40 メガネ、五感
やあやあ、どうしたんだい。キスしようとしたら眼鏡がぶつかったみたいな顔をして。
私だよ、私。メガネだよ!
うん。美味しいカレーを御馳走になったけれど、リングアのキスがしばらく頭から離れないメガネだよ。前世でも今世でも初キスが女性同士で大人なキスで、こんな私でもなかなかショックを受けているよ。
私達にキスをしたリングアは私達が食べ終わると食器を片づけて部屋から出て行ってしまった。
人より舌が敏感だなんて言っていたけど、それとこれとは関係ないのではなかろうか。
「ごめんなさいね。私も目を離してたのが悪かったわ」
オクルスが頭を下げてきたので私は慌てて首を振った。
「いやいや、目を離すも何もオクルスも大変でしょう?私達ばかりを見てられないでしょうし」
「いえ、私は見れるから皆をまとめる役をミーティア様にお願いされていたのに、仕事をしていなかったのは駄目な事だわ」
こちらが何を言っても頭を上げてくれないようだ。ここはどう返しても変わらないような気がして、私はルデルに助けを求める視線を送った。それに気づいてくれたルデルは少し考えてから口を開く。
「リングア様が『人より舌が敏感』と言ってましたよね?実際、彼女は私達の味の好みを当ててくれて、選んでくださったカレーはとても美味しく頂きました。舌が敏感、というのは味を感じるのが人より敏感、というわけではないのでしょうか?」
「えぇ。……そうね。お二人に話すのは大丈夫でしょう」
そう言ってオクルスは顔を上げた。それから柔らかい笑みを見せた。
「ミーティアが率いる私達の事を教えましょう。この事はノヴィル内では有名なので、プレニルの関係者以外には言っても構いませんよ」
プレニルの関係者、と言われ、クデルという国王の傍についている姉を持つルデルは良いのだろうかと思ったけれど、ノヴィルの中を自由に動いていたルデルだから今更だと感じたので黙っていた。
「口調は崩してもいいかしら?硬い言葉は苦手なの」
「大丈夫だよ。私も苦手だし、ルデルも気にしないよね」
「あぁ。大丈夫っす」
「ありがとう。じゃあ、説明させてもらうと」
オクルスは私の対面にあるソファに座り、リラックスした状態で話し出した。
「ミーティアは特殊部隊の隊長を任されているの。特殊部隊何て聞こえはいいけれど、扱い辛い私達がまとめられた部隊なの」
「扱い辛い、ですか?」
「えぇ。ミーティア以外の特殊部隊の五人、オクルス、アウリス、ナースス、リングア、クティス。この五人は全員、神様からの祝福を頂いた子供だと言われていたわ」
「祝福」
「えぇ。私達五人は、五感のどれか一つを強められた。その感覚を魔法として私達は使っているわ」
五感、と言われてすぐに頭には何のことか出てこなかったが、それが顔に出ていたからかオクルスは説明してくれた。
「五感は、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚よ」
「あぁ。それか。じゃあ、リングアは舌が敏感って言ってたってことは、味覚が強いということ?」
「そうね。でもリングアの人の味の好みを知る能力は、本人の努力の成果でもあるけれどね」
ちなみに、とオクルスは自分の目を指差す。
「私は視覚が神の祝福をもらったわ。おかげで何でも見通す事が出来るようになったの」
「何でも、ですか?」
「えぇ。まずは私は意識をすればプレニル国内まで見る事ができるの」
聞き間違いかと思った。思わずルデルの顔を見たけれど、ルデルも意味が分かっていない様子だ。
そんな私達をわかってか、オクルスは再び言う。
「私はプレニルの国内まで見通せるわ」
「……他国、のプレニルですか?」
「えぇ。ちなみに、物体を透明化して見る事ができるわ。何だったら生体反応だけを見えるようにできるの。だから、私はプレニルの城にいるメガネ様とルデル様も見ているの。プレニル教皇が少女に殺されそうになっているのを抑えたメガネ様を、ね」
全身の血が一気に冷えた気分だった。ミーティにも、いやノヴィルの誰にも言っていない。何だったらメガニアでも一部にしか教えていない事なのに、オクルスはそれを知っている。それこそ、見ていたように。
「……それを元に脅迫しようってことすか?」
緊張でか固くなったルデルの声が聞こえた。でも確かに、その情報はノヴィルとしては面白くないのかもしれない。ノヴィルの仲が悪いプレニルの教皇を助けたメガニアという新参者。プレニルと手を取ってノヴィルの情報をプレニルに流す可能性だってある。そう言われたところで、私達はそれを否定するには信頼が足りない。
