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57 メガネ、断ち切る

 やあやあ、どうしたんだい?眼鏡が何度もずり落ちて来て困ってるみたいな顔をして。

 私だよ、メガネだよ!


 さて、私たちの危機を救ったのはノヴィルの教皇であり、ミーティの兄であるエトワレ猊下だった。

 すぐに立ち上がって呆然としているアンちゃんの足をミーティと一緒に掴み、ダフォディルから離す為に引っ張る。私だけじゃ1m引き摺るだけでも苦労しただろうけど、兵士でもあるミーティのおかげで大分楽に引っ張れた。

 我に返ったアンちゃんが立ち上がろうとしたけれど、ミーティがアンちゃんの手を掴んで止めた。

 ナーススとアウリスを引き連れて、エトワレ猊下がダフォディルに近づいていく。ダフォディルは傅くこともせず、じっとエトワレ猊下を見つめていた。


「私に用、だったのかな?ダフォディル軍隊長」

「そうですね、猊下。そちらの優秀な部下の耳を借りて内容は聞いていたのでしょう?」


 そう言ってダフォディルはアウリスを見る。アウリスの聴力なら、隣の部屋の会話はすぐ近くで聞いているようなものだろう。


「ええ。とても驚いたよ。前教皇猊下とほとんど同じ意見をお持ちだったようで。前教皇の最期を思い出させてもらったよ」

「……つまり、貴方の答えは」

「勿論、断る」

「はっ……父の思いを無駄にした出来損ないの子供だな」


 ダフォディルは床に転がった自分の剣に視線を向ける。隙を見て剣を拾い、エトワレ猊下に向けるつもりなのだろう。その時は私のスキルで目を潰して押さえよう。


「……父も貴方も、勘違いをしているな」


 エトワレ猊下は淡々と告げる。


「母であるリュヌのすぐ近くにいたのは息子である私も同じこと。まだ政治も神も大人の事情も何も知らない子供でしたが、母の想いはよく聞いていました。……母は、神がこの身に降りたことで、自分が子供達と一緒に走れることを喜んでおりました。神を身に降ろすことは酷く疲労するけれど、死から遠ざけてくれると母は心配する私にそう言ってくれた。……むしろ、母を生かすために神は母の身体に降り立っていた」

「何を言う。そのはずは」

「でなければ母は、私を産んだ頃には亡くなっていた。それをダフォディル隊長。母の護衛としてついていた貴方であれば知っているでしょう」


 エトワレ猊下の言葉にダフォディルは息を呑んだ。その様子にエトワレ猊下は悲しそうに眉を下げる。


「貴方も、父と……前教皇と同じだ。母がいなくなった悲しみを神のせいだと押し付けている。助けていないわけではない。神は、ずっと母を助けていた。この強い者が上に立つこの国で、病弱な母が上に立つ者の隣にいるものとして相応しいように手伝っていた。そんな神を否定するのは、母の思いを否定するのとも同じだと思え」


 しばらく、沈黙が流れた。

 どうすればいいのだろうかと視線を彷徨わせていると、その沈黙をダフォディルの笑い声が破った。しばらく笑っていたダフォディルは、エトワレ猊下に鋭い眼光を向ける。


「それは全て貴様のまやかしだ!!リュヌ様を神が生かそうとしたのなら、何故リュヌ様は死んだ!?神の力であれば死なせることを回避できたはずだ!!」

「……神は万能ではない。そして、不死身や生き返らせることは、神は許さないんだ。神ができたのは寿命を延ばす事だけ」

「万能ではない?そんな神なら、我らが上に立っても変わらないだろう!!万能ではないのなら、我らと対等な存在ではないか!!」

「だが、万能では無くても力の差は歴然としている。お前程度が神と対等になれると思うな」

「黙れ!!」


 ダフォディルを中心に見えないものが放たれ、身体が押される。だが、その圧はすぐに消えた。


「苛立ちに任せてスキルを使うな。我が愛しのミーティとその友人に何かあれば許さんぞ」

「うるさい!!神の道化が!!」


 ダフォディルがエトワレ猊下に手を向ける。恐らくスキルである圧をエトワレ猊下に向けているのかもしれないけれど、エトワレ猊下は特に押されている様子もなく、哀れそうにダフォディルを見ていた。


