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別れ話

作者: 相泉 藍

 五月の昼下がりに、さゆりはふらりと散歩へ出かけた。


 短大の講義のない日はアパートの一室にこもりきりになるか、出かけるとすれば彼氏と遊ぶときくらいのものだったが、その彼氏に電話越しで不意の別れ話を切り出され、しどろもどろになりながらもなんとか「互いにもう一日よく考えよう」と先送りでしかない約束を取り付け、一時間ほど茫然としたのちに脈絡なく散歩がしたくなって今に至る。


 喧嘩をした覚えなどなく理由を尋ねれば、日頃から色々と思うところがあったとのことだった。


 遮断機が下りてきてさゆりの行く手を遮った。駅が近い故おっとりやって来て過ぎていく電車の中に、彼女は目を走らせてみた。

 探したのは恋人の肩に頭を乗せる者だ。そうやって彼に甘えることをさゆりは好んでいたが、むこうにしてみれば耐えがたい羞恥で、破局に至りうる事由だったらしい。


 確かに大胆な行為ではあったが受け入れてくれているのだと思っていた。嫌だったならばその場か、せめて別れ話にまで発展する前に叱ってくれたら辞めたと彼女が言えば、彼は言われなければそんなこともわからないから嫌気が差したのだと言った。


 理不尽には思うが、その理不尽を訴える先など存在しない。そもそも相手と付き合うも付き合わないも本人の自由なのだから、どんな理由で距離を置こうとそれも本人の自由だ。


 踏切を超えてしばらくぶらぶらと歩くと、この辺りで一番大きなカラオケ店の前へ着き、立ち止まってその看板を見上げる。

 彼と徹夜で歌い明かしたことのある店だった。彼はラップだかヒップホップを色々と披露してくれたが、さゆりはせがんだありきたりのラブソングを歌ってくれるときの彼の方に断然ときめき、自分も精一杯のラブソングで応えた。


 そこから二つ通りをまたいだ先でさゆりはまた足を止める。焼き肉、食べ放題の店。たまになら、毎回でないならデートで来ても良いだろう、とさゆりは考えていたが、彼にとって煙の中で肉を食うことを好む者は乙女でなかったことを先ほど初めて知った。


 その通りから少し入った先を得意げに案内しようとして結局迷ってしまったこともあった。何度も謝るさゆりを彼は苦笑して許してくれた……と自分では記憶していたが、彼はそのときのことも別れの理由として挙げた。


 さゆりはここで最後にしようと、ちょっとした山の上の公園までやって来て街を見下ろした。今はまだ明るいが、いつかここから二人で眺めた夜景は本当にきれいだった。あのとき「ずっと一緒にいよう」と交わした口づけはもう嘘になろうとしている。


 いっそ飛び降りてやろうかという考えが湧かないでもなかったが、さすがにばかばかしくて実行する気にはならない。そもそもその気があっても死ねるかどうか怪しい高さだ。


 穏やかな街並みと向かい合って春と夏の間の心地よい風と日差しを感じていると、やがて風は少し冷たく日差しは赤くなってきた。


 暗くなる前に帰ろうと公園を後にしたさゆりは、戻って来たアパートの自室の扉を開けたとき、窓のむこうに夕日が沈むのを見た。

 それから着信履歴の一番上にあった番号に一度かけその番号を電話帳から消すと、部屋が徐々に暗くなっていくのに任せてカーテンも閉めずに眠りについた。

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