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83 少女、汚す

 騎士団で私たちは最初に身体計測が行われた。その結果、この世界の人間と全く同じだと理解された。でも、私たちが持っている能力が注目された。

 物質を透過して見ることができる、遠いものもはっきりと見ることができる目。

 どんなに小さな物音も聞き逃さず、人の声を聴き分けることもできる耳。

 かすかな匂いも逃さずに嗅ぎ分けることができる鼻。

 味をはっきりと分け、隠された変化も感じられる舌。

 どんな刺激も感じ、触れていなくてもそれが何かを把握できる触覚。

 その能力は神の五感だと言われた。そうして、その能力を生かせる方法を、制御できる方法を研究している。

 私たちは大きな部屋で共同生活をしていた。それは車の中で生活していたのと同じだったけれど、生活は様変わりしてしまった。


「あら、お帰り……。『リングア』」

「ああ、ただいまね。『オクルス』」


 部屋に入って来たヨア……新しい名前はリングアが疲れた顔で片手を挙げた。

 私たちはノヴィルの騎士団に来てから新しい名前をつけられた。慣れない名前だが、私以外は大分慣れた様子だ。


「大丈夫なの?いつも帰ってくると顔色悪いわ」

「あー。まぁ、いろんなもの食べてるあるしな。我慢するしかねーある」


 リングアといい、皆いろんなことをされていた。

 神の舌をリングアは毒見役のためにと色んな毒物を食べていた。部屋に戻ってきても具合が悪そうに寝ていることが多い。そして彼女はどうやら舌を合わせるだけでその人の好みの味、苦手な味がわかるようになったようだ。

 神の耳を手に入れたアウリスは、その聴力を上手く使うのになかなか慣れなかった。普段の生活でも遠い場所の音を聞き取れてしまって苦しんでいた。今は私たちと同じように落ちてきたヘッドフォンを装着すれば余計な音が聞こえないようで落ち着いて過ごせている。今は騎士団内での盗聴を任されているようだった。

 神の鼻を手に入れたナーススはその嗅覚を操るのは慣れているようだった。ただ、まるで犬のように扱われているようだった。

 神の肌を手に入れたというクティスはその触覚を操るのは一番苦労していた。適温だろうが暑かったり寒かったりと普通に過ごすのも苦労している。痛みも人一倍に感じるのが困りものだった。そのおかげで、部屋に戻ってくることが5人の中で一番少ない。

 いや、私も部屋で過ごす時間は短い方だ。

 私は、車の中での生活で神の目の力を操ることはできていた。だからこそ、皆にはできないことができるのが早かった。

 騎士団の中で偉い人物を覚えるのも、悪いことしてそうな人も、全てを見通せた。

 そして、すぐに仕事も任されていた。


「……オクルス?どうしたんだ」


 寝ていると思った偉い人が声をかけてきた。窓の傍で外を見ていた私は、笑顔を見せてやる。


「悪い子はいないかしらーって探してるの。この場所は遠くまで見れるから便利よ」

「はは。その為だけに毎夜来るのか?私に会いに来てくれていたわけではないのか」

「あら、私は誰かに独り占めされるものじゃないのよ?こうして来てくれたことに感謝してほしいのだけど。……じゃないと、あんなことやこんなことを喋っちゃうわよ?」


 私がそう言えば、偉い人は黙り込んだ。

 今の私には色んな情報がある。いろんな情報が見えているのだ。聞こえなくても、口の動きでわかる。舌の動きでわかる。

 そして、悪いことを止めない悪い子には、お仕置きをする。

 どんなに遠くいても逃げられない。隠れていたら攻撃はできないけど、逃がさない。出てきたところをパンっと。


「……ほんと、馬鹿みたいね」


 私の手には穴から現れたものから作られた、ライフルがある。両親が最期に教えてくれた知識が、私に新しい人生を歩かせてくれているのだ。




 「臭いんだけど」


 朝に帰ってきた私に対してナーススがそう一言言ってくる。


「あら?ちゃんとシャワー浴びたのだけど?嫌いなシャンプーの匂いだった?」

「違うわよ。どんなに洗っても男臭いのよ」

「ああ、そういうこと。ごめんなさいね」


 ナーススは不機嫌そうに眉を寄せて今日の任務に向かっていった。部屋の中を見れば、アウリスもリングアもいる。


「二人は今日はお休みなの?」

「僕もそろそろ出るよ。君が来るの待ってたんだ」


 そう言ってアウリスはオクルスを睨む。全部聞いていたということだろう。

 アウリスが部屋を出ていくのを待ってから、リングアはため息をついた。


「悪いね。一応言ってはいるけれど、わかってはもらえないね」

「わかったらすごいわよ。それより聞いてるなんてあの子の教育に悪すぎでしょ」

「いや、アウリスももう17歳よ。今更じゃない?」


 この世界に来てから、14年が経った。もう、そんなに月日が流れてしまっていた。それなのにまだ私たちの故郷に帰る手段は見つからない。


「……もう、いいね、オクルス」


 リングアの声に私は首を傾げた。


「何が?」

「私たちを助けるために色々動いてるね。汚れ仕事も引き受けてるな?知らないと思ってるね?」

「まぁ、皆がそんなに馬鹿じゃないことはわかってるわ」

「守る必要ないね。もう皆能力を自在に使えるし、自分たちで自衛ぐらい」

「残念だけど、あんたたちが思っている以上に狙われてるものなの。騎士団……いえ、今は軍隊ね。軍隊の中の女性ってものは」


 その証拠に、私とすぐ肉体関係を結びたいって輩は多かった。私は情報を人質にできたからいいが、ナースス達がそんなことで手玉に取れると思えない。あちらのいいように扱われてしまったら、こうやって私が長い間汚れ仕事を引き受けてきた意味がなくなってしまう。

 やるなら最後までやってやる。動物を父の拳銃で殺した時から、私は汚れ仕事は引き受けると誓った。故郷に戻るその時まで。絶対に。

 とはいえ、少し予想外なこともあった。それは、アウリスとクティスは故郷を忘れている事。あの子たちもここに来たのは幼い時で、パニックになっていたから仕方ないのかもしれない。でも、覚えているナーススも帰りたくはないと言ったのは予想外だった。

 リングアは帰れるなら帰りたいと言っていた。リングアはまだ子供の時からあちらの世界で植物調査の仕事をしていたらしい。今はほぼ毒見役の仕事ばかりだが、植物関連の仕事もしたいのだろう。


「さてと。確か明日から違う任務が始まるのだっけ?」

「……そうね。確か、特別部隊を組むのだったかね。5人全員で動くなんてなんだかんだ初めてね?」

「そうねぇ。車の中で生活していた時も動いてたのはほとんど私かリングアだったから。じゃあ、私は眠るわ」


 そう言って私のベッドに横になり目を閉じる。明日からは夜遊びはあまりできなくなりそうだ。怪しい人はいなかったし、できなくなって困ることはないが、できれば楽な仕事であってほしいものだ。


 そして翌日、私たちはミーティアに出会った。その後の話で私が話すことは特にない。

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