50 姫巫女、開始
リセマラして戻った過去で、私はすぐに動いた。
セレナード様が歌う前に怪しい人物をオクルスに探してもらい、アウリスには何か作戦を練っているような会話を探してもらう。すると、会場から離れた場所、プレニル側に弓矢を持った男を見つけた。
その距離からじゃ届かないように思うけれど、特別な弓矢なのかもしれない。前の世界では彼女の首に深々と刺さっているようにみえたからだ。
オクルスからその情報を聞いてすぐにオクルスには私の傍から離れてもらった。あちらが原始的な弓矢を使うなら、こちらは近代的な武器を使わせてもらう。
セレナード様が歌っている最中に矢が放たれて、その矢をオクルスに撃ち抜いてもらった。オクルスの視力なら、飛んでいる矢を撃ち抜くのは簡単らしい。とはいえ、特別なその矢を落とすことは出来なくて、その矢はセレナード様の首を太い血管を避けて貫かれた。
それを見てすぐに私は壇上に上がり、倒れたセレナード様に駆け寄った。致命傷であれば再びリセマラをするつもりだったが、処置によっては危険はないものだとわかった。過去を変えられたとほっとしていると、横から私より小柄な女の子と大きな犬が現れる。
「失礼します」
そう言って女の子はセレナード様の手を握り、空いている手を隣の犬の頭に乗せた。
「えっと、怪我の処置はお願いしてもいいですか?彼女を助ける為に、私は手を離せないんです」
「わかりました」
恐らく彼女は何かスキルを使っているのだろう。セレナード様を助ける為の行動ならば、こちらが何か言うつもりはない。後から来たアウリスから手当てに必要な物を持ってきてもらい、手早く処置を施した。軍に入った時にいかなる状況でも応急手当の処置を施せるように訓練をしていたから苦労はしなかった。でもあまりに早いと思われたのか、どうやらそういうスキルがあると思われてしまったようだ。まぁ、本当のスキルを隠せるならそういう事にしておこう。
セレナード様の治療をしたおかげか、大分信用を勝ち取れたらしく、まだ昏睡しているセレナード様の傍に一晩いることができた。おかげでオクルスの手を借り、ちゃんとした手当てもすることができた。傷口は縫合し、オクルスの目で傷ついた血管を確認して、セレナード様が命を落とす事が無いと確認できた時は大分安心してしまい、ぐっすりと寝ることができた。
翌日になって、これまた懐かしい朝食を堪能し、セレナードの様子を見ていると、部屋にメガネ様がやってきた。護衛を連れずに一人で来られた事に、こちらへの信用の大きさを感じられる。
「メガネ様、おはようございます」
「おはようございます。……ミーティア様、ここにルデルという犬とクデルという少女はいませんでしたか?」
「お二人は朝食を取りに行っております。先程まで私が朝食を取ってまして、歌姫様に何かないように交代で朝食に行っているのです」
私の言葉に納得したのか何度も頷いたメガネ様だったけれど、何か思う事があるの顔を顰めている。メガネ様は大分顔に出る方のようだ。
「ミーティア様、申し訳ありません。我が国で対応しなければならないのにミーティア様のお力を借りてしまいまして」
「気になさらないでください。治療スキルなんて特殊スキルを持っているのですから、非常時に使わなくては私の気が落ち着きません」
本当は持っていないけれど、とは言わなかった。
私の言葉でメガネ様は凄く嬉しそうな笑顔を作った。元々から可愛い方だと思っていたけれど、笑ってもやっぱり可愛い。
「にしても……。やはり歌姫といえど黒人に害をなすなんて、プレニルらしいところではありますね」
そう切り出して、メガネ様にプレニルの話を耳に入れてもらう。恐らく昨日教皇が言っていた言葉から、プレニルの平等主義はメガネ様には納得がいかないかもしれない。
既に知っているかと思ったけれど、メガネ様は私の向かいに座り、真剣に話を聞いてくださった。
プレニルの平等主義の本性、そして奴隷の問題。
奴隷に関してはノヴィルでももう少し見方を変えたいところだ。弱肉強食なノヴィルでは力があれば奴隷も上に立てるはずなのだが、元は奴隷だというレッテルが邪魔をする様なのだ。
それに加えてプレニルからの奴隷となれば、プレニルを敵視しているノヴィルから見れば、プレニルから来たというだけで嫌悪感を露わにしてしまう人が多い。
