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59 聖女、求める。 前編

 女性は髪を伸ばしなさい。その髪は常にまとめ上げて、髪を下ろすのは旦那様の前だけにしなさい。

 二十歳を迎えたら結婚をし、家の仕事だけでなく自分の子供を作り世話をしなさい。

 全てはプレニル神のため。私たちがこうして生きているのも全てプレニル神様のおかげである。感謝を常に忘れずに励みなさい。

 プレニルに住むあたしがずっと言われてきた言葉だった。

 あたしの実家は特に神への感謝を忘れず、配給と一緒に渡されるお金は全て教会に寄付し、お皿とかが壊れても代わりを買えないまま手に乗せて食べる家だった。

 それが普通だと、あたしはずっと思っていた。

 結婚相手は大体同い年の人が普通だったけれど、あたしの年は男の子が女の子に比べて少なかった。だから、あたしは相手がおらず、どこかの年に余った男性がいたらその人と夫婦になることになっていた。それまでは教皇猊下の元で侍女として過ごすことも決まっていた。

 そして迎えた二十歳の誕生日。


 ――あたしは、逃げた。


 誕生日に目が覚めた瞬間、こんなのはおかしいと頭の中には拒否の言葉しか出てこなかった。

 全部が嫌だ。

 髪をまとめ上げるのは髪が引っ張られて嫌だ。勝手に私の未来が決まっているのは嫌だ。お金を全て神に捧げる家が嫌だ。神に全て捧げるのが、嫌だ。


 家族にばれないように家を飛び出し、都合よくプレニルで商売をしていたけれどノヴィルに帰ると言う商人にお願いして、ノヴィルへの旅路に同行させてもらえることになった。

 知り合いに見つからないように大きな布で顔を隠し、商人と一緒に馬車に乗った。

 その商人はノヴィルでは大きなお店をやっている人だった。プレニルでも商売ができないかと来てはみたが、生活に不必要な物も、生活が便利になる物も買わないプレニルの人に呆れていた。でも、あたしに会えたのは大きな収穫だと言ってくれた。


 商人とプレニルの都市を出て、その辺にある村に寄りながら、プレニルとノヴィルの間にある島にたどり着いた。

 何かやっているのか人がたくさんやってきていた。見たことがない食べ物を食べつつ、あたしたちはそんなに長居せずにノヴィルに向かって行く。

 ノヴィルは弱肉強食の世界で、商人は他の商人たちと比べてもいい商品を扱っているので商人としては珍しく地位が高いのだと商人は自慢げに教えてくれた。ノヴィルに帰ったら、あたしに色んな商品を見せて、欲しいものは買ってくれるとも言ってくれた。

 ノヴィルに行けば、あたしは今までとは違う生活ができるんだ。神のためになんて過ごさなくていいんだ。

 とても楽しみだった。とても幸せな気分だった。


 それは、簡単に崩れた。


 もう少しで都市部に着くというところであたしたちは獣に襲われた。プレニルでは見たことがないそれは大きくて、鋭い爪を持っていて、車を引いていた馬なんて簡単に殺された。

 あたしを置いて逃げようとした商人も、簡単に吹き飛ばされて動かなくなった。

 獣は、あたしに目を向けた。

 殺される、そうわかったけれど、あたしには逃げられるほどの力がなかった。今思えば、スキルを使えばもしかしたら無事にいられたのかもしれないけれど、当時のあたしはスキルを使うことも忘れていた。

