88 メガネ、始まりを知る
やあやあ、どうしたんだい?
初対面の人が眼鏡しか覚えてくれなくて、眼鏡を外したら別の人だと思われたみたいな顔をして。
私だよ、私。メガネだよ!
さてさて。ここで第一村人発見です。村なのかもわからないけれど。
その人は真っ黒な髪をしていて、その目も黒く見える。アジア人という見た目をしている。薄汚れた服を着ていて、その手には薄い金属の板を持っている。
この世界の人なら詳しいことを聞けるだろう。でも警戒は怠らないようにしないと。
どう話を始めようかと悩んでいると、泣いていたオクルスが声を上げた。
「神様!……神様、ですよね?」
神様、その言葉に改めてその人の頭から足までまじまじと見てしまった。神様らしさは特に感じない、普通の女性のように見える。まあ、私も特に神様らしいところはないけれど。
横目にナハティガル君を見れば、どこか緊張した面持ちをしている。ナハティガル君も何か知っているのかもしれない。
「神様、って呼ぶってことは、生き残りなん?……あれ、っていうか自分」
神様は私に近づき、じっと私の顔を見つめる。どうするべきかと考えていると、神様は肩をすくめて離れた。
「なんや、イーちゃんかと思ったけど別人やん。えっと、メガネちゃん、でええんかな?裏世界から来た巫女さん……か。どうしてここに来たん?」
神様の口から言ってもいない私の名前が出た。どうしてだと答える前に神様が答える。
「あ、ステータス見させてもらったんや。メガネちゃんも同じようにステータス見れるみたいやから、わかるやろ?うちのことも見てもええけど、久しぶりの人に会えたから、自己紹介させてもらうわ」
そう言ってから、神様は頭を下げる。
「初めまして。うちはこの世界で神様やらせてもろうてるもんや。名前は無くて、皆に神様って呼ばれとる。まあ、この世界を作ったから神様ってことや。よろしゅうな」
こちらの言葉を待たずにどんどん新しい情報を提供してくれる神様に掌を向けた。
「その、待ってもらっていいですか?」
「ん?ああ、すまんすまん。一人でしゃべり過ぎたわ。会話するの久しぶりでなぁ。いっつも独り言ばっかりやったん」
「そ、そうですか。その、頭の中整理したいので、いくつか質問していいですか」
「ええで」
とりあえず主導権はもらえた。
質問する前にアンちゃんたちとオクルスの様子を確認する。皆こちらの会話を気にしている様子だ。後で気になることがあれば聞いておこう。
「えっと、この世界の神様と言いましたが、私たちがいた世界を裏世界として、この世界は表側ということでいいでしょうか」
「せやで。そっちでもそうだってわかっとるんか。ここが表、メガネちゃんたちがいた世界が裏や。昔おいたをした子を落としたのが裏世界なんやで。まさかこっちと同じように人が暮らす世界になっとるとは思わなかったわ」
聞いたこと以上の情報が返ってくるのは嬉しいけど、整理が大変になる。
とりあえず、ここは私達がいた世界を裏とした表側の世界。つまりナハティガル君が昔いた世界だ。そして彼女が、最初の男性を生き返らせることを良しとせず、木の果実を食べた最初の女性を裏世界に落とした本人、いや、本神。
……本当かなぁと疑ってしまう。でも隣に立ったナハティガル君の緊張した面持ちに、本当なのかもしれないと思えた。いや、ナハティガル君がこの世界の最初の男性だってバレたら危ないのでは?彼女が生きかえることを許可しなかった魂だよね?消されない?
