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6 メガネ、歌を嗜む

やあやあどうしたんだい?パソコンと向き合う仕事だからブルーライトカットの灰色レンズの眼鏡を新調したらカラーレンズは禁止って言われたような顔をして。

私だよ私。メガネだよ!


メガネは今、二国を繋ぐ橋の上でおにぎりを食べてるよ。

この島、メガニア国(仮)で作っているお米はあきたこまちに近い味。そのお米を握って七輪の上の網に乗っけて焼いた焼きおにぎり。今は二つ並べているけれど一つには刷毛を使ってお醤油を、もう一つには味噌を塗ってある。これは美味い。まだ食べてないけれど絶対美味い。


「お嬢ちゃん、どっち食べる?」

「悩むけど、お醤油の方が食べたい」


 私の言葉におにぎりを焼いていたフォルモさんは醤油焼きおにぎりを手慣れた様子で掴み上げ、笹の葉に包んでから私に差し出した。笹の葉越しに熱さを感じるけれどその熱さが愛おしい。息を何度か吹きかけて、舌の火傷を覚悟して焼きおにぎりに食らいつく。焦げた醤油の香りが広がって、外側は焼けて硬いのに中は柔らかいお米がほろほろほろけていく。そして白の中に桃色の切り身が見えた。焼き鮭か。美味い。


「持ち歩くには笹だとまだ危ないかねぇ?」

「私は平気ですが、もう一枚巻いてみるのも手ですかね?あと味噌だと笹の葉にくっつきそう」

「販売するなら醤油の方がよさそうか」


 そう、販売するのです。この焼きおにぎりを。

 私が神になってやろうじゃないかと宣言するのを待っていたのか、そこからアンちゃんの動きは速かった。

 国に必要なのは領土と民、そして政治らしい。政治に関しては教皇になることに驚いていたナハティガル君を中心にアンちゃんも補助に入って今法律なんかを考えている。私は何をしていようかと考えていたところ、国のお金稼ぎを考えておいてほしいと言われてしまった。ということで、こうして目玉になりそうな食事面をフォルモさんと考え実践しているのだ。ナハティガル君と離れているのは心配だけど、アンちゃんが傍にいるから安全だと信じたい。

 民に関しては島に住んでいる皆さんに聞いたところ大賛成を受けてしまった。まぁ、皆さんの中ではもう私は神だという認識だったみたいだし、反対意見は出ないのか。そして手紙で外に出稼ぎに行っている子供たちにその事を伝えたので少しずつ若い人が増えている。その中にはフォルモさんを知っている人もいたりとなかなか賑やかになってきていた。


「それにしても、結構出稼ぎしてた人多かったんですね」

「まぁ、ノヴィル軍にも同郷の奴多かったしなぁ。軍抜けが簡単にできたみたいでよかった」

「軍を抜けるって、教皇様とか怒らないんですね」

「あー、新しい教皇が懐が広い奴なんだろうな。確か息子だったか」

「狂ったっていう教皇様が今も教皇様ってわけではないんですか」

「あの教皇は息子の皇子に殺されたからな」


 フォルモさんは次に焼いていたおにぎりをひっくり返しながら言った。それはそんな軽く話してもいい情報なの?

 私の表情がこわばったのに気づいたのか、フォルモさんは気にするなというように手を振る。


「前教皇がやばい奴だったのは皆知ってるから大丈夫大丈夫。現教皇も気にしてないし、むしろ監禁されてた姫を助けられたからって喜んでるはずだ」

「そうなんですかね」

「そう。ノヴィルは弱肉強食だ。こんなことよくあるよくある」


 よくあって欲しくないものだ。ノヴィルに行くのは出来る限り控えようかな。

 醤油焼きおにぎりを食べ終わり、次は味噌焼きおにぎりに手を付ける。匂いにつられて新しい兵士の人たちがご相伴を得ようと近づいてくる。この人たちもフォルモさんと知り合い、というか部下だったらしく私は輪に入れない会話をしている。

 まぁ、仕方がないと橋からの景色を楽しむことにした。

 レンガで積み上げられた大きな橋。島を背中に見えるのは遠くまで続く大河だ。

 右を見れば緑の中にぽつぽつと家らしいものが見える。左を見れば緑よりも白が大地に広がっている。そしてどちらも、小高い場所に大きな建物が見える。あの建物がある場所が首都なのだろう。

