37 メガネ、愛称
ここを借りて簡単にこの世界の国の事をまとめさせてもらおうと思います。
講師は私、メガネです。
この世界にあるのは三つの国。プレニル国とノヴィル国。そしてメガニア国です。
国名は神様の名前が使われており、国全体が宗教団体になっていると考えるとわかりやすいかもしれないです。
プレニル神とノヴィル神。二柱は同時に生まれた、所謂兄弟神だそうです。
プレニル神は女神。平等を愛し、民に平等の祝福を与えているそうです。
実際のところは平等に出来ない人間に対し嫌悪感を隠さない神だと、エレオスが言っていました。
肌の色の違いも、抜き出た才能も許さない。皆が綺麗に一列に並んでいないと気が済まない、几帳面な女神様のようです。その為には人間を殺す事を躊躇わず、エレオスの身体を借りてプレニルの犬に託宣として命令していたと聞きました。
ちなみに、プレニルでは挨拶の時に両手の指を絡めて握るのですが、プレニル神は球体を愛しているからそのポーズになったそうです。球体だけを見るとどこが上か下か決まっていない、平等な形だということからだそうです。
その事をルデルと一緒にミーティア様に伝えたところ、代わりにとミーティア様はノヴィル神に関して教えてくれました。
まとめますと、ノヴィル神は男神。運命は強者が決められるとする不平等を愛しており、強者になる為に奮闘する民に祝福を与える神だそうです。とはいえいつもいつも祝福を与えるわけではなく、滅多に託宣を降ろさない神様だそうで、それもあってノヴィル国内での信仰心は低くなっているようです。
ちなみに、ノヴィルでは挨拶の時に両手の指をくっつけて円を作るのですが、己の行いはいつか巡ってくるという考えからこのポーズになったようです。神頼みではなく自分の力で頑張れ!と神は言いたいということでしょう。
以上、国の話でした。
「えっと、ミーティア様。俺はプレイした事が無いからわからないけれど、ファタリテノヴィルだと反教皇派が現れるんすか?」
ルデルの問いにミーティア様は腕を組んで顔を顰める。
「裏設定であったみたいなんですよ。真ENDルートだとその辺がわかるんだけど、ここまで大っぴらにはわかるようにはなってなかったんだよね。主人公視点だとわからないだけってのもありそう」
「主人公は無印ファタリテートと同じでアンブラなんでしたっけ?」
「そうなんです。アンブラが周囲に対する興味心も無い状態だったからってのもあるのかな。その辺も意識して周回すればよかったな」
その発言からミーティア様はかなりゲームをやりこんだのだろう。推しの為なら仕方がない。私も何度もナハティガル君がいるパーティを楽しむためにプレイしてはデータを消し、プレイしてはデータを消していた。
私は推しの一人の為にやっていたけれど、推しのカップリングがあるミーティア様は大変だっただろう。二人が揃っているシーンを求めて探し回っていたかもしれない。何せファタリテート ノヴィル編はギャルゲー。攻略対象キャラが沢山いればそれだけエンディングも沢山あるだろうから、そこから探し出すなんて下手すれば長い時間がかかる。
そしてふと思う事があり、私はルデルに目を向けた。
「そう言えば最新作のファタリテートの話をルデルしてたよね?最新作ではノヴィルやプレニルどうなってたの?」
「残念すけどその辺はまだ未公開で俺死んじまったっすよ。ミーティア様は情報知ってます?」
「最新作……?あー、何か重大発表するって頃にはゲームに触ったり情報探ったりする余裕が無くて」
「忙しかった感じっすか」
「そう。そんな感じ。だから最新作に関しては全く分からないの。ごめんなさい」
最新作の情報が今の状況を知るきっかけになると思ったけれど、流石にそう上手くはいかないか。
ノヴィル国内の変化は見過ごしていいようなものには思えない。ノヴィルで置いている事がメガニアに伝われば下手したらナハティガル君の危機につながるかもしれないし、そして同じ転生仲間のミーティア様が困っているなら少しはお手伝いしたい。
自分から危険に飛び込んでいるみたいで駄目な気もするけれど、そこは許してほしい。ごめんねナハティガル君。
「ミーティア様、私達が滞在する間も、私達が帰った後も、何か力になれる事があれば言ってください。こちらは小国なので出来る事は限られるとは思いますが、出来る限り助けになります」
私の言葉にミーティア様は目を丸くし、少し考えて戸惑うような表情を見せる。何か悪い事を言っただろうかと首をかしげていると、ミーティア様はおずおずと口を開く。
「あの、メガネ様。もしよければ友達として、気軽にお話ししませんか?あと、良ければ私の事をミーティと呼んでほしいです」
「ミーティ?」
「はい。今はまだ兄様しか使っていない愛称なのですが、良ければそう呼んでほしいんです」
それは凄く嬉しいお誘いだ。それなら、と少し考えて、それなりに考えて、考えに考えて、妥協する事にした。
「じゃあ、私の事はメ―ちゃんと呼んでください」
