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皇国の精霊姫  作者: 雨野
訣別編
100/102

「今なんか、断末魔の叫びみたいの聞こえなかった?」



 翌日の昼下がり。ジスランの腕をがしっと掴むシャルロット。


「ロッティ…?」


「ちょっとツラ貸しなさい」


「え。

 …………ぎゃあああああっ!!?」




「……?今なんか、断末魔の叫びみたいの聞こえなかった?」


「「気のせいだ」」


 ジスランの声は風に乗り、屋上までよく届いていた。


「そう?ならいいけど…

 もう寒くなってきたし、屋上は春まで封印かなー」


 セレスタンは食後、雲1つない青空を見上げ呟いた。その顔色は若干悪く、ルシアンが上着を肩に掛ける。


「あ…ありがと…」


「冷えたのか?そういえば食事も残してたな…」


「今日は、その〜…ちょっと貧血っていうか…」


「ん?じゃあもう中に入るか」


 アリスティドが片付け中、ルシアンはセレスタンの肩を抱き支えていた。

 すると、セレスタンがお腹を押さえているのに気付く。


「(…あ、アレか!!)」


 それで貧血か!と思い至り、そのまま医務室へ連れて行くと言う。


「この荷物は俺が4年生の教室に放り込んでおくっス」


「頼んだ。行くぞ、セレス」


「いや、大袈裟じゃ…」


 いいから!とルシアンに押し切られ、セレスタンは渋々医務室へ。どことなく嬉しそうに微笑んでいるので、アリスティドは首を傾げた。


「(……気遣われるって、戸惑うけど嬉しいな…)」



 ※



「ちーっス」


「ん?ユルフェか」


「……アンタ、また喧嘩でも売ったんか…?」


 アリスティドが教室の扉を開けると、丁度ジスランと遭遇した。

 ()()()ジスランの顔は痛々しく腫れており、よく見ると腕に鞭の痕のようなものが……見なかったことにしよう。顔合わせついでに荷物を任せる。


「コレ、セレス先輩の席に置いてくれ」


「ああ…セレスはどうした?殿下もいないようだが…」


「さあな」


 教える義理はないので背を向ける。


「ぎえっ!!?」


「あら、失礼ね」


 踵を返したすぐ先に、腕を組んで仁王立ちのシャルロットがいた。その隣にはルネが、2人はアリスティドを囲む。


「ど、どけや!!」


「嫌よ。ちょっと貴方、お兄様はどこなの?」


「知らねえって…!」


「嘘おっしゃい。お昼を3人で召し上がっているのは存じてますのよ?」


「ううぅ…!!」


 美少女に両腕を掴まれて、力ずくで振り解くことも出来ないアリスティド。

 顔は赤く染まり、ダラダラと汗を流す。


 彼女達はアリスティドが女性に弱い、とエリゼから情報を得ている。なので背伸びをし、ずずいっと顔を寄せて迫った。


「ひ…っ!」


「お兄様はどこ?カバンがあるから早退ではなさそうだけど…」


「い…医務室!!殿下が連れてった!!」


「医務室…?セレスちゃんは怪我でもしたのかしら?それとも体調不良?」


「貧血だとよ!あとなんか、顔色悪くて腹さすってた!」


「「………ああ!」」


 ピーンときた女子2人。用済みのアリスティドを解放すると、彼は一目散に逃げた。

 シャルロットは顎に指を添えて少し考える素振りを見せた。一度目を伏せて…開けて…教室に背を向ける。

 その肩をルネがガシッと掴む。


「ロッティ、どこに行くのかしら?」


「ん?別に…野暮用?」


「おほほ、鞭は必要でして?」


「うふふ、うふふふふ」


 廊下にて静かに争う令嬢2人。

 あのビンタ対決を見ていた令嬢は、再び始まるのでは…!?と息を呑む。