私がそう悶々していると、オクルスが声を上げた。
「この世界は、何があったのですか!?私が穴に落ちる前は、もっと美しい大地が広がっていたはずです!」
「ああ、ここに住んでたんならそう思うわな。それを話すには長ーい昔話も始めちゃいたいんやけど、ええかな?」
そう言って彼女は私の方を見た。オクルスもナハティガル君も覚えている景色ではないこの世界に何があったのか、それは気になるので頷いた。
彼女は地べたに座り込む。立っていては疲れるぐらい長い話なのだろう。私達も地面や固定された瓦礫の上に座った。
「そんじゃ、話させてもらうわ。うちはこの世界を作った神様や。でも、その前は普通の人間やった。……メガネちゃん、アンブラちゃん、ミーティアちゃんと同じ、地球にある日本国民やったんや」
アンちゃんとミーティのステータスを見たのだろう。転生者であることを当てられてアンちゃんとミーティが驚いている。もうすでにステータスを見られた私としては、同じ転生者である事の方が驚きだ。
「前世ではただゲームが好きな女子高生やったん。でも、若くして死んでしもうてな。で、気付いたら宇宙に浮かんでて、手にはこの端末があったん」
そう言って彼女はその手に黒い板のようなものを出してみせた。それはどう見ても前世であったタブレット端末だ。
「これに文字が書かれててな。あなたの好きに世界を作りましょうって。いやぁ、育成ゲー好きだったうちには嬉しいことでな。なんかよくわからんけど、作ってみようって思ってやってみたんよ。丸い惑星じゃなくてあえて平らにして、太陽と月は欲しいな思うて配置して。ただ、生き物作るのは大変やったで。なかなか上手く生きてくれんくて、どうすればええんかなって。端末に検索機能あったから、調べたりして……。そうしてやっと長く生きてくれたんが、あの大樹や」
そう言って彼女は枯れかけている大樹に目を移す。元気であれば上に開いている穴に届くぐらいだっただろう。今ではもう、倒木の心配があるが。
「大樹が伸び伸びと成長して、他の生き物も増えてきて、これならって人間を作ったん。男と女の番。前世の聖書からアダムとイヴって名付けたんや。二人の協力も増えて生き物が増えたし、今まで上から様子見てたうちもこの地に立って手伝って。二人の子供の魂は、前世の世界で命を落とした魂を連れてくることができたんで、前世の記憶を持たせたままここに連れてきたんや。前世の技術をこの世界でも使えるようにな。そうやって世界を発展させて、人口も増えてな。今の惨状を見たら信じられないかもしれんけどな」
この静かな世界ではどれだけの人がいたのかは確かにわからない。でも、色んな物があったのは瓦礫を見ればわかる。技術なら、私たちがいた世界よりも高かったのだろう。
「でも、そんな時にな。アーちゃんが死んだねん。イーちゃんは大分泣いてたわ。それからイーちゃんは、うちにアーちゃんを生き返らせてほしいって頼んできたわ。……神様でも、できないことやった。アーちゃんの死は仕方ないことやったし。それで、イーちゃんはあの大樹に実ってた実を食べたねん。この世界の最初の樹の実。うちも特別手をかけてたからか、すごい力宿ってたみたいやねん。……せめて、聖書みたいに、善悪の知識の実だったらよかったんやけど、その実は魔力がこめられてたみたいでな。イーちゃんはうちと同じくらいの力を持って、アーちゃんを生き返らせたんや。それがいけないことやってわかってたから、うちは二人をこの世界から出した。……この世界の下は、何もないと思ってたから、まさか裏世界ってので生きてると思ってなかったんやけどな」
私を見ながら、彼女は複雑そうに笑う。彼女の話は、ナハティガル君が教えてくれた話と同じだった。それが彼女が神様で間違いないという証拠だ。
「二人がこの世界がいなくなってから、この世界に変化が現れたんや。……今までは前世の記憶を持ったまま生まれていたのに、誰も前世の記憶を持たなくなったんや」
アン「あの、俺らと同じ転生者なんですよね?喋り方からして、西の方に住んでいたんですか?」
神様「ん?ちゃうで。大体の推しが関西弁でな。それで推しとおんなじ喋り方になってしまったんや。せやから、間違ってる関西弁やで」
ミーティ「わかる。私も髪型とか同じにした」
メガネ「わかる。私もナハティガル君と同じ型の眼鏡を買った。目悪くないのに」
アン「あるあるなのか?」