 それにしてもこの島は思ったより標高が高い。前の世界の日本一の山程ではないとは思うけれど(登った事がないから比較できない)十分に二国を見渡せれる。まるで監視台みたいだ。

 前の世界と違う事と言えば空も違う。太陽が二つあるとか空の色が違うとかではないが、水平線を、地平線を見つめればその先はだんだん暗くなっていく。地平線と重なる空の色は真っ暗なのだ。世界の違いにここがファンタジー世界なのだと実感できる。

 試食用に小さく握られていた焼きおにぎりを食べ終わる。小さいとはいえ二個はそれなりにお腹に溜まる。飲み物としてみそ汁を所望しようかと背後で話し込んでいるフォルモさんに近寄ろうとしたが、がたがたと何かが転がる音が聞こえてきた。聞こえてきたのはノヴィル側だ。そちらに視線を向けると、馬車がこちらに向かってきていた。馬車の見た目をしているのだが、引っ張っているのは大きな狼だった。きりっとした顔をして荷車を引っ張っていたのにその足を止め手綱を握っていた男性が近づくと人懐っこいわんこの顔に変わる。その顔が柴犬を彷彿させる。

 ……わんこ可愛いよねわんこ。どちらかといえば猫派なのだけれど柴犬とかサモエドとか犬でも好きな犬種がいくつかいる。この世界では動物はほとんどモンスターに近い見た目と大きさしているけれど、飼われているモンスターも一定数いるみたいだ。私とナハティガル君が顔を合わせた時に襲われていたモンスターより荷車引いてた狼の方が大きいのだがモンスターと違って愛嬌がある。馬車から降りた人たちもねぎらうように狼たちの毛並みを撫でていて人馴れしているのだと教えてくれる。

 馬車を降りてきた人たちは様々だ。恐らくよく大国を行ったり来たりしているような荷物は多めだが動きやすそうな格好をしている男性、子供連れの母親、楽しそうに会話している若い集団。その皆が反対側のプレニルに向かう人たちだ。

 原作でもそうだったけれど、この世界にはタクシーやバスの様に移動手段として馬車がある。けれど隣国にそのままいけるわけではない。ノヴィル首都からもプレニルの首都からも島が終点となる。この島でナハティガル君によるステータス確認をし、両国から絶対出さないようにと言われていない人ならば橋を渡らせ、隣国の馬車に乗って首都を終着として動き出すのだ。所謂乗り換えというものだろう。

 原作では馬車に乗って向かうルートと徒歩で向かうルートがある。馬車で向かうルートは一度クリアした場合に現れる短縮機能ではあったけれど、馬車を護衛するというクエストが発生する。少し面倒ではあるけれど再びナハティガル君に出会う為に何周もした時にお世話になったものだ。


「お嬢ちゃん、領主を呼びにいかせはしたが、お嬢ちゃんがいれば問題はなかったか?」

「問題はないけれど、ナハティガル君がいた方がいいと思うので呼んだのは正解です」


 近づいて耳打ちをしてきたフォルモさんにそう返してからふと気づく。

 教皇になったナハティガル君をここに来させるのはあまりよろしくないだろう。とはいえ私が代わりにとも言えないだろう。なんせ神だし、一応。私のスキルがないとステータスの確認ができないし、今後どう対応するか考えておかなければならない。私、分裂できれば楽なんだけれどなぁ。

 とりあえずその問題は置いておいて今はここに来た人たちのステータスでも確認しておこう。ってことでスキル発動。やってきた人たちのステータスが目の前に現れる。特に気になる点も無く不躾だろうけれどステータスをのんびりと眺めていた。そしてふと一人の人が目に留まる。

 頭からぼろい布を被った人だった。身長はアンちゃんよりも高い、身体つきから女性だとわかる。不思議なのは、白いワンピースを着ているのだが、足や腕、手等を布を巻き紐で縛って曝け出されないようにしている。顔の方も被った布と首元に巻かれた布のせいで伺えない。でもステータスでは不審な点はない。と思われたが、職業が目に留まる。その職業が「元奴隷」だったのだ。


