86 メガネ、落ちる
やあやあ、どうしたんだい?
眼鏡かけて眼鏡モチーフのアクセサリーとか眼鏡がプリントされた服を着て、「自分、眼鏡大好きです」みたいな格好になってしまったような顔をして。
私だよ、私。メガネだよ!
さて。地震から四日後。メガニアにミーティたちがやってきた。ミーティの護衛としてオクルスとナーススが一緒にいる。三人は少し疲れたような表情を見せていた。
橋で三人を迎えた私は、ひとまず挨拶をすることにした。
「メガニアにようこそお越しくださいました。ノヴィルの巫女姫様、ミーティア様のご来訪、心よりお待ちしておりました」
流石にお互いちゃんとした大人になったのだから、気軽に挨拶もできない。人の目もあるし、メガニアの巫女としてしっかりと挨拶をしておかないと。
私の言葉にミーティは笑顔を見せてくれた。
「メガニアの巫女、メガネ様のお出迎え、心より嬉しく思います。少しの期間になりますが、お世話になります」
そう言ってから、ミーティは笑顔を消して私に抱き着いてきた。
「メーちゃんんんんんっっ!!!!ほんっと、疲れたよ!やっと来れたよ!もっと早く会いたかったよ!!!!!」
「ミーティ!外!ここ外で他の人の目があるから!もう少し我慢して!!」
巫女同士の挨拶だと手を合わせて見ていた人たちが先程とは打って変わったミーティに驚いている。メガニアの人はいつものことだと和やかにこちらをみてくれているけれど。
ミーティの後ろにいたオクルスとナーススも困ったような表情をしているけれど、二人も疲労を隠しきれていないようだ。
抱き着くミーティを引きずって国の中に入ることにした。
……私の今の姿はそれなりに身長もあるけれど、ミーティは私よりも身長高いんだよな。軍人として鍛えているからか筋肉もついてるし、私と比べて色々成長の違いがわかる。スキルでなんとか身体の特徴も変えれたりしないだろうか。
そんなことを考えながら橋から国の中に移動すれば、ナハティガル君とアンちゃん、フォルモさんが出迎えてくれた。
「ミーティア様、ようこそお越しくださいました……。相当お疲れのようですね」
ナハティガル君が苦笑してそう言うけれど、ミーティは姿勢を正す様子もなく、私に抱き着いたままだ。普段は外ならノヴィルの巫女として堂々としているのに、それだけ疲れているのだろうか。
「ナハティガル様、メガネ様をお借りしてます。こちらに来るまでにノヴィル国内を視察してきましたが、思ってた以上の被害があり、それを助けたり記録したりしてるだけで大分疲れまして……。あ、オクルス。ナハティガル様にお土産を」
ミーティに言われて、オクルスは持っていた箱をナハティガル君に差し出す。アンちゃんがそれを受け取って箱を開くと、そこには金属製の美しい道具が並んでいた。
ノヴィルでは金属などで作られた道具を作るのが得意だ。こちらでは作れない物を買っているのだけれど、こうしてお土産として試作品を持ってきてくれている。
「ありがとうございます。後で用途を教えてください。お疲れのようですし、簡単に食事を用意しましょう。フォルモ、頼めますか?」
「はい。とりあえず汁物を用意します」
そう言ってフォルモさんは少し離れた場所にいた兵士に近づいていく。
何か食べるなら食堂のほうに案内した方がいいかもしれない。そう思いつつ、私は後ろのミーティに声を掛ける。
「そんなに酷かったの?」
「かなり大きい地震だったからね。私、大地震経験したわけじゃないからそういう時何をすればいいのかがわからなくて。必要なものの確認と、瓦礫に押しつぶされてる人の救助と、住む場所を無くした人を一時的に避難できないかとか、軍隊の方にも呼び掛けて指揮とって、って」
ミーティも軍隊長として色々動いているようだ。今は軍のトップは空席で、今まで隊を率いていた隊長たちが集まって意見を交換して動いている状態のようだ。ミーティをトップにって声もあったようだけれど、ミーティは経験が足りないからと断っているらしい。できるならフォルモさんを座らせたいとも言っていたけど、フォルモさんは行きたがっていないし、こちらもいなくなったら困るので、しばらくは空席のままだろう。それでもなんとかなっているようだから問題はないそうだ。
