76 メガネ、怒る
目を開くと、真っ白な空間の中にいた。目が痛くなる程に真っ白で少し恐怖を覚える。
白い部屋にしばらく過ごすと精神崩壊するとか聞いたような?まぁ、外の世界も眼鏡を通して見れるから、そんなに気にすることはないかな。
どこに向かえばいいだろうかと目を凝らすと遠くに二つ人影を見つけた。あそこに行けばいいのだろうと、私は足を踏み出した。
神としてここに一緒に過ごすことになるなら、彼らとは仲良くしておけばいいのかもしれないけれど、私にはまったくそのつもりはない。ノヴィル神にはともかく、プレニル神には今後の話し合いによっては犬猿の仲になる可能性も考えてある。
あぁ、酷く緊張する。今までとは違って私が動かなきゃいけないからさらにだ。頭の中でナハティガル君やアンちゃんたちのことを思い浮かべて、緊張を隠しながら人影に近づいた。
ノヴィル神の方は笑顔でこちらを見てくれているけれど、恐らくプレニル神と見られる女性は険しい顔でこちらを見ている。それに臆することは控え、笑顔を向けてあげた。
「ノヴィル神はこの間ぶり。プレニル神は、初めましてですね。私がメガニアです。今後よろしく」
「……ノヴィルよ、なぜこの者をここに呼んだのじゃ」
プレニル神は私の言葉に返さないでノヴィル神を睨んだ。それにノヴィル神は肩をすくめた。
「自分たちと同じ神だ。ここに来る資格はあるだろう」
「わらわは思わぬ。元はただの道具じゃったのだろう?そんなものが我らと同等?片腹痛い」
「そうですかそうですか」
二人の会話に入り込んで、私はポンっと手を叩いた。
「プレニル神は私を神とは思えないんですね。だから私を疎ましいと」
「……それだけでない。貴様はわらわの愛するエレオスとナハティガルを奪ったのじゃ。エレオスはどういうことかわらわを神ではないと言い出して、貴様のほうを信仰しようとしておる。わらわが許すとでも思うか?」
「思いませんよ。私としても、あそこまでしてもらうつもりは全く無かったんですが。そもそもエレオスはプレニル神を良く思っていなかったようですので、そのせいでここまでのことになったのだと。私が原因にはなりましたが、元々はプレニル神のせいであんなことになったのでは?」
笑顔で返す私に目を吊り上げていくプレニル神。ノヴィル神は居心地悪いかと横目に様子を確認したけれど、ノヴィル神は楽しそうに私を見ている。私がどうプレニル神に対抗するのか眺めていて楽しいのだろう。
「エレオスがわらわを嫌う?そのはずはないであろう。わらわはボロボロのあの子を救い、この世界に連れてきたというのに」
「本人にとっては有難迷惑だったようですよ。それがわからないなんて、プレニル神も全知全能というわけではないんですね。親近感がわきます」
プレニル神は舌打ちをして、片手を振ろうとした。その手を咄嗟に私は掴んだ。
「な、なんじゃ」
「勝手に帰らせようとしている気がしまして。私はただ顔合わせのためだけにここに来たんじゃないんです。まだ、本題に入っていない」
そう言って、私は抑えていた魔力を解放する。その魔力が圧となってプレニル神に襲っている。力が弱くなっているとはいえ神であるプレニル神の膝をつかせるほどにはできないようだ。
「あなたは、ナハティガル君の視界を失わせたと。ノヴィル神は理由を言って謝ってくれました。よければ理由と、できれば謝罪が欲しいです。何故、ナハティガル君の視界を失わせたんですか?」
「っ……、そんなもの、あやつが貴様から離れぬと言ったからじゃ。わらわたちに対して平等であるはずのあやつが、ぽっとでの神でもない貴様につくなど、許されるものではないじゃろう!」
「……それだけが理由?」
「わらわにとっては大きいこと。いや、あやつはずっとずっとどちらにもつかず平等であるべきじゃったのじゃ。それを崩したこと、貴様こそ謝ったらどうじゃ!」
それだけが、理由か。気に入っていた人間が、別に好きになったものがあって、それが気に食わないと。
「……推しが、誰かを好きになったりして悲しい気持ちはわかる。同担拒否も悪いとは言わない。それでも、自分が好きになった存在を、傷つけるのは許されることじゃないだろう」
前世でも、人気だったその人が結婚してショックを受ける人たちだってたくさん見てきた。気持ちはわかる。私だって、ナハティガル君が実は結婚してたとかあったら、しばらく寝込んでいただろう。
でも、その後にその人をこけ下ろしたりするのは、嫌いになったりするのはお門違いじゃないだろうか。
少しでも好きだと思ったから推していただろうに、何故悪口を言える?大きな罪でないのに、何故少しの失敗でそんなに悪く言う?推しが掴んだ幸せを、何故批判する?
