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56 メガネ、絶体絶命

 やあやあ、ここでネタをしてもいいのか困った展開になって来たよ。

 私だよ、メガネだよ!


 さてさて。状況を整理しよう。

 ミーティとアンちゃんが前世で死に別れた恋人だとわかり、二人にステータスを見せる事で戦いを収める事に成功した。無事にアンちゃんが味方になったし、ミーティが元々望んだ展開になるんじゃないかなっとワクワクしていたところに、アネスがやってきて、アンちゃんが今まで溜まっていたのかアネスを裏切る発言をしてくれた。丸腰の様子のアネスには何もできないと思っていたら、突如現れた軍の偉い人、ダフォディルのスキルで私達は床に這いつくばることになってしまった。このままでは裏切ったアンちゃんが危ない。ここからの状況打破を考えていた私達の目の前で、ダフォディル隊長は味方のはずのアネスの腹部に抜いた剣を刺していた。

 うん。ここまで振り返ったけれど、どうしてアネスが殺されそうになっているのかが分からない。

 私達の思考が停止している中で、アネスも信じられないという顔でダフォディルを見ていた。


「な、何……でっ」


 アネスの問いに答える事も無く、ダフォディル隊長はアネスの肩を掴み、剣を抜いた。抜く際に飛んだ血が目の前の床を染める。ダフォディルはアネスの身体を支える様子も無く、アネスの身体は私達と同じように床に倒れた。


「何故?言ったはずだ。アネス」


 ダフォディルはアネスを見下ろし、その剣をアネスに向ける。


「ミーティア姫に近づくな、と」


 そして、その剣がアネスの首を斬った。

 何が、起きているのか。

 ダフォディル隊長のステータスを慌てて確認すると、彼のスキルは《圧》のようだ。重圧とか圧力とかの意味ならば、こうして私達が押さえられてるのは彼のスキルによるのだろう。

 彼は敵のはずだ。でも先程の発言はまるでミーティの味方の様なものだ。

 一体どういうことなのだろう。そう考えていると、ダフォディル隊長は剣に付いた血を一振りし、取り出したハンカチで拭いて鞘に納めながらこちらに近づいて来た。そして、ミーティの目の前で片膝をついた。


「ミーティア姫様、申し訳ありませんでした。お怪我はありませんか?」


 ミーティも予想外のことにすぐには答えられないようだった。でも、すぐに我に返り、その体勢のままダフォディルを睨む。


「怪我の心配をしている割に、スキルを解いてくださらないのですね」

「……無礼をお許しください。まだ姫様達が味方についてくださるかわからないので」


 ダフォディル隊長は私に目を向けた。


「メガニアの巫女様とお見受けします。私はノヴィルの軍をまとめているダフォディルと申します。恐れ入りますが、そのままの体勢でお待ちください」

「……、貴方は、ミーティア様に危害を加えることはないと思ってよろしいでしょうか?」

「ええ。ミーティア姫様には生きて頂きたい。それが私の第一の思いです」


 そして、ダフォディル隊長はアンちゃんに視線を移した。


「アネスの魅了が効いていなかったとは、私も気付かなかった。お前がアネスにあえて付き従ってくれてこちらも動きやすくなった。よくやった」

「はは。別に隊長に褒めてほしくてやったわけじゃないですよ。俺はとっととそこのメガネとメガニアに帰りたいです。……せめて、メガネの拘束だけは解いてやってくださいませんか?」

「悪いが、話の結果次第だ。……アンブラ。抜けると言ったが、今一度、私のために動いてくれないか?」

「……ダフォディル隊長の目的次第です。隊長は、何をするつもりなんです?教皇猊下を殺すつもりですか?」

「ああ。そうだ」


 アンちゃんの問いにダフォディル隊長はすぐに答えた。その答えにミーティが声を挙げた。


「何故です!?猊下に手を掛けることは私が許しません!」

「これは、貴女の為なんです。ミーティア姫様。このままでは、貴女も姫様のお母様と同じ運命を辿ってしまう。……猊下のお答え次第では、猊下を殺さない結果を出せますが、あの猊下は首を縦に振ってくださらないでしょう」


 ミーティの母親?

 どういうことだろうかとミーティに視線を向けたけれど、ミーティもわかっていないようで困惑した表情を見せていた。


「お母様は元々身体が弱くて、そのせいで亡くなったと聞いています。私は心身共に健康ですから、同じようなことには……」

「ならない。そうですね。何でもない人間であれば、お母様も……リュヌ様も、亡くなることはなかった。巫女であったことが、彼女の寿命を縮めてしまったのです」


 巫女であることが、ミーティのお母さんが亡くなった原因。そうであれば、同じ巫女である私にも関係してくるのだろうか。ここは、情報を聞き出した方がいいのかもしれない。それに、時間を掛ければミーティの魔力が回復できるかもしれない。


「巫女である事で不利になることがあると?よければ、巫女になって短い私に教えて頂けないでしょうか。その理由によっては、私の方でも力になれるかもしれませんし」


 あちらにも利益がある、ということを強調してみれば、ダフォディル隊長は少し考えてから口を開いた。


「巫女の身体を借りて、神は教皇に言葉を告げる、ということはメガニアの巫女様はご存知でしょうか」

「……えぇ。一度経験はあります」


 私が巫女でなくて神様本人だから経験はないけれど、一度あったということにしておく。


「リュヌ様が巫女であった時代、神は気まぐれにリュヌ様の身体を使い、色々動いていたことがありました。……ノヴィル神は強い者を良しとし、弱い者を嫌う。リュヌ様の身体であるにも関わらず、戦闘をすることもありました。神に身体を貸すだけでもかなりの疲労が溜まりやすいらしく、リュヌ様はずっと、ずっとベッドの上での生活を続け、調子がよくても庭の散歩をするぐらいしかできなかった。身体が弱くても、それまでは街を歩くことが好きな方で、子供達と歩くことを楽しみにしていた方だった。それを、神が奪っていった」


