「今なんか、断末魔の叫びみたいの聞こえなかった?」
翌日の昼下がり。ジスランの腕をがしっと掴むシャルロット。
「ロッティ…?」
「ちょっとツラ貸しなさい」
「え。
…………ぎゃあああああっ!!?」
「……?今なんか、断末魔の叫びみたいの聞こえなかった?」
「「気のせいだ」」
ジスランの声は風に乗り、屋上までよく届いていた。
「そう?ならいいけど…
もう寒くなってきたし、屋上は春まで封印かなー」
セレスタンは食後、雲1つない青空を見上げ呟いた。その顔色は若干悪く、ルシアンが上着を肩に掛ける。
「あ…ありがと…」
「冷えたのか?そういえば食事も残してたな…」
「今日は、その〜…ちょっと貧血っていうか…」
「ん?じゃあもう中に入るか」
アリスティドが片付け中、ルシアンはセレスタンの肩を抱き支えていた。
すると、セレスタンがお腹を押さえているのに気付く。
「(…あ、アレか!!)」
それで貧血か!と思い至り、そのまま医務室へ連れて行くと言う。
「この荷物は俺が4年生の教室に放り込んでおくっス」
「頼んだ。行くぞ、セレス」
「いや、大袈裟じゃ…」
いいから!とルシアンに押し切られ、セレスタンは渋々医務室へ。どことなく嬉しそうに微笑んでいるので、アリスティドは首を傾げた。
「(……気遣われるって、戸惑うけど嬉しいな…)」
※
「ちーっス」
「ん?ユルフェか」
「……アンタ、また喧嘩でも売ったんか…?」
アリスティドが教室の扉を開けると、丁度ジスランと遭遇した。
何故かジスランの顔は痛々しく腫れており、よく見ると腕に鞭の痕のようなものが……見なかったことにしよう。顔合わせついでに荷物を任せる。
「コレ、セレス先輩の席に置いてくれ」
「ああ…セレスはどうした?殿下もいないようだが…」
「さあな」
教える義理はないので背を向ける。
「ぎえっ!!?」
「あら、失礼ね」
踵を返したすぐ先に、腕を組んで仁王立ちのシャルロットがいた。その隣にはルネが、2人はアリスティドを囲む。
「ど、どけや!!」
「嫌よ。ちょっと貴方、お兄様はどこなの?」
「知らねえって…!」
「嘘おっしゃい。お昼を3人で召し上がっているのは存じてますのよ?」
「ううぅ…!!」
美少女に両腕を掴まれて、力ずくで振り解くことも出来ないアリスティド。
顔は赤く染まり、ダラダラと汗を流す。
彼女達はアリスティドが女性に弱い、とエリゼから情報を得ている。なので背伸びをし、ずずいっと顔を寄せて迫った。
「ひ…っ!」
「お兄様はどこ?カバンがあるから早退ではなさそうだけど…」
「い…医務室!!殿下が連れてった!!」
「医務室…?セレスちゃんは怪我でもしたのかしら?それとも体調不良?」
「貧血だとよ!あとなんか、顔色悪くて腹さすってた!」
「「………ああ!」」
ピーンときた女子2人。用済みのアリスティドを解放すると、彼は一目散に逃げた。
シャルロットは顎に指を添えて少し考える素振りを見せた。一度目を伏せて…開けて…教室に背を向ける。
その肩をルネがガシッと掴む。
「ロッティ、どこに行くのかしら?」
「ん?別に…野暮用?」
「おほほ、鞭は必要でして?」
「うふふ、うふふふふ」
廊下にて静かに争う令嬢2人。
あのビンタ対決を見ていた令嬢は、再び始まるのでは…!?と息を呑む。
「……?何してるんだ…?」