「元奴隷の、セレナードさん」


 思わず呟いてしまったその言葉にセレナードさんはびくりと身体を震わせた。怯えている様子の彼女の姿に、頭がフル回転をしてその記憶を引っ張り出してくれた。

 そうだ。彼女もアンブラのパーティにいた人だ。

 旅に出たアンブラが最初に用意した素性を隠す存在として買った奴隷、セレナード。彼女はこの世界では少ない黒人だった。黒人の肌といえば黒というより黒に近い茶色を私は連想するのだが、セレナードの場合は美しいぐらいに黒色なのだ。隠されているがその髪も肌よりも美しい程の漆黒。その姿から奴隷として売られたという設定があるが、美人さんとしてファンの間では好印象であった。

 奴隷という身分からか自己主張は少なくアンブラの言われるがまま動く人形のような存在だった。アンブラより年上という事で、まだ小さいアンブラに親がつけた付き添いの奴隷という設定でプレニルへ向かっていたのだ。

 だがナハティガル君の事件の後、心を変えたアンブラがセレナードに対する扱いを変えたのだ。人としての扱いというよりは物に対する扱いだったのが女性に対する扱いとなり、セレナードも少しずつ自分の意見も言えるようになったのだ。二人の仲の良さからラストは恋人同士になるのではないかなとか考えた人は多かったのだが、プレニルに向かうルートでもノヴィルに戻るルートでもアンブラはセレナードを置いて行ってしまうのだ。その後二人が再会できたのかどうかはわからない。どちらのルートでもその後のアンブラの動きは明かされないままゲームクリアを迎えるのだ。このラストに関しては賛否両論、はっきりしないからこそ次作に期待している声もあった。

 彼女もフォルモさんと同じで原作と違う道を歩いているようだ。彼女の幸せにつながればいいと思う所もあるのだが、ふととある違和感に気づいてしまった。

 セレナードは確かに奴隷であった。なのに何故、今ここにいるのだろうか。

 奴隷は簡単にはその職から逃げられないと聞いていた。だがセレナードの職業には「元」がついていて、近くにはセレナードの主のように見える存在はいない。そうなると、彼女はどこかの心優しい人の手で奴隷から解放されたのだろうか。それなら彼女は幸せになれる確率はあがるけれど、セレナードはノヴィルからプレニルに向かおうとしている。セレナードが個人の理由でプレニルに行く必要はないはずだが、これも原作が変わってしまったせいなのか。

 まぁ、平等の国プレニルなら彼女に厚い対応してくれるだろうと頷いていると、子供が一人セレナードに近づいた。


「おねえちゃん、またお歌きかせて」


 その可愛らしいお願いにセレナードはどこか躊躇っているように見える。不思議そうに観察していると、セレナードが私の方に近づいてきた。


「あの、すみません。ここはプレニルとノヴィルどちらの領地でしょうか」

「どちらの領地でもないですよ」


 多分。確かどちらの領地でもあってどちらの領地でもないんだっけ?まぁ今後メガニア国が出来るかもしれないし、どちらの領地でもないって答えが正解だと思いたい。

 私の確証が持てない答えにセレナードは頭を下げ、歌をお願いしてきた子供にまた近づいていく。


「うん、いいよ。でもこの歌はノヴィルの歌だから、プレニルでは歌ったりしたら駄目だからね」


 頭を撫でられながらセレナードの言葉に元気よく頷いた子供にセレナードも微笑んだような気がする。顔は見えないけれど、雰囲気がそんな感じだ。セレナードは息を吸い込み、そして歌を紡ぐ。

 穏やかな曲ではなく行進曲にも似た曲調だ。歌詞は不等を嘆くなとか、積み重なった努力は来世にも繋がるとかそんな内容だった。決していい曲とは言えないが、セレナードの歌声はそんな曲を素晴らしい神曲に変えていた。高音も低音も綺麗に響く。しゃがんだ状態でも辺りに行きわたる程の声量で、橋にいる人全てがセレナードの歌声に聞き惚れていた。原作でも綺麗な声の声優さんが担当していたけれど、歌が上手いっていう設定は全く知らなかった。これはキャラソンが出れば他のキャラとの差が凄まじいくらいの売り上げを叩き出していただろう。

