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53 巫女姫、戦闘

 翌日、地下道入り口で私とアウリスはメーちゃんとルデルさんの見送りに来ていた。


「メーちゃん、本当にごめんなさい。私達の事情ですぐに帰してしまうことになってしまって」

「ミーティが気にする事は無いよ。ミーティが悪いわけじゃないんだから」

「……私はもっと、メーちゃんと過ごしたかったのに」


 これは本音だ。転生者で同じ巫女のメーちゃんともっと話したかった。前世の物が恋しいねって言いあいたかったし、お互いの好きな人をもっと語り合いたかった。

 メーちゃんに残ってもらって、こちらの戦力になってもらおうかとも考えたけれど、それをするのはメーちゃんに悪いと思ったのだ。

 大丈夫。前の未来ではメーちゃんは情報戦に強い事を知っている。メーちゃんの力を借りる日が来るかもしれない。それまでに私は、ずっと行けなかった未来に一歩足を踏み出せばいいのだ。

 これからの未来ではメーちゃんとも手を取り合って生きたい。それが私の願いだ。


「ミーティ、もしよければこれを受け取ってくれないかな?邪魔じゃないなら常につけてくれるとお守りになるんだ」


 そう言って懐から出した物をメーちゃんは差し出してくれた。

 それはフレームが無い眼鏡だった。弦の部分はゴールドで綺麗に装飾されていて、綺麗に思えた。

 前世での私は縁が太いメガネを愛用していたから、こんな綺麗な眼鏡をかけた事は無い。でも、その眼鏡はミーティアにはぴったりなものだ。


「眼鏡だ!いいの?」

「うん。友好の証として持っていてほしいの。いいかな?」

「勿論!実は前世での私は眼鏡族だったんだよ。なんだか懐かしいな」


 前の未来では眼鏡が国に広まった事で今までにない未来になった。眼鏡にはもっと警戒をするべきなのかもしれないけれど、これがメーちゃんからの親愛の証ならば受け取らない選択は無い。そして、もしこの眼鏡でメーちゃんが情報を得ているのであれば、これから私が歩く未来を見て欲しいとも思えた。


「ここを真っ直ぐに行けば地下道に辿り着くよ。車は用意しているからそれを使って。運転はできるかな?」

「大丈夫っすよ。心配しないでください」


 ルデルさんの頼もしい返事に引き締まった顔が緩んでしまう。ルデルさんも同じ転生者だから、話を聞いてみたかったな。


「では、すぐに逃げてください。……また会える時を楽しみにしてるね」

「うん。ミーティも、気をつけてね」


 そうして、メーちゃんとルデルは歩き出し、その背中を見送って、地下に続く扉を閉めた。

 無事に帰れますように。そう願ってから、私は後ろにいたアウリスに向かい合う。


「状況は?」

「まだ動き出していないけれど、人が集まっているみたいだね。オクルスとクティスは指定の場所に着いたよ」

「リングアはまだ研究中?」

「うん。まぁ、リングアは戦闘できないから研究に集中してもらおうか。ナーススは猊下の護衛についてるよ」

「そっか。ありがとう」


 アウリスの報告に頷いて歩き出す。

 反神主義達の動きはいつもと同じだ。おかげで深く考える事もせず、いつもの様に皆に指示が出せる。

 彼らは正午を迎えてから教皇を目指して動き出すだろう。だが、その時にはもうクティスの力が発動される。

 クティスは触覚が他の人よりも敏感だが、それを利用したスキルを編み出した。

 最初にクティスが数人の反神主義らしき兵士の身体に触れる。そしてその兵士達は仲間の兵士達に触れていく。まるで感染していくように広がり、その感覚は全てクティスが触れる人形に伝わる。クティスがその人形を殴ったり、斬ったりすれば、その感覚が触れられた兵士達に伝わっていく。死に至るほどではないのだが、戦意喪失には十分な痛みを受けるだろう。

 もしその感染に逃れた兵士がいたら、高所に配置したオクルスが射撃で兵士を落としていく。オクルスの視力と、技術班の力で作られたライフルがあれば、どんなに遠くでも逃さず撃つことができる。その二人だけでただの兵士達は抑えられる。

 これからアウリスの聴力とナーススの嗅覚で見えない敵から守るために教皇の傍に付いてもらう。彼女達が動く事は私がアンブラを通してしまった時以外はないけれど、念の為に傍にいてもらう。


 そして私は、ゲームと同じで教皇のいる部屋に続くホールで一人、侵入者を待つ。

 ここまで辿り着いた兵士はいない。外の二人が頑張ってくれているのだろう。

 真っ白なホールで私は深呼吸をする。今までと同じなのにいつも緊張してしまう。

 ここでの戦闘は今回で最後にしよう。大丈夫、相手の動きはわかっている。数秒戻すリセマラを繰り返せば、倒す事は容易だ。

 大丈夫、大丈夫だ。

 そう自分に暗示していると、人の気配を感じた。顔を上げると私の視線の先にアンブラが立っていた。

 暗殺術を鍛えられたアンブラだから足音を消すのも容易なのだろう。なんだったら私に気づかれずに暗殺する事も出来るはずなのに、それをしないのはゲームでも不思議に思っていた。まぁ、ゲームでは仲良くしていたシスターがいることに驚いているから、という理由が付けられるのだろう。