そこへセレスタンを医務室へ送り届けたルシアンが登場。
シャルロットは小さく舌打ちをしてから、にっこりと微笑みかけた。
「あら殿下、ご機嫌よう。お兄様がお世話になったと聞きましたわ」
「大した事はしていないし、君に礼を言われる事ではない」
「おほほ…」
ルシアンは冷たく言い放ち、自身の席へ座る。
現時点で最もセレスタンに近しい生徒は、ルシアンとアリスティドだろう。その為シャルロットは2人とお近付きになりたいと考えている。
セレスタンと仲直りはすぐには無理でも、せめて普段の様子が知りたい。
バジルやオーバンは教えてくれないだろうし、屋敷の場所も分からない。
アリスティドはあの様子では難しい、ではルシアン…
ニコニコと愛想よくルシアンの顔を覗き込む。
他の生徒であれば、男子も女子も心を奪われ赤面してしまう天使の微笑み。
「…?なんだ、私の顔に何か?不愉快だ、やめてもらおうか」
「……おほほ、これは失礼をば…」
だがセレスタンに想いを寄せるルシアンには逆効果。ぎろりと睨まれ退散する他ない。
ガッ!ガンッ!ガスッ!と教室の壁を殴るシャルロット。
大抵の男は見惚れさせる自信があるのに…プライドは粉々である。
「諦めないわよ…あの男、絶対オトす!!!」
「(告白された僕は複雑です、お嬢様…)」
こうして方向性を間違える辺り、やはりセレスタンとは双子なのだろうと納得せざるを得ない。
※※※
「先生」
「……なんだ」
午後の授業終了後、シャルロットは医務室を訪ねる。
扉をうっすら開けて…姉が眠っているのを確認して。隙間から紙袋を差し出した。
「これをお兄様に…こっそり…」
「……………」
オーバンが受け取ったのを確認、颯爽と逃げる。
劇物か…!?と懸念して袋を開けてみた。
「…女子の制服?」
更に赤いウイッグと灰色のカラーコンタクト。どこからどう見てもシャルロット変身セットである。
これをどうしろと…と途方に暮れる。
ひとまず、セレスタンの着替え箱に隠しておくことに。
それから数分、セレスタンは目覚めた。
「くあぁ〜…」
「よく寝てたな、もう放課後だ」
「あちゃー。パパ、まだお仕事?」
「あと30分、一緒に帰るか?」
「うん!」
セレスタンはベッドに戻りゴロゴロ。
オーバンは「あっ」と何かを思い出したような声を出した。
「そういや昨日、街中で魔物が出たんだ」
「え…ええっ!?」
結界で覆われた都市に出現したとなれば、内部で発生したものだろう。
殆ど山などの自然界で生まれる魔物だが、ごく稀に人里のど真ん中で姿を現わすこともある。
「弱い虫型が1体で、被害は軽傷者数人だけで討伐されたが。
スタンピードが近付くと魔物も増加傾向にある。今後もありえるかもしれん」
そこで皇帝は、実力を認められた貴族に護身用の武器を所持するよう通達した。
元々学園内や皇宮、公の場では騎士や一部の者しか許可されていなかったが、それを無くしたようなもの。
ジスランも持って来てはいるが、教室に置きっぱなし状態なのだ。
「学園内に現れないとも言い切れねえからな。お前もアレ…ミカサマとかいうカタナ持ち歩け」
「おお…はーい」
弱い者が剣を持っても意味は無い。学園ではクザンが認めた生徒達のみ帯剣を推奨する。
「という訳でミカ様、明日からずっと一緒だよ!」
【ふうむ…】
「え、何。不満気?」
【もっとこう…】
「ふんふん…?
