51 姫巫女、聖女
ノヴィルに帰ってきて数日が経つと、新たな変化があった。それを教えてくれたのはオクルスだった。
「軍の中に、見知らぬ女性が混ざってるわ」
朝に私の部屋にやって来たオクルスが開口一番にそう言った。起きたてで頭がまだ働いてない私は首を傾げる。
「女性……?新しい女性の兵士なんじゃないの?」
入隊している兵士達はほとんどは男性だけれど、女性も少なからず存在する。ただ、女性兵士はほぼ衛生兵として動いている。
オクルスは欠伸をしながら、椅子に座る。
「そうかもだけれど、なんだか毛色が違うのよね。あと、あんなに派手な髪色、お姉さんなら覚えてるはずなのに全く知らないの」
オクルスの目ならノヴィル全体を見る事が出来る。オクルスの視界の情報はよく共有させてもらっている。その情報は怪しい人がいるとか、変な行動をしているとかだけではなく、お洒落な女性とか恋物語とかも良く聞かせてもらっていた。そんなオクルスが知らない人物というのは確かに気になる。
「可能性としては、他国から来た人かな?どんな髪色なの?」
「桃色のふわふわした髪の女性よ。黒目で、顔は可愛い分類だけれど、ミーよりは年上ね」
オクルスの情報に何度か頷いてから、ふと前世の記憶で当てはまるキャラクターを思い出した。彼女については、私はそのゲームはしていないから見た目と、そのゲームでは主人公であったことは知っている。そして、彼女はノヴィルに来るイベントは無かった事も。
「オクルス、その子に会ってみたいのだけれど、こっそり姿見れたりしないかな?」
「堂々と見てやればいいじゃない。新しい女性兵士の噂を聞いて、同じ女性兵士同士仲よくしたいって理由で会えるわよ」
「……まぁ、そうかな」
ゲームでは関係が無かったキャラ同士が会うのは想定外なことが起きそうで怖いけれど、今までとは違うルートが現れるかもしれない。それに賭けるのもいいのかもしれない。
なんとか目覚めた頭でそう考えて、私はすぐに外に出る支度をした。
眠いから寝ると言ったオクルスの代わりにナーススが私について来てくれた。普段は姫巫女の傍に付いている設定で外に出ない女性兵士が軍部の中を歩いていると、物珍しさにか他の兵士達の視線が刺さる。でも私と視線が合いそうになると慌てて逸らす人ばかりだ。
「逸らすぐらいなら見るなと言いたいわね」
「気にしてないからいいよ。相手にする方が面倒だし」
兵士達の反応に苛立っているナーススを宥めながら足を進める。しばらくして、武器庫やら無機質な倉庫やらが並ぶ場所に、場違いな温室を見つけた。いつの間にこんなものを用意していたのだろうと首を傾げていると、温室から女性が一人出てきた。
桃色の髪の噂の女性だ。その見た目は確かに、ファタリテート プレニルの主人公のアネスだった。
アネスは私の姿に少し驚きながらも、こちらに近づいて来た。
「こんにちは。その格好は、兵士の方ですか?」
「こんにちは。私はミー。特別部隊の隊長をさせてもらってます」
アネスは白いワンピース姿だ。軍服を着ていないのが少し気にかかった。
私の言葉にアネスは少し考えてから微笑する。
「あぁ。貴方がミーティア様ですか」
私の本名を言ったアネスに驚いたけれど、出来るだけ冷静を装う。変に焦るとあちらのいい様に使われるだろう。
「おや、知っていたのですか。一体誰から?」
「ダフォディル隊長から。ミーティア様が軍に所属しているから近づくな、と言われました。近づくなと言われて、暴力的な方なのかと思いましたが、そんな事はなさそうで安心しましたわ」
「そう思われてしまっていましたか。大丈夫ですよ。そこまで力がある訳では無いですから」
「ふふ。そうみたいですね。安心しました」
ナーススが何か言いたそうにしているのが視界の端で見えて、彼女が何か言う前に私の方から口を開く。
「アネス様のような綺麗な髪は珍しいですね。ノヴィルの生まれではないのですか?」
「えぇ。プレニルから来たんです。髪は私の自慢なので褒めてくださりありがとうございます」
「プレニルからノヴィルに?」
「はい。プレニルの暮らしが嫌で飛び出した形です。そこで偶然ダフォディル隊長と出会って、行き場所が無いならと軍への入隊を勧められたんです」