身体にも精神にもダメージを負わせるなら、そんな奴らはファンじゃない。ただのにわかだ。
推しに酷いことをするんなら、推しを好きでいて応援する人に酷いことをするなら、神様だろうが許せない。
「あんたは偉い神様なんだろうが、ナハティガル君の目を奪ったんなら許すわけにはいかない。あんたをその場から引きずり下ろしてぶん殴って地の底に落としてやりたいけど、流石にそこまではしないでおいてやるよ。ナハティガル君が許しても、私は許せない。あんたがもう一度そんなことをしないようにするために、私はここまで来たんだ」
プレニル神の瞳に焦りが見えるけれど、それでもプライドは保ったまま私を見降ろしている。
ああ、こんな小さな身体だからまだ舐められてる。同等だと、わかってもらうためにはこの身体じゃ駄目みたいだ。
メガニアを信仰する心はまだ余っている。十分過ぎるほどに。出来ない戦闘ができるんじゃないかというぐらいに。
力のおかげでスキルもレベルアップしてくれた。だからもう一度、また違う姿になれるのだ。
スキル《付喪神》を発動させる。少女だった私の姿は成長し、プレニル神と目線が並んだ。
「子供の姿に向かって謝れないなら、こうして目線を合わせてやろう。これで同等だと、見た目ではわかってくれたか?」
恐らく少女の姿が20歳近くまで成長しただけだと思っている。鏡がないからどう美人に育ったかはわからないけれど、美少女だったのだから怯ませられるぐらいの美女ではあるだろう。
プレニル神の反応を見ると、それは予想外のものだった。
私の顔を見て目を見開き、驚愕にも恐怖にも見られる表情を見せている。なんなのかとノヴィル神のほうを見ても、彼も驚いたのか微動だにせず私を見つめていた。
思わぬ反応に私もどうすればいいのかわからなかった。二人が固まってからこの空間ごと固まったかのようだ。
二人にどうしたのか聞くべきか、とにかく強気に謝れと責めるべきかと悩んでいると、背後から呼ばれた。
「メガネ様」
その声に驚いて振り返るとそこにはナハティガル君がいた。ナハティガル君の周りには四匹の妖精みたいなものが飛んでいる。
「ナハティガル君?どうしてここに」
「メガネ様を迎えに来たんです。アンから話は聞いてます」
「え、でも」
「メガネ様はこの空間にいる必要はないですよ。二人がここにいるのは、原初の神に見つからない為にとある女性がそうしただけです」
ナハティガル君の言葉は私が帰れるということがわかるのと同時に、ナハティガル君が何かを知っているのだとわかった。
「……な、ナハティガル……、ごめん、なさい」
先程まで固まっていたプレニル神が震える声で謝罪を述べた。驚いて振り返るとプレニル神は青ざめた顔でナハティガル君を見て、そしてチラチラと私の顔を見ていた。
「わ、忘れていたの。あなたは、ただの人間じゃなくて、母様の大切な存在だって……」
「自分も、忘れていた。お前が特別だって……。メガニアの姿で、思い出した。メガニア、お前は母様だったのか?」
母様、とは誰のことだろう。私だけがわからないでいると、ナハティガル君が私の肩を叩いた。
「長い時間が必要になりますが、全部教えますよ。母様と二人が呼ぶ存在と、私のこと。全部、メガネ様には知ってほしいのです」




