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74 メガネ、神の奇跡

 メガニア国と二国を結ぶ橋はいつものように人が往来している。少しプレニルからやって来る人が増えたようにも思えるけれど、気のせいだろう。

 通る人たちは皆眼鏡をかけている。何も知らないメガニアに住む人たちは不思議そうに見ているけれど、深く聞いている人はいないようだ。

 まぁ、それでも聞くのは時間の問題だろう。だから、私はこうして人に眼鏡を配っていた。


「っていうことで。シバもこの眼鏡をかけてね」


 橋の近くに建つ食堂の中で、私はシバに一本の眼鏡を差し出した。フォルモさんお手製の大福をもぐもぐしていたシバは眼鏡をみるけど、状況が理解できていないようだ。


「え?それってメガニアの神様から貰う奴ですよね?僕がもらえるものではないのでは?」

「そのメガニアの神様が良いと言ってるんだからかけてね。この眼鏡ならその人が危険かどうかがわかるぐらいだけどね」


 シバは持っていた大福を一気に口に含む。それ、喉に詰まらせる可能性あるからやらないほうがいいよ。

 大福をお茶で流し込んでから、大福を掴んでた手を布巾で必死に拭い、それから震える両手をこちらに差し出した。とりあえず何も言わずにその手に眼鏡を置いてあげると、シバははぁああと息を吐き出す。


「ま、まさかプレニルの僕も頂けるなんて思っていませんでした」

「メガニア様に感謝を捧げてね。その眼鏡を通してメガニア様はシバのことも見ているから」

「……それって監視されてるようなものですかね?」


 先程までの喜びが一瞬で消えて不安そうな瞳をこちらに向けてきた。特にそれに答える義理もないので、隣にいたヨナキウを見る。


「ヨナキウはその眼鏡どう?不調はない?」

「はい。診察前にその人の状況が見えるのがすごく有り難いです」


 そう言ってヨナキウは胸元にさしている眼鏡に触れる。ヨナキウに渡した眼鏡は、治療をする彼女のためにもと人の病気や怪我の具合を確認できるようにしてある。問診も必要だけれど、見えていても役立つだろう。患者さんの無自覚の症状もこれで見逃すことは無いはず。


「メガニア様の加護はさらに強くなっていますよね?私の眼鏡も皆さんよりすごい力がつきましたし」


 そう言ったのはシムコムと一緒に昼食を食べていたセレナードだ。セレナードの眼鏡には録音と再生機能をつけてみた。セレナードが歌ったり演奏したりした音がいつでも眼鏡から聞ける。スピーカーになっているというより、音振動のイヤフォンタイプにしてみたので音を響かせながら歩くわけではないよ。ちょっと音漏れがあるけれど、そこは見逃してほしい。


「それに、メガニアのほとんどの者に眼鏡を与えているんだろう?巫女様、メガニア様は大丈夫なのですか?そんなに力を使って」

「大丈夫だよ。最近は神様の力が強くなられたって言ってたし」


 シムコムの言葉に私は大したことがないように答えた。まぁ、間違いじゃない。思った以上に力が溜まったから、やりたいことをどんどんやっているだけだ。国民全員に眼鏡を配っても、まだ予定する魔力よりも多く余ってるから驚いてはいるけれど。プレニルの人、どれだけプレニルの女神から離れてるんだろう。


「……本当に、大丈夫なのか?お嬢ちゃん」


 黙って私たちの話を聞いていたフォルモさんが心配そうに私を見る。

 フォルモさんはなんとなくかもしれないけれど、私がメガニアの神だとわかっているのだ。


「うん。大丈夫。さて、シバに眼鏡渡せたし、フォルモさん、ちょっとついてきてください」

「構わねぇが、何か用か?」

「はい。ナハティガル君の元についてきてください」




 フォルモさんを引き連れて私はナハティガル君が住む屋敷にやってきた。視力を失ったナハティガル君は何もできず、ほとんどを屋敷で過ごしている。退屈で生活にも困っているだろうに、ナハティガル君は不満も言わずに過ごしていた。