「……?何してるんだ…?」


 そこへセレスタンを医務室へ送り届けたルシアンが登場。

 シャルロットは小さく舌打ちをしてから、にっこりと微笑みかけた。


「あら殿下、ご機嫌よう。お兄様がお世話になったと聞きましたわ」


「大した事はしていないし、君に礼を言われる事ではない」


「おほほ…」


 ルシアンは冷たく言い放ち、自身の席へ座る。


 現時点で最もセレスタンに近しい生徒は、ルシアンとアリスティドだろう。その為シャルロットは2人とお近付きになりたいと考えている。


 セレスタンと仲直りはすぐには無理でも、せめて普段の様子が知りたい。

 バジルやオーバンは教えてくれないだろうし、屋敷の場所も分からない。

 アリスティドはあの様子では難しい、ではルシアン…


 ニコニコと愛想よくルシアンの顔を覗き込む。

 他の生徒であれば、男子も女子も心を奪われ赤面してしまう天使の微笑み。


「…?なんだ、私の顔に何か?不愉快だ、やめてもらおうか」


「……おほほ、これは失礼をば…」


 だがセレスタンに想いを寄せるルシアンには逆効果。ぎろりと睨まれ退散する他ない。



 ガッ!ガンッ!ガスッ!と教室の壁を殴るシャルロット。

 大抵の男は見惚れさせる自信があるのに…プライドは粉々である。



「諦めないわよ…あの男、絶対オトす!!!」


「(告白された僕は複雑です、お嬢様…)」


 こうして方向性を間違える辺り、やはりセレスタンとは双子なのだろうと納得せざるを得ない。




 ※※※




「先生」


「……なんだ」


 午後の授業終了後、シャルロットは医務室を訪ねる。

 扉をうっすら開けて…姉が眠っているのを確認して。隙間から紙袋を差し出した。


「これをお兄様に…こっそり…」


「……………」


 オーバンが受け取ったのを確認、颯爽と逃げる。

 劇物か…!?と懸念して袋を開けてみた。


「…女子の制服?」


 更に赤いウイッグと灰色のカラーコンタクト。どこからどう見てもシャルロット変身セットである。

 これをどうしろと…と途方に暮れる。

 ひとまず、セレスタンの着替え箱に隠しておくことに。



 それから数分、セレスタンは目覚めた。


「くあぁ〜…」


「よく寝てたな、もう放課後だ」


「あちゃー。パパ、まだお仕事?」


「あと30分、一緒に帰るか?」


「うん!」


 セレスタンはベッドに戻りゴロゴロ。

 オーバンは「あっ」と何かを思い出したような声を出した。


「そういや昨日、街中で魔物が出たんだ」


「え…ええっ!?」


 結界で覆われた都市に出現したとなれば、内部で発生したものだろう。

 殆ど山などの自然界で生まれる魔物だが、ごく稀に人里のど真ん中で姿を現わすこともある。


「弱い虫型が1体で、被害は軽傷者数人だけで討伐されたが。

 スタンピードが近付くと魔物も増加傾向にある。今後もありえるかもしれん」


 そこで皇帝は、実力を認められた貴族に護身用の武器を所持するよう通達した。

 元々学園内や皇宮、公の場では騎士や一部の者しか許可されていなかったが、それを無くしたようなもの。

 ジスランも持って来てはいるが、教室に置きっぱなし状態なのだ。



「学園内に現れないとも言い切れねえからな。お前もアレ…ミカサマとかいうカタナ持ち歩け」


「おお…はーい」


 弱い者が剣を持っても意味は無い。学園ではクザンが認めた生徒達のみ帯剣を推奨する。




「という訳でミカ様、明日からずっと一緒だよ!」


【ふうむ…】


「え、何。不満気?」


【もっとこう…】


「ふんふん…?

