出会いと別れ
ボクは仲睦まじい夫婦の間に生まれた。
農民という身分でも本当に仲が良く夫婦喧嘩をしている姿すらボクは見たことがない。本当に仲のいい夫婦だった。
そして、退屈もなく幸せな日々がいつまでも続く……はずだった。
幸せな日々は少しずつ狂い始めた。……ボクが生まれたことによって。
ボクは男。でも、成長していくにつれて体が女の方へ近づいていった。両親はそれが分かった途端、医者に連れて行った。そして事実を知った。酷い事実を。
そしてその日からボクが悪い人に連れていかれ、奴隷になることを恐れたのか、自分の事はワタシと呼ぶように強要してきた。
そして、言葉遣いや仕草を直せと言ってきた。
ボクはそんな事絶対に嫌だったが、両親がお前のためだと言って泣いて頼み込んできたので反抗することはできなかった。
ボクはワタシとしての常識を母に何から何まで教え込まれた。よく分からないこともあったがそれでも一生懸命に頭に詰め込んだ。そして、私は十五歳になったころ大方全ての常識を詰め込むことに成功した。両親の喜ぶ姿を見ていると、傷ついた心が少し満たされたような気がした。これで良かったんだと思えた。
しかし、違う意味で喜んでいた人がいた。――――あの医者だ。
彼は奴隷商とのつながりを持っていたらしく、私が私の心を持つことに成功したと知ると、先ず知り合いの奴隷商に伝えた。そして雇った兵で私たちの家を襲った。
農民だった私たちは当然為す術も無く捕まった――というわけでは無く、こんなこともあろうかと家の地下に家のすぐそばではあるが脱出できる通路を家族総出で何年もかけ作っていたので其処から脱出した。
……私だけ。
父と母はここで足止めすると言い家に残った。私は両親が伝えてくれた通りに国の兵士たちがいる駐屯地へ向かった。
幸い追手などは無く特に何もなく着くことが出来た。
そこで私は兵士たちに物事の経緯を伝えた。そして両親を助けるように頼み込んだ。
しかし、兵士たちは何もしないどころかあの医者の元へ元へ私を連れて行った。
医者が『ご苦労だった』と兵士たちに労いの言葉をかけていた時に、私はようやく兵士と医者達はグルだったのだと分かってしまった。
そして結局私は何もできないまま奴隷商の元へと連れていかれた。
ある日私に買い手がついた。
私の様な人はかなり珍しいらしくかなりの高値が付けられていたらしいが、そんな私を買えるなんてどの様な人だろうと思ったら……リュピュトーネ王国の執事だった。
私を捕らえた王国が私を買いに来た。多少驚きはしたがそれ以外は特に何も感じなかった。
いや、今までの出来事で心が擦り切れ、何も感じなくなっていたのかもしれない。そんな私はまた為す術も無く王国に買われた。
王国では初めのうちは珍しいという理由で気にってもらえた。そして、使用人……メイドという立場になることが出来た。
しかし、安心などできず、気に入ってもらえなくなったら終わりだ……と思い、毎日仕事に励んだ。
心がどうしようもなく痛むのをこらえながら。
そんなことを続けて半年ほど経ったある日、この国が異世界から勇者という者を一人召喚した。
なんでも、この先魔王国と戦争をするとか何とかで、その戦いで文字通り勇者となりえる存在を異世界召喚魔法で多数召喚するらしいのだ。
今回はその練習のようなものなのだそう。
そうしてこちらの都合で召喚された勇者は……十歳ほどの子供だった。
だがなんでも、その精神は大人とそう変わらないらしい。
そんな少し変わった彼女こそ今は亡き私の初めての親友にして命の恩人だ……。
彼女とは何故か出会ってすぐ打ち解け友達という関係になれた。私は初めての友達でどのように接すればいいのか分からなかった。なので彼女に聞いてみたら
「ボクも友達なんて初めてできたから分からないや」
と笑いながら話してくれた。私はその時初めて心が本当に癒されていくのを感じた。
◇ ◇ ◇
私ははじめに危惧していたように結局この国から嫌われた。
彼女は今も変わらず接してくれているがいつかはきっと………そう思うととても悲しかった。
そして、私は……もういらないという理由で殺されてしまう事になった。
奴隷商に売ることすらしないのは、私が勇者召喚について知ってしまったからだろう。勇者召喚とは国の中でも極一部の人にしか知られていない機密情報だ。
そんなものを知っている者を城から出すのはリスクが大きかったのだろう。
そして、わたしは城の中の地下牢に連れていかれ殺されることになった。兵士がもしものためにか十人ほどついてきた。
いざ殺されるとなっても特に何も思わずに、ただ死を受け入れようと思った。
そして気づけば執行者が斧を振りかぶり私目掛けて振り下ろそうとしていた。
目を瞑って死を受け入れていたその時
私の頭の中に彼女の姿が出てきてもう二度と彼女に会えないのかと思うとどうしようもなく涙が流れた。
………今思い返せばこの人生はいつも「どうしようも無い」ばっかりだった。何かできる力がないと初めから私はあきらめていたのかもしれない。私がボクだった頃から。
まだ、死にたくない。
そんな事を思っている間にも執行者の斧は首を目掛けて振り下ろされる。
誰か助けて………
その時キンッと金属と金属がぶつかる音がしたかと思えば、執行者の斧が吹き飛んだ。そしてそこには……友人が立っていた。
「ごめん、ミサ……ボクはいつかはこうなることが分かっていながらも君を助けられなかった。君の心を相当に傷つけてしまった」
「えっ?」
「ごめん、本当にごめん。ボクは……ミサには沢山悪いことをした。
だから……あの時の分も込めて今助ける。この命をかけて!」
命をかけて?それってどういうこと……?
私がそう言うより先に彼女は魔法を唱えた。
「《強制契約》」
彼女がそう言い放った瞬間彼女の身体が光りだし地下一帯を照らした。そして徐々に光は薄れ、彼女を視認できるほどの眩しさになった時、既に、彼女は鎖に縛られていた。
そして、そのままの状態で彼女はしゃべりだす。
「今、この世界と契約を結んだ。よってもうこの世界の住人からは傷つけられる事は無いだろう。でも、ボクはこの契約の代償として……死ぬことになる」
「えっ……?」
死ぬって……どういう事?
「それから、ミサ、君のことだがこの王国は危険だ。早く離れた方がいい」
「待って、やめて……!」
なんとなく、目の前の友人が何をしようとしているのか分かってしまった。
だから、余計に……どうすればいいのか分からなくなってしまう。
「後は……《精神回復》……これで何かあっても暫くは持つはずさ」
「っ……」
「じゃあ……後は未来の手に委ねよう……」
「ダメっ……!!」
私の叫びも虚しく、彼女はそう言い残すと足元に突然ぽっかりと空いた、どこまでも黒く深い穴に落ちていった。
また、「どうすることもできずに」あっさりと全てが終わった。
とても楽しかって日々が……全てが私の目の前で崩れていく。
そう思うと、止まったはずの涙が溢れて止まらなかった。
 




