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38 メガネ、仲違い

 やあやあ、どうしたんだい?

 眼鏡が汚れたけれど眼鏡拭きを持ってくるのを忘れたから服の袖で拭くことに罪悪感を感じているみたいな顔をして。

 私だよ、メガネだよ!


 さて、ミーティとも親交を深めつつ、彼女が恋い焦がれている推しの事を話さないといけないことに思い出した。

 どれだけ喜んでくれるかなと少しウキウキしながら口を開いた。


「あ、ミーティ。実はミーティの探していたアンブラがね、メガニアにいるんだよ」


 その言葉にミーティは目を見開いて私を見てくる。口を動かしているけれど言葉が出てこないようだ。


「アンっていう偽名を使っているんだけど、メガニア建国に力を貸してくれていて、今日ノヴィルに来るときも一緒に来たんだ」

「あ、アンブラが!?この間メガニア行った時はいなかったのに!?」


 ミーティが身を乗り出して来る。それに私が驚いていると、後ろにいたナーススが咳払いをした。


「ミー、メガネ様が驚いていますから」

「あ、ごめんメーちゃん。自分で探しに行くしかないかと思ってたから、つい」

「いいよいいよ。探していた推しが見つかったんだからそりゃ驚くよね」

「しかもメーちゃんが連れてきてくれたんならさらに驚いたよ。……メーちゃんは良い事を沢山連れてきてくれるんだね。凄く嬉しい」


 ミーティは元から美人だったから、笑顔になるとさらに可愛い。ミーティが聖女なんじゃなかろうかと思えてくる。

 私もファタリテート ノヴィル編をプレイしたならミーティを好きになれるかもしれない。まぁ、今目の前にいるミーティとゲーム上のミーティアは性格が違うかもしれないけれど。

 そう考えて私はふと気づいた。

 私の知っているアンちゃんと、ミーティが知っているアンブラは性格が違うはずだ。私だって、ゲームと違って女装して性格も違ったアンちゃんに驚いたんだ。ミーティも例外ではないだろう。しかもそれが推しなのだから、解釈違いで下手したら悲しんでしまうかもしれない。

 折角の友人が悲しんでしまうのは避けたい。そうなると、先に注意しておくのがいいだろうか。


「それで、アンブラは今はどこに?」

「用事があるってことで別行動になってたの。アンブラがノヴィルのダフォディルさんに暗殺者として育てられていたことは知ってる?」

「知らない……。じゃあアンブラはノヴィルに実はいたってこと?」

「そうなるね。暗殺者だから公にしないで隠していたのかな?今アンブラはダフォディルさんの元に行ってるよ。終わったら合流するとは言ってたけれど」


 言いつつ、アンちゃんと別れてからどれだけ時間が経ったのだろうと首を傾げた。その行動で気づいてくれたのかルデルが窓の外を少し見てから言う。


「もう少しで一時間ぐらいっすかね。アンの用事がどれだけかかるかは聞いてないっすから、後どれだけかかるかはわからないっす」

「そうだね。そんなに遅くならないと思ってたけど」

「ダフォディル隊長のところだね、わかった」


 そう言うとミーティは立ち上がった。驚いてみているとミーティはナーススに目を向ける。


「しばらくお相手をお願い。メーちゃん、私着替えてくるから、一緒にお出かけしよう。アンブラを迎えに行くついでに国の中を案内してあげるよ」


 そう言ってミーティは急いで部屋から出ていった。残された私達は唖然としていたけれど、ナーススの咳払いで現実に戻る。


「申し訳ありません。ミーは突然動き出すもので」

「謝る事はないよ。……それより、ナーススにはわからない話をしていてごめんなさい」

「……それこそ、メガネ様が謝る必要はありません。それに、ミーティの前世の話は少し聞いていましたから」


 ナーススの言葉に目を丸くした。普通の人なら信じられなそうな話なのに、ナーススはそれを受け入れているのだろうか。

 私の疑問は顔に出ていたのか、ナーススは苦笑を見せる。


「ミーは私が誰にも言ってない好み等もわかっていて、接してくれているんです。何故知っているのかと聞いた時に前世の話を聞いていました。最初こそ信じられませんでしたが、ミーはその情報を悪用せず、私達の為に動いてくれているので、信用に足る人と思わせてくれたんです」

「そうなんですか。ミーティはすごいなぁ」


 ゲームで彼女たちの事を知っていたとしても、それを隠さずに伝え、その上で動けるなんて自分にはできなそうだ。私だって本当ならナハティガル君には自分の事を伝えるつもりは全くなかったのだ。

 自分を知っている怪しい人が自分に近づいて来るなんて前世からしたらストーカーだ。ナーススはよく受け入れられたものだ。


「そうです。ミーはすごいんです。でも、ミーティア姫は部屋に籠っているなんて噂のせいで国民達は何もわかってくれないのが本当に腹立たしいの。ミーは聖女なんかよりも動いているのに」