「こんにちは。申し訳ありませんが、此処を通す事は出来ません。お引き取りをお願いします」


 そう言ってはおくけれど、あちらからの返事は期待していない。今まで歩いた未来でも、こちらが説得しようとしてもアンブラは答える事がなかったのだから。

 しかし今回のアンブラは眼鏡の奥の眼を細めて口を開いた。


「この先に教皇猊下がいる、ということに変わりはないですか?」

「……えぇ。そうですね」


 まさか問いかけられるとは思わず、返事が遅れてしまった。

 アンブラはため息をついてから短剣を手に持つ。


「申し訳ないが、猊下に会わなければいけない。通してくれないか?」

「通さない、と言っております。……貴方もわかっていて聞いていますね?」

「そうだな。心変わりしていないかと思ったが、流石に無いか」


 そう言って、アンブラは床を蹴った。それを見た瞬間、私は剣を抜いて前に構える。距離を詰めたアンブラの短剣とぶつかり合い、金属音が響いた。アンブラも防がれるのがわかっていたのか、すぐに距離を置く。私は剣を構えるけれど、自分から攻める事はしない。アンブラは糸を操る能力がある。気づかない内に周りに糸が張り巡らされていれば、こちらの動きが抑えられるだけだという事を覚えているのだ。

 攻めてこないこちらに眉を寄せながら、アンブラは再び走り出す。アンブラは暗殺特化なので剣術はミーティア程ではない。だからいつもなら危険を感じないのだけれど、今回のアンブラは違っていた。

 今まで見たことがない動きをアンブラはしたのだ。今までなら急所を一点集中する戦い方であったのに、今回は必殺というよりもこちらの動きを封じようとしているようだった。スキルの使い方も、ゲームのものとも、今までの未来で見てきたものとも違っていて、糸の使い方が増えているように見える。

 しかしそれでも私のやり方は変わらない。アンブラの攻撃が当たる前にリセットして攻撃を避ける。こちらの攻撃が外れて隙を見せてしまった時もリセットして隙を見せない攻撃に変更する。足に見えない糸が絡まればリセットしてその糸を避け、剣を弾き飛ばされたらリセットしてその攻撃を避ける。

 今までの未来とは違った戦い方をするアンブラに対応できるように、リセットをして、リセットをして、リセットをして、リセットをして、リセットを繰り返して。


 そしてアンブラの短剣が私の左腕を斬って傷をつけた時、動けなくなるほどの怪我ではないがリセットをしようとして、スキルは発動しなくなった。

 何が起きたかわからずに固まりそうになった思考を必死に動かす。

 思えば、こんなに短い時間にスキルを連発する事は滅多になかった。エトワレとは違って私のスキルはデメリットが無いと思っていたが、もしかしたら知らないだけで、ゲームの様にMPという存在があるのかもしれない。今までMP切れのようなものが起きなかったので、MPは自然回復なのだろう。回復ペースはわからないけれど、ここからはスキルを頼らずに戦わなければならない。

 少し生じた不安をすぐに吹き飛ばす。大丈夫、大丈夫だ。ゲームでのミーティアの動きは覚えている。そのミーティアにどう戦えばいいのかもわかっている。入隊してから戦闘技術も上がった。だから、大丈夫。


 その時、私の足に見えない糸が絡みついた。それを振りほどく事も出来ず、すぐに剣を握った右腕にも糸が絡みついた。そしてそんな私に向かって、アンブラが短剣を構えて向かってくる。

 舐めるな。

 そうアンブラを睨みながら、私は腰に左手を回し、そこにあったものを手に取ってアンブラに向けた。

 最近技術班が開発に成功した小型銃。簡単に言えば拳銃だ。まだ一つしかないこの拳銃を私は譲ってもらった。撃ち方はライフルを扱うオクルスから習っている。利き手と逆の手で撃つのは初めてだが、どこでもいいから当てれば十分だ。

 見たことがないはずの拳銃を見ても、アンブラは足を止める事は無い。もっと近づけ。そうすれば命中率が上がる。

 後数歩。私が引き金に指をかけたその時だった。


「私は、そんな結末を許せない」


 知っている声がした。

 そして目の前に半透明のスクリーンと文字が現れる。それはゲームでよく見ていたステータス画面だった。

 私の目の前のステータス画面は、目の前にいるアンブラの物だった。スクリーン越しに、アンブラの目の前にもステータス画面が表示されているのが見えた。

 ステータス画面はアンブラの名前、性別、スキル等を見せ、一番下には前世の欄があった。

 それを見た私は驚いて拳銃を手から落とし、アンブラを足を止めてステータス画面から目を離せない様子だった。


 彼は、彼女は、前世では良く知る存在だったのだ。

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