「……ミーティ。エトワレ猊下って、圧とかを無効化できるスキルを持ってるの?」

「うん。多分ダフォディル隊長のスキルを断ち切ってる」

「断ち切る?」

「兄様のスキルは断ち切るスキル。名前の通り、自分の望んだものを断ち切ることができるの。それは物理的であり、精神的でもあるの」

「……感情とかも断つとか、そういうものか?」


 アンちゃんの言葉にミーティは頷く。


「だから、今はダフォディル隊長のスキルを断ち切っているんだと思う。……代償がちょっとまずいから、あんまり使わないのだけど」

「……聞いてると、ミーティのスキルと同じくらい厄介では」

「まぁ、そうだね。防御無視の攻撃を繰り出すラスボスってゲームではなってたから」


 聞いてる限りでは、プレニルよりも難易度高い気がするぞ、ノヴィル。

 そんな私の考えが伝わったのか、ミーティが苦笑する。


「まぁ、無理に戦闘があるルートに行かなくても楽しめるギャルゲーだったよ」

「……取り留めのない会話してて大丈夫なのか?援護した方がいいんじゃ」

「兄様の戦闘は巻き込まれる可能性の方が高いから、ここで大人しくしてたほうがいいですよ」


 ミーティの言葉に、改めてダフォディルとエトワレ猊下に目を向けた。

 二人ともずっとスキルを使っている様子から、いずれはミーティのようにMP切れを起こすだろう。どちらが先に切れるか。そんな我慢比べの勝負になっている。

 そして、スキルが使えなくなったのはダフォディルが先だった。


「ちっ……!」


 ダフォディルが床に転がった剣に向けて駆け出す。そんな彼に目暗ましをしようとしたけれど、その前に彼の足が真横に切られた。

 悲鳴を上げてもおかしくなかったけれど、ダフォディルは少し呻いただけで床に転がった。剣に手は届いたけれど、立ち上がることが出来なくなった彼にそれを持って戦うことはできないだろう。

 エトワレ猊下は丸腰のままダフォディルに近づいていく。その姿にダフォディルは諦めたのか笑みを浮かべた。


「後々後悔しても知らんぞ。若き教皇」

「ふむ。まぁ、お前の言う軍事国家というのも良いかとは思っている。我らの神は強い者を好んでいるからな。神に頼らない力、というのも持っていれば何かと使える。だから、本当はその軍を指揮するお前を残したいと思う気持ちも私にはある」

「なんです?私を許すとでも?」

「ははは。許さない」


 そう言って、エトワレ猊下はダフォディルに向けて手を横に振った。ダフォディルの首が飛ぶことも、血が舞うこともなかった。ただ、ダフォディルの身体から力が抜け、彼は床に倒れた。恐らく、エトワレ猊下のスキルで命だけを断ち切ったのだろう。

 エトワレ猊下はこちらに目を向き、それから駆け寄ってきた。


「ミーティ!!ミーティ!!大丈夫か?怪我とかはないか?」

「……」


 そう言ってミーティに抱き着くエトワレ猊下に先程までの冷酷な雰囲気は無かった。抱き着かれたミーティは目が死んでいるようにも見える。


「おにい……、兄様。抱き着くのはやめてくださいとあれほど言ってるじゃないですか」

「仕方ないだろう!隣でミーティが戦っていると思うとお兄ちゃんは心配で心配で心配で堪らなかったんだからな!!」

「……」


 ミーティに頬ずりをするエトワレ猊下。この人本当に教皇なのだろうか。

 そう考えている間に気が済んだのか、エトワレ猊下は私に目を向けた。


「メガネ殿、ノヴィルの問題に巻き込んでしまいすまなかった。だが、詳しくはわからないが、貴女のおかげでミーティが助かったのだろう?そのことを感謝させてもらう」

「い、いえ。ミーティの友人として、当たり前のことをしたまでです」


 ミーティの友人、と言った辺りで、エトワレ猊下からの眼差しが、メガニアの巫女にというより妹の友人に対する温かいものに変わった。

 エトワレ猊下はその笑みを崩さず、アンちゃんを見た。


「それでそこの君。ミーティに対して刃を向けたり、ミーティに愛の告白じみたことをしたり、色々と、色々と、色々と言いたい事はあるが、ミーティがずっと探していた人だというから許してやる」


