46 姫巫女、仲間
無事に軍人の仲間入りした私だが、最初の壁にぶち当たった。
「お願いします!ダフォディル隊長!」
軍を率いる権限を持つダフォディルにも正体を隠すという事は出来なかった。最初は出来るのではないかと思っていたけれど、ダフォディルはミーティアの事を知っていたのだ。
「どれだけ懇願されても駄目です、ミーティア様。貴女を他の者と混ざって訓練を受けさせるなんて。野外演習として狭い場所で寝泊まりも起こり得るのですよ」
「大丈夫です!気にしません!」
「何かあったら恐ろしいので、こちらが気にするんです」
「女性の軍人は他にもいるでしょう。女性が一人増えたところで変わりはないはずです」
「女性の中でも大事にしなければならない巫女姫様だから問題なのです」
身分というものは面倒だ。いくらこちらが大丈夫だ、気にしないと言っても、何かあった後が恐ろしいからと否定されてしまう。ダフォディルの反対理由が身分の事なので、身分が無ければ許されたのかもしれない。
つまりダフォディルは私の武力を少しは認めてくれているのだろう。入隊テストの時に軍人一人を短時間でダウンさせた甲斐があった。
ダフォディルは私の顔をまじまじと見てからため息をついた。
「お顔が皇后様にさらに似てきたと思いましたが、その意志を曲げないところも似てきましたな」
「お褒めの言葉と受け取っておきます」
聞けば、ダフォディルは今は亡き母の護衛を良く引き受けていたそうだ。だからダフォディルと母はよく会話をしていて、生まれたばかりの頃から私の事も見ていてくれたらしい。今の私には母との記憶はあっても自分の母親だという自覚はないのだが、こうやってダフォディルから母の話題が出るのはなんだか嬉しい。
「ミーティア様の意志はわかりました。しかしそれでも他の軍の男達と同じ訓練や仕事を任せるのは避けたい。ですので、ミーティア様だから出来る事をお願いしようと思います」
「私だから出来る事?」
「はい。……ミーティア様は、神の祝福を得た子供の話を知っていますか?」
「えぇ。どこからかやってきた五人の子供が、他の人とは比べ物にならない能力を得ていたという話ですね?」
本来はミーティアは知っているはずはないから、これは前世で得た知識だ。
ダフォディルは少し驚いた表情を見せたけれど、すぐに顔を引き締めた。
「その通りです。彼女達は十四年前に現れ、教会で保護しておりました。その能力に苦しんでいましたが、前教皇様がこの軍を作った際に、彼女達の能力を活用できるように彼女達には特別な訓練を受けさせていました。ただ、その際に他の者との関わりが滅多に無かった為、他の軍人達と協力する事は難しいようです」
「つまり、私にその方々を率いて欲しいという事ですか」
「……こうして話していると忘れてしまいますが、ミーティア様はまだ十二歳でしたよね?話の把握といい、喋り方といい、下っ端の軍人達を上回っていますね」
「兄にもよく驚かれています。兄の手助けになれるように部屋に過ごしていた間も勉強を頑張った成果でしょうか?」
「流石です。とはいえ、まだ少女のミーティア様に頼む事ではないとは重々承知ですが」
「大丈夫ですよ。私も人との交流が少なかったので、こういう任務も楽しみです」
笑顔で答えた私にほっとしたのか、ダフォディルはその眉間の皺を少し減らして、それから彼女達がいるという部屋を教えてくれた。
ダフォディルの隊長室から出た私は早速その部屋に向かう。
まさか、こうして上手くいくとは思っていなかった。
神の祝福を得た子供達。彼女達こそがファタリテート ノヴィル編の攻略キャラ達なのだ。つまり私が頼まれた立ち位置はアンブラが本来いるはずだった場所だ。アンブラの居場所を奪ってしまった形ではあるけれど、だからと言ってアンブラが現れないという事にはならないだろう。
