7 メガネ、掌に転がされる
やあやあ、どうしたんだい?
出掛ける用の眼鏡をかけたら家にいる用の眼鏡をつけているのに気づかなかったみたいな顔をして。
私だよ私、メガネだよ!
まず報告として、なんと私新しいスキルを手に入れました。その名を複製。その名の通り別の眼鏡を創り出す事ができるスキルだよ。しかも元の私の形じゃなくいろんな形の眼鏡を出せて、しかも無限に作れそう。10本までは試してみたけどそれ以上作るのは流石に避けてみた。この眼鏡を売るのは嫌だし。何せこの眼鏡、私の意思を移す事が出来るんだ。今私の意思がある眼鏡から離れた場所の眼鏡に意識を移動させてその眼鏡が私の本体になるってこと。つまりはクローンを作るみたいなものなのかな?ただ説明では本体を壊されたら全て消えるらしく、それを知ったナハティガル君が私の本体を安全な場所に隠してくれたよ。だからナハティガル君がかけてる眼鏡もスペアで作り出されたものなんだ。このことでもしメガニアの神が眼鏡だと知られても簡単には私を壊せないっていう私の身を守ることに繋がったよ。
そしてもう一つ凄いのが私がスキルを使うときにそのスペアになんのスキルをいれるかを選べるようになってるの。これで私がいなくてもスペア眼鏡を渡せば誰でもステータス確認ができるってわけ。これで色んな問題が解決したよ!私の意思を移さなくてもスペア眼鏡から見える視界は意識すれば見ることもできるから監視カメラ代わりにもなるしね。
ということで、メガニア建国に向けての準備が着々と進んでいる。お金に関してはフォルモさんが作る料理で賄えている。何せフォルモさんの料理が好評過ぎて橋に近い場所に専用の食堂を用意する事になったほどだ。メガニアに滞在せずとも利用できる食堂は調理場は橋に面していて、調理場から橋を歩く人を見る事が出来る。その場で食べれる用に用意した席はメガニア領土を少しだけ使っている。その場所からメガニア領土内には入れないようにしている。少なくない数を用意したとは思うけれど、覗いてみるとほぼ満員の時が多い。メニューもテイクアウトを考えなくてもいいだろうと用意されたのがうどんだった。凄く美味しくてリピートするのも納得だ。
セレナードには歌姫として動いてもらおうということで話し合った結果決まっていた。セレナードも歌うのが好きだし天職だろうとフォルモさんと私が推薦した。曲に関しては、メガニアに戻って来た若者の中で楽器に興味を示したり、歌が上手い人達が集まって作っている。セレナードは自分の見た目を気にしている様子だったけれど、アンちゃんを使って何とか縦に首を振ってもらった。後程お礼にお願いを聞くとは言ってあるので許してほしい。
ナハティガル君とアンちゃんは法律等のメガニアの細かい事を決めている。全部押し付けていて少し申し訳ないけれど、私が入ってもナハティガル君の意見を反対できる自信はない。全てナハティガル君の考えている通りにってなってしまう。そしてそれをアンちゃんが止めて会議が進まない事になってしまいそうだ。
という事で、私は橋の方に遊びに来ている。別にご飯目的だからではないよ。スペア眼鏡の調子の確認に来ただけだから。
「フォルモさんー。調子どうですかー?」
食堂の調理場に顔を出せば、丁度何か味見中だったフォルモさんが見える。フォルモさんは私に気づいて手招きをしてくれた。ご厚意に甘えて調理場に入れば、小皿を渡された。
「煮物作ろうと思っててな。味見頼んでもいいか?」
「煮物ですか?具材は?」
「メインは肉とジャガイモ。後は人参とか余りものの野菜突っ込んでる」
前世でいう肉じゃがかな。小皿に乗せられているのは小さなジャガイモの欠片だ。借りた箸で口に入れればほろりと崩れて醤油ベースの煮汁が溢れてくる。
「美味しいです。これ私好きです」
「それはよかった。ならこれもメニュー行きだな」
「こういう料理ってフォルモさんが創作しているんですか?」
「俺の親が作ってたものをアレンジしている。母親が料理好きでな。普通はそんなに時間かけないだろって言われるぐらい時間かけて料理してた」
