71 メガネ、覚悟を決める
皆が部屋に集まる中、怪我を治すようなスキルを持つヨナキウがナハティガル君の黒に染まった瞳を診察していた。しばらく見つめてから、見守っていたフォルモさんとアンちゃんに顔を向けてから首を振る。
「ごめんなさい。これは私のあるべき姿に戻すスキルでも治せないです」
「どうしてだ?今の状態があるべき姿とでも言うのか?」
「アン」
語気が強まるアンちゃんを隣にいるフォルモさんが嗜めるように肩を掴んだ。アンちゃんは悔し気に唇を噛んで、それ以上は何も言わなかった。
「恐らく、視力を失くしたのが神によるものだから、でしょうか?」
黙ってヨナキウの診察を受けていたナハティガル君が口を開く。その言葉にヨナキウは弱々しく首を縦に振った。
「スキルが使えない理由になるのは、それしかないと思います。私のスキルは、神のしたことまでは及ばないみたいですね」
「ヨナキウさんは悪くないのですから、そんなに悲しそうな声を出さないでください。大丈夫ですよ。最初は不便でしょうが、いつか視力が無い状態も慣れていくでしょうし」
「……お前は!」
アンちゃんがフォルモさんの手を払ってナハティガル君に詰め寄った。
「なんでそんなに受け入れてるんだよ!いくら神のしたことでも怒ったり、悲しんだりしてもいいだろう!?」
「この目の犠牲で大切な推しを守れるのであれば、後悔も怒りも何もありません。まぁ、もうメガネ様のお姿が見れないのは残念ですが、記憶にあるもので十分です」
「……っ、なんだよ、それ……」
言葉が出てこないのかアンちゃんはそれっきり黙り込んでしまった。代わりにフォルモさんが口を開く。
「そういえば、猊下。メガネ様は?」
「……私が視力を失くしたと伝えてからは、姿を見せなくなってしまいました」
そう言って、ナハティガル君は手に持っていた眼鏡を撫でた。
「視力を失くした私は、もう眼鏡をかけても何もできません。怒らせて、しまったのでしょうね」
「……猊下」
「大丈夫ですよ。いずれは、元気な姿をまた見せてくださると思います。メガネ様なら、大丈夫です」
「おい、メガネ」
声を掛けられて、私はハッと顔を上げた。
客室の一つに私と、私が呼んだエレオスとミーティがいた。心配そうに私を見ている二人に笑顔を向けた。
「ごめんごめん。ちょっと意識を別のところに集中してて。今までやろうとしてなかったから、実際にやってると難しいなぁ」
「……まぁ、こちらとしても真実を受け止める良い時間を貰えたからいいのだが。なぁ、ミーティアよ」
「ええ。流石に、信じられなかったですから。メーちゃんが、メガニアの神本人であるなんて」
部屋に呼んだ二人には、私がメガニアの巫女でありメガニア神としての立場もあることを伝えていた。そして、私が作り出した眼鏡を通して、その人の視界を見れるし、意識をその眼鏡に移せること、ステータスを見れること等を伝えていた。
驚いた二人が頭の整理をしてもらっている間に、ナハティガル君たちの持っている眼鏡からの視界も会話も全て聞くなんて荒業をしてたけれど、これは大分疲れる。全てを知るなんて神様らしいとは思ったけれど、慣れるまではしばらくかかりそうだ。
「それで、それを僕らに伝えてどうするのだ?お前は、メガニアの教皇にプレニル神とノヴィル神がしたことを許せない様子だが、僕らに復讐でも手伝えとでも?」
「そうだね。簡単に言えばそう。これは、例え時間を戻しても、解決できない問題だと思ってるし、私がちゃんと動くべきだと思ってるんだ」
メガニアという国を作るためにと、私が神の代理を務めることになった。私としては、私が神なんておこがましいし、私よりも神らしい人や存在が現れたら譲るつもりでもいた。神としての覚悟は私には無かった。
それが原因で、私はナハティガル君に守られてしまったと考えた。ゲームのシナリオからナハティガル君を守ったつもりでいたのに、結局私は、ゲームのシナリオ以外のところでナハティガル君に守られてしまった。
例えミーティのリセマラで戻っても、結局ナハティガル君にあの神様は何かをするだろう。それならもう、私は覚悟を決めるしかない。
「私は、ちゃんと神様になる。そして、プレニル神とノヴィル神に謝ってもらう。その為に、神としての力を付けるために、二人に協力をお願いしたい。プレニル神とノヴィル神を裏切ることになるから、嫌だったらそう言ってくれればいい。出来る限り、人たちには命の危険があるなんてことはしない。どうか、力を貸してくれないかな」
私の言葉に、すぐさま答えたのは、エレオスだった。
「構わんぞ」
一秒も待たずに答えてくれたので、こっちの耳が悪くなったのかと思ってしまった。
「えっと……もう少し考えてくれてもいいんだよ?」
「考えたとしても、僕の考えは変わらない。そもそも、プレニルの神のせいで僕は生き永らえてしまったんだ。とっとと死にたかったと言うのに。クデルに会わせてもらえたというのは感謝しているが、それ以外は全部憎しみの感情ばかりだ。むしろ、神を殺すのならば喜んで僕もやるが?」
「殺すつもりはないから。……ありがとう、エレオス」
エレオスに頭を下げると、エレオスは肩をすくめて見せた。
「メガネも神になるのならば、ただの人間に簡単に頭を下げるものじゃないだろう。もっと我儘なほうが神らしいんじゃないか?」
「まだ力が無い神だから、流石にそんなに偉そうにはできないよ。……まぁ、今後頑張ってみる」
そう言ってから、私はミーティに視線を向けた。ミーティは酷く悩んでいる様子で、眉間に皺が寄っている。
「ごめんね、ミーティ。ミーティはノヴィル神に対して悪い感情もないから、困るよね」
「……そうだね。私たちは、ノヴィル神には助けられていることも多いから。裏切るのはすごく、覚悟がいる。でも」
ミーティは一度深呼吸をしてから、覚悟を決めたのか私にまっすぐ視線を向けた。
「私はメーちゃんのことを優先度が高い場所に置いてる。大切な友達の大切な推しが傷つけられたんだから、怒るのは当たり前だよ。私も、神様を殺すのはできないけれど、できる限りなら協力する」
「ありがとう、ミーティ」
二国の国民に声が届けやすい二人の協力を得られたのならば、作戦は簡単だ。念のため、近くに人がいないかを確認してから、私は二人に作戦を伝えることにした。
「簡単に作戦を言うと、この世界の人たちにメガニア神を信仰させる。その為に、二人には私が作った眼鏡を、国に広めてほしいの」
「信仰……?」
「神様は、人の信仰心で強くなるんじゃないかと私は考えたの。現に、私が収穫祭で踊ってから、メガニア神にお詣りする人が増えて、力がついてるような気が私にはするの。私が神になるには、その信仰心が必要なんだ」
ただ、眼鏡を配るだけで信仰心が増えることはないだろう。視力が低い人ならメガニア神のおかげだと思ってくれるかもしれないけれど、それは一部だけだろう。
勿論眼鏡も色んな種類を増やして配るつもりだ。それでも、何かしらの出来事がない限りは信仰を増やせない。
だから私は、もう仕掛けている。
「世界中の人たちから、私が視力を奪う。そして、私の眼鏡によって視力が取り戻せることを二人が伝えて、眼鏡を広げてほしい。そして、私が視力を奪ったのは、プレニル神とノヴィル神への報復であり、人たちにも影響を与えてしまったのは謝罪すると、二人の口で伝えてほしいんだ」