「パパに言われたからなんだから。一緒にいられて嬉しいとか、ちょっとしか思ってないもん!」

 ……何言わせんの?」


【ふむ…及第点】


 魅禍槌丸は未だ、セレスタンを自分好みに教育しようと頑張っていた。

 精霊は「自分達がいるんだから心配ないよ!」と言うが。

 魅禍槌丸を腰に差している僕、イケてる!?と思っているセレスタンの耳には届かない。




 ※※※




「ルシアーン!見て見て僕のミカ様!これで君を守ってあげるぞ!」


「はは…頼もしいな」


 セレスタンの刀は、グランツ人にとっては見慣れない物。

 なんだアレ?ほっそ。弱そう〜…と聞こえてくる。


「(む。まあ…ミカ様の凄さを知らんからね、仕方ないね…)ふっ…」


 セレスタンは余裕の笑み。いつかお披露目してやろう…とか考えていた。が!



「おい貴様。今私を笑ったのか?

 は?セレスを笑った…?はははっ、良い度胸だ。覚えておいてやろう、貴様らの顔をな」


「何してんのーーーい!!!」


 ルシアンは嘲笑した生徒に喧嘩を売っていた。その後社交界で、生徒達の評判は地に落ち…ルシアンの機嫌を損ねてはいけない…!と皆気を引き締めた。




「全くルシアンは。彼の評価が落ちちゃう……んっ?」


 ルシアンは一応、自分の為に怒ってくれたので…強く言えないセレスタン。

 体育前に着替えようと箱を開けたら、見慣れない紙袋が。


 そう、シャルロット変身セットである。


「なんじゃこりゃ!?」


 瞬間、嫌な記憶も蘇る。

 数年前シャルロットとして振る舞い…結果どうなったか。それでも。


「……辛かったけど…あれでヘリオスと出会えた。今の僕を作り上げたと言っても過言ではない出来事だったし…」


 今度これを着て歩いてみようかな?

 どうせ誰も気付かないし…シャルロットのいない時を見計らって、出歩いてみようっと!とか考えていたら。



「セレス?開けていいか?」


「パパ?いいけど…」


 オーバンが外から扉を開ける。

 セレスタンの姿を確認して、やっぱいるよな?と首を傾げた。


「どゆこと?」


「いや…さっき。お前が廊下の向こう歩いてて…」


「へあ?」


 人違いかぁ?と首を捻るオーバン。

 その時、バジルが医務室にやって来た。



「申し訳ございません…僕は止めたのですが…」


「「?」」


「どうかセレスタンお嬢様は、暫くその姿で出歩かないでください…」


 言いたいことだけ言って彼は消えた。



「「……ま、さ、か…?」」



 セレスタンは…シャルロットに変身してオーバンと共に医務室を飛び出した。

 ただし精霊と魅禍槌丸はお留守番である。




「(何やってんのあの子ーーー!!?)」


「ふふーん!」


 向かったのはグラウンド、本日は屋外でフットサル。

 男子に混じって…セレスタンに扮したシャルロットがいた。

 自信満々の表情、堂々とした立ち振る舞いだ。隣のバジルは完全に疲れ切っている。



「(ふ…私もお姉様の苦しみを分かち合いたい…!