「おぉ。おふくろの味ですか」
母親の味ってレシピ通りに作っても再現できないし、でも恋しくなっちゃうものだよな。私のおふくろの味はポテトサラダだった。やけに大量の砂糖を入れてあるからすごく甘いポテトサラダで、高校生ぐらいになるとうんざりしたけれど、社会人になって一人暮らし始めたらあの甘いポテトサラダが恋しくなってたな。機会があれば作ってみようかな。
「フォルモさんのお母さんってどんな人だったんですか?」
「おとなしい人、だと思わせておいて力強い人だったな。見た目は穏やかで華奢な人なんだが、父親を抱えられる人だった」
「……精神的な意味で?」
「物理的に。父親が足が沢山ある虫が苦手な人でな。虫が出た時に怯える父を抱えて母が足で虫を潰していて、怒らせてはならないと弟と誓いあった」
おぉ、原作ではわからないフォルモさんのプライベートの話が聞ける。内容は凄いけれど、こういう会話ができるのは転生した者の特権だ。
「今は皆さんはどこに?」
「両親は俺が騎士になる前に亡くなってしまってな。弟は結婚してプレニルで暮らしている」
「プレニルにですか?」
「あいつの嫁さんがプレニルの人でな。しかも義父がプレニルの政治を手伝う貴族だ。子供が嫁さんしかいないってことで弟が婿入りして義父さんの手伝いをしているらしい」
「そうなんですか。一緒にいられないのは残念ですね」
「俺はノヴィルの軍に入ったから、元々一緒にいられないんだよな」
そう言ったフォルモさんの目は少し寂しそうに見えた。確かにプレニルのお偉いさんとノヴィルの軍隊長なんて仲良くできるわけがない。でも今なら会いに行けるんじゃないだろうか。軍を抜けた今なら会えるのではないか、と聞こうとしたけれど外にいた人たちが騒ぎ出した。その声に私とフォルモさんも外に出ると、プレニルから何かがこちらに向かってくるのが見えた。白い大きなものに見える。スキル:遠視を使ってみると、それが成人男性ぐらいの大きさの狼のような犬だとわかった。
「っ、フォルモさん!」
「確認した」
スペア眼鏡はフォルモさんに渡していたから、フォルモさんも眼鏡を掛けてスキルを使って同じように犬の姿を見ただろう。ちなみにスペア眼鏡を悪用されるのだけは避けたかったので今はフォルモさん、アンちゃん、ナハティガル君、セレナードにしか渡していない。そのスペア眼鏡のスキルも遠視とステータスが見れるものにしていた。
「構え!」
フォルモさんの声に警備として働いている皆が武器を抜く。私もフォルモさんの傍でいつでもスキルが使えるように心構えをした。犬はどんどんこちらに近づいてきている。弓矢を持つ人もいる為、フォルモさんが矢が当たる場所に犬が辿り着くのを待っている様子だ。そして矢が当たる範囲まで来て、突然犬が倒れた。まだだれも何もしていないのか、皆が何が起きたのかと戸惑っている。まだスキルを発動していた私の目には、犬が倒れた時に背中から何か落ちたのが見えたのだ。
私は皆をかき分け、犬が倒れた場所に向かって走っていく。私の本体は安全な場所にいるから今の私が何か攻撃を受けても大丈夫だ。だがそれでも心配だからかフォルモさんがついてきているようだ。それに安心して私は犬のすぐ近くまで来れた。
倒れている犬は真っ白な毛並みが薄汚れている。所々傷はあるが重傷ではなさそうだ。そして犬のすぐ近くに少女が転がっていた。ワインのような髪を一つに纏め、顔にはそばかすがある。幼い顔立ちだが、今の私の見た目年齢よりは上、アンちゃんと歳が同じか近いように見える。彼女もまた犬と同じような状態だ。
「フォルモさん、この子達を……フォルモさん?」
この子達の手当てをしようとフォルモを振り返るが、フォルモは少女の顔を凝視し固まっていた。少しの喜びと、少しの恐怖が見える。私が呼び掛ければその表情は消え、フォルモは右腕で少女を、左腕で犬を抱え上げた。よく持てるな。
「一度食堂に連れて行く。嬢ちゃんは領主様たちを連れてきてくれ」
