62 男達、思う
メガネがメガニアに帰って数日。
時間が空いたフォルモは、教会から離れた場所にある墓地にやってきた。その墓地の一番奥に、大きな石碑があった。そこには教皇に歯向かおうとして亡くなった軍人たちの名前が書かれている。
その中に目的の人の名前を見つけ、フォルモはその名前の前に腰をおろす。
その名前の前に黄色い花を供えた。
「久しぶりだな、ダフォディル。……軍のこと、新しい軍人の教育のために、猊下に呼ばれてこの国に帰ってきたよ。俺がいた頃と、だいぶ変わっていたな」
ダフォディルとフォルモは同期であった。ダフォディルは教皇の妻であるリュヌやその子供たちの護衛がメインであったが、フォルモは騎士たちをまとめる立場にいた。働く場所が違うから、会話することはそんなに多くはなかった。だが、時折ダフォディルがリュヌやエトワレと接している場面に出くわすと、騎士達に厳しく接しているダフォディルだとは思えない表情をしていた。
いつか一緒に肩を並べて立つことができれば、良き友になれるかもしれない。そう思っていたフォルモだったが、ある日、リュヌが亡くなった。
亡くなった原因がリュヌの身体に降りていた神のせいだと、当時の教皇は考え、次の巫女に選ばれた実の娘に神が降りても勝手に動かないように監禁し、神に忠誠を誓う騎士団を、神に剣を向ける軍隊に変えた。その際に、軍をまとめあげる立場にと、ダフォディルとフォルモ、どちらかを隊長にしたいと教皇から声を掛けられたが、フォルモはそれを断り、剣を捨て、故郷であるメガニアに帰ったのだ。
「あの時、家に帰りたいって、剣を捨てたいって俺をお前は止めずに、むしろ悪いことにならないように猊下に話してくれたよな。おかげで、俺は無事に帰ることができた。お前には本当に感謝してるよ」
ダフォディルも教皇と同じように神に剣を向けていることも知っていた。だが、フォルモにはそれを止めるすべはなかった。あの時、自分が残っていれば、こんなことにはならなかっただろうか。
二度も、親しい人間が亡くなったのを、人づてに聞くことはなかっただろうか。
今となっては、もうわからない。
フォルモが黙っていると、背後から足音がした。フォルモが立ち上がって背後を見ると、そこにはアンがいた。
「フォルモさんも、墓参りですか?」
「ああ。メガニアに帰る前にな。アンもか?」
「はい。手ぶら、ですけどね」
そう言ってアンはフォルモの横に立つ。そして供えられている黄色い花に気付いた。
「この花は」
「俺が持って来たんだ。ダフォディルの名前の由来の花だよ。あいつの故郷ではこの花がたくさん咲いているらしい」
「そう、だったんですか。……ダフォディル隊長がこんな可愛い花なんて、似合わないですね」
「ああ。本人も自分の名前を嫌っていた」
アンは黙祷を捧げ、それから口を開く。
「ダフォディル隊長は、厳しくはあったし、俺を引き取ったのも何かしらの考えがあったからなんだろうけれど、ちゃんと俺を育ててくれたんです。最期は剣を向けられたけど、感謝してるんです」
アンをプレニルからノヴィルに連れて来たのは、プレニルに偵察のために商人のふりをしてやってきたノヴィルの騎士だった。偶然にもアンブラを託され、ノヴィルに帰ったその騎士は、ダフォディルに相談をした。ダフォディルとしては、プレニルの皇子であったアンブラを手懐け、アンブラが両親の敵討ちのためにプレニルの教皇を殺す駒として育てていたようだった。だが、それを知るものはもう、ここにはいない。
「まぁ、嘘をつかれていたのはショックではあったけど、ノヴィルに来て、俺がノヴィルから離れてメガニアに住みたいって言っても反対はされずに受け入れてくれたし、実は優しいんですよね、ダフォディル隊長って」
「……息子みたいなお前に情があったのかもしれないぞ?」
「ははは。そう思ってくれてるなら、嬉しいんですけどね」
「おや、賑やかだと思えばお前たちもいたのか」
後ろから声がして二人が振り返ると、エトワレがこちらに歩いてきていた。二人が慌てて片膝をつこうとしたが、それをエトワレが止める。
「いい。楽にしてくれ。ここには教皇としてではなく、ただのエトワレとして来ているんだ」
