48 姫巫女、出会い
プレニルとノヴィルの間にあった島のことは私はよくわからない。でも、国となるなんてことは今までのリセマラの中でも、ゲームの中でもなかったはずだった。
島国の名前はメガニアというらしい。そして建国記念という事で簡単な宴や教皇からの挨拶等があるからと、そして友好を結ぼうと招待状が届いた。
お招きされたからには行く方が得策だろう。エトワレに頼まれる前に私は自分から志願して、オクルスとアウリスを連れてメガニアにやって来た。
メガニアとプレニルに向かう道は大きな橋になっている。私が訪れた時には沢山の人々が橋の上で楽しそうに会話をしたり、食事を楽しんだりしていた。前世での夏祭りを思い起こされる。
人混みの中には安全の為か警備とみられる若い青年たちが所々に立っている。そんな彼らはこの世界では見る事が無かった黒いサングラスを掛けていた。
サングラスを作れる技術がメガニアにはあるのかと少し驚いた。科学技術はプレニルにも負けないと思っていたのだが、思わぬ伏兵がいたものだ。でも、彼らの持つ武器は剣であり、銃器を持つ者は誰もいないように見える。隠し持っているのかもしれないけれど、メガニアには戦闘技術はそんなに広まってい無い様だ。
「面白いわね」
「何が?オクルス」
オクルスの呟きが聞こえて私は聞き返す。オクルスはサングラスを掛けている青年たちに指をさしていく。
「あの子と、あの子。あの子もね。というより、ほとんどがノヴィルにいた兵士達よ」
「そうなの?」
「一時期兵達が辞めていってしまったのはわかっていたけれど、ほとんどメガニアに移住していたのね。兵を集めているなんて情報は聞いたことないけど、アウリスは何か知っている?」
「知らないよ。それより人が思ったより多くてうるさいよ。僕は離れた場所にいてもいい?」
「護衛なんだからちゃんとミーティア様の傍にいなさい。今は私達の隊長じゃなくて姫巫女としているのだから」
オクルスに窘められ、アウリスはしぶしぶと彼女用のヘッドフォンをつけて大人しくなった。
周りの人達を観察していて気づいた事がある。彼らが持っている物が、とても懐かしい物だった。
「ちょっとご飯食べようかな」
「お腹空いたの?確かに嗅ぎ慣れない香りがするし、皆が持っている物も見た事が無い物ね」
ノヴィルは昔は物凄く不味い料理ばかりだった。けれど科学技術により、化学調味料というものが出来たおかげで、まだ食べれる料理が普及された。見た目はちょっと、かなり、悪いけれど、多少の食への楽しみが増えていた。
食事を提供している出店に近づいて、並んでいた物を三つ購入する。それはどう見ても美味しそうに焼けた焼きおにぎりだ。お店を覗くと、他におみそ汁や肉じゃがといった、前世では馴染み深い料理が並んでいる。
もしかしたら私の様に転生者がいるのかもしれない。そう思いながら海苔が巻かれた焼きおにぎりに齧り付いた。
とても、とても、驚いた。
中身は魚とか、もしくは中身は無しかな?と思っていたのに、そのおにぎりの中身は梅干しだった。久しぶりの酸味が私の口の中に広がる。
美味しい。凄く美味しい。
前世の私は酸味が大好きだった。常にレモン味の飴を持ち歩いていたし、飲み物も迷わず柑橘類が使われている物を選ぶし、レモン関連の商品が増える夏は幸せな季節だった。
この世界では、ノヴィルでは化学調味料が作られても酸味を味わう事が全くなかった。
凄く美味しい。叫びたいぐらいに美味しい。神様に感謝を告げたいぐらいだ。ほんのわずかな酸味しかないとかではなく、がつんと強烈な酸味がやってくる。これがお米に合って最高だ。シェフを探して讃えたい。褒め尽くしたい。梅干しがあるならメガニアに移住したい。それぐらいに、私の心を揺さぶってくれた。
「も、申し訳ありません!お口に合いませんでしたか!?」
顔に出さない様に、それでも梅干しを堪能していると、声を掛けられた。
そちらを見ると、そこには小さな女の子が慌てた様子で駆け寄って来た。
とても美少女だった。藍色の長髪はサラサラで、薄灰色の瞳は大きくて丸い。成長が早かった私に比べると本当に小さい子供だ。十歳にも満たないだろうか?