 ナーススの話を聞いていて一つ疑問が浮かんだ。

 ミーティア姫は部屋に籠っている。そんな噂が流れているってことはミーティは国民達の前には姿を現していないのだろう。でもミーティはこの後、国を案内すると言っている。ということは、普段外に出る時は変装をしているのだろうか。

 私がそう考えている間に、誰かがまた部屋に入ってきた。そちらに目を向けると、そこにいたのはミーティだった。でも、ミーティは先程までの美しい姫様のような見た目から変わっていた。

 白金の長髪はまとめて軍帽の中にしまい込んでいるようだ。服はナーススやオクルスが着ていた黒を基調にした軍服姿で、二人とは違って長いマントを羽織っている。長い足はボトムスで隠され、膝下は長い黒の編み込みブーツが装備されている。

 先程までは美しくて可愛い姫様、だったのがかっこよくて美しい兵士の印象に変わっている。


「お待たせしました、メガネ様。この姿の時は巫女ミーティアではなく、巫女直属の軍隊長、ミーとして接させて頂きます。では、いきましょうか」

「……これがギャップ萌えか、ルデル」

「まぁ……そうっすね」


 印象の激変にルデルも追いつけていないようだ。私達の反応にミーティは苦笑を見せる。


「訳があって、ミーティアとして外に出るわけにはいかなくて。この姿の時はミーティアではない人物として接してほしいのだけれど、駄目かな?」

「それは、大丈夫。ただ、ミーティの激変に驚いているだけだから」

「あぁ。確かにミーティアだとばれない様に頑張ってるからね」

「御忍びの時はその格好で兵士のフリしてるの?」

「ううん。私は本当に巫女直属の軍隊長として所属してるの。身分を隠してね」


 つまりは本当に兵士なのか。その事に驚いてまじまじとミーティの姿を上から下まで眺めていると、ミーティは肩をすくめてみせる。


「ただ、私も力が欲しくて入隊したんだけど、ノヴィルに入信している人達にとっては不快だろうからね。隠すしかないんだ」

「でも、何か危険があったら大変じゃない?」

「巫女直属ってことで、害獣駆除とかでも前線には立たせてもらえないから大丈夫。ナースス達には申し訳ないけどね」

「私達は好きで入隊したわけじゃないから、戦闘が無いのは有り難いわ」


 ナーススの言葉にミーティは笑顔を見せ、視線を私の方に戻して来る。


「そろそろ行きましょうか。あまりここでのんびりしていたら暗くなってしまうわ」

「そうだね。じゃあ、案内お願いします。ミー隊長」


 少しからかうようにそう言って見せると、ミーティは苦笑を見せた。




 教会を出て軍人たちの中を歩く。軍人たちはミーティに視線を向けるけれど、目が合いそうになると慌てて逸らしていた。その様子に不思議に思っていたけれど、ミーティに直接聞くのもはばかられたので、後でナースス達の誰かに聞こうと思う。

 高い城壁をくぐればそこは住居街だった。レンガを積んで作られた家は少し可愛らしく思える。プレニルよりは暗いイメージが少しあるし、家の大きさもバラバラだ。でも不平等を上げるノヴィルらしいとも思う。恐らく大きな家に住んでいる人はどんなものであれ力を持っている人なのだろう。


「基本教会に近い場所には力を持つ住民が住んでいます。ただ、科学技術とかで活躍している人はそれ用に隔離された場所で暮らしています。これは彼らの研究で何かしらの損害が出た時に住民に被害が及ばぬようにしているからなんです」

「お店とかはまた別の場所に集まっているのですか?」

「えぇ。もう少し先に行くと広場があり、そこを囲むように円形に店が並んでいます。そちらへご案内しますか?」

「お願いします」


 ミーティは先導するように先を歩いていく。私とルデルはその後に続き、最後尾にナーススがいる。警護として心配する事はないだろう。

 私の格好が珍しいからか、長身のルデルがいるからか、住民たちの視線が刺さってくる。とりあえず笑顔を向けてみるけれど、住民たちは逃げるように離れてしまう。手を振ってくれたのは子供たちぐらいだ。

 まぁ、見知らぬ格好をした見知らぬ子供が、同じく見知らぬ格好をした長身の男と共に、軍人に守られるように歩いていたら目を向けざるを得ない。私もじろじろと見たくなるからわかる。

 私に出来る事はその視線を気にしないという事だけだ。気にしない為にも、先程はミーティに伝えられなかったことを話すことにした。


「ミー隊長。先程お話しする事ができなかったのですが」

「なんでしょう?」

「アンブラのことなのですが、ミー隊長の知っている彼とは違う性格をしています。それを先にお伝えしたくて」

「性格が?」


 ミーティの足が止まり、私の方を見る。周りには私が何かを聞いているように見えるよう、声は潜めつつも笑顔を向ける。


「ゲームのアンブラより性格は明るく、可愛いものが好きなんです。手は器用で、この服もアンブラが作りました」


 口にはしないが、女子力が高い系男子だ。クール系アンブラとはかなり違う。ファタリテート ノヴィル編のアンブラがどうかはわからないけれど、恐らく今のアンちゃんとは違うだろう。

