90 メガネ、告白
やあやあ、どうしたんだい?
出かける前に眼鏡ちゃんと拭いたのに外に出たら拭いてないんじゃないかってぐらい汚れてるみたいな顔をして。
私だよ私、メガネだよ!
さて。神様からこの世界のことを聞いたわけです。
この世界はどういうわけか丸まっていき、そしてこの世界にいた人たちは皆自ら命を絶ってしまった。神様だけを残して。
私なら、なんとしてでも皆を安全な場所へ移動しようとするだろう。でも、皆がメガニアを気に入っているからと残りたいと言ってくれたら、その気持ちが嬉しくて、皆の意思を尊重したかもしれない。
当事者にならないとその覚悟がわからない。傍観者には、神様の気持ちも死んでいった民の気持ちもちゃんと理解はできない。
私達が黙り込んでいると、オクルスが口を開いた。
「本当に、もう誰もいないのですか?住める建物はまだあるように見えるのに……、どこかに生き残りがいるのでは」
「いない。この機械で生きてる人間も管理できるんや。もう、この世界で生きてるのはうちら以外にいないんや」
オクルスは打ちひしがれたようにただただ神様を見ることしかできなくなっていた。神様はそんなオクルスの手を取る。
「いなくなった人の物は一応残してあるんや。もしかしたら、オクルスちゃん……ラシスちゃんの物も残ってるはずや。保存してる場所に連れていくわ。そっちは少しそこで待っといてくれん?なんだったらこの世界見ててもええよ」
「……わかりました」
私がそう返すと、神様とオクルスは少し離れた建物に向かって歩いて行く。その後ろ姿を見送ってから私はナハティガル君を見た。
「……ナハティガル君、あの人が最初の神様って言ってるけど」
「確かに間違いはないように思えます。とはいえ、私も彼女の顔も、出された名前も覚えていないんですが……」
何回も生まれ変わっているのだから、覚えていないのも仕方がないかもしれない。
ナハティガル君なら覚えていないのもわかるけれど、不思議なのは神様だ。
「……あの神様、私と同じようにステータスが見えてるみたいだけど、ナハティガル君のことは何も言ってなかったね」
ステータスの情報から、ナハティガル君が原初の男性、彼女が言うところのアダムだとわかるのではないかと思うのだが神様はそれを指摘しなかった。まぁ、私もナハティガル君の前世情報は見れないし、彼女も同じなのかもしれない。彼女がアダムをどう思っているかわからないし、もしバレたら何をされるかわからない。ここはナハティガル君を守るために、アダムだということは内密にしておかなければ。
それをナハティガル君に伝えようとしたけれど、ナハティガル君はある方向を見ていた。その方向を追うと、ミーティとアンちゃんが向かい合っていた。どこか緊張した、よそよそしい雰囲気の二人に、口を出さずに見守ることにした。
「あのね、アン。ずっと言いたかったことがあったの」
ミーティがゆっくりと言葉を紡ぐ。アンちゃんは俯いたままだ。
「私、ずっとアンのことが好き。だから、アンを失いたくない。……前世みたいに、また先輩を失いたくないんです。こっちでは、二人で年を取って、穏やかに暮らして死にたいんです。だから、もし先輩が、アンが、私と同じ気持ちなら、どうか私とけ」
言いかけたミーティの口を、アンちゃんが伸ばした手が塞ぐ。
「ミーティ、その先は……、その先は言わないでくれ」
「……っ、そ、それは、私の気持ちを受け取れないってことですか?」
アンちゃんの手を避けたミーティをアンちゃんは顔を上げて真っ直ぐに見つめる。
「……俺は、華が好きだ。前世でも、転生した今も、ずっと好きだった。だからこうしてまた出会えたのは嬉しい。今世で結ばれるなら嬉しいし、俺が守ってやりたい。ただ……」
アンちゃんは言いづらそうに少し黙ってから先程より弱々しい声で告げる。
「俺は、本当の意味でミーティアを好きになってない。お前が華だから好きってだけで、ミーティアを好きかと聞かれたら、その理由を聞かれても、華だからとしか言えない。だから、俺がミーティアを好きになったら、俺から言わせてほしい」
沈黙が流れた。
いや、まさかミーティの前世の華ちゃんが話に出て来るとは思わなかったよ。
困っている様子のミーティが可哀想で、思わず声を掛けた。
「それって、ミーティの中身が好きってことになるんじゃないの?」
そう聞くと、アンちゃんはこちらに顔を向けて反論する。
「いや、でもミーティアに失礼だろ。外見であるミーティアは可愛いが、どうしても華っていう別の人を想っているなんて。そんな男と結婚して幸せにできるか?そしてノヴィル教皇に自信もって
妹さんをくださいって言えないだろ」
「いやいや。今のミーティは言うなればミーティアの外見をした華ちゃんなんだから問題ないでしょ」
「問題ある。そもそもミーティは前世の俺とアンブラが好きだったんだろ?どっちも好きでいてくれるのに俺がそうじゃないのは不公平っていうか」
「……その、先輩。今の先輩は私の知ってるゲームのアンブラとは全然違いますよ」
ミーティの言葉に、アンちゃんが再びミーティに視線を戻した。
「え」
「アンブラはクールで無感情で、ほとんど自分のために動くキャラなんですよ。そんなアンブラが攻略キャラとの交流で心を開いていって、彼女達のために動けるようになるキャラなんです。先輩は真逆でしょう。感情表現しっかりしてて、明るくて、この間メガニアに遊びに行った時は皆さんと仲良く和やかに服作りしてたし、先輩なら誰でも助けそうですし」
ミーティはアンちゃんの手を取り、ふんわりと笑ってみせる。
「私は、アンブラ単体が好きだったわけじゃなくて、ミーティアと一緒にいるアンブラが好きなんです。今の私達がくっつけば、その願いも叶いますし、私は先輩といれますし、ほら、ウィンウィンなんですよ。それと……アンが、外見じゃなくて中身が好きだってのは凄く嬉しいです。そんな、あなたが好きです。アンが言ってくれるの、待ってるね」
ミーティの笑顔には寂しそうな色はなく、本当に嬉しいのが伝わってくる。こんな良い子を待たせるなんてアンちゃん酷い男だ。
そう思っていると、アンちゃんは覚悟を決めたように息を吐き出した。
「……わかった。ヘタレて逃げてる場合じゃないよな……。元の世界に戻ったら、できるだけ早いうちにノヴィル教皇に挨拶に行く」
そう言ってアンちゃんはこちらにも、ミーティにも背中を向けてしまった。その耳が真っ赤なのは見逃さなかった。
全く、面倒臭い男だなぁ。あっちに戻ってもウダウダいうようなら蹴飛ばしてでもノヴィルに入れ込もう。