 やってきた私たちにナハティガル君は笑顔を見せて中に招き入れてくれた。部屋には先にアンちゃんが座ってお茶を飲んでいた。


「よっ。お前らもお茶飲む?」

「うん。頂きたいな」

「わかった。ナティは座ってろ」


 お茶を淹れようとしているナハティガル君を立ち上がったアンちゃんが座らせてお茶を淹れに部屋を出ていく。

 大人しく座ったナハティガル君は首を傾げる。


「それで、どうかされたのですかメガネ様。フォルモも一緒に」

「うん。ナハティガル君に渡したいものがあったの。ちょっと動かないでね」


 そう言って私はナハティガル君に近づく。座ってくれたので作業がしやすい。

 ナハティガル君の耳の上あたりに手を当てる。そして魔力をこめながら、ナハティガル君の目の前まで両手を滑らせた。するとその手の動きに合わせるように眼鏡が生成される。レンズは黒く塗られたものにした。

 私が手を離すと、ナハティガル君が驚いたように何度も瞬きをする。その目は黒く塗られたままだ。


「え、メガネ、様?姿が、見えるのですが……」


 ナハティガル君の声に先に座っていたフォルモさんが驚いて立ち上がる。どうやら、上手くいったみたいだ。


「ナハティガル君の視神経と眼鏡を同調させまして、見えるようにしてみました。眼鏡をしている間は視力が戻りますが、外すと無くなるので気をつけてね。あ、同調させたとは言ったけど外すときに痛いとかはないから安心して。レンズが黒いのは黒い目を隠すためだけど、嫌なら透明に戻すよ」


 私の説明は聞こえているのだろうけれど、ナハティガル君は驚愕した表情で眼鏡に指を滑らせている。視界は元の人と同じ視界で見えるようにしてはいるけれど、不便さはないかな?


「ナハティガル君。ナハティガル君が私のために視界を奪われたって聞いて、ショックは受けたけど、私も多分同じことをすると思うんだ。だから、私はナハティガル君を責めることができない。むしろ、推しに推しだと言われて、嬉しい自分もいるんだ」


 私はナハティガル君の手を握り、顔を覗き込む。ナハティガル君は困ったように笑った。


「メガネ様の気持ちはわかります。私も、メガネ様の立場であれば、同じ気持ちだったと思います」

「うん。だから、私も今後もナハティガル君のために、ナハティガル君と周りの大切な皆のために動くよ。だから、ナハティガル君。これからも、メガニアの教皇として頑張ってくれる?」

「……勿論です。メガネ様のため、この視力を戻してくれたのです。こうしてまたメガネ様を見ることができたのです。教皇の任、頑張って勤めますよ」


 その言葉が聞けて満足だ。ナハティガル君はずっと、メガニアに居てくれるだろう。もしも外に出られるようになったとしても、ずっと。

 私はナハティガル君の手から離れ、フォルモさんとナハティガル君を交互に見た。


「ちょっと用事思い出したから、用事とついでに散歩してくるね。帰って来たら私もお茶するから、待ってて」

「ああ。お嬢ちゃんの好きなカステラ作ってきてるから、食べたいなら早く戻って来いよ」

「それは、確かに急いで帰って来なきゃ。アンちゃんに食べられたらいやだもん」


 そう言って笑顔を向けてから、私は部屋を出た。


「……教皇猊下、違和感ないか?」


 私が出ていった後、フォルモさんがナハティガル君にそう聞いた。ナハティガル君は新しい眼鏡を何度か撫でてから頷く。


「ええ。しかし、今は信じましょう。もしもの時は、私がなんとかしますよ」


 できるだけ普段通りにしてるつもりだったけど、気づかれているのか。悔しいな。

 眼鏡を渡すついでに、大切に思う皆に会えた。

 ナハティガル君の視力を戻すこともできた。

 私がメガニアでやっておきたいことはあと一つだけだ。

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