そう言ってエトワレは二人の間に入り、二人と同じようにダフォディルの名前を見つめた。それに気づいたアンが口を開く。
「猊下も、ダフォディル隊長に?」
「ああ。ダフォディルには世話になったんだ。剣を教えてくれたり、私たちを守ってくれていた」
そう言ってから、エトワレはアンを睨む。
「同じダフォディルから学んだとはいえ、兄と呼ぶなよ?お前に兄と呼ばれたくはない」
「え、いや、なんでですか」
「お前が義弟になるのが嫌だからに決まっているだろう。ミーティは渡さないからな。覚えとけ」
明らかなる敵視にアンは苦笑した。エトワレは視線をダフォディルの名前に戻し、息を吐き出した。
「本当は、ダフォディルを殺したくはなかった。だが、教皇としては、神に牙を剥いた者を許すわけにはいかなかったんだ。……勿論、ミーティを監禁した父も、同じだ」
「……前教皇のことも、辛い決断だったとわかります」
「あの時も今回もミーティのためだと思えば大丈夫だ。……だが、本当のことを言えば、二人を止められただろうかと、少し思うところもある」
本当のこと。それがわからないアンとフォルモは顔を見合わせる。そんな二人にエトワレは人差し指を口元に当てた。
「二人が変わってしまったきっかけの母は、リュヌは、私たちのような特殊スキルを持つわけでもない、普通の方だった。ただ一つ、違うところがあるとすれば、魔力を作りだす量が、他人よりも多かっただけだ」
魔力というのは、人それぞれに限界量が決まっていて、無くなっても生み出すことができるものだ。だが、リュヌはその魔力を自分の限界量以上に生み出してしまう特異な体質を持っていた。
「多すぎる魔力はその身を滅ぼしてしまう。だから神は、母の身体に入ることで、その多すぎる魔力を消費していた。私たち兄妹も、母の体質を少し受け継いでしまったが、私たちは特殊スキルのおかげで保っている状態だ。母は、神をその身に降ろすことでしか、魔力を消費することができなかったんだ」
「……それを、前教皇に伝えればよかったのでは?伝えていたんですか?」
アンの問いに、エトワレは首を振る。
「多すぎる魔力を生み出すことは、下手に知られれば悪用されてしまう。母は幼い頃からそう言われていて、夫にさえも内緒にしていたんだ。私たちは同じ体質があるから教えてもらえたが、恐らくダフォディルも同じだったのだろう。……伝えていれば、こんなことにはならなかったが、もしかしたら別の悪い未来が来ていたかもしれない。私たちのスキルを使えば、母が亡くなる未来も変わったのかもしれないが、それを母は望んでいなかったのも知っていた」
ミーティアのリセマラで亡くなる未来を変えても、エトワレのスキルでその未来を断ち切っても、リュヌが受け入れている限り、その未来はいずれ来ていただろう。
「神は、母を苦しめていたわけじゃなく、母を助けていたんだ。……もっと早くに亡くなっていたはずの母を、巫女にすることで神は延命させていたんだ。リュヌが、母になりたいと願ったそれを、神が気まぐれに叶えようとしてくれた。ミーティを産んで、母はもう満足していたんだ」
大人になるまで見守りたいとも願っていたが、これ以上の延命は難しいことも気づいていたのだ。歳をとるにつれて、自分の魔力の限界量が減っていることに気づいていたから。
「……ダフォディル、申し訳ない。それを知れば、違う未来もあったかもしれない。だが、ミーティもスキルが使えず、選ぶ未来が減っている私にも、そんな未来を選ぶ手はなかったから」
しばらく石碑の前で過ごしてから、三人は石碑に背を向けて歩き出した。
「フォルモとアンは、そろそろメガニアに帰るか?」
「そうですね。新たな軍人も大分教育できていますし、あとはこれから軍をまとめるミーティア様に任せてもよさそうですし」
「俺も、手伝えることはなさそうですしね。そろそろメガネがフォルモさんの料理を恋しく思ってるだろうな」
「あー、フォルモの料理が食べられないのは私も寂しいな」
そう和やかな会話をしていたが、アンはふと立ち止まって振り返る。石碑の前にフォルモが供えた花を持ったダフォディルが立っているように見えたが、瞬きをした瞬間、その姿は見えなくなった。




