記憶喪失の君
武装した兵士たちがおり、牢屋やらなにやらで殺伐とした雰囲気のするなか、一人だけあくびをする場違いな少女が居た。
そんな少女に30人あまりの兵士たちが銃口を向けているこの状況だけを切り取ってみれば、やはりおかしな状況なのだろう。
そんな状況の真ん中に置かれている少女はというと、しばらく何もわからずに両目をこすったりしていたが、ようやく状況を理解してきたようで
「え……どういう状況なの…………!?」
と、困惑した様子で辺りを見回している。
そんな姿を見て、少女を取り囲んでいる兵士たちは少し気が抜けていたが
「気を抜くな!」
という、よく響く声によって再び元の緊迫した空気が戻った。
そんな空気の中、牢屋の中の少女は…………牢屋の端の方でうずくまっていた。
そして、少女の顔は恐怖に染まっていた。
「おかしい……」
そんな少女を見て、そうつぶやく――大きな帽子を被った、少女がいた。
牢屋の中の少女は、明らかにこの状況に恐怖している。
本当にこの少女は副団長を務めているバルヘルトですら敵わないバケモノなのかと、少女は疑問に思っていた。
しかし、目の前の少女が《変身》を使っていたことは事実で、巻物で魔法を使ったにしても想像を絶する激痛が体を襲うことに変わりはない。
そして、この少女がその痛みに耐えられるようには見えないのもまた事実。
そうなると誰かに文字通り操られていたのが一番納得がいく答えなのだけど…………変身していた姿が姿なだけあって何が何だか分からない。
あの事件が起こったのは、たしか今から十年前。
しかし、目の前の少女の見た目は十歳以下。歳がそれより上でも十二歳がギリギリというところだろう。
……つまり、あの事件現場にいたとしても、彼の姿を《変身》で正確に変身できるほど覚えているはずがない。
たとえ巻物を使ったとしても、どんな姿に変身するかは発動者に委ねられるから…………この娘は外見の成長が遅い長寿種族と言うことになるのだけど――
――どう見ても人族にしか見えない。
エルフやドワーフに見られる特徴が一切ない。
…………自分で考えるだけだと流石に限界がある。
「一旦警戒を解いて。話を聞こう」
帽子を深く被り直した少女は、兵士たちへ指示を飛ばす。
しかし、多くの兵士たちは未だ警戒して武器を下げない。
それも無理もないことだろう。
団の副団長では敵わないというほど強い相手。そんなバケモノが警戒していない状態で暴れだしたら、手がつけられない。
そして、それは副団長であるバルヘルトが一番よく分かっていた。
「失礼ですが、今警戒を解くのは危険かと」
一番よく分かっているが故に武器を手放すことに抵抗を持っていた。
しかし、少女はどうしても目の前の少女から情報を聞き出したかった。
「いいの、バルヘルトの意見も分かるけど……このままだと何も進まないし、彼女には聞かなければならないことがある」
そう言う少女の顔は、決意に満ちていた。
「団長がそうおっしゃるなら、分かりました」
バルヘルトと呼ばれた青年はその言葉に「はぁ……」とため息を漏らしながらも、少女の意見に折れた。
少女はこの団のなかで団長を務めているが、別に強いわけではない。団の中で真ん中か、それ以下の実力しか持っていない。
しかし、彼女は心の面で人一倍強かった。
もしかすると、バルヘルトはその決意と意思に押されたのかもしれない。
そんな彼は、周りの兵士たちへ少女の意向をよく響き、通る声で伝えた。
「みんな聞いたか、警戒を解け!」
その声に、今度は全員が武器を下げた。
それを見た少女は
「やっぱりバルヘルトの方が団長にふさわしいよ」
と、苦笑交じりに言う。
「いいえ、貴方以外には務まりませんよ」
バルヘルトは少女の言葉を冗談だと思っているようだったが、その言葉は彼の本心からの言葉だった。
さて、傍から見たらいい雰囲気の二人は置いておいて、牢屋の中の赤髪の少女だが、依然怯えたままだった。
少女からすれば知らないところに監禁されて、武装した兵士に囲まれているのだから……しょうがないだろう。
「さて……少し話さない?」
「は……はいっ……!」
同じくらい身長の子供に話しかけられた赤髪の少女は、ビクッと震えながらも答えた。
「まだ、この牢屋から貴方を出すことはできない。……ごめんね?」
「い、いえ!全然だ、大丈夫です」
赤髪の少女は自分の事を申し訳なさそうに気遣ってくれる、帽子をかぶった少女に大丈夫だと伝えた。
……体を震わせながら。
「……そんなに緊張しないでいいんだよ?……貴方、何歳?」
「じゅ……十歳?」
「なぜ疑問形?……まぁいいか。色々確認できた」
少女たちはそんな普通のやり取りを交わしていたが、バルヘルトはやはり彼女には敵わないと思った。
少女は年齢を聞くことによって、目の前の少女が長寿種族ではないかをさりげなく聞いている。
また、バルヘルトには分かりようもないことだったが、少女の言う事件の現場に居たのかを確認する目的もあった。
少ない情報から多くの情報を得る事ができる、それが少女が団長たる理由の一つだった。
「ここ最近の記憶ってある?」
「記憶は……あれ、何かしなきゃいけないことがあって家を出て…………その後の記憶がない?」
「やっぱり記憶が無いのか……」
そうなると、やっぱり誰かに操られていた線が濃厚かな。
なら魔力鑑定のスキルでこの子にこの子以外の変な魔力の残滓が残っていたら、その魔力が黒幕のものだと言うことになる。
そして、その魔力を元に探知をかければ敵の本体がどこにいるのか分かる。
よし、そうと分かれば早速魔力探知のスキルを――――
その時、突然誰かに私の肩を叩かれた。
バルヘルトが私に何か用事でもあるのかなと思ったけど……
「どうも、夜分遅くに失礼します」
「っつ!?」
直後聞こえたその声は、初めて聞く色だった。