 歌が終わり、一拍の間があってから橋には拍手の雨が降り注いだ。驚いている様子のセレナードに皆が賛辞の言葉を渡している。皆が落ち着いた辺りで私もセレナードに近づいた。


「とても歌が上手なんですね。素敵でした」

「ありがとうございます。……これぐらいしかできないですけどね」

「いやいや、自分が出来る事をこんなに素晴らしいものに変えるなんて、それだけ歌を練習したのでしょう?一つの物を皆が感動する物にするのは並大抵の努力では足りないでしょう」


 前世の友人の中にはオリンピック選手を目指してスポーツに打ち込む子もいた。他の人は夢を見すぎだと笑っていたけれど、大きな目標を持って好きなスポーツを続ける友人を私は尊敬した。オリンピック選手にはまだなれていないが有名な選手となった友人の将来を見守れないのは少し寂しい。

 あ、どうせならセレナードのこと色々聞いてみよう。


「貴女はプレニルに向かうのですか?」

「向かうつもりですが、もしよければこの付近でしばらく過ごせないかと考えてます。島にある村に滞在できると聞いた事がありまして」

「できますよ。そうなると、貴女のステータスを見て判断する事になりますがいいですか?」

「……構いません」


 セレナードの声が少し震えた。そりゃ怖いよね。元奴隷ってなると良い印象は持てないだろうし。まぁ、ナハティガル君がもし悩んでいたら彼女の滞在を後押ししよう。綺麗な歌を聞かせてくれたお礼も兼ねてね。

 私がそんなことを考えていると、ふとセレナードが黙って私を見ているのに気づいた。


「どうしました?」

「えっと、貴方はこの島の人ですか?幼く見えますが大人の様にしっかりとした話し方で……」

「はい。メガネと呼んでください」


 確かに見た目は先程歌をおねだりした子供より少し上くらいだものね。その見た目で滞在の事情を知っていたりとちぐはぐだったかもしれない。まぁ、見た目は子供、頭脳は大人、その名は眼鏡だなんて気づかれもしないだろう。

 セレナードは少し考える様子を見せてから私と目線を合わせるようにしゃがみ込んできた。その際に見えた目元は黒い肌に宝石のような青い瞳が嫌でも目に惹いてしまう。


「私、探している人がいるんです。茶色い肩ぐらいの長さの髪をして、変わった紐で装飾しているアンっていう女性の見た目の人、知らないですか?」


 うわ、凄い知ってます。と言いそうになったけれど我慢できた。アンちゃんなんでこんなに探されてるの。え、つまりセレナードもノヴィル軍からの刺客?ノヴィルはそこまでアンちゃんを探したいの?流石にここまでくるとアンちゃんをこのままここにいさせるのは危ないんじゃないかな。匿ってるって思われるよ。ノヴィルから敵対関係にされちゃうよ。しかもセレナードが言ってるのは変装しているアンちゃんじゃん。変装ばれてるじゃん。

 私がどう答えようか悩んでいると後ろからフォルモさんの声が聞こえてきた。

 どうやらナハティガル君が来たようだ。これでこの質問に対する返答を少し長引かせれる。ナハティガル君タイミング神!とナハティガル君を盛大に迎え入れようとしたけれど、その光景に身体が固まってしまった。ナハティガル君の隣にはアンちゃんがいたのだ。肩ぐらいの長さの茶髪、変わった紐で装飾したワンピースと髪。まさにセレナードの探し人そのままだ。これは隠しようがない。


「アン様!」


 スキルを駆使してセレナードからアンちゃんの姿を見せないように動こうとも考えたけれど、その前にセレナードが動いていた。セレナードはアンちゃんの足元に跪いてアンちゃんの顔を見上げる。その際に被っていた布が頭から落ちてその髪が露わになった。黒い肌よりも黒い髪は実際に見てもとても綺麗な物だった。