この時ばかりは、メガネと名乗った自分が恨めしい。良い愛称が思いつかなくて行方不明になって村総出で探された女の子みたいな愛称になってしまった。
でもミーティア様は気にした様子も無く、むしろ嬉しそうに笑顔を向けてくれた。
「わかった、メーちゃん。よろしくね」
「うん。よろしくね、ミーティ」
こうしてミーティア様改め、ミーティと私は無事に友人関係になったのだった。
〇 〇 〇
久しぶりのノヴィルは記憶にあるものよりも随分変わっていた。道は新しく石畳が敷かれたりコンクリートが流されていたりしているけれど、伸びる方向は変わっていなくて助かった。おかげでダフォディル隊長がいつも過ごしている場所もすぐに到着する事が出来た。
扉の前で一度深呼吸をしてからノックをする。中から変わらない声が聞こえてきて、震えそうな声を抑えながら口を開く。
「アンブラです。ただいま戻りました」
少し間があってから入るように促す声がした。ドアノブに手を伸ばし、素早く中に入った。
中の様子も変化は無かった。いくつかの本棚、大きなデスク、その前の椅子に座る男性。
歳はフォルモと同じくらいだったはずだ。その右目は傷を負っていて黒い眼帯で隠されている。くすんだ金髪はハーフアップにしている。彼がダフォディル隊長。俺を暗殺者として育ててくれた人だ。
「首尾は」
「はっ。……情けない事ですが、仇を討つことはできませんでした」
「なんだと?」
ダフォディル隊長の目元が険しくなる。この人は怒ると怖い。かなり怖い。下手したら鉄拳が飛んでくる。それでも偽の報告はするわけにはいかない。俺は正直に全てを話した。
俺が実はプレニルの前教皇の息子だったこと。
プレニルでそれを知った者に利用されて現教皇が殺されかけた事。
本当の両親の墓参りをした事。
そして自分の仇となる人間は見つからなかった事。
それに合わせてプレニルに行く前にメガニアで過ごしていたことも伝えた。
ダフォディル隊長は何の反応も無く、俺を睨みつけているように聞いていた。
大体の報告が終わり、俺としてはここからが問題だ。これまで育ててくれたダフォディル隊長に恩も返さない希望があるのだ。
「勝手な話でありますが、自分は今後はメガニア国で過ごしたいと思っております。メガニアで自分の力を発揮し、メガニアで知り合った仲間を助けていきたいと思っております。今回は報告と、自分がノヴィルを抜ける許可を頂きたく参上しました」
そこまで言って、長く話して乾いた口を閉じた。今すぐにでも水が飲みたいが、そんな事をダフォディル隊長は許さないだろう。
どれだけ叱責されるだろう。任務を出来ずにのこのこと帰って来たのだ。何をされても仕方がない。でもせめて死ぬような事はやめてほしい。殺されそうになるなら必死に逃げないといけない。ダフォディル隊長から逃げられる可能性も低いと思うけれど。
覚悟を決めていたが、ダフォディル隊長からの叱責は飛んでこなかった。
「つまり、ノヴィルにはもう足を踏み入れないということでいいか?」
「え、あ。それは、わかりません。仲間がついて来いと言われたら来るかもしれません」
「それでは困る。他国で過ごすつもりであるならば、我が国にのこのこと来て、元暗殺者のアンブラだと名乗られては困るのだが」
「で、では。メガニアではアンと名乗っています。ノヴィルで暗殺者をしていたことは今後誰にも言いません。それでもいいでしょうか」
「誓えるか?」
「はい。神に誓って」
俺が頷くとダフォディル隊長は鼻で笑い、右手で払う仕草をする。
「ここから出たらお前はもう暗殺者のアンブラではない。とっとと失せろ」
「は、はい。……今まで、ありがとうございました」
俺は頭を下げ、ダフォディル隊長に背を向ける。
何もなく許されるとは思ってもいなかった。ふざけるなと叱責され、拷問にも近い罰を受けると思っていた。でもそれだけ、ダフォディル隊長にとっては俺は気まぐれで育てただけの存在なのかもしれない。
とりあえず俺の用事は終わりだ。とっととメガネ達と合流しよう。確かノヴィルの巫女のミーティア様が俺に会いたがっていると聞いていたから、その時にはまだアンブラの名前を使わないといけないだろうか。
そう考えて扉のドアノブに手を伸ばしたが、その扉は開けられた。驚いて目を丸くする俺の目の前に女性が一人立っていた。
ふわふわした印象の、桃色の髪の女性。桃色の髪なんて珍しい、と思いつつ、どこかで聞いたような気がすると記憶を巡らせた。
そうだ。確かプレニルから出発する前にルデルが口にしていなかったか。
「あら、知らない顔の子ね。とても可愛い」
おっとりとした声。彼女は俺の顔を包むように両頬に両手を当ててきた。
彼女からは花の匂いがする。灰色の彼女の瞳を見ていると、少しぼうっとしてくる。
背後からダフォディル隊長の声がしたが、俺の耳をすり抜けていく。
「気にいったわ。私、この子を傍に置くわ」
そして俺の意識は途切れた。