 そんな私を、突然現れたその人が助けてくれた。

 黒い服を着たその人は、剣を一振りするだけでその獣を倒してみせた。


「はぁ。だから取り逃したならすぐに探せと言っていたのに。尻拭いをする羽目になるとは」


 そう言いながら彼は剣を鞘に収めて、私に近づいて来た。

 恐らく三十代の男性だろうか。少し怖い表情をしているけれど、その目は優しそうな色をしていた。


「大丈夫か?怪我はないか?」

「な、無い……です」

「ならばよかった。あちらの商人は……、間に合わなかったようだな。しかし、君のその格好、プレニルの人間か?どうしてノヴィルに」

「そ、その……あたし、ノヴィルに住みたかったんです。それで、その商人さんに助けてもらってここまで来たのに……。あたし……どう、なっちゃの……?」


 そう言って彼を見つめる。座り込んでいるあたしが立っている彼に上目遣いしている形になり、とても好都合だ。

 彼はしゃがみ込んであたしと視線を合わせて、そしてあたしの胸倉を掴んだ。


「お前、俺にスキルを使ったな?」

「え」


 彼の顔は険しく、あたしが敵か味方かを見極めようとしているのがわかった。

 まさか、彼にスキルが効かないなんて思わなかった。


「な、なんのことですか?あたし、スキルなんて」

「恐らく、精神的なものに作用するスキルだろう?俺はそういうのにも敏感でな。言え。言わないと切り捨てる」


 下手な言い訳はできないだろう。逃げ道を探そうにもどこにもない。ここはもう、仕方がない。


「……使いました。そうよ、使ったわよ。でも、別にあなたを殺すスキルではないわ。ちょっとあたしに都合よくなるだけなのよ」

「都合よく?」

「ええ。あたしを好きになってもらうの」


 このスキルは小さい頃から気付いていた。

 スキルを使えば、使われた人はあたしのお願いを聞いてくれる。

 あたしの皿が壊れても、頼んだ人が皿を譲ってくれた。

 同い年の男と結婚したくないとお願いすれば、猊下の元で働くこともできると提案してくれた。

 プレニルにいたくないと伝えれば、快くノヴィルに連れてきてくれた。

 ノヴィルに住むことになってもこのスキルが使えると思っていたのに、まさか効かない人間がいるなんて思わなかった。でも、人を殺すものじゃないとわかれば、殺される事はないだろう。出来るならこの人に世話になりたかったけれど、他の方法を考えるしかないようだ。

 彼はしばらく何か考えているようだったけれど、少しして口を開いた。


「そのスキルは、複数の人間にも使えるか?」

「使えたらよかったのだけどね。一人に対してにしか使えないわ。まぁ、効果が薄まってもいいならできるかもしれないわ」

「そうか。その辺は検証が必要か」


 そう言って彼は、あたしに手を向けた。


「行く場所がないなら、俺が世話をしよう。ただ、その代わりにお前のスキルを利用させてもらう。いいだろうか」


 それはあたしにとっては願ってもない誘いだ。ただ、気にするとすれば……。


「あなた、ノヴィルではそれなりの地位にいるの?ノヴィルは弱肉強食で、強い者がいい暮らしをしていると聞いたわ。弱い人に世話されるなんてごめんよ」

「それは、まぁ、安心しろ。一応ノヴィルの軍隊長を務めている」

「ぐん、たいちょう?」

「プレニルでは馴染みがないのか。プレニルでいうところでは、騎士、だっただろうか。昔はノヴィルでも騎士であったが、前教皇の元で戦う者は軍人と呼ばれるようになった。それらをまとめ上げるのが隊長、といえばわかるか?」


 人をまとめる存在。そしてさっきの獣を倒した力。十分に強い人だということはわかった。

 それに見た目も商人みたいにでっぷり太っていないし、とても整っている。


「わかったわ。でも、あまりに酷いことは頼まないでよ?」

「お前のスキルによる。だが、まあ……努力はしよう」


 これが、ダフォディルとの出会いだった。


 それからダフォディルに軍施設に案内され、彼用の部屋で一輪の花を見せられた。それは赤くて綺麗な花だった。


「この花の実は特別で、摂取しすぎれば中毒になる成分……、何度も欲しがってしまう成分があるらしい。……俺も簡単に聞かされたぐらいなのだが」

「綺麗な花だものね。虜になるのもわかるかも」

「……お前は、いや、アネスはこういう花が好きか」

「そうね。人目を惹くこの色や大きな花が好きよ。あなたは違うの?」

「……俺はあまり、派手派手しい花は苦手だ」


 苦手だという花をこうやって用意しているなんて不思議に思った。これとあたしのスキルに何か関係があるのかしら。


「お前にはこの花を育てて、これを使って……そうだな。お茶でも作ってもらいたい。そのお茶にはお前のスキルを使って、人が欲しがるようにしてほしい」

「……物を対象にしたことはないから上手くいかないかもしれないわよ」

「とりあえずは試してほしい。茶の作り方は詳しいものを後で紹介する。そいつから教わってくれ。場所も、この軍施設に用意する。……お前の自室に関しては用意するから少し待ってくれ」

「わかったわ。いい部屋をお願い」

「あとは……、ここで暮らす上で、気を付けてほしいんだが。姫巫女様には近づくな」


 姫巫女様。その言葉にあたしは首を傾げる。


「姫巫女様?ノヴィル神に仕える巫女様かしら」

「ああ。彼女も訳あって軍人として過ごしている。本人は姫巫女であることを隠しているが……、彼女への接触は避けろ」

「理由は?」

「言わないと聞けないか?」

「……わかったわ。あっちから近づいて来たらどうしようもないけど、出来る限りそうしてあげる」


 疑問はあったけれど、ここで暮らす為だと思い、ダフォディルの言葉に従うことにした。


 私用の自室を用意してもらって、他に新しい服も用意してもらった。

 プレニルの国民が着ている元々は真っ白だった服を脱いで、頼んだ赤い服を身に纏う。ずっと上げていた髪を下ろして、ブラシで軽く解かす。

 これが、私が望んだ姿だ。

 ダフォディルから渡された赤い花を髪に挿し込んでみる。こんな姿、プレニルでしたらなんて言われるだろう。


「……ふふっ、あははは!」


 久しぶりに声を出して笑ってみる。大きく口を開いて笑うことも久しぶりだ。

 自分の思い通りの格好ができる、自分の好きに動ける。

 それだけで、ノヴィルは私にとって楽園にも思えた。

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