58 メガネ、大団円?
やあやあ、どうしたんだい?
自分が眼鏡してるからって眼鏡キャラに親近感を感じるみたいな顔をして。
私だよ私。メガネだよ!
さて、無事にダフォディルを倒して喜ぶ暇もなく、エトワレ猊下とミーティはすぐに事後処理を始めた。
オクルス達が倒した反神主義の兵士たちの遺体の処理はかなり大変で、他にも生き残った兵士たちの治療、生き残った中でも教皇に従うことを拒否した者に対する対応等を忙しなく処理していた。私とアンちゃんも手伝えそうなことは手伝い、ノヴィル神の元にいるのが嫌だという人には、メガニアのことを伝えた。彼らが刃を向けるのがノヴィル神だけなのなら、メガニアに移住しても危険はないだろう。それでも見知らぬ国に行くことを悩む人には、とある人の名前を出すと喜んで首を縦に振ってくれた。
そして翌日、昨日のうちに呼んでいた彼が到着し、今は彼の用意した朝食を皆で堪能していた。
「あー!ひっさしぶりのフォルモさんのご飯美味しいですー!」
落ちてしまいそうな頬を押さえながらそういうと、呼ばれてやって来てくれたフォルモさんが苦笑を見せる。
「俺……、私もメガネ様の笑顔を見れて嬉しいです。……しかし、この場に私の料理を並べてもよかったのですか?」
今食卓に並んでいる人達は、私、アンちゃん、ミーティ、エトワレ猊下だ。国のお偉いさんたちが集まっている状況だから、確かにフォルモさんも口調を正し、そして緊張感を持つのも仕方ない。
エトワレ猊下は口に入れたご飯を飲み込んでからフォルモさんに笑顔を向ける。
「硬ぐるしいことは考えずともいい。フォルモは昔、我が国で隊長とも呼ばれる存在だったのだからな。それにしても、お前がこんなに料理が上手だったとは思わなかったぞ。料理もメガニア特有のものなのか?」
「お口に合い光栄です猊下。この料理達はメガニアとして建国前からあの島の住人達が作っていた物ばかりです」
「そうなのか。ミーティは一度メガニアに行ったんだったな。どうだった?」
「私が訪れたのはノヴィルとプレニルを繋ぐ橋の上のみだったので、国の中までは見れてません。ですが、食事は今のと同じくらい美味しいものでした」
「ふむ。それなら私も訪れてみたいものだな。メガネ殿、今すぐは難しいが、いずれ訪れてもよいか?」
「是非。その時は皆で歓迎しますよ」
そんな会話をして、目の前に並ぶのはデザートだけになった。メガニアのデザートはあんこを使った物ばかりで、少し心配をしていたけれど、出てきたのは綺麗な花を模した練り切りだった。
驚いてフォルモさんに目を向けると、フォルモさんは少し声を潜めて言う。
「最近、このお菓子を作る兵士が現れてな。手先が器用で見た目も味も良いものを作っている。その中でも出来のいいものを持ってきたんだ」
私がいない間にこんなものが作られていたとは。皆の様子を見れば、ミーティは目を輝かして練り切りを見ていて、そんなミーティをエトワレ猊下が微笑ましく眺めている。アンちゃんも勿論、可愛いその練り切りに目を奪われていた。
デザートを食べて一息つくと、エトワレ猊下はフォルモさんに声を掛けた。
「メガネ殿に頼んでお前を呼んだのは、別に料理が食べたかったわけではない。今ノヴィル軍は兵士の大半を失っていて、上に立つ者もいなくなった状態でも立て直すために、お前の力を借りたい。フォルモは軍の前身であった騎士団の時も兵士たちを思い、慕われていたから、まとめあげるのは得意であろう。……お前にも考えがあって軍人にはならずノヴィルから去っただろうに、戻す形になり申し訳ない」
「いえ、構いません。メガネ様からも頼まれておりますし、私でよければ力になります」
そう答えてから、少し顔を顰めてからフォルモさんはエトワレ猊下に聞いた。
「ところで、その……。ダフォディルの遺体はどうなったのでしょうか。一時は共に剣を握った仲間です。今回の彼のしたことは許されませんが、最後に挨拶はしたいのですが」
「ああ。他の反神軍人達とともに共同の墓に入れている。後で案内しよう」
「ありがとうございます」
ほっとしたように笑顔をみせるフォルモさん。ダフォディルとそれなりの親交があったのかもしれない。
「しかし、人を率いる力もあり、料理も上手い。フォルモよ、どうせならノヴィルに戻ってこないか?」
「だ、駄目ですよ!」
エトワレ猊下の言葉に、フォルモさんが反応する前に思わず私が声を上げてしまった。失言に少し焦りながらも、言葉を選ぶ。