「パパに言われたからなんだから。一緒にいられて嬉しいとか、ちょっとしか思ってないもん!」
……何言わせんの?」
【ふむ…及第点】
魅禍槌丸は未だ、セレスタンを自分好みに教育しようと頑張っていた。
精霊は「自分達がいるんだから心配ないよ!」と言うが。
魅禍槌丸を腰に差している僕、イケてる!?と思っているセレスタンの耳には届かない。
※※※
「ルシアーン!見て見て僕のミカ様!これで君を守ってあげるぞ!」
「はは…頼もしいな」
セレスタンの刀は、グランツ人にとっては見慣れない物。
なんだアレ?ほっそ。弱そう〜…と聞こえてくる。
「(む。まあ…ミカ様の凄さを知らんからね、仕方ないね…)ふっ…」
セレスタンは余裕の笑み。いつかお披露目してやろう…とか考えていた。が!
「おい貴様。今私を笑ったのか?
は?セレスを笑った…?はははっ、良い度胸だ。覚えておいてやろう、貴様らの顔をな」
「何してんのーーーい!!!」
ルシアンは嘲笑した生徒に喧嘩を売っていた。その後社交界で、生徒達の評判は地に落ち…ルシアンの機嫌を損ねてはいけない…!と皆気を引き締めた。
「全くルシアンは。彼の評価が落ちちゃう……んっ?」
ルシアンは一応、自分の為に怒ってくれたので…強く言えないセレスタン。
体育前に着替えようと箱を開けたら、見慣れない紙袋が。
そう、シャルロット変身セットである。
「なんじゃこりゃ!?」
瞬間、嫌な記憶も蘇る。
数年前シャルロットとして振る舞い…結果どうなったか。それでも。
「……辛かったけど…あれでヘリオスと出会えた。今の僕を作り上げたと言っても過言ではない出来事だったし…」
今度これを着て歩いてみようかな?
どうせ誰も気付かないし…シャルロットのいない時を見計らって、出歩いてみようっと!とか考えていたら。
「セレス?開けていいか?」
「パパ?いいけど…」
オーバンが外から扉を開ける。
セレスタンの姿を確認して、やっぱいるよな?と首を傾げた。
「どゆこと?」
「いや…さっき。お前が廊下の向こう歩いてて…」
「へあ?」
人違いかぁ?と首を捻るオーバン。
その時、バジルが医務室にやって来た。
「申し訳ございません…僕は止めたのですが…」
「「?」」
「どうかセレスタンお嬢様は、暫くその姿で出歩かないでください…」
言いたいことだけ言って彼は消えた。
「「……ま、さ、か…?」」
セレスタンは…シャルロットに変身してオーバンと共に医務室を飛び出した。
ただし精霊と魅禍槌丸はお留守番である。
「(何やってんのあの子ーーー!!?)」
「ふふーん!」
向かったのはグラウンド、本日は屋外でフットサル。
男子に混じって…セレスタンに扮したシャルロットがいた。
自信満々の表情、堂々とした立ち振る舞いだ。隣のバジルは完全に疲れ切っている。
「(ふ…私もお姉様の苦しみを分かち合いたい…!