「わ、わかりました」
走るより眼鏡を介して移動した方がいい。私は先程まで姿を象っていた眼鏡が食堂のテーブルに置かれるようにしてから姿を変え、ナハティガル君の眼鏡を目指して移動を始めた。
○ ○
ナハティガル君とアンちゃんを連れて食堂に戻るとセレナードもここに来ていた。不思議そうに見ていると、セレナードは少し申し訳なさそうに言う。
「女の子の介抱を頼まれたんです。手当てするうえで服を脱がさなければいけなくて」
「そっか。ありがとうセレナード」
最初にあった時と違ってセレナードは素肌を出している。ここに住む皆が黒人だからって差別せず、むしろ歓迎してくれているから安心してくれたのだろう。若い女の子はまだ少ないこともあって貴重な存在だ。
包帯に包まれた少女はまだ目覚める様子はない。犬の方は下半身に傷が多いみたいだが、それよりも喉が渇いているらしくフォルモさんが出した水を一心不乱に飲んでいた。
「フォルモ、その犬は危険が無いでしょうか」
「目が覚めても襲ってくる様子はなかった。そこの子を心配しているのか時折視線を向けるぐらいで安全だ」
そう言ってから思い出したかのようにフォルモさんは自分がかけている眼鏡に触れる。
「一応ステータスは見たんだが、念の為そっちでも見ておいてくれないか」
「わかりました」
ナハティガル君が頷いて犬の方から見ていくようだ。私もそれに習ってステータスを見ておく。犬の名前はルデル。職業が犬。……それ職業じゃないやん。後は気になるところはない。女の子の方はクデル。14歳の職業が孤児。この世界の職業が職業じゃない。
こちらで見れる情報は少ないけれど気になるところはない。そうなると、この二人に一体何があったかは本人たちから聞くしかない。
「犬と話す事ってできるもんかな?メガネならわかるだろ?」
「黙れ小僧」
「わかってるじゃん」
間髪入れずに答えた言葉にアンちゃんは嬉しそうに親指を立てた。フォルモとセレナードは私達の前世のことは知らないからあまりその辺のネタを入れてきてほしくないものだけれど、ネタが通じるのはちょっと嬉しい。
「俺は神隠しのほうが好きっすね」
「あー、わかる。でも私は恩返しのほうが……、え?」
思わず会話をしてしまったが、先程の声はアンちゃんのものではなかった。そしてセレナードのものでもフォルモさんの声でも、勿論ナハティガル君の声でもない。少女が目を覚ましたのかと目線を向ける前に、犬は立ち上がり、嬉しそうに尻尾を振った。
「あんたらももしかして転生した感じ?俺もなんすよ」
そう、流暢に人間の言葉を話した。
犬もモンスターなら普通に話すのだろうかとナハティガル君達の様子を見たけれど皆驚いている様子だった。しばらく考えて、誰も口を開こうとしないものだから、仕方なく私は犬の頭を撫でる。
「えっと、ちょっと別室で話そうか。いいかいわんちゃん」
「わんちゃん……いや、確かに俺犬っすけど」
「詳しい事は別室で、ね。行くよアンちゃん」
私はアンちゃんの腕を掴み、食堂を出ていく。犬がちゃんとついてきているかと確認の為に振り返ればナハティガル君もついてきていた。
「ナハティガル君はあっちにいてもいいんだよ?」
「転生の話に私は邪魔かもしれませんが、聞くだけでもしたいのです。駄目でしょうか」
「んー、うんまぁいいか」
ナハティガル君にお願いされたのなら仕方がない。それにナハティガル君なら私達の前世の事を知っているし問題はないから良し。
食堂から離れすぎるとこの犬が少女を心配してしまうだろうと思い、調理場が見える橋の上で止まった。犬の姿に警備の人は警戒してしまったみたいだけれど、ナハティガル君を見て安心を覚えたのか夫々の持ち場に戻っていった。近くに私達の会話を聞ける人はいない。これなら気にせずに話せるだろう。
「えっと、名前はルデルだっけ?」
「そう。俺はルデル。元日本の男子高校生っす」
よろしくーと人懐っこい声で言われ、緊張感がない彼に不思議な気分になりつつも一先ず自己紹介をすることにしよう。
