93 メガネ、大団円
やあやあ、どうしたんだい?
ウエディングドレスに眼鏡が似合わないから、コンタクトレンズにしようか裸眼にしようか悩んでるような顔をして。
私だよ、私。メガネだよ!
さて。私達が表世界から帰って来てからひと月が経った。戻ってきた私たちに皆が安堵していたのが懐かしい。
あの時驚いたのは、戻ってきたオクルスを見てナーススが泣きじゃくってしまったことだ。
クールな印象があったナーススがあんなに泣くなんて思ってもなくて、ミーティも困っていた。オクルスは特に焦る様子もなくナーススを抱きしめてあげていた。
まあ、ナーススも穴に落ちてこの世界に来た一人だし、トラウマとして残っているのかもしれない。戻ってこないのかもしれないと、不安だったのかもしれない。
あの後は用事も終わって、ミーティたちは帰っていった。
そしてその一週間後、アンちゃんはノヴィルに向けて旅立っていった。酷く緊張した面持ちから心配していたけれど、疲れた顔をしながらも無事に帰ってきたので安心した。
「帰ってきたアンちゃんに聞いたらさ、ノヴィルの教皇だけじゃなくてノヴィル神がミーティの身体を借りて来てて、『妹さんをください』だけじゃなくて『巫女さんをください』も経験したみたいだよ」
「……なかなか胃が痛くなりそうっすね」
私の話を聞いたルデルは自分がそうだったらと想像したのか、すごく苦い顔をしていた。
今私とルデルがいるのは、ノヴィルと繋がっている地下道だった。ここでこれから来る人を迎えるのだ。
ルデルはしばらくプレニルにいたからこうして話すのは凄く久しぶりだ。ルデルはプレニルの復興を手伝っていたらしく、クデルの傍にずっといたのではなくプレニルのあちこちを巡り回っていたらしい。復興が大体終わってクデルと一日を過ごしてからルデルは戻ってきたけれど、入れ替わりにルデルの妻のヨナキウがプレニルに旅立って行ってしまった。
ヨナキウはメガニアに暮らしているけれど、声があればプレニルでもノヴィルでも出張するお医者さんになっていた。プレニルで嫌な思いをしたらしいし、護衛も付けようと思ったけれど、本人に大丈夫だと断られてしまった。まぁ、ヨナキウのスキルなら死ぬことはないだろうけれど。
「それにしても、この日が迎えられてほんとによかったっすよね」
違う方向に向かっていた私をルデルの声が引き止めてくれた。
いけないいけない。今日の主役はもう決まっているんだから。他の事に意識を向けていられない。
少しして車のエンジン音が近づいてくるのが聞こえてくる。そんなに時間を待たずに、私たちの目の前に車が二台止まった。降りてきたのはノヴィル教皇のエトワレ猊下。その妻となったリングア皇妃、軍服に身を包んだミーティ、その護衛らしいナーススとオクルスだ。
「久しいな、メガネ殿」
「お久しぶりにございます。エトワレ猊下。この度はメガニアにようこそお越しくださいました」
「ああ。ミーティの結婚式だからな。本来……いや、前代未聞のことだから私が行くのを反対する者もいたが、ミーティを見届けなければな」
そう、エトワレ猊下が言うように、今日はミーティとアンちゃんの結婚式が開かれるのだ。
今日を以って、ミーティはメガニアに住むアンちゃんの元に嫁ぐ。これからはメガニアに住むことになるのだ。
まあ、国の巫女様が他国に嫁ぐなんて今までにないことだそうだ。形式も何も知らないけれど、お互いやりたいようにしてみようと言うことでノヴィルと意見を取りまとめた。
ノヴィルで先にミーティの結婚を祝う式典を行われてからこちらでメガニア式の結婚式を行おうという考えだ。
メガニアではどうするか。それに関してはアンちゃんと私、そしてルデルの知識を結集して何をするかは決めている。
「では、エトワレ猊下、リングア皇妃猊下。こちらのルデルが案内いたしますので、移動をお願いします。ミーティはここで少し準備をお願いします」
私の言葉にエトワレ猊下は不満そうに眉根を寄せた。
「何故だ?ここで離れる必要などないのでは」
「……ミーティの着替え姿を見たいということでしょうか?」
私がそう言うと、エトワレ猊下はわかってくれたのかしぶしぶと地下道から出て行ってくれた。その後をリングアとナーススがついて行く。残った私はミーティに箱を見せる。