心配そうにこちらを見上げてくる子に安心させるように笑顔を向けた。
「いえ、とても美味しいです。この酸っぱさが癖になりそうですね」
そう答えると彼女は安心したのか、笑顔を返してくれた。
彼女の後ろにいた長身の男性が彼女の肩を叩いた。
この人はサングラスではなく、馴染み深い眼鏡をかけているのに気が付いて少し驚いてしまった。
「挨拶が遅れ失礼しました。メガニアへようこそお越しくださいました。ご足労を頂きお礼を申し上げます」
かしこまった言葉に、彼女がこの国の要人なのだと気が付いた。
頭を下げてから人差し指と親指の先をつけ、他の指も人差し指に並べた手の形に、これがこの国での挨拶であり、祈りのポーズなのだとわかった。
食べかけのおにぎりをアウリスに渡して、こちらもノヴィルの挨拶を返す。
「初にお目にかかります。この度はメガニア建国おめでとうございます。本来であれば教皇様がいらっしゃる予定でしたが、名代として姫巫女のミーティアがお祝いの言葉をお贈り致します」
「メガニア神の使い、メガネと申します。そしてこちらがナハティガル教皇様でございます」
「お初にお目にかかりますミーティア様。ご健勝でなによりです」
「ありがとうございます、ナハティガル猊下。私のことを知っていたのですか」
「えぇ。話では有名でございますので。大変な目に遭われたというのにそれを微塵にも感じないお姿で安心いたしました。何もできなかった私をお許しください」
彼が教皇猊下で、彼女が巫女だったのか。まだ出来たばかりの国だからか、彼らからはまだ威厳を感じない。でもいずれは立派な存在に変わるのだろう。
それにしても、「メガネ」様という名前が気になる。ナハティガル猊下が掛けている眼鏡と同じ名前を持つなんて、偶然なのだろうか。それとも彼女が何か眼鏡と関係があるのだろうか。そう考えながらメガネ様を見れば、メガネ様は何かを考えている様子だった。
「メガネ様?いかがいたしましたか?」
私が声をかけると、メガネ様はなんでもないというように首を振った。
「メガネ様は神の使い人なのですね。メガネという名前はあまり聞かない響きですね。何か意味があるのでしょうか?」
「良く変わった名前だとは言われますが、メガニアの名に近い名前を頂いたのです。私は気に入っております」
「そうなのですか。私も良い名前だと思います。歳も少し近いようですし、もしよければ友人の様に接して頂けると嬉しいです」
「恐れ多いお話ではありますが、友人となって頂けるのならすごく嬉しいお話です。是非これからもよろしくお願いします」
社交辞令のつもりでそう言ったけれど、どうしてかメガネ様とは仲良くなれると思っていた。同じ巫女だからだろうか。ミーティアに転生してからは上下関係が無い友人という存在を作った事は無かった。
同じ巫女で、前世で私が愛用していた眼鏡と同じ名を持ち、今までのリセマラでは出会えなかったメガネ様。もしかしたら今後、彼女の存在が何か変化を持ってきてくれるのかもしれない。
ずっと会話していたいけれど、お二人は忙しいだろう。この辺で引く方がいいかもしれない。
「それではまた後程ご挨拶に伺います」
「わかりました。後程」
笑顔を向けて私は二人を連れたって歩いて行く。おにぎりの残りを楽しもうとアウリスを見たけれど、彼女の手からはおにぎりが無くなっていた。
「……アウリス」
「さっきの食べ物すごいマズかったよ。僕が処理したから安心して良いよ」
笑顔でそう返して来たアウリスに周りに考慮して静かに叱責した。
少しして、橋に用意されたステージにナハティガル猊下が立つ。その姿に皆は注目し、その中で彼は簡単な挨拶とメガニアについて説明を述べた。
メガニアは、プレニルの様に平等であり、ノヴィルのように不平等だという。二国に喧嘩を売らず、二国のどちらかを贔屓にしているわけでもない。その特徴が印象的だった。
ナハティガル猊下がステージを降り、四人の人がステージに上がった。それぞれの手にはこの世界では初めて見る楽器たちがあった。
食べ物といい、着ている衣服といい、メガニアは嗜好品を大切にするのだろうとわかった。もしかしたらノヴィルでも受け入れられるかもしれないと演奏を待っていると、新しくステージに上がった女性に視線が釘付けになった。
彼女の肌は黒かった。前世で見た黒人よりも黒く、真っ白な衣服がその肌を強調している。衣服にはリボン等で装飾されていて、とても可愛いドレスのように見えた。
不平等で強い者が勝つノヴィルでも、黒人は奴隷の扱いが大きかった。プレニルではその意識が強いので人々のざわめきは大きくなった。
そのざわめきの中で演奏は始まった。感動するほどの演奏ではないけれど、懐かしい音に少し嬉しくなった。
聞き慣れないであろう人々も口を閉ざし、演奏を聞きいっていた。そして黒い女性は歌い出した。
とても穏やかで、美しくて、癒される。そんな歌声だった。メガニアの平等と不平等を語る歌詞で、その詞が彼女の歌声によって、ストンっと心に落ちて収まったような気分だった。
音に敏感なアウリスも、ヘッドフォンを外して歌を楽しんでいる。
素敵な時間だ。そう感じていたけれど、オクルスが私にだけ聞こえるように耳打ちをする。
「四時の方向。弓矢を構えた者が」
その言葉に私はすぐにそちらの方向を見る。しかし私の視界ではその姿を捉える事は叶わなかった。
風を切る音が真っ直ぐに飛び、それを視界に捉えようと目線を動かす先で、歌っていた女性の喉に矢が突き刺さったのが見えてしまった。