「私はメガネ。元日本の大人の女性」
「……私はアン。元日本の大学生」
「私はナハティガルです。私は転生した者ではないのでお気になさらず」
「なかなかのメンバーっすね。でも同じ転生者がいるのはすっごい嬉しいっすよ。あんたらはこの世界のゲーム知ってるっすか?」
「え、ルデルは知ってるの?」
原作を知るファンが増えるのは嬉しい。情報が間違っていないか確認ができるし、何より萌えを共有できる。男子高校生なら女の子のセレナードのファンかも知れない。お互いの推しを語れれば最高じゃないか。小躍りしたくなるような嬉しさを感じていたが、次の言葉でその気分が一気に落とされた。
「俺は無印のファタリテートじゃなくてファタプレしかプレイ経験が無いんす。あ、でも知識として登場人物とかは知ってるっすよ。さっきのフォルモは元ノヴィル軍で、セレナードちゃんは元奴隷っすよね?ナハティガルにもこうして会えたのはちょっと嬉しいっすわ。んで、君は最新作で登場予定のメガネちゃんすね」
「え」
「アンちゃん?は俺は知らないけど、最新作で登場予定なんすかね?最新作の情報はまだたくさん出てないから知らなくて申し訳ねっす。でも無印の主人公にそっくりすね。お兄さんとかにアンブラっているっすか?」
「え」
「ちょっと待てルデル」
言葉を失っている私に変わりアンちゃんがルデルの口を塞ぐ。それから一度私に目を向けてから確認するように言葉を選んだ。
「えっと、私は原作の事は詳しくないの。それにファタリテートってゲームはそんなに種類があるの?」
「あ、そうなのかぁ。この原作を知ってる人が転生しているわけではないってことすか」
ルデルは腰を下ろし、私達を見上げながら教えてくれた。
私の知っているファタリテートが発売されて数年経った頃、外伝作としてファタリテート プレニルとファタリテート ノヴィルが発売されたそうだ。その名前の通りプレニルとノヴィルに焦点を合わせた作品で、初作のファタリテートとは違い、ファタリテート プレニルは乙女ゲーム、ファタリテート ノヴィルはギャルゲーとして販売された。
ファタリテート プレニル(略してファタプレ)は一人の女の子がプレニルの騎士団に入隊し、プレニルの犬と呼ばれる組織にいる男性達と恋に落ちる攻略ゲームだそうだ。その中でまだ目を覚まさない少女は主人公の友人キャラ。そしてルデルはそのペットらしい。特徴としては教皇に心酔している男達を上手く落とすのがなかなかの高難易度らしい。恋が成就するか、死ぬかの二択な程酷いらしく、余りの厳しさにクソゲー認定されていたそうだ。
ファタリテート ノヴィル(略してファタノヴィ)は初作の主人公アンブラが再び主人公となり、ノヴィルの軍の特殊部隊の女の子たちを攻略していくゲームだ。はっきりとはされていないが、恐らくアンブラは復讐をしていないルートからの続作となるらしい。特徴としては女の子たちもなかなかの曲者だそうだ。まぁ、高難易度のほうが攻略するのが楽しいのだろうけれど、その実態は鬱ゲーらしい。アップデートされてからはHAPPY ENDが追加されたそうだが、最初はどのルートを選んでも気持ちの良い終わりにはならないそうだ。下手すればお互いが死んでHAPPY ENDなんてものもあったらしい。どこがHAPPYだ。
その辺の説明を私はほとんど聞き流している状態だった。立っているのもやっとな私をナハティガル君が支えてくれていたからなんとか持ちこたえているけれど、ナハティガル君がいなかったらくそ長いルデルの説明を全く聞けずにいただろう。
二作を嬉しそうに語っていたルデルはそして、と勿体ぶってから言う。
「最新作はMMOなんだよ」
「MMO?」
「多人数同時参加型オンラインゲームっすよ。ストーリーはあるけれどそれを進めるだけじゃなくて、ミニゲームもあるし討伐ゲームもあるし製作ゲームもあるしで皆自由にゲーム世界を過ごせるんすよ。ファタリテートでMMOを始めるなんて最初びっくりしたんですよねー」
「それにメガネが新キャラで出てたってこと?」
