にしたのであった。完全に方向性を間違えているが、残念ながら指摘する者がいない。



「その2。甘える、頼りにする。………難しい…」


 付箋を貼り、メモしながら作戦を立てる。が、彼女は他人に甘えるという事を知らない。付箋に「保留」と書き、次に進む。


「その3。さり気なく露出する。胸を強調して脚を見せつけ……むーりー!!」


 音読するだけで、彼女は恥ずかしくて雑誌を投げてしまった。まず、胸は論外。では脚……

 一度部屋に戻るも、スカートなどは持っているはずもなく。なので一番短い、部屋着用のショートパンツを履いてみる。

 

「…これが限界かな!でも脚くらいで、気を引けるのかな…?」


 半信半疑であるものの、足元も夏らしくサンダルにしてみた。そうしてその格好のまま庭に戻り、続きを読む。


「ふむふむ。目が合った時、微笑んでみる。上手く笑えるかな…?」



 ブツブツ言いながら真面目に読んでいたのだが。

 お腹いっぱいで…気持ちのいい風が吹き。日陰に横たわっているこの状況。次第に瞼が落ちてきて…



「……くー…くぅ…」


 

 最終的に、寝入ってしまった。







 その頃、屋敷に向かって3台の馬車が近付いていた。中には…



「……なんでお前らも来るんだ」


「「まあまあまあ」」



 セレスタンが1人屋敷にいるという情報を得て、のこのこやって来たルキウスだった。

 更に弟のルクトル、友人のランドール。この2人はこっそりルキウスが出掛けようとしているのを察知し、急いで予定を調整してついて来てしまった。


 ルキウスはため息をつきながら笑顔の2人を睨みつける。自分もアポ無し訪問である事を棚に上げて。



「全く…それならルシアンにも声を掛けるんだった」


「仕方ありませんよ。あの子は食事以外、僕らと顔を合わせようとしませんから…」



 現在皇帝陛下には、4人の子供がいる。

 第一皇女ルシファー。皇太子ルキウス。第二皇子ルクトル。そして第三皇子ルシアン。

 ルシアンはセレスタンと同学年であり、同じクラスに在籍している。ただ現在反抗期真っ只中で、問題行動が目立つ。


 しかし末っ子が可愛い姉兄と両親は、強く注意する事が出来なかった。それが益々彼の放辟邪侈っぷりを助長させているのだが…




「ところで兄上、どうしてラサーニュ家に?」


「…………いや…その。ラサーニュ…セレスタンが4日間1人きりだと聞いて…」


「…何故1人なんです…?」


「……伯爵家は今日から、使用人も全員連れた旅行に行くらしい。彼は留守番すると言い張って…いたらしい」


「はあ?それで本気で出掛けたのかよ…」


 ルクトルとランドールは呆れた。それなら旅行自体を中止にするか、使用人を数人残すべきだろうと。

 それでルキウスが心配して、4日間滞在すると(勝手に)決めたのだが…ランドールは少々気掛かりな事があった。



「(ルキウス本人がわざわざ出向くっつー事は…随分ラサーニュを気に入ったみたいだな。

 だが…間違っても、弟代わりにすんなよ。それはルシアン殿下にとって…トドメになりかねねえ)」



 現在進行形で拗れている兄弟間に、決定的な亀裂を入れかねない。彼は雑談する兄弟を横目に、こっそりとため息をつくのであった。



「あー…それでメイドやらも連れて来てんだな。しかし、よくオッケー貰えたな?気弱そうだし、皇族が2人も泊まりに来るなんて恐縮しそうじゃないか」


「………………貰っていない」


「「は?」」


 思わぬ返事に、2人は素っ頓狂な声を上げた。ルキウスはバツが悪そうな顔をして逸らす。


「だから…本人は知らない。私が独自に情報を得て、連絡無しに向かっているだけだから……」


「「……………………」」



 2人は信じられないモノを見る目をしている。暫く馬車内に沈黙が降りた後…ルクトルが勢い良く窓を開けた。



「だっ、誰か!!!先行してラサーニュ家に訪問を伝えてください!!このアホ兄、ノンアポで押し掛けようとしていますーーー!!!」


「「「ええええええええっ!!!?」」」


「誰がアホか!!っいだっ!」


「お前だ!!!いきなりこんな大勢で押し掛けて…何考えてんだ!?」


「仕方なかろう!!?断られるのは目に見えていたんだからな!!」


「開き直るなド阿呆!!!」



 ルクトルが騎士に声を掛けて、ランドールはルキウスの頭に拳骨を落とす。こいつこんな非常識だったか!?と驚愕しながら。




「んじゃ俺が…「僕が参ります」えー!?」


「よろしくお願いします、ギュスターヴ卿!」


「はっ!」


 名乗りを上げようとしたハーヴェイを抑え、1人の騎士がスピードを上げる。



 薄紫の短髪を風で靡かせる彼は、26歳ながら近衛である第一騎士団の副団長を務める実力者。

 常に柔和な笑顔を浮かべている穏やかな人物であり、今回の外出にあたり同行者として真っ先に手を挙げた男。



「全く、殿下は…!知っていれば断固反対したものを」



 名をギュスターヴ・ブラジリエ。言うまでも無くジスランの兄である。




ブラジリエ四兄弟

長男ギュスターヴ

長女???

次男???

三男ジスラン


です。次男はスピンオフで大活躍?中

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― 新着の感想 ―
[一言] ジスランを通して知り合いだからセレスのことが心配なのかな。次男は本編でセレスの護衛騎士ですね。
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