「それじゃ、ミーティ。着替えようか。一人で着るのが難しいかもしれないから、オクルスと私で手伝うね」
「わ、わかった」
何が起きるかわかっていないミーティに詳しい説明はせずに、箱から出した服に着替えてもらう。その服を見てミーティもわかってくれたようだった。
私達は四苦八苦しながらも無事にミーティの着替えが終わった。そのタイミングがわかっていたかのように、地下道にアンちゃんがやってきた。
「メガネ、エトワレ猊下に何か食事振る舞っていいか?このままじゃ我慢が……」
言い終わる前にアンちゃんの口はそのまま止まった。それはそうだろう。今のミーティは世界で一番美しい姿をしているのだから。
前世でも恋人だったアンちゃんとミーティだ。アンちゃんはどうかはわからないけれど、ミーティなら結婚を夢見たかもしれない。前世で着れなかったのだから、今着せてあげればいい。
メガニアの裁縫担当の皆がアンちゃんの指導のもと、真っ白で美しいウエディングドレスを作り上げた。それに合わせたブーケも、この世界で美しい花を皆で出し合って作った。
ミーティの綺麗な身体の線を見せるドレスもよかったけれど、ウエストからふんわりと広がるドレスを採用して、胸元に桃色の花を飾った。ベールはまだつけていないけれど、細やかなレースのものを採用している。
出来上がったものはアンちゃんも見ているけれど、やはり本人が着た方が美しさがよくわかる。
勿論、見惚れてるアンちゃんも薄いグレーのタキシードを身に纏っている。胸ポケットにはミーティとお揃いの桃色の花を挿した。
「ど、どうかな?」
ミーティがアンちゃんの視線に恥ずかしさを覚えながら聞くと、アンちゃんは我に返ってから何度も頷いた。
「思った以上にすごく似合ってる!いや、似合うようにデザインしたから似合ってないと困るけど……想像以上で、その」
アンちゃんは一度深呼吸して落ち着いてから、ミーティを真っ直ぐに見つめた。
「うん。すごく綺麗だよ、ミーティ」
アンちゃんの言葉にミーティは嬉しそうに笑顔を見せて、そして耐えられなくなったように顔を両手で覆った。
「いや、もう、嬉しすぎて顔がにやけるよぉ……。なんで前世の結婚式してくれるのぉ……」
「ミーティもやりたいんじゃないかと思ってね」
「うん。すごくやりたかったよ。アンブラとミーティアがくっつくのを見たかった。それがまさか自分だけどできるなんて思わないじゃん。転生して、夢が叶うなんて思わなかったよ」
ミーティはしばらくそうしてから、決意したように手を顔から離した。
「さて、それじゃあさっさと行かないと、兄さんが待ちくたびれちゃうね」
「ああ。だから」
アンちゃんは歩き出そうとするミーティの肩を掴む。
「へ?」
「髪とメイクは俺がやるから。ミーティはもうちょっと我慢してろな?」
こっちでミーティのヘアメイクも全てやる予定だったけれど、アンちゃんがやると言って聞かなかったので任せることになっていた。エトワレ猊下には申し訳ないけれど、もう少し待っていてもらおう。
そうして、無事に支度が終わったミーティと共にメガニアに入ると、待っていたエトワレ猊下がミーティの姿を見て滝のような涙を流した。髪も化粧も終わったミーティは元の素材の良さを引き立てていて、私よりも女神らしい見た目になっていた。
メガニア国内でミーティを待っていた国民のみんなも、ミーティの姿に見惚れていて、そんなお嫁さんをもらうアンちゃんに「絶対に幸せにしろよ」と言葉を贈っていた。
この日のために用意した料理を囲む人たち。子供たちが楽しそうに二人に花びらを放つ。
主役の二人だけでなく、ここにいる皆が笑顔でいる。あぁ、とても幸せな光景だ。
「メガネ様、よければ二人に神の祝福をお願いできますか?」
ナハティガル君に言われ、私は周りを見る。先程まで思い思いに過ごしていた皆が私に視線を向けていた。
ルデルとヨナキウの時にも祝福の言葉はやっていたので困ることはない。私は堂々と、二人に視線を向けた。
「では、先に二人の友人として、言葉を述べさせていただきます」
結婚式での友人のスピーチというのは少し憧れていたものだ。どうせならば、私もその憧れを叶えさせてもらおう。