 ダフォディル隊長はその時を思い出しているのか、語気が喋る度に強くなっていく。


「一度、前教皇猊下がリュヌ様の身体を使う事を控えて欲しいことを進言したが、神はそれを払い、ずっと、何度も、何度も、彼女の身体を借りていた。子を産むだけでも苦労していたリュヌ様に、あろうことか子を、ミーティア様がまだお腹にいらっしゃるのに、神はその身体を奪い、ともすればミーティア様も危険であったのにも関わらず!彼女の未来を奪ったのだ!そんな奴に、何故忠誠を誓えるか、祈りを届けようとも思わぬはずだ!自分勝手なあんな神に!」


 確かに、それは神様が悪い気もする。こちらの事情なんて無視した行為だ。まぁ、それが神らしい、と言われたらそうだと納得したくなる。


「リュヌ様が残したミーティア様が巫女を継いだ。それを愁いて、前教皇猊下はミーティア様の自由を奪うしかなかったのです。自由に生きて欲しくても、勝手に神が貴女の身体を使ったことがあれば、貴女のお母様と同じことを繰り返すでしょう。私はそれを避けたい。心苦しさはありましたが、貴女の監禁を賛成するしかなかったのです。……しかし、それを現教皇猊下は許してくださらなかった。事情を知らなかったのであれば、仕方がないことでありますが」

「……つまり、猊下がノヴィル神に対し刃を向けるようであれば、生かしておくということですか」

「あぁ。……猊下がそれでも神を崇めるのであれば、お前の暗殺術で亡き者にするつもりでもあった。神を殺すのは難しいだろうが、神を信仰する者が減れば、神としては面白くないだろう?……神を信仰する頂上に立つ教皇を殺し、ノヴィルを軍国家に変える。それが私の目的だ」


 このノヴィルは強い者、才能ある者が上に立てる。それは神が好むことで、下にいる国民達はどんなに神に祈っても上に立てることはない。平等を謳うプレニルと違って、不平等を良しとするノヴィルだ。神の信仰心が

高い人も少ないのかもしれない。それだから、反神思考を謳って仲間を増やすのも楽なのかもしれない。

 でも、だからと言って、それを許せなかった。


「選択が二つしかないから、仕方なくそちらを選ぶ者もいるでしょう。……聖女のお茶を餌にこちらに都合よく動かせるようにした兵士達は選択の余地もないですよね?ダフォディル隊長が無理矢理彼らを反神主義に変えただけでは?」


 そう言ったのはアンちゃんだ。アネスの茶葉の謎は残っていたけれど、ダフォディル隊長の言葉から、お茶への依存を使って反神主義を増やしていたとすれば納得がいく。


「お茶のことをわかっていたのか。まぁ、あれの栽培と配布はアネスに任せていたからな。アネスにくっつかれていたお前ならわかるか」

「まさか、あれに隊長が噛んでいたとは思わなかったですけどね。……さて、申し訳ないですが隊長。俺は貴方につくつもりはないです」


 そう言った瞬間、ダフォディル隊長に糸が巻き付いた。アンちゃんを見れば、いつの間にか動かしていたのか、アンちゃんの手には糸が巻き付いていた。


「殺すつもりはないです。ミーティア姫様に危害を加えないのなら、俺はもう貴方を倒す理由はない。だから、拘束を解いて俺たちをここから去らせてくれませんか?」

「……全てを知ったお前を行かせると思うか?」


 アンちゃんの糸は内側から押しやられダフォディル隊長の身体から離れていく。強い力で引きちぎられた糸を見てアンちゃんが舌打ちをした。そして、アンちゃんが受けていた圧が強くなる。


「っっぐぅ!」

「残念だ。アンブラ。ここまで育てたというのに、殺す事になってしまう」

「っ!!ダフォディル隊長!彼を殺すのはやめてください!」

「申し訳ありません、ミーティア姫様。そのお願いは聞けないのです」


 ダフォディル隊長が剣を手に取る。

 マズい。これはマズい。

 折角前世で恋人同士だった二人が再会できたのに。ここでアンちゃんが死ぬのはダメだ。

 どうする?ダフォディル隊長の視界を塞ぐ?でもそれでこの圧が緩むと思えない。

 どうする?ミーティのリセマラの能力を使う?でも対処が思いつかないと同じ結果を迎えるだけだろう。

 どうする?どうする?どうする?どうする?

 どんなに考えても、いい解決案が思いつかない。駄目だ。駄目だ駄目だ。

 落ち着け、落ち着け。このままじゃ本当に、見る事しか出来ない奴になってしまう。アンちゃんを助けなきゃ。どうやったらいい?私には何ができる?どうすれば、いい?


「やめてくださいダフォディル隊長!!お願いですから、アンを殺さないで!!」


 ミーティの声が響き、ダフォディル隊長の剣がアンちゃんの首を目がけて振り下ろされた時だった。

 突然、私達を押さえていた圧が消えた。

 ダフォディル隊長が振り下ろした剣もアンちゃんの首に達する前に横に吹っ飛んだ。

 何が起きたのか、わからなかった。


「本当なら、ミーティに触れた虫を駆除する貴方を褒めたいところですが、彼はどうやらミーティの待ち望んでいた大切な人らしいのでね。ミーティを泣かせたくないんだ」


 声がして私は自由に動かせるようになった首を後ろに向ける。ミーティが守るように立っていた扉が開かれており、そこにはアウリスとナーススを引き連れた、エトワレ猊下が立っていた。



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