92 メガネ、感謝
やあやあ、どうしたんだい?
突然世界の全てをあげるみたいに言われたみたいな顔をして。
よくあるよね。魔王が勇者に「世界の半分をお前にやろう」みたいなセリフ。言われてみたいよね。でももらっても何をしようってなるよね。それに世界の運営面倒臭そうだよね。
うん。神様の力をあげようって言われた私も一体どうすればいいんだろうって頭を抱えてるよ。メガネだよ!
とりあえず、深呼吸をしてから腕を後ろに回して首を振った。手を出したりしたら勝手に握らされそうだ。
「いらないです。私はそういう神様になりたいわけじゃないんです」
「いや、でもメガネちゃんは神様やん。世界を見る力はあるけど、他に神様らしい力はなさそうやし、こういう力を持ってれば何か役に立つで?」
「それでもいらないです。それに、それを私に渡したらあなたはどうするんですか?あなただって、それがないと神様の力ないんじゃないんですか?」
神様は長い時間を生きているだろう。それだけでも普通の人と違う。でも、彼女の力はその端末で使われているはずだ。それが無くなった彼女はただの長生きする存在になる。それこそ、ナハティガル君と同じような存在になる。
「その力はあなたのものでしょう。私はそれを受け取りたくないですし、受け取る資格もないです。何より……それを私が受け取ったら、死ぬつもりなのでしょう?」
なんとなく、感じていた。彼女は死にたがっていると。
神様であることを捨てて、自分もこの世界で最期を迎えたいのだと。
できるならそれを避けたい。ナハティガル君たちの生みの親なのだから。その感謝を伝えたいけれどナハティガル君のことは秘密にしたい。できないなら、せめて彼女が最悪の道に進むのを止めたいのだ。
私の言葉に驚く様子もなく、神様はまっすぐにこちらに視線を向けている。間違いではなく、そして神様の意思は強いことがわかる。
「命を捨てるのはやめてください。なんでしたら、裏世界に来てくだされば住処はお渡ししますし、あっちでも神様として過ごせるかもしれないです。一度あっちに行って、この世界をまた再建する方法を探しても――」
「簡単に言ってくれるわ」
地を這うような低い声に思わず身体を震わせてしまった。神様は先程までの優し気な笑みを消し、私を敵と認識したように睨んでいた。流石、神様。放たれてる圧が凄まじい。それでも私は負けないように手のひらを握りしめる。
「人に死ぬななんて、何様のつもりなん?神様なんやろうけど、うちよりは年下の、日も浅いくせになぁ」
「そんなの関係ない。私があなたより立場が弱くても強くても、何度でも言う。命を無駄にするなと」
「なら、あんたはこの世界を救えるって言うんか?救えない世界で最期まで生きていたいっていう人の気持ちを踏みにじるつもりなん?」
「ええ。私が嫌だから助ける。救える命を救わずそのまま放っておくなんて嫌。私のエゴだとしても、あなたが望んでいなくても手を伸ばすよ。だから、それは受け取れない。それでも握らせるなら、私はあなたを生かすために使う。あなたがこの世界で悔いがあるなら、あなたの目の前でこの世界を壊して私たちの世界に連れて行ってやる。神様の力があるんだから、それぐらいできるよ」
神様はしばらく私を睨んで、それから突然噴き出して笑い出した。私が驚いている中、神様はひとしきり笑ってから言う。
「いやー、イーちゃんとも、これぐらい喧嘩すればよかったわ。……いや、アーちゃんのことを、叶えてあげればよかったんやね。神様として無慈悲に、自分勝手に。……そっか」
神様は息を吐き出し、それから端末をその手から消した。
「わかった。渡さないでおくわ。でも、うちはそっちの世界には絶対行かへんからな」
「それは……」
「むしろ神様やから死ねないかもしれへんで。この世界が終わっても、また新しい世界を作らされるかもしれん。だから、うちはこの世界の最期を見ていたい。作った者としての責務や」
その言葉から、自ら命を絶つことはしないようだと感じた。これ以上言ってもこの世界から出ることは考えていないようだから、私もこれ以上言うのはやめた。
「……用事はそれだけ?」
「いや。もう一つ言いたいことがあるんや」
神様は少しだけ寂しそうに笑った。
「アダムのこと、ナハティガルのこと、よろしくね。今はどうあれ、あの子は私が一番最初に作った子だから」
わかっていたことに驚いた。でも、そこは最初の神様だからだと納得し、それからずっと言いたかったことを告げた。
「もちろん。……ナハティガル君を生んでくれて、ありがとうございます。神様」
それから、私も無事に皆が待っている世界に戻った。
表世界の様子は置いてきた眼鏡を通してみていたけれど、今ではもう暗闇に包まれ、そして眼鏡が壊れてしまったのか、もうあっちの世界の様子を見ることはできなくなってしまった。
それでも、きっとあの神様はどこかで生きているとなんとなく確信していた。また会えるかはわからないけれど、それでも彼女のことはずっと忘れないだろう。