「アンちゃん、ミーティ。結婚おめでとう。……この日を私はずっと心待ちにしていました。それはもう、お二人よりも楽しみにしてました。二人の仲の良さはよく知っています。それこそ、前世でも仲が良かったといってもおかしくないぐらいです。だからこそ、二人が一緒になることを願ってました。この日を迎えるまでに、二人に色んな障害があったことも私は知っています。私には見守ることしかできませんでしたが、二人がこうして障害を乗り越えて結ばれたこと、とても嬉しく思います。これからも二人の幸せが続くことを、二人が手を取り合って歩いて行くことを誰よりも願っております」
一度間をおいてから、私は気を引き締めた。
「それでは、メガニアの巫女として言葉を述べさせて頂きます。良き日を迎えた二人に、メガニア神様からの祝福があらんことを。病める時も健やかなる時も二人が手を取り合い歩んでいくことをお祈り申し上げます」
両手でメガニアの祈りの形を組み、二人に向ける。それを見た周囲の皆から歓声が上がった。
結婚式が始まったのは昼間だったけれど、空はもう赤くなってきていた。
皆はまだ食べ飲みしていたり、好きに会話していたり、眠っていたりしている。子供たちは流石に疲れたのか飽きたのか遊びに出かけていて、姫巫女もそれについて行った。
フォルモさんの料理を堪能しているとナハティガル君が私の隣に座った。
「メガネ様、お疲れ様です」
「ナハティガル君もね。エトワレ猊下の相手疲れたでしょ?」
「いえ?ミーティア様の可愛さを自慢されましたので、私もメガネ様の愛くるしさを自慢していただけですよ」
なにそれ、聞きたいけどその場にいたくない。
私が複雑そうに顔をしかめているのを見てナハティガル君はくすくすと笑う。その笑顔に癒されていると、ナハティガル君は首をかしげる。
「メガネ様はミーティア様のような服を着たかったですか?」
「私はいいかな。前世でウエディングドレスに憧れたことはなかったし。私はこうしてナハティガル君の傍にいれるだけで幸せだからね。……今回はミーティの前世での願いを考えて作ったけど、今後はミーティの花嫁姿に憧れてドレス着たい人が増えそうだね」
そっちのビジネスも広げてもいいかもしれない。裁縫班でドレス作るの気にいった人が数名いたし、たくさんじゃなくても数着は用意するのもいいよな。
そんなことを考えていると、ナハティガル君はその手に持っていた花を私の髪に挿してきた。
「……そうですね。メガネ様があのような姿すると、たくさんのファンが増えそうですね。同担は私は嫌ですから着ないでいてくれて嬉しいです」
いや、もう。ナハティガル君、今まで言わなそうなことを色々言ってくれるの嬉しいけど少し恥ずかしい。
でも、これはナハティガル君の推しとしてファンサをするべきだろうか。いや、でもファンサって何をすればいいんだ。前世では推しから何かもらうなんてなかったからどうすればいいのかわからない。ウィンクでもする?いや、ここでウィンクは違う。
しばらく悩んでから、私は持っていた箸を置いてナハティガル君に向き直る。
「ナハティガル君、その……私、できることなんてほとんどないけど、それでも」
光ったり視界を塞いだりするぐらいで、後は見ることしかできない眼鏡だ。できることは本当に少ない。それでも、ナハティガル君が私を神様にしてくれた。そんなナハティガル君に私は何をするか決めていた。
「私はナハティガル君を守るからね。『ナハティガル』じゃなくなっても、貴方の魂なら、私はずっと守るよ。私はきっと、その為にここにいるから」
私の言葉にナハティガル君は少し驚いたように目を見開いてから、嬉しそうに目を細めた。
「ええ。もちろん私も、メガネ様をずっと推して守りますよ」
あぁ、その言葉がどれだけ嬉しいことか。
幸せに浸っている私たちを呼ぶ声が聞こえた。私は立ち上がってナハティガル君の腕を引いた。
やあやあ、どうしたんだい?
前世で死んだと思ったら不思議な世界にやって来たみたいな顔をして。
私だよ、私。眼鏡だよ!
眼鏡らしく、神様らしく、君を助けて導いてあげるよ!
最後まで読んでくださりありがとうございました。ブクマやいいねも励みになりました。
この作品はとにかく完結を目指したものなので、読みづらい部分や矛盾点も多かったと思います。すみません。次の作品では反省を活かして書いていきたいと思います。