でも、オクルスは気にした様子も無く言う。
「別にそんなことはしないわよ。私がそこまで見えるっていう証拠になればいいなって思って喋っただけだから」
オクルスの笑顔は今までと変わらないものだ。それが嘘かどうかは判別できないから、全てを信頼する事はできない。彼女から告げられることも嘘と真実が混ざっている可能性もある。……そういう疑心暗鬼は私苦手なんだけれどな。
「私は祝福を貰った頃から見えすぎていたから、他の皆みたいに視覚を使った魔法を使えたりはしないのよね。だから普段からこの教会に異変が無いかとか確認するだけなのだけど、今日に限っては部屋に籠ってしまったミーティアの様子を見ていて、リングアの動きに気づけなかったのよね」
「……見えすぎて困る事があるわけではないんすか」
「もう慣れたわ。十六年も経ったもの」
オクルスの見た目が二十代だから、子供の頃だったのだろう。
オクルスは一度咳払いをしてから再び話し出す。
「アウリスはメガネ様は会っていたわね。メガニアにミーティアが来た時に私と一緒にいた子よ。彼女は聴覚を祝福されたけれど、色んな音が聞こえてしまうからか、まだちゃんと使いこなせてはいないの。でも一度聞いた音ならどんなに離れていても聞き取れるわ。だから私は視覚情報を、アウリスは聴覚情報を探るのによく一緒にいるの」
「視覚だけでは情報が足りないからですか?」
「そうね。相手が何を話しているかは大事な情報になるから。口の動きで多少は読めるのだけれど、それも完全ではないからね」
つまりはメガニアに二人が来たのは、視覚からの情報で隠し事は無いか確認して、聴覚情報を今後知る為にメガニアの重要人物の声を覚える為だったのかもしれない。だとすれば、ルデルとの会話も気を付けないといけないだろうか。
「さっき会ったナーススは嗅覚。だけどまぁ、そんなに活躍する機会が無いのよねあの子。狼姿のモンスターと違ってこちらとの意思疎通ができるから使われているぐらいね。臭いでの情報収集が必要な時以外はあの子はミーティアの世話係として過ごしているわ。リングアは味覚。祝福を貰ってから毒見役になるように色んな毒への耐性を獲得して、ついでに人の好みの味を知る魔法みたいなのを出来るようになってたわ」
今までの説明の人は私も会った事がある人たちばかりだ。
「クティスは触覚。これは触れられるのに敏感、なだけではなくて、気温を人より敏感に感じてしまうから、私達が過ごしやすい時でもクティスは酷く暑かったり寒かったり感じるみたい。怪我も人より痛みを感じてしまうの。でもあの子は感覚を鋭くしたり鈍くしたりすることが出来るようにして、ついでに相手に感覚共有なんてのも出来る程に強くなってるの。だから私達の中でクティスがかなり強いかもしれないわ」
そこまで言って、オクルスは首をかしげて見せる。
「こんな感じよ。何か質問があれば言っていいわよ」
「あるとすれば、そんな神の祝福を貰っているから扱い辛いと言われてたんすか?」
「神の祝福を貰ったせいで私達がグレてたから軍隊の上の役職の人たちに放置されてたのよ、それをまとめてくれたのがミーティアなの」
その頃を思い出したのか、オクルスはくすくすと笑う。
「その時のミーティアは十二歳の子供で、そんな子が私達の隊長になるなんてふざけるなと思ったわ。でも、今ではミーティアでよかったと思えるの」
「……皆は、ミーティアが転生者ってわかってるの?」
「えぇ。わかってるわ。私達のこの世界がミーティアの前世ではゲームって言う作り物の話になっていたことも」
恐る恐る聞いて見たけれど、オクルスはそれを受け入れているようだ。その事に少し驚いた。
「信じれるの?」
「確かに、最初は何言ってるんだって思ったわ。私達の性格も好きな物もわかっているミーティアは少し気味が悪く思った事もあるけれど、でもミーティアはそれを私達が不利になるようには使わなかったから」
そう言ってオクルスは目を丸くして立ち上がる。その目は私の背後を見ていた。その視線を追いかけても壁しかないけれど、もしかしたらオクルスはこの先にある部屋を見ていたのかもしれない。
足音が聞こえて来て、扉がノックされた。私が返事をすると、扉が開き、そこにはミーティが立っていた。
「その、メーちゃんごめんね。一人でご飯食べさせてしまって」
「わ、私は大丈夫だよ。ルデルと食べてたし。ミーティは大丈夫?」
「うん。もう大丈夫。だからメーちゃん、よければ」
ミーティは私の手を握って来た。
「私の部屋で一緒に寝ない?沢山、喋りたいんだ」
その目が私を真っ直ぐ見て輝いていた。その勢いに押されたのもあって、私は首を縦に振った。