「突然いなくなってとても驚きました。何故置いて行かれたのです」

「え、え」


 アンちゃんはどうやら驚いているようで私とセレナードを交互に見ている。いや、私に助けを求められても。

 仕方ないのでアンちゃんに近づいてわかりやすく教えてあげることにした。


「ノヴィルから来たセレナードさんなんだけれど、アンちゃんを探していたみたいなの。知り合い?」

「知りあいっていうか……」


 アンちゃんはごにょごにょと言い淀みはっきりしない。ナハティガル君もフォルモさんも何が起きたのかと首を傾げているんだからさっさとセレナードとの関係を話したらどうなの。隠していた顔をさらけ出しているセレナードも可哀想でしょうが。


「アン様は、奴隷商で私を購入して頂き、こうして奴隷から解放してくださったんです。自由に気の向くままにいなさいと言われましたが、私はアン様の傍にいたくて」


 セレナードを奴隷から解放したのはおまえかーい!良い事してるのになんでそんな言い辛いようすだったんだーい!

 そんなツッコミをしたかったが、アンちゃんはまるで犯罪がばれた人の様に顔を青くしている。何か私が知らない問題でもあるのだろうか。フォルモさんに何もわかってないんですと言いたげな顔を向けるとため息混じりに教えてくれた。


「ノヴィルでの条例で奴隷の解放をするには教皇の許可が必要なんだ。だからアン坊はノヴィルで罰せられることしたってことで」

「許可が必要なんですか」

「皆が解放しだしたら奴隷がいなくなるからな。ノヴィルは奴隷を作る事はしないが、人手を増やす為に仕方なくプレニルから奴隷を買っている状態だ」


 へー、と理解しようとしてふと気づく。あれ、プレニルって平等の国だよね?なら奴隷とかはそれこそ違反ではないの?その辺の詳しい事を今聞くのは違う気がする。後でちゃんと聞いておこう。

 奴隷解放に関しての問題はこの島にいれば問題ないでしょう。ここはノヴィルではないからね。

 しばらく沈黙が続いたけれどセレナードが耐え切れなくなって口を開いた。


「えっと、私はアン様の傍にいたいのですが、アン様には迷惑でしょうか」

「め、迷惑ではないです。その、あの時自分でも何も考えずに貴方を解放してしまって」

「後悔、してますか?」

「後悔はしてないです。だから、貴女はもっと自由に」

「アンちゃんアンちゃん。ちゃんと責任を取れって話だよ」


 横から口を挟んでみればアンちゃんは顔を赤くしている。これはアンちゃんとセレナードでカップルになってくれるかな。二人が恋人同士になってほしいって声は前世でよく聞いていたし、是非是非くっついて欲しいものだ。

 もっと囃し立ててやろうかと思ったけれど、ナハティガル君の咳払いがそれを止めた。


「詳しい話はわかりませんが、私とメガネ様は仕事がありますので少し離れますね。そちらの方のステータスの確認もしたいですし、また後程伺います」


 ナハティガル君が手を差し伸べてきたのでその手を取る。眼鏡の姿に戻ろうかと思ったけれど話したい事もあるので姿を変えるのはやめた。眼鏡の姿になってまた人間の姿に戻るには少し時間がかかってしまう。私のその意図がわかってかナハティガル君も何も言わず私の手を優しく握ってくれた。アンちゃん達から離れてからナハティガル君が口を開いた。


「メガネ様は先にステータスの確認はされたのですか?」

「うん。問題はなかったよ。滞在希望の人がセレナードちゃん以外にもいたらまた細かく見ていくけれど」

「……彼女はセレナードというのですか」

「元奴隷ってだけで問題はなかったよ。それとも奴隷ってなると庇わない方がいいかな?」

「いえ、そういう事はないです」


 ナハティガル君は橋を渡りたい人達にいくつかの質問をし、誰も滞在希望の人はいなかったので皆プレニルに向かって橋を渡り出した。それを見送ってから改めてナハティガル君の方を見る。