「そっす。メガニアって国を中心に冒険するゲームなんすよ」
メガニア、その言葉に私の身体に抜けていた力が戻ってきていた。ファタリテートに続編が出ていた事、それはファンである者として遊べなかったショックが大きかったが、その言葉は一番彼の口から聞きたくなかった。
「……ルデル、メガニアは次作のゲームに出てくるの?」
「そうっすね。その神様がメガネちゃんで、プレイヤーの案内役でもあるっす。可愛い女の子だと思ってたけど、実物見てもかわいいからすごいあがるっす」
「教皇はナハティガル君?」
「そうっすよ」
あぁ、そう。
なんて気持ち悪い。
私は原作通りにナハティガル君を傷つけたくないだけだった。その為に神になると決めて、アンちゃんが提案した国作りを決めたのに。メガニアの名前を決めたのも私なのに。
原作から外れようと頑張っているのに結局原作に戻っているなんて。とても気持ち悪くて、腹立たしくて、凄く悲しい。自分達の努力が報われないようだ。
「でも、原作と違うところもあるっす」
私の表情が変わったのを気にかけてくれたのか、ルデルは私に鼻をこすりつけてきた。
「最新作の情報はそんなに持ってないっすけど、アンちゃんを俺は知らないし、そもそも俺とクデルがプレニルの騎士に入らないでここに逃げてくるなんて原作に無いっす。だから原作を怖がる必要はないって俺は思うっすよ」
「……ルデル」
「メガネちゃんの推しってもしかしてナハティガルっすか?俺の推しはクデルなんすよ。だから傷つくようなことは俺も嫌なんす。ナハティガルが原作通りの事に巻き込まれないように頑張ってたんすね」
小さいのに偉いっすね、と子供に言うような声色で言ってくれた。少し恥ずかしいのだが、悪くはなかった。そして原作の話が終わったようなので気になる事を聞いて見る。
「クデルとルデルは逃げてきたって言ったけど何かあったの?」
「あー、それに関しては俺もよくわかんないんすよ。気づいたら犬になってて、クデルにお願いされてここまで走ってきたっすから」
「怪我してたってことは誰かに追われてたの?」
「そうっす。多分見た目はプレニルの騎士団の奴らっすよ」
私とアンちゃんは顔を見合わせる。できるならプレニルの人間とは関わりたくない。プレニルの騎士がナハティガル君に害する未来だけは避けたいからだ。でも私もアンちゃんも同じ転生者を出来る限り大切にしたいという気持ちもあるのだ。犬だろうが。どうしようかとアンちゃんと悩んでいるとルデルはワンと一声吠えた。
「何を心配してるかわからないっすけど、俺が今後のシナリオを覚えてるっすからやばい状況は避けられるっすよ。どんなキャラかは知らねぇけど主要キャラの顔は覚えてるっすからここは俺に任せてください」
「おぉ、頼りになるじゃん」
アンちゃんが私に賛同を求めてくる。あぁ、すごく気を使われてしまっている。精神年齢的には私の方が年上だっていうのに。原作者の掌に踊らされているかもしれないけれど、よくよく考えれば次作の知識を持つ新しい助っ人が増えたのだ。まだ負けてない。原作の思い通りにならない為にまだ足掻いて行ける。
「うん、ありがとうアンちゃん、ルデル。おかげで落ち着いたよ」
ルデルの頭をわしゃわしゃとかき回してその毛並みを堪能する。それからナハティガル君に目を向けた。
「ごめん、ナハティガル君。面倒を増やす事になるけれど、私はルデルとクデルを助けてあげたい。下手すればプレニルと敵対するかもしれないけれど、ナハティガル君のことは守るから」
「大丈夫ですよ。アンとメガネ様が私が外に出なくても良い様になりましたし、もう少し人手が増えれば私に警護するものがもう少し増えるはずです。それに、メガネ様が決めたんです。私もメガネ様のサポートをいたします」
あぁ、推しには頭が上がらない。優しすぎるナハティガル君の方が神様のようだ。これぐらいの尊さを私も持てるように頑張らねば。
「ルデル、気づいたら犬になってたってことは元々人間としてこの世界に来てたの?」