この場所に立つ為に何回かリセマラをしないといけないと思っていたけれど、使わずに済んだのは有り難い。
言われた部屋に辿り着き、ノックをしてから中に入った。
中には大きなテーブルが置かれ、その上にはカップやこの世界の携帯食料やらが散らばっている。そのテーブルを囲むように、五人の女性が椅子に座っていた。
突然やって来た私の姿に驚いた様子は無く、値踏みされるように全身を見られているのがわかる。
恐らく、聴力が良い子がダフォディルと私の会話を聞いていて、私の事はわかっているのだろう。
彼女達に嘘は通用しない。その目で人の挙動をしっかりと観察し、その耳で人の心臓の鼓動を聞き分け、その鼻で発汗を感じ取り、その肌で人の身体の温度を感じ取る。嘘をつく人間はどこかしら変化が起こる。本当に嘘に慣れた自信家じゃない限りは、嘘をついて彼女達の信用を勝ち取るなんて無理だろう。
私は扉を閉めて一人一人の顔を確認する。確かに攻略キャラのメンバーだ。こうして会えたことで、ゲームの世界に来たのだと実感できる。彼女達に嘘が通用しないのは重々承知だ。隠し事をしても、隠している事がバレタら彼女達の信用が揺らぐ。だから、私がやる事は簡単だ。
「初めまして。私はこの度軍に入隊したミーと言います。ですが、本当はこの国の教皇の妹のミーティアと言います」
ここまでは彼女達も把握している事実だろう。彼女達の表情に何も変化はない。
ならば、これなら変わるか?
「そして、私は前世の記憶を持っていて、前世では貴女達の事が知れるゲームという物語を読んでいたので、貴女達の事は大体把握しています」
だるそうに伏せられた目は開かれ、笑顔を見せてくれていた表情は豆鉄砲を喰らったかのような表情に変わり、逸らされていた視線はこちらを向く。ポーカーフェイスもいるけれど、興味は持ってもらえただろう。
そして私は前世の話を彼女達に偽りなく全て話した。
私がアンブラを探したい事も、私のスキルも、その為にスキルを惜しみなく使うつもりである事も。
「私のスキルが十回ぐらい使われれば違和感を感じるとは思う。まぁ、リセマラするにしても貴女達に悪い様に使うつもりは全くない。アンブラに会って結ばれるのが最重要だけど、その為に貴女達を犠牲にするつもりは全くない。出来るなら皆幸せを目指すつもりなので、それでよろしくね」
大分長く話したので少し疲れた。でも私の分の椅子は無いようなので、扉に背を預けさせてもらう。
少し黙っていた彼女達だったが、最初に口を開いたのはオクルスだ。
「どうだった?お姉さんが見る限りでは心臓の動きは普通だし、違和感のある動作は無かったわ」
「……鼓動もおかしくなかったよ。声も安定してた」
「そうだね。体温変化も無さそうだったよ」
「発汗も特に。喋りすぎて疲れてはいそうだ」
「お前らが問題ないって言うなら問題ないね」
リングアが立ち上がり、自分のコップを私に差し出した。私は礼を言ってそれを飲んだ。喉の渇きが落ち着いて、ただの水だけど美味しい。
「……もう少し警戒したらどうね?毒入りだったらどうするよ」
「あ、それは考えてなかった」
「お前、姫とか巫女とか、立場をもう少し考えたら?」
呆れた声でそう言ったのはナーススだ。彼女達からの警戒が少し解れたようだ。
オクルスが立ち上がって私を抱きしめた。
「前世ってのはすぐに信じられないけれど、お姉さんはミーちゃんを歓迎しちゃうわ。皆は?」
「私も歓迎するね。私の飲み物を躊躇なく飲めるのは面白い」
「……私は様子見させてもらう」
ナーススはそう言ってまた視線を逸らしてしまった。何も言わないけれど、アウリスとクティスもまだ受け入れてくれ無い様だ。
まぁ、それも予想通り。そんな彼女達と何度もフラグを立ててきたのが私だ。ゲームではない現実でも、彼女達と仲良くなる為に全ての記憶をフル動員させてもらおう。