「も、申し訳ありません。ですが、フォルモは我が国でも大切な存在です。できるならメガニアに残ってほしいと私は考えております」
「……エトワレ猊下。私もメガニアから離れるつもりはありません。お言葉は嬉しいのですが、またノヴィルに戻ることはないです」
私の言葉に続いてフォルモさんはそう言ってくれた。
フォルモさんは大事な仲間だ。別に、美味しいご飯が食べられなくなるから引き留めているわけではないよ。そんなことはないからね。
そんな私にミーティがくすくすと笑う。
「メーちゃんは、仲間を大切にされる方なんですね。とてもお優しくて素晴らしいです」
「ミーティ程ではないと思うよ?」
そう言ってお互いに笑い合う。
そしてふと、ミーティは首を傾げた。
「そう言えば、聞く機会を逃していたけど、メーちゃんはどうやってあの場にすぐに来ることができたの?それに、メーちゃんが来てからもらった眼鏡がどこかに行ってしまったけれど、何か関係がある?」
「あー……実は私、眼鏡になれるスキルを持っているの。だからミーティにあげた眼鏡も無くなってしまったんだ。後でまた渡すね」
真実とはまた違うけれど、私が眼鏡なのが本当の姿である事は伝えない方がいいかもしれないと思った。ミーティ達からその事が広がることはないとは思うけれど、そのことを悪用されることだけは避けたい。嘘をつくことはすごく後ろめたいけれど。
「そうだったんだ。……それで、か」
「うん?」
「ううん。何でもないよ。それより、メーちゃんには色々手伝ってもらって感謝しかないよ。でもメーちゃんはそろそろメガニアに帰らなくても大丈夫?私はずっといてくれても嬉しいけど」
「んー、流石にそろそろ帰らないといけないかな。ナハティガルく……猊下に心配かけてるかもしれないし」
ノヴィルで私ができることもほとんどないだろう。軍の再建に部外者がいるのもよくないだろうし、私はそろそろ帰る頃だろう。
でも、それはアンちゃんともお別れになるのだろう。
アンちゃんが私たちを裏切ったわけじゃないのがわかったのは嬉しいけれど、アンちゃんはミーティが探し求めていた人で、前世では二人は恋人同士だった。今世でも二人が一緒の方が良いに決まっている。そうなると、アンちゃんはノヴィルに移住することになるだろう。
笑顔で送り出すつもりはあるけれど、やはり寂しい。まぁ、眼鏡を通して会いに来ることは簡単だろうけど。
「あ、メガネ。俺もあとで帰るから、ナティによろしく言っておいてくれ」
「はーい。……はい!?」
いつも通り返事をしたけれど、アンちゃんの言葉に驚いて聞き返す。アンちゃんは不思議そうに私を見た。
「なんだよその反応。俺がメガニアに帰らないと思ったのか?」
「思うよ!むしろなんで!?ミーティと一緒にいたくないの!?」
「いや、いたいよ。でも、俺はお前らのとこで色々やっていきたいんだよ。ナティの仕事手伝ったりもしてたし、メガニアで広げたいこともある。俺はまだメガニアでやりたいことがいっぱいあるんだよ」
「私も、アンがそうしたいなら賛成します。今まで探していたから一緒にいたい気持ちもあるけど、一度会えたし、どこにいるのかがわかったから、これから好きな時に会えますし」
そう言うミーティの表情は少し寂しさが浮かんでいたけれど、納得しているようだった。
二人に遠距離恋愛をさせることは少し申し訳ない。いや、ものすごく申し訳ない。
「アン、よければ手紙を送ってもいい?」
「ああ。それくらいなら遠慮せずに送ってくれ。俺も送るから」
そう言って微笑みあう二人に今更亀裂が走ることもないだろう。
エトワレ猊下が忌々し気にアンちゃんを見ているのはスルーして、仲睦まじい二人の様子に嬉しく思った。
その日の昼に、私は地下通路をお借りしてメガニアに帰ったふりをした。
実際はアンちゃんと二人で地下通路に行き、私は擬人化のスキルを解き、いつものナハティガル君の眼鏡に意識を移した。私が宿っていた眼鏡はアンちゃんの手でミーティに渡されるだろう。
ナハティガル君の眼鏡に戻った私の目にはいつも通りに散歩しているナハティガル君の視界が見える。メガニアの中も特に変化はないようだ。
これからのノヴィルとの関係に危険はないだろう。これでナハティガル君が怪我をしたりするようなフラグはもうない。その事を嬉しく思い、少し待ってから私は擬人化のスキルを使ってからナハティガル君に帰ったことをすぐに伝えた。