「たぶ……ん?なんか人間だったような気がするんすけど、でも記憶はあやふやで。その辺クデルに聞いた方がいいと思うっすよ。まぁ、もしかしたら俺が転生二度目かもしれないっすけど」
「追われてたっていう話もクデルが目を覚ますまでお預けか。それまでにやれることとしたらプレニル側の警備を強める事かな?」
「それなら私がやっておくよ。まだ警備の手が少ないし」
アンちゃんの言葉に頷いて答える。アンちゃんは暗殺術を学んでいるけれどトラップ作りも得意なのだ。詳しい話はまだ聞いてないけれどアンちゃんに任せっきりにしていた。フォルモさんとはその事で話しているみたいだからフォルモさんも問題ないようだからこっちに伝えてこないのだろう。
アンちゃんはすぐにプレニル側に続く橋に歩いていったのでここでお開きにしようとナハティガル君に伝えようとしたけれど、遮るように食堂から小さな悲鳴が聞こえた。セレナードの声ではない。
「クデル!?」
ルデルがすぐに調理場の空いている窓から中に飛び込んでいく。わんこの身体能力はすごい。私もナハティガル君を一緒に食堂に戻れば、尻餅をついたフォルモと顔を赤くしたクデル、そして固まっているセレナードの姿があった。少し考えてから私はフォルモさんを見る。
「フォルモさん、まさか幼気な子に手を出しました?」
「誰がするか!」
冗談で言ったのに本気で怒鳴られた。うん、私が悪かった。でも緊張した空気が少し和らいだように思える。
「えっと、大丈夫です。フォルモさんはただこの子の頭に濡れタオルを置こうとして、そしたらこの子が起きて」
セレナードがわたわたと説明をしてくれる。目を覚まして男の顔が近くにあればそりゃ驚くか。ルデルがクデルに安心させるように顔を舐めている。クデルはルデルの頭を撫でてからフォルモさんに向かって頭を下げた。
「驚いてしまってごめんなさい。……ここはどこでしょうか」
「ここはメガニア。プレニルとノヴィルの間にある島国だよ」
「めがにあ……」
私はクデルに近寄って顔を覗きこむ。琥珀のような瞳が不安と緊張で揺れている。なんとか安心させないと情報は引き出せそうにない。ルデルが落ち着かせる事もできなそうだし、どうすればいいか。プレニルから逃げてきたのなら今一番気になるのは私達が味方かどうか、だろう。その判断材料を与えれば安心するかもしれない。
私はスキルを使い、新たに眼鏡を創り出す。クデルはつり目で近寄りがたい印象もあるので、柔らかく見えるように丸眼鏡にする。
「これかけてみて」
突然現れたそれを差し出され、クデルは躊躇していたけれど手に取って私の動作の通りに眼鏡を掛ける。今彼女には見えているだろう。眼鏡越しに見える私のステータスが。
一定の経験値が入り、ステータスのスキルがレベルアップしました。
どこからか無機質な声が聞こえてくる。新しいスキルを覚えた時や付喪神の最初の設定の時も聞こえてきた声だ。後で何がレベルアップしたか見ておかないと。
「……神、さま?」
私のステータスを見たクデルが目を丸くしている。そりゃ驚くよね、こんなところで神様に会うなんて。
「よければその眼鏡、ここにいる間は持っていていいよ。ステータスが見れるから少しは安心できるかなって」
「ありがとうございます」
クデルは食堂にいるメンバーを順に眼鏡越しに見ていく。その中にプレニルの関係者はいないので安心したのだろう。一度眼鏡を外してからルデルの頭を撫でた。
「助けてくださったようで、ありがとうございます。プレニルに住んでいたクデルといいます。こちらはルデルです」
「ルデルから追われているって聞いたけど、何があったの?」
「……プレニルの番犬が、私達を排除しようとしてきたのです。私が魔女の弟子だからって」
魔女?この世界に魔女なんているんだ。この世界の人たちは皆魔力を持っていて、生活のすべては魔法で補われている。魔力の量は人それぞれではあるけど魔女と呼ばれるとなると魔力が多いとかだろうか。