あっ、お姉様ー♡私の活躍見ててね!)」
セレスタンとオーバンは、あんぐりと口を開ける。
しかし今更何も言えず…ハラハラと見守る事にした。
幸いにも男子の体育を見学する女子は多くいるので、自然と彼女らに溶け込む事ができた。
「あわわ、大丈夫かなぁ…?」
「………リオを信じるしか…」
その時セレスタンは、ルシアンとばっちり目が合った。
「…………」ぷいっ
「あう…」
ルシアンは嫌悪感丸出しの表情をした後顔を逸らす。セレスタンにはいつも、蕩ける笑顔を見せてくれるので…新鮮だなーと同時に胸が痛んだ。
そんなルシアン、当然シャルロットと一緒に授業を受けようと近付く。
「セレス。チームは好きに組んでいいそうだ」
「はい!残りはどうし…(おっといけない!)どうする?ジスランかしら?」
「(はい…?かしら?)」
この辺で違和感を感じるルシアン。
どこが、と聞かれても困るが…愛しの彼女の側にいるのに、全く胸がときめかない。
「………やはり私は見学する」
「そう…(チッ、気付かれたか…?)」
ルシアンとお近付きになる目的もあった為、シャルロットは内心顔を歪めた。
「仕方ない…バジル、ジスラン、エリゼ、パスカル。これで5人、はいオッケー!」
「「「?」」」
「(シャルロットお嬢様ぁ〜…隠す気はあるのですか…?)」
多分無い。指名された4人は集まり作戦会議、やる気満々のシャルロットを訝しむ。
「お前…ボク達を避けるんじゃなかったのか?」
「は?なんで?」
「なんでって…可愛い妹を拒絶しといて、他の人と仲良く出来ない…自分でそう言ったじゃないか」
「あ…っ、パスカル様!それは…こひゅっ」
「バジルー!!?」
バジルは慌てるも、シャルロットの手により首をコキっとされて沈んだ。
「(お姉様…そんな事を…!?ああん、どんな時もお姉様は私を想ってくれている…♡)」
下手人は目をハートにしてキュンキュンしている。
この時ようやく3人も、なんかこのセレスタン変じゃね!?と思い至った。
蚊帳の外のセレスタンはというと。
今は僕がロッティだし…応援しといたほうがいいかなぁ…?と考えていた。
「……セレスー、頑張ってー…なんちゃって」
「はぁーい♡僕のプレー見ててね、マイスイートシスターロッティー♡アーンドパパー(棒)」
「「ブーーーッ!!!」」
返事がきてしまった。
超いい笑顔で両手をブンブン振るシャルロット。双子とオーバン、ルシアンとバジル以外は目が点である。
何やってんの、僕そんな事言わないでしょ!?と叫びたいのを堪える。
「く…っ!素敵ー、セレスー…(恥ずかしいい!!)」
「っしゃあい!!絶対勝つわよあんたら!!」
「「「(これロッティ/シャルロット/シャルロット嬢じゃねーか!!?)」」」
鼻息荒く燃えるシャルロットは、握り拳を突き上げる。
シャルロットの運動神経はかなりいいので、大丈夫かな…?と皆思っていたのだが。
「えーい!!!」
ボッッシュウウゥゥ…!! と豪速でボールが吹っ飛ぶ。ただしゴールは外れて、味方であるジスランの頬を掠めて空の彼方へ消えた。
次は室内でするか…と男性教師の呟きが聞こえる。
「惜しーい!」
蹴ったシャルロットはパチン!と指を鳴らす。
新しいボールが用意されるも…誰もシャルロットにパスをしない。
「こらー!こっちガラ空き、パスパス!」
「俺を殺す気か!?」
「失礼な!!」
「……………」
セレスタンはその喧騒を…微笑みながら見ていた。オーバンは気になり、小声で訊ねる。
「どうした?」
「んー…ちょっと懐かしくて」
それは幼少期…ブラジリエ邸での事。
彼らはよく外で遊び回った。
セレスタンはギュスターヴと絵本を読んだり、彼がいなければ参加したり。
時にはジェルマンも混じって遊んだ。
くたくたになるまで走り、沢山おやつを食べて、並んで昼寝をした。
それが今の彼らに重なる。
「うおおおっ!?セレス、俺になんの恨みが!?」
『ぬおおおっ!?ロッティ、おれはまとじゃない!!』
「チッ、外したか…」
『チッ、おしかった…』
「セレス様ー!そっちは味方のゴールです!!」
『おじょうさまー!それはアルマジロです!!』
「…ふふ。僕は眺めてるのが好きだったんだぁ」
「(アルマジロ…?)」
懐かしさが込み上げてきて、穏やかに目を細めるセレスタン。
その笑顔は多くの者を魅了する。こっそり近寄っていたルシアンも、頬を染めて見惚れていた。
ちなみに試合はシャルロットチームの敗北。
こうした騒がしくも楽しい日々は過ぎ…皇国にまた冬がやって来る。