 ミーティが悲しんでしまうかと思ったけれど、ミーティは何か考えているようだった。女子力高い系男子のアンブラを想像しているのだろうか。


「知っている彼ではないですが、お会いになりますか?」

「……えぇ。大丈夫です。少し驚きましたが、そのアンブラはまるで」


 ミーティが続きを言う前に、ミーティの背後から歓声が聞こえてきた。そちらに目を向ければ、住民たちが集まっているのが見える。なんだろうとミーティに聞こうと目を向けたが、ミーティは少し嫌そうに顔を顰めていた。


「ミー、別の場所に行きましょう」

「そうね。彼女に会うのは面倒だし。メガネ様、お店の案内はまた別の機会でよろしいですか?」

「いいですけど、あれは一体?」


 私が改めて目線を人混みに向けると、人混みはいつの間にか二つに分かれ、道が出来ていた。その道を一人の女性が歩いて来る。桃色のゆるく巻かれた髪を持ち、目を惹く赤いドレスを着ている。髪飾りにも赤い花を使っていて、服装から他の人とは違う特別感を感じた。黒い瞳の垂れ目から穏やかな女性にも思えるが、その目線はどこか嫌悪感を感じた。


「アネスじゃん」


 ルデルの小さな声に彼女がファタリテート プレニル編での主人公なのだと気づいた。思っていたより年が上だったから想像できなかった。クデルに近い年なのかと思えていたが、彼女は見た限り二十代のような大人っぽさを感じる。


「あらあら、巫女様直属の軍隊長様じゃありませんか。こんなところでお会いできるなんて珍しい事ですわね」

「……ご機嫌麗しゅう、アネス様」


 ミーティのすごく嫌そうな声に少し驚きを隠せない。アネスの事を聞いた時は嫌っているようには聞こえなかったが、何かあったのだろうか。

 アネスは私とルデルの顔を見てから首をかしげる。


「そちらの方は?不思議な服をお召しのようね」

「言葉を控えてください。彼女はメガニア国の巫女メガネ様です。ミーティア姫様のご友人であり、この度我が国と友好の為、訪れてくださったのです」

「メガニア……。ノヴィルとプレニルの間にあった島が国になったってものでしたわね?普段は民衆の前に出ない巫女様が何故かメガニアには顔を出したと皆の声を聞いて知っていたわ。そのメガニアの巫女様とこの国の巫女様がお友達だったのね」


 アネスののんびりした口調にミーティに対する批判が含まれている。巫女と聖女で対立しているという事のようだ。彼女を知るためにも、こちらからも接した方がいいかもしれない。


「初めまして。メガニア国の巫女をさせて頂いてます、メガネと申します。ノヴィル国の国民達に慕われているようですが、貴女は?」

「あら、ご紹介が遅れてしまい申し訳ありませんわ。アネスと申します。皆からは聖女と呼ばれていますけれど、ただの一般民ですわ」

「聖女?そう呼ばれるならばそれだけの実績があるのでしょう?詳しく教えて頂けませんか?」


 ミーティは私を止める様子も無いし、ルデルもどうしてプレニルの主人公がここにいるか気になっているようだ。少しでも情報を聞き出したい。

 しかし、人混みから現れた人物がそれを止めた。


「聖女様、そろそろお戻りになられた方がよろしいかと」


 その声も、その姿も私が良く知っている人物だった。よく似た人物だったらよかったのに、私があげた眼鏡をかけているから、同一人物なのだとこちらに示して来る。

 ミーティの息を呑む音が聞こえた。彼は違うと否定する事も出来なくなった。


「何してるの……、アンちゃん」


 どう見ても、彼はアンちゃんだった。私達と一緒にノヴィルにやってきた、大切な仲間だ。


「あら、アンブラの知り合いかしら?アンちゃんって呼び方、可愛いわね」

「……えぇ。メガニアにいる時に知り合いました。伝えなければいけないと思っていたので、ここで会えたのは丁度いいですね」


 そう言ってから一呼吸置いて、アンちゃんは私を真っ直ぐに見つめた。


「悪いがメガネ、ここでお別れだ。俺はここノヴィルで、聖女様の傍につくと決めた」

「ど、どういうこと?そんな急に」

「他に言うことなど無い。……メガニアで過ごす上でお前達とつるんでいた方が楽だったから共にいただけだ。もう俺に構わないでくれ」


 その視線は、いままでアンちゃんから向けられたことが無い、突き刺さるような痛みを覚える視線だった。その声も、その表情も、今まで一緒に過ごしていたアンちゃんとは違う。

 アンちゃんはその表情を消して優し気な微笑をアネスに向ける。アネスは満足したように微笑み返してから、私に目を向けた。


「そういうことですので、アンブラと今まで共に過ごしてくれたこと、私からも感謝いたします。また会えましたらお茶でもしましょうね、メガニアの巫女様」


 そう言って、アネスとアンちゃんは私達を置いてその場から離れていく。アンちゃんに詳しく説明しろと追いかけたかったのに、身体が動いてくれなかった。


「……どうして」


 ミーティの呟きが聞こえたが、私にはそれに返す言葉も何もなかった。

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