私は少し考えてからナハティガル君を見る。
「メガニアからも支援できないかな。住む場所とか、食べ物とか。服も結構量産できてるから、提供できたよね?」
「できると思いますよ。メガニアの外の人に渡すものを減らすか、国民から支援をお願いすればなんとかなるのではないでしょうか」
ナハティガル君からも許可が降りたし、支援することを約束してもいいようだ。でも、プレニルの方も大変だろうから平等に分けることにはなるだろう。
それを伝えると、ミーティはそれでもいいと喜んで私に抱き着く力を強めてきた。そろそろ苦しい。
しばらくその場で話をしていると、フォルモさんがこちらに戻ってきた。そしてその隣には小さな姿がある。
「ミーティアさま!いらっしゃいませ!」
「姫巫女ちゃん!久しぶり!」
駆け寄ってきた少女こそ、私とナハティガル君の娘ということにしている私の分身だ。髪色も目も顔立ちも私そっくりだ。分身だから当たり前なのだけれど、不思議なことに性格が違う。記憶も同じはずなのに、この子はやけに素直というか、純粋というか。
ミーティアは私から離れて姫巫女を抱き上げた。人懐っこい姫巫女は嬉しそうに笑顔を見せる。
「少し大きくなったかな?メーちゃんそっくりで可愛いねぇ」
「あまりせいちょうできてないですよ。でも、ありがとうございます。ミーティアさまもかわらずおうつくしいです」
「ありがとうー!あー、かわいいー!」
ミーティは子供が好きなのか、メガニアに来てはよく姫巫女と遊んでくれている。その様子を見ていると、早くアンちゃんと結婚して可愛い子供ができたらなぁと思ってしまう。
微笑ましく二人を見ていると、フォルモさんが私に近づいてきた。
「食事の用意ができたが、どこで食べる?」
「食堂で良いと思うよ。この時間なら利用してる人少ないでしょ」
「わかった。それじゃあ、ご案内します」
そう言ってフォルモさんが歩き出したので私たちもそれに続く。ミーティから降ろしてもらった姫巫女がミーティの手を引いて私の横に並んだ。ナハティガル君たちはその後ろからついてきているようだ。
「あのね、フォルモさんにおしえてもらっておにぎりつくったのです!かあさまも食べてほしいです」
「それは楽しみだなぁ。姫巫女の最初のおにぎり食べていいの?」
「うん。もっとうまくなってからとうさまにもあげるのです!」
私と同じで姫巫女もナハティガル君のことが好きだ。私よりもその愛は小さいかもしれないけど、父様と言って慕っている姿は本当に微笑ましい。大分幸せな人生を過ごせていて有り難い限りだ。
そんな時間が、一瞬で変わってしまった。
「メーちゃんごめん!!」
ミーティの声が聞こえた。こちらが反応する前にミーティは私達の隣からいなくなっていた。
驚いて振り返ると、そこにミーティは移動していた。ミーティはアンちゃんの身体を両手で押していた。ナハティガル君の隣に立っていたアンちゃんが何歩か後ろに足を動かして、尻餅をついた時、ナハティガル君、ミーティ、オクルスの足元の地面が消えた。
ナーススはナハティガル君たちよりさらに後ろにいたから、尻餅をついたアンちゃんの傍にいて無事だった。
ナハティガル君たちは突如開いた穴の中に落ちていく。
「ミーティ!!」
そう叫んでアンちゃんが穴の中に飛び込んだ。私もすぐに穴に近づこうとしたけれど、フォルモさんに肩を掴まれた。そして穴に落ちていくアンちゃんが投げたロープをフォルモさんの手が掴んだ。
自分にできることを、と考えて私もフォルモさんと一緒にロープを握った。ロープを伝ってアンちゃんたちが戻ってこれる。そう考えたけれど、ナハティガル君たちを飲み込んだ穴は元から何もなかったかのように閉じたのだった。