 あっ、お姉様ー♡私の活躍見ててね!)」


 セレスタンとオーバンは、あんぐりと口を開ける。

 しかし今更何も言えず…ハラハラと見守る事にした。


 幸いにも男子の体育を見学する女子は多くいるので、自然と彼女らに溶け込む事ができた。



「あわわ、大丈夫かなぁ…?」


「………リオを信じるしか…」


 その時セレスタンは、ルシアンとばっちり目が合った。


「…………」ぷいっ


「あう…」


 ルシアンは嫌悪感丸出しの表情をした後顔を逸らす。セレスタンにはいつも、蕩ける笑顔を見せてくれるので…新鮮だなーと同時に胸が痛んだ。


 そんなルシアン、当然シャルロット(セレスタン)と一緒に授業を受けようと近付く。


「セレス。チームは好きに組んでいいそうだ」


「はい!残りはどうし…(おっといけない!)どうする?ジスランかしら?」


「(はい…?かしら?)」


 この辺で違和感を感じるルシアン。

 どこが、と聞かれても困るが…愛しの彼女の側にいるのに、全く胸がときめかない。


「………やはり私は見学する」


「そう…(チッ、気付かれたか…?)」


 ルシアンとお近付きになる目的もあった為、シャルロットは内心顔を歪めた。


「仕方ない…バジル、ジスラン、エリゼ、パスカル。これで5人、はいオッケー!」


「「「?」」」


「(シャルロットお嬢様ぁ〜…隠す気はあるのですか…?)」


 多分無い。指名された4人は集まり作戦会議、やる気満々のシャルロットを訝しむ。


「お前…ボク達を避けるんじゃなかったのか?」


「は?なんで?」


「なんでって…可愛い妹を拒絶しといて、他の人と仲良く出来ない…自分でそう言ったじゃないか」


「あ…っ、パスカル様!それは…こひゅっ」


「バジルー!!?」


 バジルは慌てるも、シャルロットの手により首をコキっとされて沈んだ。


「(お姉様…そんな事を…!?ああん、どんな時もお姉様は私を想ってくれている…♡)」


 下手人は目をハートにしてキュンキュンしている。

 この時ようやく3人も、なんかこのセレスタン変じゃね!?と思い至った。



 蚊帳の外のセレスタンはというと。

 今は僕がロッティだし…応援しといたほうがいいかなぁ…?と考えていた。


「……セレスー、頑張ってー…なんちゃって」


「はぁーい♡僕のプレー見ててね、マイスイートシスターロッティー♡アーンドパパー(棒)」


「「ブーーーッ!!!」」


 返事がきてしまった。

 超いい笑顔で両手をブンブン振るシャルロット。双子とオーバン、ルシアンとバジル以外は目が点である。

 何やってんの、僕そんな事言わないでしょ!?と叫びたいのを堪える。


「く…っ!素敵ー、セレスー…(恥ずかしいい!!)」


「っしゃあい!!絶対勝つわよあんたら!!」


「「「(これロッティ/シャルロット/シャルロット嬢じゃねーか!!?)」」」


 鼻息荒く燃えるシャルロットは、握り拳を突き上げる。

 シャルロットの運動神経はかなりいいので、大丈夫かな…?と皆思っていたのだが。




「えーい!!!」


 ボッッシュウウゥゥ…!! と豪速でボールが吹っ飛ぶ。ただしゴールは外れて、味方であるジスランの頬を掠めて空の彼方へ消えた。

 次は室内でするか…と男性教師の呟きが聞こえる。


「惜しーい!」


 蹴ったシャルロットはパチン!と指を鳴らす。

 新しいボールが用意されるも…誰もシャルロットにパスをしない。


「こらー!こっちガラ空き、パスパス!」


「俺を殺す気か!?」


「失礼な!!」



「……………」


 セレスタンはその喧騒を…微笑みながら見ていた。オーバンは気になり、小声で訊ねる。


「どうした?」


「んー…ちょっと懐かしくて」



 それは幼少期…ブラジリエ邸での事。

 彼らはよく外で遊び回った。

 セレスタンはギュスターヴと絵本を読んだり、彼がいなければ参加したり。

 時にはジェルマンも混じって遊んだ。


 くたくたになるまで走り、沢山おやつを食べて、並んで昼寝をした。

 それが今の彼らに重なる。



「うおおおっ!?セレス、俺になんの恨みが!?」

『ぬおおおっ!?ロッティ、おれはまとじゃない!!』


「チッ、外したか…」

『チッ、おしかった…』


「セレス様ー!そっちは味方のゴールです!!」

『おじょうさまー!それはアルマジロです!!』



「…ふふ。僕は眺めてるのが好きだったんだぁ」


「(アルマジロ…?)」


 懐かしさが込み上げてきて、穏やかに目を細めるセレスタン。

 その笑顔は多くの者を魅了する。こっそり近寄っていたルシアンも、頬を染めて見惚れていた。


 ちなみに試合はシャルロットチームの敗北。




 こうした騒がしくも楽しい日々は過ぎ…皇国にまた冬がやって来る。



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