「魔女は神が望まないことをしている人間って意味が大きいんだ。スキルは神からの贈り物であり、人が勝手にスキルを作る事はタブーであるってプレニルは考えているらしい」
私の疑問に気づいたのかフォルモさんが説明してくれた。ナハティガル君が困ったように息を吐き出す。
「前にも魔女狩りはありましたが、今もまだしていたのですか。魔女狩りで村が一つ無くなった事もあったというのに」
「魔女狩りって、魔女と呼ばれる基準があるのですか?」
「新しいスキルの創作が認められればだったかと。スキルは基本火、水、地、風で出来ていて、メガネ様の様に特殊スキルというのもありますが」
「特殊スキルを創り出すってこと?」
アンちゃんの問いにナハティガル君が困ったように唸る。眉を寄せた姿も良い。その様子を見かねてかクデルが説明をくれた。
「スキルは基本的に念じるだけで発動が可能です。ですが創作スキルというのは魔法陣を描いたり呪文を唱えたりして発動します。私の師匠は生き返りの魔法は作れるのかと研究していまして、私も多少手伝う為に齧ってました」
なるほど、そんな違いがあったのか。魔法陣とか呪文とか聞くとファンタジーだなってしみじみする。
にしても、生き返りの魔法って。色々聞いてみたいけれど流石に疲れている様子だからこれ以上聞くのは避けよう。
「新しく作った宿泊施設にしばらく住ませれば大丈夫かな」
「そうですね。不便があるかもしれませんがそれでよろしいでしょうか」
「えっと、私達は野宿でも構わないですけど」
「駄目っすよクデル!ちゃんと身体を休めないと!」
断ろうとしたクデルを叱責するようにルデルの言葉が飛ぶ。しばらく考えたクデルは承諾してくれて、セレナードに案内をお願いした。食堂から出ていく背中を見守り、ふと気づく。まだ緊張しているのかクデルの顔に笑顔は見られなかったのだ。
●転生者の集い
メガネ「こんなに簡単に転生者って集まるもんだね」
アン「類は友を呼ぶってことか」
ルデル「なんか違うくないっすか?」
メガネ「それより私が死んでから続編を出してるなんて!!なんて日だ!」
アン「転生してから時間が経ってるのか?それとも記憶が戻るまでの時間差のせいか?」
ルデル「転生してすぐ記憶があるわけじゃないみたいっすからね。何年に死んだかお互い確認してみるっすか?」
メガネ「……駄目。享年は私が一番上だろうけれど本当の年齢差がわかるとすごく嫌。私二人から見たらおばあちゃんだったとしたらショックが」
アン「黙れ小僧が通じたからそんなに歳は離れてないよ」
ルデル「ファタリテートの発売が俺が確か」
メガネ「言わないで!歳がわかってしまうでしょう!?」
ルデル「そんなに隠したいっすか」
メガネ「女性には年齢の問題は大きいんだよ!今は幼女だけど!」
アン「じゃあ、前世の年齢は聞かないってことで」
ルデル「そう言えばアンさんはなんで女性のフリしてるんすか?」
メガネ「あれ、アンちゃんが女じゃないのわかるの?」
ルデル「俺犬っすから、臭いでわかるっすよ」
アン「……元人間が臭いでわかるっていうのちょっと気持ち悪いな」
メガネ「わかる」
ルデル「そんなこと言わないでくださいよ」
アン「まぁ、ばれてるならいいや。俺が女性のフリをしているのは」
メガネ「趣味だよね」
アン「ちげーよ」
ルデル「趣味なら仕方ないっすね」
アン「おい。距離を置くな」
メガネ「メガニアは好きな事を楽しめるように手助けするから、安心してね」
アン「俺をそっちに持っていくな」
メガネ「え、でも好きでしょ?そういう服」
アン「好き」
ルデル「即答っすか」
アン「ルデルはないのか?そういう好きな物。前世では楽しめなくても今世なら楽しめるかもしれないし」
ルデル「好きな物っすかー。俺はクデルが推しだったんで」
メガネ「わかる」
ルデル「同志よ」
アン「……あれ、ルデルはファタリテートのプレニル編をプレイしてたって言ったよな」
ルデル「そうっすよ」
アン「プレニル編は女性ファン向けの内容だったんじゃないのか?」
メガネ「……そう言えば」
アン「それは色々事情があったんす」