行き場所が無いから?そんなの都合が良すぎないか。それともダフォディル隊長がアネスのスキルにでも目をつけたのだろうか。そうでもなければ彼女を入隊させるなんて考えられない。
ついでに情報を貰ってみよう。
「ところで、その建物は一体なんでしょうか?前は無かったように思うのですが」
「ごめんなさい。関係者以外は立ち入り禁止で、中の事も口外禁止なの。いくらミーティア様でも言えません」
教えてもらえない。それなら後でオクルスの目で見てもらうしかないだろう。
これ以上彼女から得られる情報は無い。もうそろそろ引き上げよう。それに、アネスはなんだか仲良くなれないタイプに思える。
「そうでしたか。じゃあ私はそろそろ戻ります。また会えたらよろしくお願いしますね」
「えぇ。あ、そう言えば名乗ってませんね。私はアネスです。また会いましょう、ミーティア様」
「……この格好の時はミーと呼んでください。兵士の時と巫女の時で切り替えたいので」
「そう。それじゃあ仕方ありませんね。また会いましょう、姫巫女様直属の軍隊長様」
私は笑顔を返して、その場から離れた。
しばらく歩いてからナーススが口を開いた。
「なんでかしら。あの女酷く腹立たしいのだけれど」
「言わないで、ナースス。私も同じ考えだわ」
何故こんなに腹立たしいのか。この時にはもう、彼女とは敵対するのだと本能で感じていたのかもしれない。
日は過ぎて、私はメガネ様をノヴィルに招待した。
メガネ様はプレニルで何かしていたとオクルスから聞いていて、何かしらの情報を聞けるかもしれないと思ったからだ。ついでにもっと仲良くなれば、メガネ様が対立する事も無くなるだろう。そう思っていた。
だから、本当に驚いたのだ。
「ミーティア様も、転生者なのですか?」
メガネ様も、私と同じ日本からの転生者であったことに、凄く驚いて、凄く嬉しかった。
聞けばメガネ様の護衛のルデルさんも同じ転生者らしい。まさか二人も転生者に会えるなんて思ってもいなかった。さらにさらに、メガネ様は無印のファタリテート、ルデルさんはファタリテート プレニルをプレイしていたなんて、思ってもみない最高なことだ。
私が目指している事を簡単な説明で理解してもらえ、アネスの事も相談できる。そしてメガネ様とは、いや、メーちゃんとはあだ名で話す仲にもなれた。
ただの友人というだけでなく、同じ転生者としての仲。メーちゃんは仲間を大切にする人のように見えるから、これで大きなことが無ければ私の味方にもなってくれるだろう。これでリセマラした甲斐があったことになる。
アネスの存在はあれど、こちらにはメーちゃんという味方がいる。悪い方には転がらないはずだ。そう感じてとても嬉しかった。もうリセマラして未来を変える必要は無いだろう。良い方に向いてるだろう。メーちゃんはどうやらアンブラを知っているようで、違う未来が待っているかもしれない。
そう喜んでいた私を思いっきり殴ったのは、アネスだった。
メーちゃんにノヴィルの街を案内している時に、アネスに出会った。飾った服を着た彼女は何故か聖女と呼ばれて、兵士達にちやほやされていた。
「聖女様、そろそろお戻りになられた方がよろしいかと」
そう言って人混みから現れた人物は、知っている姿とは少し違っていたけれど、その顔立ちはずっと会いたかった存在のものだった。眼鏡をかけた姿も、ゲーム上では見たことが無いけれどとても似合っていた。
あの戦闘前に会えたことが奇跡に思えて、抱き着きたい気分であったけれど、そんな場合じゃなかった。
彼は、アンブラは、アネスを聖女だと言った。
アンブラは、アネスの隣に立っている。
見たかった、こちらに向けて欲しかった微笑みは、アネスに向けられている。
アンブラと一緒にいたというメーちゃんに対しても、アンブラは冷たい言葉を投げた。
そして、アンブラとアネスは、背を向けて去っていく。
今まで会えなかったのは、アンブラがアネスの傍にずっといたからなのか。
リセマラを使った事で、アンブラはメーちゃんの傍にいる未来に変わったのか。
でも、何故。
「……どうして」
どんなに未来を変えても、貴方はミーティアの傍にはいてくれないのか。