 笑顔は崩れてないけれど、笑顔が恐ろしいものに変わった気がする。


「え、えっと。温情、感謝いたします」


 アンちゃんもすごく戸惑ってる。負けられない新しい敵だね、頑張れアンちゃん。私は遠くで見守ってあげるよ。


「それより、兄様。ダフォディル隊長を殺してもよかったのですか?軍をまとめるにはいい人材だったのでは?」


 まだ抱きしめられてるミーティが言うと、エトワレ猊下は少し唸ってから言う。


「ダフォディルは確かに優れた兵士だったが、人の上に立つような存在ではなかったと思うからなぁ。その点はフォルモの方が優れていた。それに、彼の下の兵たちはほとんど茶葉に侵されていたしな。一から新しく作ることになるならダフォディルじゃない方がいいと思うんだ」

「それも、そうですか」

「立て直しの際はフォルモを呼びたいのだが、メガネ殿、彼をお借りしてもいいですか?」

「後で返してくれるならいいですよ」


 フォルモさんのご飯を失うのだけは避けたいからそっちに戻るのは困る。そう答えるとエトワレ猊下は楽しそうに笑った。






 ダフォディル隊長の遺体は、聖女のお茶を飲んだことが無く、反神主義ではない信用できる兵士達が片付けていった。

 今の私にはダフォディル隊長との思い出はほとんど無い。だが、《ミーティア》には思い出があった。

 母の護衛として傍にいたダフォディルは、ミーティアとエトワレが仲良く遊んでいる時も、母と一緒に見守ってくれていた。ミーティアが摘んだ花をダフォディルに差し出せば、照れたような笑顔を向けてくれていた。

 いつのまにか、あの笑顔を見ることはなくなった。


「……さよなら、ダフォディルさん」


 できるなら、助けたかった。一緒に未来を進んで、ミーティアが見ていたあの笑顔を取り戻してほしかった。

 でも彼が私の大切なものを奪う側から動かなかった。それならもう、私は彼を諦めるしかなかったのだ。

小話 転生者達に聞いてみた~前世で好きな食べ物~


メガネ「ハンバーグ!」

アン 「……(なんだろう、そう言うだろうと思ってしまった)」

メガネ「フォルモさん達が前世でおなじみのご飯作ってくれるけど、ハンバーグに似たのはないんだよね。おかげですごく恋しい……。」

ミーティア「私はレモンとかの柑橘類かな。人工調味料がノヴィルにはあるけど、あのみずみずしい酸っぱさは表現できてないんだよ。……そもそも、こっちだと酸味って良く思われてないみたいで」

アン 「前世でもいつもレモンの飴とか常備してたもんな」

メガネ「でもわかるー。梅干しがあるけど、フルーツで食べたくなるんだよね」

アン 「俺は、ケーキだな。クリームとフルーツたっぷりの」

ミーティア「先輩は甘党で、見た目も可愛いケーキとか好きでしたもんね」

アン 「まぁ……一人で食べに行くのは避けてたから、ケーキを満足に食べれるようになったのは最近だったし」

ルデル「ケーキもいいっすねー。俺はふわふわのパンっすかね。この世界は固いパンがほとんどじゃないっすか。あの高級食パン食いたいっす。有名店の」

メガネ「……?そんな有名なのあったっけ?」

ルデル「一時期食パン専門店増えたじゃないっすか。俺いろんなところのパン試して、バイト代全部つぎ込んじゃったこともあったっすよ」

メガネ「……食パン専門店?」

ミーティア「あれ、もしかしてメーちゃん」

アン 「……お前、もしかしてタピったこともないのか」

メガネ「え?タピ?」

ルデル「え、マジっすか」

ミーティア「もし再現できたら一緒にタピろうか」

アン 「それともたっぷり生クリームのマリトッツオとかどう?」

ルデル「ふわふわカステラもいいっすよ」

メガネ(これ、何か答えると私の死亡年がバレそう……!!そして下手すれば享年バレそう……!!)

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