87 メガネ、地下の世界へ
やあやあ、どうしたんだい?
眼鏡を落としてしまったみたいな顔をして。
私だよ私、メガネだよ!
と、まあ。そんな話をしている場合じゃない。
ナハティガル君とアンちゃん、ミーティとオクルスが突然開いた穴に落ちたのだ。しかもその穴は四人を飲み込んですぐに閉じてしまった。今はどうやって四人を助けるかを考えるべきだ。
アンちゃんが投げたロープは手を離しても動く様子はない。地面に挟まって動かなくなったのだろう。このロープだけが、そこに穴が開いたのだと教えてくれる。
「……っ、嬢ちゃん、どうする?」
「…………万が一、また穴が開いた時を考えて、ロープは木とか丈夫なものに括りつけてたるまないようにしよう。四人の無事は私がメガニア様に確認してくる。フォルモさんはロープ括りつけたあとは他に被害がないか確認。四人がいないことはまだ他の人には伝えないで」
「わかった」
フォルモさんはすぐにロープを括りつけるために動いてくれる。私は驚いているナーススに近づいた。
「ナースス、大丈夫?」
「だ、いじょうぶ、です。ごめんなさい。私も、助けるために動かないと」
「無理しないで。目の前で皆が穴に落ちるなんて驚くよ。私は神のメガニア様に方法がないか聞いてくるから、ナーススは姫巫女と一緒にいてあげて」
「は、はい……。メガネ様、その、手掛かりになるかわからないんですが」
ナーススは酷く怯えた顔のまま言う。
「あの穴、私たちがこの世界に来た時と同じだったんです」
一瞬なんの話かわからなかった。けれど、すぐに理解した。
ナーススたち五人は、穴が開いた場所に現れた子たちだったと。
「……つまり、あの穴はナーススたちがいた世界に繋がっているってこと?」
「わかりません。でも、その……」
ナーススは一度深呼吸してから言う。
「無事でいれるかどうかはわからないです。オクルスは前の世界に戻りたがってはいたけれど、あの世界がどうなっているのかわかりません。どうか、どうか無事に戻ってくれるように、その……」
「うん、皆無事に戻ってこれるようにする。頼んでくる。だから、待っていて」
ナーススにそう宣言してから、私は姫巫女を見る。
「姫巫女、私がいない間お願い。もし何かあったら、その時は前に言っていたように」
「……そんなことにはならず、無事に戻ってくることを祈っております、主様」
不安そうに姫巫女は私を見上げてくる。その頭を撫でてから私はナハティガル君が生活している館に向かう。走りながら、私の視界にナハティガル君の眼鏡から見える視界を映す。
視界が動いているから、ナハティガル君は無事のようだ。アンちゃんやミーティの姿も確認できた。オクルスは見つからないけれど、無事なのだと思いたい。
館についたら、すぐに誰もいない部屋に入る。そこで私は眼鏡の姿になり、意識をアンちゃんの眼鏡に移した。できるか少し不安だったけれど、無事に移動できたようだ。
もう一度スキルを使うにはもう少し時間が必要だ。とりあえず、三人の会話を聞くことにしないと。
「なんでアンまで落ちるの!」
最初に聞こえたのはミーティのそんな声だった。見れば、アンちゃんにミーティが詰め寄っている。
「いや、そりゃ助けるためだろ。フォルモさんに命綱のロープ投げたし、穴が閉じなきゃそれを伝って助けられただろ。もう、意味はないけど」
そう言ってアンちゃんは地面に挟まれたロープを引っ張ってみる。それでもロープは動く様子はなかった。
「それは、有難いけど、せっかくアンが落ちないように助けたのに……」
あぁ、やっぱりかと納得した。
穴が開く直前、何故ミーティが私に謝ったのかと思っていたけれど、恐らくミーティはアンちゃんとナハティガル君、オクルスが穴に落ちる未来を見たのだ。それでスキルであるリセマラを使って助けようとしたのだろう。でも、あの時助けれたのはアンちゃんだけだった。ナハティガル君を助けられないから私に謝ったのだ。
別に謝ることはないのになぁ。むしろミーティに力を使わせてしまって少し申し訳ない。
「申し訳ないけど、俺を助ける必要はなかっただろ。それより、ミーティが一緒に来たのが問題だ。スキル使ってお前だけでも落ちない未来を選択して」
「それは絶対嫌!私の能力なら守ることできるから、一緒に落ちた方がメリットがあるよ」
「メリットの問題じゃなくて、ここから戻れるかわからないだろ?ノヴィルの教皇に何を言われるか」
アンちゃんがそこまで言って口を閉じた。ミーティがとても悲しそうな顔になっている。
「……アンが戻ってこないかもしれないなら、一緒に落ちたいと思うのは普通じゃないの?」
これは、アンちゃんが悪い。自分を犠牲にするのも褒められたことじゃないけど、アンちゃんが悪い。
まぁ、悪い空気のままってのもナハティガル君が可哀想だし、スキル使えるようになったので登場しておこう。
「はいはい、お邪魔しまーす」
アンちゃんの眼鏡が私に変わり、アンちゃんは少し驚いていたけれど、離れていたナハティガル君はホッとしている様子だった。アンちゃんの頭にチョップを落としてから、私は周りを見渡した。
そこは不思議な景色だった。お椀型のように岩に囲まれている。真上に穴が開いていて、そこから光が落ちてきているけれど、ここは大分薄暗い。そしてその光が落ちている真下には大きな樹があった。枝が大きく広がっているけれど、葉っぱはほとんど残っていない。枯れかけている状態だ。そしてその木の傍にオクルスの姿があった。
「……ナハティガル君、ここを知ってる?」
「いえ。見たことがない世界です」
最初の神様がいる世界かと思って聞いてみたけれど、ナハティガル君も知らない世界に戸惑っているようだ。そうなると、知っていそうなのはオクルスだろう。
もう一回アンちゃんにチョップを落として、私とナハティガル君はオクルスに近づく。アンちゃんから特に抗議はないから、反省しているのだろう。
「オクルス、この世界を知ってる?」
私がそう聞くと、背を向けていたオクルスがこちらを向いた。いつも余裕を持っていて、大人らしい彼女からは想像できない表情だった。まるで、帰り道を失った子供のようだった。私達が驚いている中、オクルスは目に涙を貯めながら首を振った。
「知らない……でも、この木は確かに、知っている木なの。でも、でもこんな、こんな世界は知らない……!」
そう言って耐えられなくなったのか、オクルスは両手で顔を覆い声を上げて泣き出した。
知っている木があるけれど知らない世界。どういうことだろうかと考えていると、ナハティガル君が木に近づいてその幹に触れた。
「これ、もしかして……最初の木、ですか?」
何か知っているのだろうか。私がそうナハティガル君に聞く前に、私たちの背後から声がした。
「あんたら、誰?」
振り返ると、そこにいたのは女性だった。