「そういえば、セレナードは歌が上手かったんですよ。小さな子供からお願いされて歌ってくれたんです」

「あぁ、来る途中で歌を聞いたという方と話しました。そんなに良い歌声だったんですか」

「はい。ノヴィルの曲はあまり良くなかったんですけど彼女の歌声でとてもいい曲になっていたんです」

「……あの曲は国歌であり神の教えを広める曲ですから、あまりそう言う事は」

「言わないようにしますね」


 宗教が関係してくるなら悪い事は言えないや。だからあんな歌詞だったんだな。娯楽というものは無いかと思ったけれど歌はあるんだなこの世界。宗教に関係してくるものがあるのだとすれば絵とか像とかもあるのかな、仏像とかそんな感じで。それをナハティガル君に聞いて見れば首を振られた。


「神の姿を見せるというのは聞いた事がありません。神に会えるのも限られた人だけですし」

「あー、見てはいけない物みたいな感じなのかな?」

「そうなりますね。どちらの国でも民が知れるのは教皇を通じた神の言葉と神の意思を覚える為の歌ぐらいです」

「そっか。歌ねぇ、ここでも用意した方がいいかな。教えを広めるっていうか、メガニアがどんな国なのか知ってもらう為にも。楽器とかってどんなのがある?」

「……がっき、ですか?」


 首を傾げるナハティガル君は可愛い。でも楽器というものが知られていないようだ。合唱はできても合奏はできないってなんだか変な感じだ。興味がある様子のナハティガル君にわかりやすくたとえ話を使ってみる。


「手を叩くと音が出るじゃないですか。それに似た感じで何かをぶつけ合うと手を叩いた時とは違う音がなるでしょう?そんな色んな音をだすのが楽器です。色んな楽器の音を合わせて演奏するんですよ、私達の前世だと」

「それは、楽しいのでしょうか」

「楽器の演奏自体を楽しめる人がいて、バラバラの楽器を使って一つの曲として演奏すること、そしてその完成した曲を聞くのが楽しいんですよ。歌を歌うのも楽しいでしょう?」

「……歌を歌った事がないのでわからないです。メガネ様は歌えるのですか?」

「うん。たまにストレス発散に歌ってたよ」

「聞いてみたいです」


 え、今何と。

 ナハティガル君の顔を見れば期待を込めて輝くその目に断るという道はない事を知る。確かに歌う事はそれなりに好きだけど、上手いわけではないんだよなぁ。しかもそれを推しに聞かれるなんて。こんなことならもっと歌が上手くなるように意識してカラオケに行ってればよかった!

 そしてもう一つの問題としては何を歌おうかってことだ。カラオケにはよく行ってはいたけれどネタ的な曲を歌うのが好きだったのだ。J-popで歌えるものもあるけれど、ここで歌って神が歌った曲だー!って広められたら、それは駄目な気がする。著作権は大事。そうなると何を歌おうかとしばらく考えて考えて、考え抜いた頭の中に流れたフレーズを歌ってみる。


「……うーさーぎーおーいし、かーのーやーまー」


 無難だったと思いたい。他にもっといいのがあっただろと言われるかもしれないが、私の歌唱力で歌えそうなのがこれしか思いつかなかった。知っているのは一番だけなのですぐ歌い終わるのだが、なんだかとてつもなく長い時間に感じた。歌い終わるとナハティガル君は拍手を捧げてくれる。


「上手いですね。それはメガネ様の前世にあった歌ですか?」

「そうです。そ、そんなに上手かったですか?」

「えぇ。歌はいいものだとよくわかりました。メガネ様は新しい発見をくださって嬉しいです」


 本当に嬉しそうなナハティガル君の様子にその言葉に偽りなんだろうとよくわかる。こんな歌で褒められるなんてすごくくすぐったい。すぐにでも歌が上手いなんて否定したいけれど、ナハティガル君の表情を見てしまうとその口も噤んでしまう。

 前の方を見ればまだアンちゃんとセレナードが何か言いあっている。フォルモさんもそれを止める様子はないようだ。結局原作通りの主人公パーティが揃ってしまったけれどその様子は原作とは全く違う。これからも原作と違う道を歩く事が出来るのかと不安にはなるけれど、国を作るなんて大きく原作を変えるのだ。原作通りの悪い道にはいかないはずだ。


 私は想像していた。これから来る忙しい未来を。でもメインキャラ達が幸せそうに笑っている未来を。

 私は知らなかった。今こちらにむかってくる者が、私達が想像していなかったシナリオを持ってくることを。

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