働き手として奴隷の存在はノヴィルには必要ではあるが、対応を変えようと考えていても良い案が思いつかないのが少し悔しい。まぁ、前世の世界でもそうであったように、差別というものは消す事は難しいのだろう。
しばらく話をしていると、メガネ様が目を丸くした。
「セレナード!」
そう言ってメガネ様は立ち上がり、セレナード様の元に駆け寄っていく。そこにいたセレナード様は目覚めたらしく、上体を起こしていた。
駆け寄ったメガネ様に何か言おうとしているも、その口から声が出て来ていなかった。それを見て私もセレナード様に駆け寄り、その首元に手を翳す。
傷が開いた様子はない。こっそりとオクルスに目線を向けるも、オクルスの目からも異常は見られないようだった。
「……怪我は治っております。恐らく精神的な物かと」
見た目でわからないとなれば精神的なショックで声が出ないと考えるのが自然だろう。
メガネ様と少し会話して、そろそろお暇しようとしたけれど、部屋の扉が叩かれた。メガネ様が返事をすると、セレナード様の手を握っていたクデルという少女と、フォルモさんが部屋に入って来た。
クデルはセレナード様が起き上がっている事に喜んで駆け寄っていく。
メガネ様とフォルモさんが少し会話をしてから、私の方を見た。
フォルモさんに会うのは監禁されて以来、本当に久しぶりだ。
「お久しぶりですねフォルモさん」
「お久しぶりです。話は聞いておりましたが、お元気そうで何よりです姫様」
「姫様はやめてください。フォルモさんはもうノヴィルの兵士ではないのですから」
少し老けてはいるけれど、変わらずに優しい顔をしている。その表情にほっとしつつも、頼んでいたことを聞く事にした。
「アンブラは見つかりましたか?」
「残念ながら、姫様の依頼の少年らしき者は見つかりませんで。プレニルの方はまだ探しておりませんが」
「そう……。ここにもいないなんて」
「ミーティア様はアンブラという人を探しているのですか」
部屋から出て行こうとしていたメガネ様が聞いて来る。もしかしたらメガネ様は知っているのだろうか。
「はい。ずっと探しているのですが」
「何か罪を犯した人なのでしょうか?よければ私も探しますよ」
「本当ですか?あ、罪人というわけではないのですが」
協力してくれるなんて優しい方だ。
アンブラを探している理由は隠す必要は無いから、私は恥ずかしさを覚えつつも正直に答えた。
「アンブラは、私の運命の方です」
「は?」
「え?」
何を言っているんだ、というニュアンスで返されてしまい、思わず聞き返してしまった。
失礼な発言をしたと頭を下げるメガネ様の姿を見て、気にしていないことを伝える為にも続けた。
「驚かれるかと思いますが、その、天啓を受けまして。出来うる限り探しているのですが見つからないのです。メガネ様も探してくださるのはとても有り難いです」
本当は、私の推しカップリングだから探しているなんて言えるはずがない。神様からの天啓という事にしておこう。
今はアンブラよりも優先したいことがあるけれど、本来の私の目的はアンブラを探してミーティアとくっつけさせる事だ。叶わない可能性の方が高いけれど、新しく現れたメガネ様の存在が、望んだ未来を引き寄せてくれるかもしれない。私の大切な人が失われない世界を、そしてアンブラと仲良く手を取り合える世界を。その為にもメガネ様と仲良くする未来に賭けたい。
「フォルモさんから特徴は聞いておりますので。ミーティア様が早くアンブラさんと会える事を祈っております」
そう笑顔で告げたメガネ様は用事があると部屋を去って行った。
私達もここでやる事は無くなったので、フォルモさんに見送られ、ノヴィルへ帰る事にした。
「あのメガネ様って不思議な感じがするわね」
隠し通路に入って車に乗ろうとしていると、オクルスがそう言った。私がどういうことかと聞こうとしたけれど、それより先にアウリスが答える。
「そうだね。普通の人間だと思うんだけど、なんだか他とは違う音がするというか、音がしないというか」
「アウリスも?私も見た感じは普通の人間のはずなのに何か見落としがあるみたいで」
二人の言葉に私は首を傾げる。
「メガネ様が私と同じ巫女だからってわけではないの?」
「違うわ。ミーティアとも違うもの」
「なんか、変な話だけど、人間じゃないみたいに思えるんだよ」
「……まさかぁ」
人間じゃない存在なんて、この世界にいるとしたら神様ぐらいじゃないだろうか。




