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82 少女、穴に落ちる

 故郷のことを思わない日はない。帰郷の思いが、私をここまで生かしてくれたのだから。




 この世界に来る前、私は普通の少女だった。

 両親は世界の土地を調べる仕事をしていて、私はよく家で留守番をしていた。

 寂しくなかったと言えば噓になる。でも、両親が帰ってきて、眠くなるまでしてくれる土産話を聞くのが私は楽しみだったのだ。

 そしてもう一つ、お土産として両親が行った土地に落ちていた普通の石を持ってきてもらった。もっと綺麗なものを買ってくるのに、と両親は言ってくれるけれど、私としては、何の変哲もない石が、私が行ったことが無い場所から来たというだけで綺麗なものに思えたのだ。

 そんな生活の中、両親が住んでる場所からそんなに遠くない場所で仕事をすることになった。近いからと、その仕事に私も連れて行ってくれると言ったのだ。

 飛び跳ねるほどに私は嬉しかった。両親と同じ景色を見に行けるのだと、とても楽しみだった。

 仕事について行く上で、両親のどちらかから離れないことを約束された。仕事の邪魔にならない程度なら質問にも答えてくれると言ってくれた。

 そしてその当日、二人の手をつなぎ、どんな景色が見れるのだろうと胸を高鳴らせていた。

 そんな私たちの日常は一瞬で崩れ去った。


 歩いていたただの道。ただの土を固めただけの道に唐突に大きな穴が開いたのだ。その道を歩いていた全ての人を、その道に置いていた物も全てが穴の中へ落ちていく。私は必死に、両親から離れないようにしがみついた。どちらかがぎゅっと私の身体を抱きしめてくれた。落ちていく恐怖心が少しだけ薄れた。

 いつの間にか意識を飛ばしていたのか。落ちていく感覚はもう無くなっていた。

 そして意識を戻した瞬間に、私の目には色んな物が見えた。

 それは肉で、神経で、肌で、見知らぬ建物で、見知らぬ人間で。とにかくいろんな景色が、私の目の前に速い速度で通り過ぎていく。目を閉じてもその景色は消えなかった。物凄い速さで進むその景色に気持ち悪くなり、私は胃の中のものを吐き出した。それでも、その視界は変わらなかった。

 必死にそれを耐えているとやっと速いスピードで駆け抜けていく景色が落ち着いた。

 私の身体に覆いかぶさっている肉をなんとか寄せると、安定しない視界の中、それが父だということに気付いた。そしてその傍には母も倒れている。二人の身体を揺さぶって、何度も呼んでも二人は動かなかった。私の目にも、二人の心臓が動いていないのが見えていた。

 ここでやっと、なんで見えるのかと不思議に思った。人間の身体が透けて見えるし、遠いものが近くにあるようにも見える時がある。まだ自分の意思で見え方は変えられないのでとりあえず慣らすためにもと辺りを見回した。

 今思えば、やけに冷静だったなと自分でも思う。

 周囲にもたくさんの人たちが倒れていた。その全員が同じ道を歩いていた人たちのようだ。ほとんどが動かない中で、私と同じように動いているのは4人いるようだ。

 一人は先程から声を上げている白金の長髪の女の子。その子を宥めようとしながらも戸惑っている黒茶の髪を一つに縛っている少女。耳を両手で塞いで辛そうに顔をしかめている橙色の短髪の女の子。その子の手の上に自分の両手も重ねている金髪のツインテールの女の子。

 少し考えてから、会話ができそうな黒髪の少女の方に近づいた。黒髪の少女は私の姿を見て微笑を向けてくれた。


「あぁ、あなたも動けたね。具合悪くない?」

「……目がおかしいぐらい。ここどこなの?その子は大丈夫?」


 長髪の女の子は毛布にくるまっているのだが「暑い、寒い、熱い、冷たい、痛い、痛い、痛い」とずっと呟いていた。女の子に目を向けてから黒髪の少女は首を振る。


「大丈夫じゃないのかもしれないけれど、こちらでできることはないね。この場所も私も知らない。落ちてきた穴みたいなものも見つからないし。……あなた、名前は?」

「ラシス」

「そう。私はヨア。とりあえず、ここにずっといるのもよくないし、あの車にみんなを入れない?大人の人いないし、とりあえず隠れよう」


 ヨアの提案に頷き、ヨアは先に長髪の女の子を連れて車に近づいて行った。その車は後部が広いので子供5人が入るにはちょうど良かった。耳を塞いでいる二人に私は近づいた。ツインテールの子が睨んできたけど、敵意はないと笑顔を見せてやった。


「みんなであっちの車の中にいよう。私はラシス。あなたたちは姉妹?」

「……違うわ。今初めて会ったの。ここに来てから変に音が良く聞こえるみたいで、あの子の悲鳴を聞くのがつらいみたいなの。離れた場所にいさせてもらうわ」

「そう。じゃああの子が落ち着いたらこっちに来てよ。ここがどこかよくわからないしとりあえずまとまっていたほうが安全よ」

「……わかってるわよ」


 そう言って、ツインテールの子は嫌そうに顔を顰めた。

 これ以上話す事もないだろうと私は二人から離れる。倒れている両親に近づき、父が仕事の時にいつも持っているものを取り出した。

 使い方は知っている。試しに使うことも、両親の仕事に連れて行ってもらう前に使わせてもらった。大丈夫だ。上手いって言ってもらえた。

 動かなくなった人たちの荷物を漁らせてもらって、使えそうなものは使わせてもらった。本当なら怒られることだけれど、生きて帰るためには何でもさせてもらおうと決めた。

 帰るためには、汚れてもいいと思ったのだ。




 そうして、私たちはしばらく一緒に落ちてきて動かなくなった車の中で生活していた。オイル漏れはしてないみたいで、危険はなさそうだった。

 食料に関しては、黒髪の子が植物に詳しかったので問題はなかった。

 「知らないものもあるけれど大体知ってるものだ」と言ってたくさん持ってきてくれた。調理器具はなかったけれど、漁ってきたものの中にライターやナイフがあったので苦労はしていなかった。

 それでも、食べ応えがあるものを、と動物を狩ることもあった。さばき方はわからなかったけれど、身体を透視して、できるだけ内臓に傷つけないようにやってみた。

 そんな生活の中でもそれなりに5人仲良く出来ていたと思う。名前も覚えたし、お互いの変な能力を知り、長所も短所も把握した。

 もうしばらく住むことができただろう。そう感じていたころに変化が訪れた。

 私たちの元に武装した人たちがやってきた。私が交渉に出ると、彼らはただ穴が開いた形跡があるからやって来たと言っていた。

 この国ではよく地面に大きな穴が開き、その穴はすぐに閉じてしまうと。しかし、その穴が開いた形跡がある場所にはこの国でもこの世界でも見たことがない物が落ちていると。それを回収に来たようだ。

 死体が転がっていることが多いので、こうして生きている人がいるのは初めてのことだと。

 警戒しつつも、私たちはその人たちに保護された。

 ノヴィルという国に所属する騎士団に。

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